2001年夫婦世界旅行のつづきです。8月半ば。バルセロナ5日目。火曜日。今日は「観光の日」と決めて、猛暑の中、歩き回っています。




part248 モンジュイックの丘


――地下道にご用心!




要約: バルセロナの街を一望できるというモンジュイックの丘に登ってみることにした。途中、地下鉄からケーブルカーの乗り場までの連絡地下通路で怪しい男2人にパスポートを取られそうになった。モンジュイックの頂上の眺めは予想外な面白さであった。









で、そこ(カサ・バトリョ)は早々に切り上げ、次の目的地、モンジュイックの丘(Montanya de Montjuic)へ向かった。バルセロナの街が一望できるという丘だ。




ガイドブックで行き方をチェック。なになに? まず、メトロに乗り、Paral-lel駅で下車し、フニクラ(ケーブルカー)に乗り、――これって「フニックリ・フニックラ~♪♪」と歌われる「フニクラ」なのかね~? などという疑問もフニフニ湧かせつつ――、さらにゴンドラに乗る? 





どれほど高い丘なのだ? って感じだが、とにかくレッツゴー。音譜




メトロを降り、ケーブルに乗り換えるべく地下道を歩いていた時のことだ。いきなり男が2人、我々の前に立ちはだかった。えっ




いかにも“係員”風情って感じ。ふんぞりかえって、「チケットを見せろ。パー」と威圧的に言ってきた。ガーン




チケット? メトロのチケットのことか? メトロのチケットは、今さっき改札を出てきたところなのだから、もう用はないはずだ。では、ケーブルのチケットか? しかし、我々はまだケーブルの「チケット売り場」にも辿り着いていない。こんな中途半端な場所で、一体何のチケットを見せろと言うのだ?はてなマーク




夫はメトロのチケットのことだろうと思い、鞄のポケットをごそごそ。すぐにメトロのチケットを出して見せた。




係員風情の男たちは黙ってメトロのチケットをチェックすると、そのチケットを我々に返しながら、今度は「パスポートを見せろ。グー」と言ってきた。むっ




もしその男がメトロの係員だとしても、どうしてパスポートなど見せなければならないのか。あきらかにおかしい。プンプン




大体メトロの改札を出た後でチケットを見せろと、そこら辺を歩いてきた男が言ってくること自体おかしい。思いっきりおかしいっ!パンチ!




夫がきっぱり「パスポートはNo!!爆弾」と言うと、意外にも男たちはスッと去って行った。よくよく見れば、着ている服も制服ではない。あああ、怪しいっ! あからさまに怪しいっ!!メラメラ





多分係員と思い込ませて、メトロのにしろケーブルカーのにしろ「チケット」を持ってもいないはずの観光客を狙って、「チケットを見せろ!」と脅し、最終的にパスポートを取り上げるつもりだったんじゃないか?えっ




我々の場合、夫が用済みのメトロのチケットをご丁寧にも捨てずに持っていたものだから、因縁がつけられなくて、おまけにパスポートの提示もはっきり拒否されたものだから、未遂で去っていったということだろう。むっ




 あああ。油断も隙もあったもんじゃないね。今日は――いやいや、「今日も」としておくか。特別サービス。――お手柄の夫であった。祝日




(これも、昔、2人仲良くバンコクで偽警官に思いっきり騙された苦い過去があったお陰だね。天使




さて、無事ケーブルに乗り込み、3分ほどでモンジェイク公園という駅に着いたはいいが、ケーブルの駅を出たところは、だたアスファルトの道が1本、右に左に伸びているだけ。





付近の地図もなければ、観光案内の詳しい説明があるわけでもなく、モンジュイック公園がどちらに行けばあるのかもわからない。(そこら辺すべてがモンジュイック公園だったのかもしれない。)




左に少し行ったところに観光用のバス乗り場があった。数十分置きに観光用の赤いバスが巡回しているようだ。赤くてかわいいバスだ。皆さん、そのバスへどんどん乗り込んでいく。ふむ。それに乗れば「公園」に連れて行ってくれるのだろうが、乗車代がえらく高い。ショック!




