2014年 花巻散策&早池峰登山&遠野散策 


6曲がり家など&見過ごせない「リニアコライダー」






伝承園に「河童の皿」を返却したら、車で移動。車

遠野物語の館」では、
趣向を凝らした展示方式で、懐かしい昔話を色々味わえた。

ネズミの嫁入

赤鬼
 



さらに、柳田國男の定宿だった「高善旅館」を見学。目


高善旅館
(↑柳田國男がいつも泊まったという部屋)

“医者の息子で、超お利口で、東大卒の官僚さま”……となれば、
明治時代なら、大先生として尊敬され厚遇されただろう。
でも、そんな己の地位に甘んじて堕落する……なんてことなく、情熱的に研究、調査を続けた柳田は、やはり凄い。
(……んだろうね? 
佐々木喜善さんは、柳田が“役人然”としていて驚いていたけれど……。むっ




遠野ふるさと村」……古い村の状態を作り出してある。Σ(・ω・ノ)ノ!

遠野ふるさと村


蛇石川」を渡って、村(?)に入っていく。
  橋を渡って村へ



かつて馬と人間が共存していた「曲がり家」を見学。目

曲がり家
 
「く」の字に作られていたから「曲がり家」というらしい。
同じ屋根の下に厩があるのは、日本の中では珍しいらしい。
遠野では、それだけ馬と人間が密着して生活していたのね。ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ馬

観光客のためだろうが、本物の馬もいた。Σ(・ω・ノ)ノ!

馬

天井にとどくほどの巨大藁人形があったり。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
↓ 
藁人形
 

こういうところで、ただ「見る」だけではなく、
合宿などできるようになったら面白そう。( ´艸`)
(でも、そうしたら、建物の傷みがひどくなったり、メンテナンスがしきれなかったりするか?あせる



ムクゲ
   
ムクゲが満開だった。
馬はムクゲが好きだよね? 馬のために植えられていたのかな?ドキドキ

――道のべの木槿は馬に食はれけり(芭蕉)




道の駅に寄ったとき、
ぎょっとした。(((゜д゜;)))

入り口に“リニアコライダーを実現させよう”的なフレーズの看板が出ていたから。叫び



「リニアコライダーって、なに?」と何もご存じなかった同行の仲間に、
「これは、とんでもないことなんですよ!あせる断固阻止せねばっ!パンチ!」と説明するのに夢中になって、
写真撮り忘れた。

おまけに、私が熱く説明しすぎたのか、
みなまで説明しきる前に、
「へぇぇ?」って感じで、引かれてしまった……。ガックリ



遠野のみなさんっ、
詳しい説明もなにもないまま、
おいしいことしか説明されないまま、なんでないのかしら?| 壁 |д・)

ただ“いいモノ”のように、看板なんて出していて、
私はとっても不安だっちゃ。(°д°;)



注:「国際リニアコライダー」(ウィキペディア

国際リニアコライダー(こくさいリニアコライダー、International Linear Collider、略称ILC)とは、超高エネルギーの電子・陽電子の衝突実験をおこなうため、現在、国際協力によって設計開発が推進されている将来加速器計画。」


すんごく大雑把に言うと、

宇宙の始まりを再現する実験……らしい(?)。

でも、それを行う施設はとんでもなく地下深くに作らねばならないし、あせる
とんでもなく資金も必要。(兆円単位)あせる
そして、その稼動に伴う危険と安全策についてはまだまだ……。┐( ̄ヘ ̄)┌
それなのに、それを日本の東北地方の北上山地あたりに作ろうという計画があって。ドクロ

東北の復興の一翼になるようなことを謳っているらしいが、
私にしてみれば、そんな無茶な!である。((((((ノ゚⊿゚)ノ
被災した人々の安定した住まいも職もまだまだ(……ってか、あと何百年もかかるんでない?)なのに、
またも危険なものを作っちまうの? と唖然とする。(((゜д゜;)))


リニアコライダーについては、あっこさん
当局に色々詳しく質問してくれていて、
海外の受け止め方も調べてくれているので、
こちら一連の記事をどうぞ。是非どうぞ!ドキドキ(。-人-。)→テーマ「リニアコライダー




まぁ、そんなこんなで、
ほんの半日ほどだったけれど、あれこれ暢気に遠野散策し、
夕方の新花巻駅では、駅弁をどれにしようか迷っているうちに、どんどん売れ切れていくので、焦ったりしながら、(°Д°;≡°Д°;)
帰途についたのでした。

どんとはれ♪
(でも、「リニアコライダー」は「どんとはれ」じゃない。
私はリニアコライダーには反対っ!やるなら、他所でやってほしい。パンチ!





