I love にしん蕎麦

I love にしん蕎麦

「秋の京都旅行」の追記です。(^^ゞ




私は長いこと、ニシン蕎麦が気になってしようがなかった。ラブラブ
食べたことはないが、名前だけは耳にしていた。耳
甘辛く炊いた鰊をトッピングした掛け蕎麦!
きっと美味しいに違いない! と確信していた。(直感)ドキドキ
絶対私はニシン蕎麦が好きに違いない! と、いつの頃からか確信していた。(直感あるいは自己暗示?)ドキドキ


しかし、京都の蕎麦など果たして美味しいのだろうか?はてなマーク
蕎麦は関東か信州か東北か北海道でしょ……?
蕎麦は関東以北、関西以西は饂飩でしょ?って気がする。

以前、兄が大阪に転勤になった際、大阪の蕎麦のまずさに閉口していたから、京都の蕎麦も“まずい公算”大なのであった。むっ


しかし、万が一京都の蕎麦がまずくとも、
京都の“ニシン蕎麦”はうまいに違いない……気がする。(直感)ラブラブ


で、タクシーの運転手さんに、
ニシン蕎麦って美味しいですか?
京都の蕎麦は美味しいですか? と聞いてみたら、


「にしん蕎麦?
…………わんわん
(かなりな沈黙。聞こえなかったのか?と不安になったほど。)

「あぁ~ぁ、あれは、はぁ、好きな人は好きやろうしはぁ、嫌いな人は嫌いなん違いますかぁ~。好き好きでしょうなはぁ。わんわん
と、すごく気抜けする返事が返ってきた。えっ
マ、ソリゃ、ソウデッシャロウケド……汗


「鰊をいかに美味しく炊くかがポイントですなぁわんわん
と仰る。

「お蕎麦自体は美味しいですか?」と聞くと、
俄かに力強い声で、
「蕎麦あ? ふぉほほ、お客は~ん。蕎麦なんて、ど~~だってええんどすっ。うまいもまずいもないですわな~。わんわん
と滅茶苦茶なこと、仰る。Σ(~∀~||;)

「鰊が甘辛くほ~っこり炊けていれば、そりゃ美味しいですわぁ。上手く炊くのがむずかしいんでないですかはぁ。上手く炊けていれば、そりゃ、美味しいでっしゃろなはぁ~。いかに上手く炊けているか、ですなはぁ~。わんわん

(注:京都弁がうまく表現できないので、うろ覚えです。アシカラズ。でも、全体“はひふへほ~”の音が悠々且つ優雅に散りばめられていたように感じたことでありました。正しい京都弁をご存知の方はどうぞご指摘くだされたく候。(。-人-。))


京都府民がこんな感覚でいたのだったら、こりゃ、蕎麦に期待できそうにない。ダウン
京都府民は蕎麦に愛情も愛着もないのかもしれないぞよ?
しかし、鰊には期待できそうだ。


で、店に入って食べてみた。グー
ラブラブニシン蕎麦、でびゅー!

夫婦世界旅行-妻編-ニシン蕎麦初体験
いよいよニシン蕎麦とのご対面である。ラブラブ
ドンブリいっぱいに身を横たえたニシンが青葱に飾られて登場。ラブラブ

うむ。なかなか、美味しい!ニコニコ
いや、かなり美味しい!ラブラブ
いや、とても美味しい!ラブラブ!
熱々の蕎麦も美味しい!!ラブラブ
熱々の汁も美味しい!ラブラブ

私は本来、蕎麦といったら“盛り蕎麦”で“掛け蕎麦”は滅多に食べないのだが、
ニシン蕎麦はよい!(直感的中!)チョキ



特に有名というほどもない蕎麦屋でさえ
美味しかったニシン蕎麦に気をよくした私は、
是非ともニシン蕎麦の老舗中の老舗でも食べてみたかったが、
入っている余裕がなかったので、
老舗のお土産用の“ニシン蕎麦真空パックセット”を買ってきた。(^^ゞ
(新幹線の改札を入った駅構内、1Fお土産売り場の隅に店あり。)


夫婦世界旅行-妻編-由来

元祖ニシン蕎麦の店、「松葉」!
京名物にしんそば」とな!


夫婦世界旅行-妻編-松葉のニシン蕎麦サンプル

老舗のショーウィンドーのサンプル
(他店のニシン蕎麦と比べるとお値段かなりお高め。)

店で出てくるニシン蕎麦は、ニシンが目立つように蕎麦の上に乗せられているが、
ニシン蕎麦真空パックセットの“作り方”によると、
まず丼に温めたニシンを置き、その上に茹でた蕎麦を乗せ、温めた汁を注げとある。

ので、
指示通り作った結果、
ぱっと見、ニシンが主張されず、ちょっと寂しい。(ノ_・。)
蕎麦から見え隠れしている黒い物体は何? ……って感じ。

夫婦世界旅行-妻編-ニシン隠れ蕎麦


でも、うまうまうま~~~~~~!!!ラブラブ!
さすが老舗の味!!!!ドキドキ
ニシン、うま~~~~!アップ
大きなニシン丸ごと一匹にかぶりついていると、
柔らかく炊かれた鰹節を食べているような気になる。
程よい甘辛さがニシンの旨みを絶妙に引き立てている。
ニシンはしっとりほこほこ、ほろほろと口の中でほどける。
しかし、溶けてなくなるわけでなく、
よく噛み噛みして、そのエキスを噛みしめるのである。
ごっくんとニシンをほぐし食べたら、
色は薄いけれど出汁がしっかり利いた汁をずずっとひと啜り。
ニシンの余韻がさらさらと押し流されていく。
そこに蕎麦をずずっと啜る。
ねぎの香りに鼻をくすぐられながら、軽やかで瑞々しい蕎麦が温かく口中をリセットしてくれて、
またニシンにかぶりつきたくなるのであった。