乗り込む人々もみんな裕福そうな中高年の白人ばかり。バックパッカーらしき若者はまるでデートでもしているように、勝手知ったるコースとばかり、バスには乗らず、そのまま道をぷらぷらと歩いていき、瞬く間に姿が見えなくなる。




とりあえず、まずはひたすら丘の頂上を目指すことにし、我々はゴンドラに乗り継いでみた。




ガイドブックをよくよく読むと、モンジェイクの丘は、途中のモンジュイック公園までケーブルが通っており、そこからはさらに別料金でゴンドラTelefèric に乗って頂上へ行ける方法が一つ。その他、港側の麓から丘の頂上を少し下った辺りまで、ロープーウエイで行く方法があるのだった。





お勧めのコースは、まずケーブルでモンジェイク公園まで行き、そこからゴンドラに乗って頂上へ。そして、少し丘を下って、そこからロープーウエイに乗って一気に麓まで降りてくるというものだった。




海を眺めながら丘肌を舐めるように一気に降りてくるのは気持ち良さそうだ。キラキラ




が、そうとは知らず、ケーブルのチケットを往復で買ってしまってあったので、残念ながらロープーウエイで降りてくる方法は取れない。残念。




しかし、ゴンドラだけでも充分楽しめた。ニコニコ




頂上に降り立つと、これまた右も左も分からないが、人々が移動していく方についていってみる。




既にそこはモンジュイック城Castell de Montjuicらしかった。すぐに要塞やら城やらが見えてきた。





モンジュイック城は要塞に囲まれたこじんまりとした古めかしい城で (一体何年に建てられたのか? 不思議とどのガイドブックを見ても城に関してもコメントがない。)、城の内部は今は軍事博物館Museu Militarになっている。「大砲、王の肖像がなどが展示されている」らしいが、そんなものに興味はないので、パス。





――中に入ってくれば、城の由来やらがわかっておもしろかったかもしれない。やっぱり入ってくればよかったと少々後悔。――




要塞からの眺めは最高だった。地中海が一望できた。地中海は紺碧に輝いて、麓の方の港は巨大な円柱形のタンクや色とりどりの倉庫がずらりと並んで、おもちゃの街を見ているようだった。コンビナートなのだろうか。宝石ブルー




赤茶色のレンガの要塞と緑濃い木々、青い地中海。時代がかった大砲に囲まれたモンジュイックの城。そんな風景からちょいと下を覗き込めば、埋立地の近代的コンビナート。丘の上と下とで別天地のアンバランスだが、不思議と嫌な感じはしない。宝石紫




反対方向はバルセロナの街が一望できる。ぎっしり詰まった街並みのなかから、サグラダ・ファミリア・教会がヒョヒョイとその先端を突き出してそびえている。宝石緑




海風が渡り、今となってはその用をなさない要塞の赤茶けたレンガ色の石壁と大砲の数々の静かさ。1トントラックの荷台を半分に切って、その中に大砲が一台取り付けてある。海の方に向けて“荷台”に開けられた穴に大砲の先が嵌められている。きっと海の向こうからは大砲のには見えないのだろう。爆弾




“荷台”に覆われておらず、海風に姿を晒している大砲もある。どれも小さな戦車ほどに大きい。これが大砲でなく、巨大な天体望遠鏡ならばよかったのに。世界には闘いの跡が常に残っている。海は敵がやってくるところでもあったことよ。爆弾




もはや敵艦を発見することもなく青く膨らんだ海と、近代的に開けたコンビナート(?)や街並みを見下ろす山頂でのひと時は、まるで気持ちのよいピクニックであった。キラキラ




夫は海を見てすっかり風邪が抜けたのか、元気溌剌でもっと歩きたそうであったが、今度は私の方が暑気負けか、ひどくだるくなってきてしまった。晴れガーン晴れ




気持ちはいいものの、体が気持ちについていけない。夫は風邪に弱く、妻は暑さに弱いのであった。専ら「徒歩」旅の夫婦なのに、体が脆弱な「とほほ」な夫婦であることよ。ガーン




で、仕方なく、城界隈を一通り見物したら、そのままモンジュイックの丘を降り、遅いランチを取って、おとなしくホテルに帰ったのだった。


つづく


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2001年夫婦世界旅行のつづきです。8月半ば。バルセロナ5日目。火曜日。猛暑の1日が始まりました。




part247 かさばっとるよ、カサ・バトリョ




要約: 今日は“観光の日”と決めて、まずガウディのデザインしたアパート、カサ・バトリョを見学に行った。が、中には入れず、絵葉書で見た面白い屋根も見られずじまい。期待はずれですぐに引き返したのであったが……。