プチ情報:新花巻駅には「足湯」があったけれど、曜日、時間により閉まっていることもあるようなので、ご用心。


                     おしまい
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5遠野のホップと河童淵



伝承園にある売店で、「河童捕獲許可証」(許可期間がその年の4月1日~翌年の3月31日までチョキ)が売られていたので、思わず購入! にひひ
(これに支払う数百円を高いとは思わないアフォな私。(/ω\))


そして、無料貸し出し中の「河童の皿」なる麦藁帽子を借りて、
河童気分が盛り上がる。ケケケにひひ

河童帽子


「河童の皿」はちゃんと返せば、伝承園の外へも被っていってよいというので、チョキ
「河童の皿」を被ったまま、河童淵を目指す。走る人

途中、すれ違った子供たちに、「わぁ、河童だ!」と指差し囃されるのも嬉し恥ずかしかったりする。(///∇//)
子供たちさえ被らない「河童の皿」を被って喜んでいる私って、いったい……?←ただの河童好きのオバハン。(●´ω`●)ゞ




途中。ホップ畑が現れる。Σ(・ω・ノ)ノ!

ホップ畑

遠野は「ホップ生産量日本一」ですって!∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

ホップは、「ビールの魂」とのこと。ドキドキΣ(=°ω°=;ノ)ノ

キリンビールは良質な遠野産ホップを100%購入させていただいています。」って。
――こうして、企業と農業がタッグをがっちり組んでいくのって、いいよね。(-^□^-)

ここで大切に育てられたホップで、美味しい「一番絞り」が出来上がっているわけだ。
今度からは、「一番絞り」を飲むときは、遠野のホップの香りなんだな~と
心して飲もう♪ラブラブ

残念ながら、ここではビールが売られてはいなかったので、むっチッ
喉に渇きを覚えながらも、ホップ畑(?)に囲まれた道を通って、走る人

ホップ畑の道

まずは、
蓮峰山常堅寺(レンポウサン ジョウケンジ)へ。

入り口で、金剛力士が「うぃーすっ!」って軽い感じで出迎えてくれた。о(ж>▽<)y ☆

ウィース  

このお寺の隅に、河童の狛犬がいた!(≡^∇^≡)

河童狛犬

ううむ。これ、河童狛犬?汗
頭のてっぺんが平らになって、河童の皿状態になっているのかな?
風化して、あまりよくわからなかった。f^_^;


お寺を斜めに抜けて行くと河童淵で。
河童淵(早瀬川?)は物静かで細い、細い割りに深そうな、
何かが潜んでいても何の不思議もないような、いい感じの川であった。キラキラ

河童淵  
これぞ「ふるさとの小川」という感じ。キラキラ
なんか、空気も違う気がする。
こういう美しい風景、ずっとずっと大切にしたいものだ。(。-人-。)


さぁ、「河童捕獲許可証」を持っている私としては、
是非とも河童を釣らねば!グー
(……といっても、観光客が自分を含め、わらわらいるので、河童なんて出てきたくても出てこられないよね。あせる

川のそばに大きな胡瓜がつけられた釣竿が用意されていて、
許可証のある人は使ってよいのであった。合格
(実際にはなんのチェックもされないので、自由に釣れるのだが。チョキ

河童捕獲7か条」なるものがあるので(許可証の裏に記載されている)、
それに沿って捕獲を目指さねばならぬぞよ。あせる


おずおずと、釣竿を垂れてみる。
ボチャン……大きなキューリが重たげに川に沈む。
しかし、それだけ。
何も起こらない。アタリマエ(〃∇〃)

河童釣り

仲間を待たせているから、
(他のみんなは誰も河童を釣ろうとしない。なぜだ……?あせる
ものの1~2数分ほどのチャレンジであったけれど、
現実には河童なんて釣れっこないけれど、
子供だまし、観光客ダマシなことではあろうけれど、

河童が今もいるかも!? と思って、小川に釣り糸を垂れる楽しさよ!!! クラッカークラッカークラッカー
一瞬でも、釣り竿を通して川と繋がっている一体感みたいなものを感じる。
これ、たっぷり時間があったら、川と語らう……って感じを体感できそう。ヾ(@^▽^@)ノ


カッパの女神(?)のお供えの胡瓜も、とても大きかった。

河童女神?
   