今日は昨日ぐったりしていた夫も少しは楽になったようで、ゆるゆると観光に繰り出すことにした。音譜




まずは、カサ・バトリョCasa Batlló )というガウディ作のアパートを見に行ってみた。ビル





(注: ガイドブックでは「バトリョ」となっているが、なぜか我々は現地で「バティリョ」で通じていた。「発音の悪いなぁ~。バトリョだろ?」と、察してもらっていたのだろうか。)




カサ・バトリョは、正確に言えば「ガウディのデザインで改修された住宅」らしい。1904~1906。2年もかけて改修している! さもあらん。凝りに凝っている。 キラキラ





屋根は、子供が描いた絵のように不規則に自由にくねって歪んで突き出ている。どんな直線も平面も許さない! って感じだ。それなのに、屋根瓦はどれも同じ正方形で一枚一枚きっちりと隙間なく並んでいる。




その歪んだ山のような屋根のすぐ手前には、裾を一つに摘んで干したチョーチンブルマーのような形をした先端を持つ塔(?)。(あるいは小龍包をつまみ上げたような……と言うべきか?) 




さらに奥の方には、大怪獣が使うような爪楊枝8本、(あるいは恐竜が使う櫛の歯8本?)に1本1本指輪を嵌めさせたような、煙突の振りをした突起(?)。





壁には色とりどりの細かいガラスやタイルがびっしりと貼り付けられていて、庇(ひさし)などはなく、壁と屋根の境目には瓦よりも大きな三角チョコがとろけてくっついている(?)。




もう言葉による説明を許さないデザインだ。「アンデルセンの童話のような建物」と形容されるのが常らしいが、まったくその通り。王冠2




あまりに非現実的、非機能的に見えて、恐ろしいほど愉快だ。晴れ




そんな写真を絵葉書で見かけて、一目みたいと思っていたのだ。が、残念ながら、行ってみると建物の中には入れず、肝心な屋根の辺りも近くからでは全然わからない。ガーン




通りに立って外から見ている限りでは、タイルをめちゃくちゃに貼り付けた、ちょっと、いや、甚だ変わった建築物という程度だ。




絵葉書の方がよほど楽しめた。期待はずれなり。ショック!




ガウディのデザインによる建物はホテルとかアパートとか公園とか、人々の生活に密着して使用される建築物が多い。カサ・ミラCasa Milà などは一部博物館になり、アパートの一角は見学用に開放されているが、今も人が住居として利用しているらしい。ただの遺物としてではなく、現在に人々の生活とともに活きている建築物ってすごいね。と感動。ドキドキ





だから、このカサ・バトリョも中に入れると思ったのに、残念だ。しかし、中に人が住んでいるのであれば、住民にしてみれば観光客にガシャガシャアパートの中を徘徊されたくないよね。しかたない。……。




後記: やっぱりすごい、カサ・バトリョ!




このときはカサ・バトリョCasa Batlló)に妙にがっかりして、早々に記念写真だけ撮って退散したのだが、帰国してから改めて写真を見たら、随分と印象が違うので驚いた。やっぱりすごいのだ。ラブラブ





建物の正面1階は数本の太目の白い柱で、背の高い細めのアーチが幾つも描かれいるのだが、その柱はまるで巨大な獣の骨のようなのだ。そしてその骨の奥に青緑色の窓や壁が守られて見える。




さらに階上の壁は白いタイルに、緑や青を主にした色とりどりのタイルが咲き乱れた花のように埋め込まれて見える。




青緑色の小さな四角い窓には、“獣の頭蓋骨の目の辺り”を利用したような小さなバルコニー(?)の欄干が設えてある。




頭蓋骨の目の部分を思わせるような二つの穴にはさらに細い骨のような柵がはめ込まれ(彫り込まれ?)ている。バルコニーの底面は蓮の葉っぱを半分にしたような形。窓枠以外に直線というものがないと言っても過言ではないだろう。




下から見上げると窓ごとに頭蓋骨がはめ込まれているというか、骨でできた仮面を被っているというか、建物が骨で変装しているようにも見える。




つまり、全体、白い巨大な獣の骨で守られた青緑色のアパートという感じ。 その獣の骨の、多分肋骨だか大腿骨だか(?)の隙間から青緑色のアパートが見えるという感じ?




もしかしたら、ガウディは牛の骨をイメージしていたのではないかしら。滑らかな曲線。節々の厚み。1階のアーチ柱の部分の象牙色。上層階の日が当たっている部分はベージュ色っぽいのに真っ白く見える。まさしく獣の骨の色としか説明の仕様がない。




実に奇妙な建物である。写真にした方が、細かいところまでよく観察できるので、ガウディの桁違いな意匠が分かる……ということだろうか。




それにしても、このカサ・バトリョに住んでいる人は、四六時中童話の世界に住んでいるように感じるのではないだろうか。やはり内装も気になるところだ。もっと落ち着いて見てくればよかった……。しょぼん


つづく


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2001年夫婦世界旅行のつづきです。8月半ば。バルセロナ5日目。火曜日。




part246 1つ星ホテルのささやかな贅沢







要約: 1つ星ホテルの「朝食」は、ホテルのオヤジさんが言った通り、実にささやかなものだった。健康を脅かす「食べ放題・飲み放題」のささやかな豪勢。











今日はとりわけ蒸し暑い1日。今泊まっているホテル・アネートHotel Anetoは、“感じ”はとてもよいが“朝食”がちょっといただけない。NG





チェック・インの手続きをしたとき、「朝食込み」と聞いて喜ぶ我々に、ホテルの主人は「朝食と言っても、実にささやかなものなんだよ~。」とやけに慌てた。オバケ




「ささやか」って、まさかコーヒーさえ出ないというのじゃないだろうね? そりゃ、ないぞ、セニョール。




「え? コーヒーが飲めないとか……?」と聞くと、「いやいや。コーヒーありますよぉ。コーヒー、紅茶、飲み放題! ココアだってあるんだよ。食べ物だって食べ放題だよ。」とおやじさん、俄かに自慢げである。




「でも、その、なんだ、つまり、セルフサービスだし……本当の本当~に、大したものじゃないんだよ~。」と、また俄かにすまなそうに笑ってみせた。




「ああ、よかった。コーヒーさえ飲めれば、別に朝食は豪勢でなくていいんですよ。ささやかな方が我々には丁度いい。」などと、高を括って明るく応じた我々だった。




……が、宿の主人の言葉は謙遜でも何でもなかった。しょぼん




朝、ホテルの薄暗い廊下を、朝食が食べられそうな「レストラン(食堂)」を探してうろついていたら、




――普通、「朝食込み」となれば、そのホテル内にレストラン(食堂)が併設されているはずだ。“普通”は。「ホテル」とも名乗っていれば。―― 




廊下の隅に、“コーヒーメーカー”と呼ぶべきらしい50cm程の立方体の機械が置かれた小さな台を発見。えっ




スイッチ一つ押しさえすれば、小さな唸りをひとつ上げて、その自動コーヒーメーカー(?)から、インスタントコーヒーが小さなビニールカップに注がれる仕組みだ。これが「飲み放題」か……。ガーン




コーヒーメーカーの横には、何やらゴチャッと山積みに置かれている。勝手に取れと。これが「食べ放題」か……。どれもお菓子のようだ。1個1個ビニール袋に包まれている。ガーン




コーヒーもお菓子も好きなだけ取って、自分の部屋で食べろということらしい。学生食堂で使われるような安っぽいお盆が、出番を待って積み重なっていた。




ものは試し。とりあえず各種頂いてみた。




固くて薬臭いドーナツ形の大きなクッキー。でろでろに甘い薬臭い砂糖漬けのパン。どれもパサパサだ。甘ったるいポマードのようなクリームが挟んであるウエハス。マドレーヌになりそびれた恨みに濡れてじっとりしているのに、中はカスカスなスポンジケーキ(?)などなど。 




どれもこれも甘さがくどくて、薬臭くて、不味い。体に悪そうだ。雑巾臭いパンよりはましだが……。まぁ、腹の足しにはなるが……。どうも防腐剤を食べているようで気色悪い。




よくもまぁ、これだけまずい物を作れるものだ…… と、呆れてそのパッケージのビニール袋を改めて眺めると、 ……げげっ! どれも賞味期間が来年の夏まであるじゃないのっ! 真空パック包装をされているわけでもないのに、1年以上持つパンって、一体……?