収獲しそびれて育ち過ぎたキューリがお供えになる……ということかしら?(^^ゞ


       あとひといき、遠野はつづくあせる


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4語るもの、引き合わせるもの、書きとめるもの




伝承園では、「佐々木喜善の碑」なるものがあって。

佐々木喜善の碑

柳田國男に遠野物語を語ったのは、佐々木喜善(鏡石)なのだった。∑ヾ( ̄0 ̄;ノソ、ソーイエバ…

佐々木喜善(鏡石)
(↑佐々木喜善 ササキ キゼン)

文学を志していた水野葉舟が、たまたま同宿した佐々木喜善から遠野の物語を聞いて、
その素晴らしさに驚き、
友達の柳田國男に佐々木喜善を紹介したらしい。(ノ^^)八(^^ )ノ


水野葉舟
(↑ 水野葉舟 ミズノ ヨウシュウ)

(↓柳田國男 ヤナギタ クニオ)注意←やなぎ「だ」ではなくて、「た」ね。
柳田國男

で、
柳田國男は、夢中になって佐々木喜善から遠野の物語を聞いたらしい。耳


佐々木喜善がしっかりと遠野の物語を語り伝えかたら、キスマーク
そして、水野葉舟が佐々木喜善の物語の素晴らしさを見逃さず、柳田に引き合わせたから、チョキ
柳田國男の『遠野物語』は生み出されたのだ。クラッカー

そういえば、『遠野物語』に佐々木から聞いた話だと前置きがあったっけ。あせる

参照:「遠野物語」

この話はすべて遠野(とおの)の人佐々木鏡石君より聞きたり

昨(さく)明治四十二年の二月ごろより始めて夜分おりおり訪(たず)ね来(き)たりこの話をせられしを筆記せしなり。鏡石君は話上手(はなしじょうず)にはあらざれども誠実なる人なり。自分もまた一字一句をも加減(かげん)せず感じたるままを書きたり。」



柳田が佐々木のどんな点を“話し上手ではない”と感じたのかはわからないけれど、
あれだけの物語を語り伝えるって、凄いよね。

日本人は、その昔、文字を持たぬ民族で、すべては語って伝えてきたというし、
佐々木喜善のような人は、
超記憶力抜群の語り部である、『古事記』編纂メンバーだった稗田阿礼(ヒエダノアレ)さんの
末裔だったりしないのかしら……?(=◇=;)


『遠野物語』のこの一節を読んだときは、
柳田が誰から話を聞いたか……なんて気にも留めていなかったが、(/ω\)汗

遠野に来て、佐々木喜善や水野葉舟らの経歴や写真を目にし、
彼らの存在あっての『遠野物語』だったことに改めて思い至ると、
青雲の志をもった当時の青年たちの繋がりと情熱が
あの一冊の本に集結しているのだなぁと感無量。(ノ◇≦。)


『遠野物語』が出版されたのは1910(明治43)年。
1875(明治8)年生まれの柳田國男、35歳の頃だ。
柳田國男というと、老齢になった頃の写真ばかり目にしていて、
“おじいさん”のイメージだったが、べーっだ!
考えれば、若いときから文学や詩や民俗学的なことに情熱を持って生きていたんだよね。カルシファー



柳田國男は佐々木から聞いた話だと断ったあとに、こう続けている。

「思うに遠野郷(ごう)にはこの類の物語なお数百件あるならん。我々はより多くを聞かんことを切望す。国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。」(『遠野物語』より)