 


しかし、何はともあれ、朝、コーヒーが好きなだけ飲めるということは私には嬉しい。インスタントだって、いーんです。コーヒー




コーヒーのビニールコップは容積せいぜい100ccほどの小さなものだ。1杯じゃ足りない。コーヒーの種類はエスプレッソ、クリーム入り、ブラック、カフェオレと色々あるので、色々な種類を6~7杯作ってお盆にずらりと並べる。夫の分も2~3杯合わせると、お盆の上にはコーヒーカップが10個ほど並ぶ。豪勢(?)である。コーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒーコーヒー





今朝もその“朝食セット台”に「朝食」を調達に行くと、やはり「朝食」を取りに来た他の客と鉢合わせした。みんな寝ぼけまなこでろくに挨拶もしない。そのくせ人のお盆を見て、「え? そんなに飲むの?」ってな顔する。いけませんかっ。むっ


つづく


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2001年夫婦世界旅行のつづきです。8月半ば。バルセロナ4日目、月曜日。スペインからフランスに入ることは決まっていたものの、次なるフランスでの目的地がなかなか決まらないでいました。





part245 アルルへ行きましょ!




要約: 次なる目的地として、アヴィニョンは却下されていたものの、アルルか、マルセイユか、まだ絞り込めないでいた。で、国鉄駅まで列車状況を調べに行ってみた。すると、いきなり風向きが変わって、アルルに決定。夫の気が変わらぬうちに、早速チケット購入。しかし、国鉄のチケット購入は時間がかかるものだった。





  






お次は、次の目的地と交通手段を検討すべく、国鉄のサンツ駅(Estació Sants)へ行く。電車





電車ならアルルへ1人6,200ペセタ(4,278円)で行けることが分かった。値段は意外にもバスと大差なかった。しかし、2回も乗り換えをしなければならないようだ。電車電車電車





(注:バルセロナ発アルル行きのバスは存在せず、マルセイユ行きバスなら木曜日に1本ある。)





さて、どうする。木曜日にバスでマルセイユまで一気に行ってしまうか、電車で乗り換えしつつアルルを目指すか。




私のお目当てはアルルだが、夫はアルルに興味がなく、電車の乗り換えもしんどいので、マルセイユまで一気に行きたいようだ。




で、ここは一番、夫がアルルにソソラれるようにし向けてみよーと、ビゼー作曲「アルルの女」をちょっと一節歌ってみせた。「ブナ~の森ぃの 葉がぁくれ(葉隠れ)にぃ~♪」音譜 




(注:この歌詞を私は「アルルの女」だと思っているのだが、昔々聞いたレコードの記憶なので、果たして本当に「アルルの女」なのか、実はあまり自信はない。)




と、「げげげ~。僕はその曲、嫌いなんだよね~。田舎臭いじゃない? そうかぁ。アルルって、『アルルの女』のアルルかぁ。ビゼーって、どうも好きになれんわ。」ときた。 ……あれれ? 逆効果だったか?えっ




別に「アルルの女」を「田舎臭い」と思ったこともなく、むしろ好きな曲である私にとって、夫の言動には意表を突かれた。カチンときた。プンプン




「田舎育ちが何を言う!」と切り返すか、「田舎、結構じゃないですかっ! いいところなんです、アルルはっ!(多分! ……まだ何も知らないけれど。)」と押していくべきか。ぐむぐむむ……。言葉の選択に悩む。




私がぐむぐむ言葉に詰まっている間に、遠回しに「アルルには何もないよね?」とか、「2回も乗り換えがあるのは、しんどいよね。ね?」と同意を求めてくる。




「アルルには、ゴッホを魅了した太陽があるんじゃいっ!」「2回くらいの乗り換えがなんぼのもんじゃいっ!」「アルルに決まりじゃ!」グー





と、私の希望を無理強いしても、そのせいで夫の風邪がひどくなって体調の回復が遅れたら、旅も台無しになってしまうしな~。




私は言葉を飲み込み、口をもぞもぞさせながら、結局は「マルセイユに直行」ってことかな。ま、マルセイユも悪くないかね……と自分自身を説得し始めていた。 (このとき私の中では、ゴッホを魅了したアルルの太陽マルセイユの名物料理ブイヤベースが秤にかけられ、ぐらぐら揺れていたのであった。)イカリマーク