願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。


――なんと野心と自信と決意と情熱に満ちた言葉か。Σ(=°ω°=;ノ)ノ



さんざん日本中を民話を求めて歩き回った柳田も凄いけれど、
柳田國男ほど全国にその名は知られていないけれども、
遠野の物語の素晴らしさを受け止めた水野葉舟、
惜しみなく語り伝えた佐々木喜善、
彼らも素晴らしい!クラッカー

そして、どんなに科学が進歩しても、
我々は、山の神や山の物語に戦慄させられる心をドキドキ
山や異形のものたちに対する畏怖を(。-人-。)
人間の卑小さと健気さとをラブラブ
忘れちゃいかんと思うのであった。

      また長くなったので    つづく
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3遠野散策「おしらさま」


岩手3日目。早池峰登山の疲れも、二日酔いもなく、元気。チョキ

で、
帰りの新幹線の時間まで、レンタカーで遠野を周遊。ヾ(@°▽°@)ノ


学生の頃、柳田國男の『遠野物語』を読んでから、
いつか行きたいラブラブと思い続けていた遠野に、やっと……! なのであった。(ノv≦。)
(どうせなら1週間くらいは滞在したい遠野である。)



「遠野」は当て字で、
「トオ」は「湖・池・沼」、「ノ(ヌップ)」は「野・丘」の意味だとか。Σ(・ω・ノ)ノ!
盆地になっている地はかつて水を満たした湖だったらしい?∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
(柳田國男の『遠野物語』の他、京極夏彦の『遠野物語拾遺retold』も面白そう。ラブラブ




さて、
猿ヶ石川を渡って、遠野へ入る。

傳承園」やら「遠野ふるさと村」を見学して、昔の家々や村の雰囲気を味わう。
レンタカーで回ったので、どこがどこだったか、記憶が曖昧なので、あしからず。あせる


伝承園

どこの萱葺き屋根の上にも、オレンジ色の花々が咲いているのであった。音譜(山百合かな?)
どの屋根の上も同じ花だったので、きちんと植えられたということか?

萱葺き屋根の上の花 

伝承園(多分?)で語り部さんから「おしらさま」(馬に恋した娘の話)などの遠野の昔話を聞かせていただいた。
(『遠野物語』を読んだはずなのに、全然覚えてなかったわ。)

語り部さん  

なんといっても、生きた方言でお話が聞けるのだから、ありがたい。ラブラブ!
まったりと温かい遠野弁(?)で聞く物語は、一層味わいがあるというもの。
語り部さんもほっこりした笑顔で、しっとりと語ってくれる。ドキドキ


でも、
これって有料なの。お金
結構なお値段がした。(確か30分ほどで、5000円くらいだったか。)


で、
我々が拝聴しているとき、何も知らない他の観光客さんがやってきた。
お話の最中だったから、その人は中には上がらず、戸口に腰を下ろして拝聴しようとしたようだったが、
有料で聞いている我々のためか、語り部さんはわざわざお話を中断して
そのお客様にはお引取り願っていた。
ちょっと世知辛いなぁ……。ダウン

でも、有料にしている手前、そうやって割り切らないと、示しがつかないのかなぁ。
座敷に上がりこまなければ、端で聞いていてもいいことにしてもいいんでないかい?
あるいは、最初から、有料の話のときは、出入り口をきっちり締め切るとか、工夫したらよいんでないかぃ?

昔話って、もっと大らかに誰彼なく話して聞かせてこそ……と思うので、
そんなことがあって、
なんだか世知辛い気分になっちゃって、この後はもう、話があまり頭に入ってこなくなってしまった。o(_ _*)o


おしらさま雛? 

「おしらさま」の人形(おしらさまのお雛様?)。


「おしらさま」の話はこちらに詳しい。

参照:「遠野の曲り家とオシラサマ伝説 


ざっくり要約すると、メモ


貧しい家の美しい娘が、その家で飼っている馬を愛し、
とうとう夫婦になってしまったので、
父親が怒り、メラメラ
その馬を木に括って生皮剥いで殺してしまったら、血
悲しんだ娘は、その馬の皮を纏って天に昇ってしまったとか、天使
馬の首を斧で切り落として殺してしまったら、娘はその馬の首に乗って天に昇ってしまったとか、天使

そんなオドロオドロシイ事件の後に、
娘が夢枕に出てきて、
親不孝してごめんなさいと謝り、
家が裕福になるように
馬の顔をした虫(=)をプレゼントして、
蚕の育て方から絹糸のとり方、織り方を教えたと。



「おしらさま」とは、“首だけ(あるいは皮だけ?)になった馬と娘”がそのまま“神”とされたものなのね。(=◇=;)
蚕の育て方などを教えてくれたから、「お知らせ」→「おしらさま」となったのか?

おしらさま1

敷地の奥に小さな蔵があって、「おしらさま」人形がたくさん祀られていた。

おしらさま2

これだけ集まると、ちょっと怖ひ。(^_^;)




「おしらさま」は、いまや「蚕の神、農業の神、馬の神」(byウィキペディア)とされているようなので、
生活の安泰などを願ってのことだろうが、
こんなに「おしらさま」が集まっているということは、
みなさん、「おしらさま」が好きなんだよね?ラブラブ

蚕が無事に育つように、いい絹がとれるように、絹織物がいい値で売れるように、
馬が健康でよく働くように、農作物がうまく育つように……
そんな祈りを込めて奉納するのだろうが、(。-人-。)

そうしたリアル生活のことは別として、
地元の人々は、この娘の物語をどう思っているのか、
ちょっと聞いてみたいことであった。


だって、
“娘が夜な夜な厩に行って、馬と仲良く笑い合っている”とか、“人間の娘が馬と夫婦になる”って話は
突飛だけど、
ペットを人間同様、いや、人間以上に愛する人って、今もいるだろうし、
思春期の多感な少女には案外ありうることでは? と私は思うのだ。

しかし、それに対し、父の怒り方が尋常ではない。| 壁 |д・)
貧しい家であったならば、なおのこと、馬は宝であったはず。
その馬を殺しちゃうことの方が尋常ではないと思える。あせる

ということは、

この物語の裏には、
なにか父親の腹黒い思惑(?)か、ドクロ
表立っては語られぬ何かが潜んでいたのではなかろうか……叫び
などと勘ぐるのは、私だけ?(^^ゞ


とにもかくにも、「おしらさま伝説」の地には、蚕の好物の桑畑が広がっており、
葉を青々と茂らせていた。キラキラ

桑畑

高さ1mほどくらい。
こんな背の低い桑の木は、初めて見た。
桑って、高いものは15m、そうでなくても、数メートルほどの高い木のはず。
ここの桑畑は、観光のために植えられているだけなのだろうか。




「おしらさま」の蔵の手前には、
繭などに関する詳しい説明などが掲示されていて、絹糸ができるまでを学習することもできる。

養蚕について



庭に咲くノウゼンカヅラの美しさが、「おしらさま」になってしまった娘の美しさを感じさせるわ。(´□`。)

ノウゼンカヅkラ



早池峰神社」への道の絵が飾られていた。

どなたが描かれたのかわからなかったが、見ているだけで吸い寄せられるような気がした。ドキドキ
あぁ、早池峰神社が私を呼んでいる?って感じ。

早池峰神社は「伝承園からすぐですよ」と言われたのだが、
いやいや、結構遠いぞ……ということで、今回は寄れず。残念であった。(ノ_・。)

早池峰神社
  

               長くなったので、つづく




2014年 花巻散策&早池峰登山&遠野散策 

2早池峰登山とエーデルワイン


*追加:花の名前をhttさんにご指摘頂き、調べたらすべてhttさんの仰る通りの花でしたので、名前を付記しました~。httさん、ありがとうございます~!




2日目。天気は快晴。晴れ
予定通り、早池峰登山決行!グー

昨日スーパーで買いこんでおいたもので軽く朝食をとり、おにぎり食パンコーヒー
朝8時、準備体操をして、宿を出発。DASH!