アルルは無理か……とかなり諦めムードに入っていると、夫は何をひらめいたのか、いきなりアルルにしよう! と言い出した。




へ? いきなりどうしたの? いやいや。そぉ? そうね、そうね。そ~よね~。アルルに行きましょ! ってことで、急転直下、アルルへ国鉄で行くことに決定!ドキドキ




夫の気が変わらないうちに、アルル行きの列車の切符を買いに、チケットオフィスのカウンターへと急いだのだった。




夫の風邪が治るように大事をとって、出発は予定より1日遅らせて、木曜日にする。




朝早く発つが、それでもアルル到着は夕方になってしまう。乗り換えも多い。1人6,195ペセタ(4,275円)なり。(予定より5ペセタ安かった! なぜ? ま、安い分にはいいけれど。)





驚いたのは、チケットを買うための待ち時間であった。ドクロ




チケット窓口はずらりと並んでいたが、その前に行列はできていない。電光掲示板で呼ばれた数字の人だけが窓口へ行くのだった。




肝心の番号札はどこで取れるのだ? キョロキョロ探す。見当たらない。どこかにあるはずだ。めげすに探す。




と、チケット窓口カウンターの横に小さなカウンターがあり、そこに出来ている行列が番号札を取る列だった。ここから既に行列かいっ。




で、まずその列に並んで、「番号札」を手に入れる。あとは自分の番号が呼ばれるのを待つだけだ。




チケット窓口のカウンター上には電光掲示板があり、そこに番号が表示される仕組みである。もらった番号と、掲示板の数字を見比べると、吃驚するくらい離れている。表示は800番代、我々の番号は541番だ。ど~なってるのぉぉぉ? どれほど待てばいいのぉぉぉ?




しかし、やがて、国際線用のチケット売り場(我々がチケットを買うカウンター)の数字が501~900の間で回っていることが分かり、少し気が楽になった。しかし、それでも150番分ほど待つわけだ。




人はどんどん入れ替わり立ち代り、チケットを買っていく。よくもこれだけ電車に乗る人がいるもんだ。さすがヴァカンス時期だ。




中には、「チケット窓口」で30分以上粘って話し込んでいる人もいる。「情報窓口」は別にあるので、聞きたいことがあればそこで聞くべきだ。チケット窓口では、“心積もりしたチケットを買う”だけなのに、何をそんなに交渉することがあるのだろう。スペイン人は本当によく粘る。




掲示板の数字が新しく表示されて、その番号の人が窓口に駆けつけて来ないと、窓口係りの人はすぐ番号を次のものに変えてしまう。その間たったの3秒だ。うっかりしてると順番を飛ばされてしまう。





日本のように、客の姿が現れないと数字を連呼して店中探そうなどとはしてくれない。1・2・3ッ、来ないのね? じゃ、次っ! って感じだ。こりゃ、掲示板から目が放せない。




バスのチケットはもっと楽に買えるのに、国鉄はどうして、あんなに手間取る上に時間がかかるのだろう。結局1時間以上掲示板を見続けた。




 なにはともあれ、列車のチケットはうんざりするほど待った挙句、買う事ができた。よきかな、よきかな。ニコニコ




――我々がカウンターでチケットを買うのに要した時間は7分ほどだったよ……。





後記: 




後日、夫に、なぜいきなりアルル行きにOKを出したのか聞いてみた。夫いわく、「アルルと言ったらゴッホじゃないか。僕は最初から行きたかったんだよ。」えっ




じゃ、なぜ最初アルルに行きに反対したの? 「あなたが『アルルの女』を歌ったから、え~、あの(曲の)街か~と誤解してしまったんだね。で、アルルは嫌だなぁと思い込んじゃった。でも、ゴッホのことを思い出したんだよ。僕は最初からアルルへ行きたかったんだ!」 ……だそうだ。えっ




アルルをアピールするつもりで歌った「アルルの女」が、「ゴッホ」を忘れさせるほど“ガン”だったとは……。妻、小ショック……。しょぼん




つづく


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2001年夫婦世界旅行のつづきです。8月半ばのバルセロナ4日目。またもや体調を崩した夫と、とりあえず美味しいブランチを食べた後は……。




part244 資金移動手続き指輪




要約: 夫の慎重な性格ゆえ、ATMで引き出せるお金が底を着いてきた。で、シティバンクの“資金の移動”を行った。ヨーロッパに入ってからは、あっという間に資金がなくなったことよ。