レンタカーで約1時間30分、岳(タケ)駐車場へ。車

岳駐車場からは、シャトルバスで20分、小田越(オダゴエ)下車

小田越


当初【小田越-山頂-河原坊】の予定だったルートは、
【小田越-山頂-小田越】のピストンルートに変更なのだ。あせる

小田越の入り口(標高1,250m)で、トイレを済ませ、携帯トイレも購入し、いざ出発。グー

携帯トイレ売り場 
(↑「男女兼用携帯トイレ」は1個350円なり。)


登山道を入ってすぐは、木道が整えられていて、歩きやすい。チョキ

木道
 
 
エーデルワイスより美しいと言われるらしいハヤチネウスユキソウヤマハハコが辛うじて咲き残っていた。キラキラ

ハヤチネウスユキソウ 


登山道を、熊よけの一斗缶を叩きつつ登る。
    
熊よけ一斗缶



トイレ  
携帯トイレ使用のために、青いテントが設けられていた。Σ(・ω・ノ)ノ!

木道が途切れ、岩また岩を行く。
蛇紋岩の岩場だそうで。

山1


山2




1~3合までが、やけに遠く感じた。(((゜д゜;)))

そういえば、山の「合数(?)」って、どうやって決められているのだろう?えっ

後日調べたら、
↓ 
参照:「山の〇合目は、どのようにして決められているのですか?



なるほどー。最初の頃の合目が長く感じたはずだわ。(=◇=;)

途中、「道」とも呼べない岩だらけのところもあり、ロープを目印に
岩岩岩を登っていく。


山3

山4

山は花の盛りを過ぎてしまったようではあったが、ダウン
まだまだあちこちに可憐な姿を見せてくれていた。(-^□^-)

けれど、
花の名前を確認する余裕もなく。あせる

白
ミネウスユキソウ


黄色
キンロバイ


赤
タカネナデシコ


一番可愛いと思った、☆の形をした白い小さな花を撮りそびれた。ガックリ
花の写真をいちいち撮っている余裕もなくなり。汗

山5

そのうち、山の写真を撮っている余裕もなくなった。汗ダウン



私はなぜこの早池峰に、あんなにも登りたいと思ったのだろうか……?はてなマーク
と、自問自答しつつ、岩を登る。

バランスを崩し、岩に向こう脛をゴリゴリこすりつけてしまいながら、しょぼん
登山用の杖は岩場ではむしろ不安定になるので不要だった……などと、
持ってきたことを悔やみながら、(´□`。)

あぁ、バックパックが重い、熱い、しんどい……あせる
などと心の中で弱音を吐きながら、。(´д`lll)


こんなにしんどいのに、どうして私は山が大好きなのだ?はてなマーク
登りたいのに、どうしてこんなにしんどく感じるのだ?はてなマーク
などと、自問自答しながら、
登った。

山を登っていると、普段の、いままでの、駄目駄目な自分がじくじくと膿みが滲み出てくるように出てくる。ドクロ
「あぁ、おまへはなにをして来たのだと…… 吹き来る風が私に云ふ」(by中原中也)状態。オバケ
腸壁にこびりついた糞片のごとく心の襞にこびりついているあれやこれやが
じくじく疼き臭うがごとし。(@Д@;



岩また岩の道を、2時間半、山頂(1,917m)へ。アップ

山6(てっぺん) 

山頂近くで木道になり、やや歩きやすくなったり、
ラストスパートに岩道があったり。


頂上に着くや、俄かに天気が曇り勝ちになる。くもり

岩手山?

岩の向こうの青い空のように見える遠くの山が、恋敵(?)の岩手山だというのだけど、
―早池峰山と岩手山で姫神山を取り合っていたとかいないとか――( ´艸`)

あれかなぁ?
と思っているうちに、
あっという間に雲に隠れてしまった。Σ(・ω・ノ)ノ!



頂上には、お社(?)と、
↓ 
社?
 
観音様。
↓ 
観音様



山頂にくると、やっと半分来た。まだ半分だ……と、いつも思う。DASH!
いわゆる「達成感」など感じたことがない。┐( ̄ヘ ̄)┌
今回も感じず。
あぁぁぁ、しんどい……。ダウン
向こう脛、痛い……。ダウン
打ちひしがれる。

頂上でへとへと

平地にいると山に登りたく登りたくて仕方ないのに、
どうして山に登るとさほど嬉しくないのだろう?はてなマーク
いや、嬉しくないわけではないのだけど、
寂しいような、物足りないような、ひとりにしてほしいような、
とにかく大満足な気持ちには、ならないのだ。汗


山頂で、みんなで記念写真を撮り、カメラ
ランチにする。
ホテルが朝食代わりに作ってくれたお弁当でお昼。お結びにオカズも色々。
煮物がうまし!ラブラブ!