さて、大都会バルセロナにはカタルーニャ広場をちょっと行ったところに大きなシティバンクの支店がある。チョキ




今までヨーロッパでは、シティバンクは実にひっそりとした店構えで、中心街からは離れた“近代的な通り”の一角に肩をすぼめるようにあったが、ここではなんだか、ドーンと構えている感じ。キラキラ




しかし、今回夫がしたい手続きはその支店では出来ないとのことだった。インターネットでなら出来るはずだというので、まずインターネット屋を探す。走る人(この件に関しては夫任せなので、私はとんとわからない。)




インターネット屋は大通り沿いにすぐ見つかった。さすが、観光都市である。おまけに日本語が読み書き出来た。日本語の書ける機能を備えたインターネットを利用できたのは、ヨーロッパに入って初めてである。しかも、こんなに早く見つかったのも初めてだ! さすがバルセロナだ。ドキドキ




さて、シティバンクにアクセスはできたものの、夫は自分の口座(?)に入り込むことはできなかったようだ。普段使用しないアクセス方法だと、いざというとき、ワケがわからないものだよね。暗証番号の入力を3度ほど間違えてロックされてしまったらしい。おやおや。ショック!





で、結局、国際電話で直接日本のシティバンクの支店に連絡して、資金の移動を頼むことにした。ヘッドフォン




夫はシティバンクに“簡単に引き出せない口座”と“簡単に引き出せる口座”とを作って、旅の費用のほとんどは“簡単に引き出せない口座”に入れ、“簡単に引き出せる口座”には“当座の額”を入れておいたのだそうだ。




つまり、念には念を入れ、“ATMで引き出せる額”を少なめに設定していたのだ。で、それが底を着いたら、“簡単には引き出せない口座”から、“引き出せる口座”へまた少し移動させるという方法を取ったらしい。いちいち手間はかかるが、まぁ、安全、慎重な方法ではあるね。お疲れ様です。柔道




も~。どの道使うんだから、最初っから予定の額をダーッと全部、“引き出せる口座”に入れとけばいいじゃな~い? ……などと私は思うが、夫はそういう人間ではない。そう。どこに行っても、どこにいても、石橋を壊れるほどに叩く男。ブタネコ




引き出せる口座”に全部入れておくと、万が一、そのカードや口座が使えなくなった場合、アウトである。危険である。リスクは分散しなければならない。 ……だそうだ。むっ




――そんなあなたがなぜ私を妻としたのか、摩訶不思議だ、夫よ。結婚にだけはハイリスク・ハイリターンを狙ったか? “元本保証”は端(はな)から諦めていたのか? (なんのこっちゃ)――オバケ




国際電話などめったにかけないので、次なる作業もドキドキであった。国際電話を掛けるのも、“お得なカード”だか何だかを夫は作っていたらしく、それを利用して掛けるのには、何やら複雑な番号を入れて、何やらワケの分からぬ暗証番号を入れて……???? メモ




と、と、と、とにかく、私にはワケが分からないので、ひたすら夫のそばでエールを送るのみ。頑張れ~。ニコニコ




大通りの公衆電話で小さなメモを見い見い、夫は必死にピポパポする。私は傍でそんな夫をじーっと見て、心の中で声援を送る。うるさくしちゃ悪いからね。黙って見守るのみ。ヒヨコ




と、「見られていると返って緊張するからっ! あっち向いてて! あなたは周りを注意していてっ! 」とムッとされる。見るのもダメかいっ。プンプン




ちぇっ。折角応援してたのに。へいへい。「用心棒」してますよ。あっち向いていりゃ、いーんでしょ。柔道




とにかく、とりあえず、夫が汗だくになってピポパポした甲斐あって、電話は通じ、資金の移動手続きは無事終了したらしい。よきかな、よきかな。音譜




シティバンクに初めいくら引き出せるようにしていたのか聞くと、50万くらいだったという。えっ





旅が始まってから3ヶ月は、アジアでTCや現金を使い切る形だった。シティバンクのカードから現地通貨を引き出し始めたのはヨーロッパに入ってから。まだ1ヶ月半弱だ。お茶





40日ほどで、既に50万円ほど使ったことになる。ヨーロッパでは2人で1日1万円ほどは使っている計算になる。おそるべし、ヨーロッパ!爆弾





つづく


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