弁当   
でも、
美味しいのだけど、お腹は全然空いていなくて、
それでも、残して持ってかえるのも憚られ、
「おいしいわねー!」という言葉に、
「おいしいですねー!」とうんうん、うなずき返しつつ、
無理やりアグアグ飲み込むように食べたのだった。あせる
――山に登ると、なぜか腹が減らないのは、私だけ?



13時頃(?)、下山開始。グー

道々、軽装の“長靴おじさん”に出会う。彼らは“早池峰見回り隊”らしい。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

早池峰を1日に2往復することもあるらしい。健脚だぁ。(=◇=;)
「河原坊」のコースの方には沢があるらしいから、長靴なのかな?


ところどころ、絶妙な岩陰で憩う人あり。

岩陰でひとやすみ

いいなぁ。ラブラブ
私も早くひとりでふらりと山登りができるようになりたいものだ。( ´艸`)
(一人前になる前に寿命が来そうだが。叫び



青い山は海原のようなり。青
眼下に広がる青い青い海のような山に、身を投げ出したくなる。とびこみ
(……ってなことを言ったら、同行の仲間からは賛同を得られなかった。みなさんはそうは感じないらしい……。汗

自殺願望ってわけじゃないのよさ。
ただ、
両手を広げて、ばっとムササビのように、山の中に飛んで落ちたい衝動に駆られるだけ。とびこみ
早く下山したいわけじゃないのよさ。
山に吸い込まれて消えたいというか、そんな感じ。

青い






ほとんど垂直に思える梯子を降りる。

梯子2

梯子1
  
 
  
13時頃無事下山。小田越バス停に到着。チョキ
13:12のシャトルバスで、岳駐車場へ(13:37)。バス


無事下山したとき、一仕事終わらせた気分になる。DASH!
そして、下山したその足で温泉に入ったら、温泉
「あぁぁぁぁ、山っていいなぁ! 気持ちいいーっ!」 と、やっと思う。(///∇//)
我ながら、変な奴だと思う。汗



どこで読んだのか忘れてしまったが、
現代は「花の山」として人気の早池峰(山)だが、
昔はマタギ以外は踏み込むことのない山だったそうで。

そのうち、修験者の修行の山ともなったそうで。
その頃は女人禁制の山だったそうで。

私が今回ひーひー言いつつも歩いて登れたのは、
ずっとずーっと昔に
山に入る道を誰か(マタギ様)が切り開いてくれたから、なんだなぁ。(。-人-。)


「登山を楽しむ」なんてモードが西洋から入ってくる(明治?)以前だったら、
そして、
山に携わる人々が道を整えてきてなかったら、
私などとても畏れ多くて、危なくて、足を踏み入れることさえできない山だったろう。禁止

山を歩くということは、
ありがたいことだなぁ。(。-人-。)(登っているときはしんどいけれど。べーっだ!




途中、エーデルワインのワイナリーに寄り道。ワイン

エーデルワイン

試飲しまくる。

運転を一手に引き受けてくださった先輩は、ワイン好きなれど、ぐっと我慢。
1滴の試飲にも手を出さない意志の強さ!(=◇=;)

申し訳ない!ありがたい、申し訳ない!ありがたい!(。-人-。)m(_ _ )m 
と思いつつ、横でグビグビ試飲させていただいた。べーっだ!

ここは昔から、葡萄から作っているワイナリー。
やはり、「五月長根葡萄園白ワイン」が美味しい。ドキドキ
こういうワインも、もう何十年もの間、一生懸命葡萄を育てて、絞って、
色々な困難にも負けず、ワインを造り続けた人々がいたから、
我々が今、口に出来るんだよね。
ありがたいことだなぁ。(。-人-。)



最近、色々なものがありがたい。(。-人-。)

ついでに、葡萄ジュースもすこぶる濃厚で美味しい。ラブラブ!
絞っただけの葡萄汁が美味しいってのも、ありがたい。(。-人-。)

この世は、“ありがたい”ものがいっぱいだ。(←ありがたがってるくせに、あれこれ、不平が多い。(●´ω`●)ゞ)


              つづく