ニシンと汁が特にうまい!キラキラ
「蕎麦なんて、ど~~だってええんです!」と言い放った運転手さんの気持ちがわかる気がした。
これさえ美味かったら、どんな蕎麦でも美味しくなっちゃう気がする。


しかし、蕎麦自体も充分美味しかった!!!
ニシン蕎麦、万歳!(直感的中)ラブラブ





ちなみに、次の私の直感のターゲットは、絶妙に美味しい“鴨南蛮”なり。 にひひ


                  
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2010年新春なれど、
2009年、11月中旬の京都旅行のつづきです。A=´、`=)ゞ



秋の京都旅行13 今生天皇即位記念日の京都(二条城)


3日目の京都は、街中でやたら日の丸の旗が目に付いた。日の丸
行き交う車も日の丸の小旗をはたはたはためかせて走っている。扇子
いの一番にそのことに気づいた老母がタクシー運転手さんに尋ねる。ブタネコ
すると、その日11月12日は今生天皇の即位記念日だというじゃないっ。Σ(・ω・ノ)ノ!
別に祝日でもないけれど、即位されたことを祝う日らしい。日本


「今生天皇の即位記念日」なんて、初めて知った……。(=◇=;)
(即位から20年間まったく気づかなかったわあせる


昭和天皇が亡くなったのは、1989(昭和64)年、本来ならば正月気分もまだ抜けない1月7日のことだった。
私は翌日8日がバイトで、外出した際、街全体が暗く静まり返った感じだったので、よく覚えている。チョキ
横浜元町付近を通りかかるバスの中からずっと街の様子を見ていたが、本来なら賑わっている町並みが暗く、営業している店もほとんどなく、人通りも少なく、車の往来も少なく、ダウン
街全体が喪に服している観があり、驚いた記憶がある。オバケ


1月の崩御から次期天皇が即位する11月まで、10ヶ月も間が空いていたのかと改めてびっくり。(=◇=;)
つまり、その10ヶ月間、日本は天皇不在だったわけ?!?
知らんかった。(=◇=;)


天皇が即位しようがしまいが、私にはまったく関係のないことのように感じる。
天皇制の是非を改めて考えたり、戦中戦後の日本の歴史観を明確にしないままに、ただ天皇の即位をめでたがっているだけで、日本はいいのか?はてなマーク
などとも思う。




が、そんなハスに構えた気持ちは、二条城に着いてコロッと翻った。リサイクル


拝観料を払おうとしたら、
本日は今生天皇即位記念日なので、それを祝って拝観料は無料!
とのこと。γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ

いやぁ、即位記念日も、いいもんだ。( ´艸`)

夫婦世界旅行-妻編-正門の旗

二条城の入り口にも日の丸がハタハタ。
さぁ、みんなで祝おう、天皇即位記念日。にひひ


二条城は
関が原の戦いで勝利した徳川家康が、上洛の際の宿泊所として1603年に築城」したもの。メモ
門や襖絵などが見事。これは何度見てもよいものだ。クラッカー
堂々たる力強い襖絵は、どれも見事としか言いようがない。キラキラ
表裏の模様が全然違う一枚の欄間など、その技術に舌を巻く。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

ただ、人が多く、掃除が行き届かない(?)のか、どの間も廊下もやや煤ぼけて見えたのが、ちょっと残念。汗



夫婦世界旅行-妻編-門

門の素晴らしさを写真に撮るって難しい……。(→o←)ゞ
一遍に細部と全体を味わえる肉眼って素晴らしい! 
などとカメラ下手の私は負け惜しむのであった。




瓦を使ったオブジェ。
菊のご紋ならぬ、菊の花のオブジェ
さりげないところにこうした趣向が凝らしてあるのが愉快である。

夫婦世界旅行-妻編-菊の瓦オブジェ



頑丈そうな門扉。
いいなぁ。こういう扉。ニコニコ

夫婦世界旅行-妻編-鉄扉

石垣がご立派。≧(´▽`)≦

夫婦世界旅行-妻編-石垣


城の敷地の中には出店が軒を連ねていて、そこに売られている小物がかわいかった。ラブラブ
蛙さんがいっぱい♪ まるで合唱してるみたい。
全部欲しいけれど、そうもいかないので、写真に撮って満足する。

蛙夫婦世界旅行-妻編-蛙の合唱

夫婦世界旅行-妻編-偽装金魚

この金魚さん(鯉?)は、大河内傳次郎の記念館の入り口にあった金魚鉢に入れられていた偽装金魚だっ! あそこの管理人さん(?)はここで買ったのかしら。にひひ

夫婦世界旅行-妻編-デメキンちゃん

出目金もかわいい。ラブラブ

食べ物屋も色々あって、
御手洗団子が想像以上に美味しかった!チョキ
温くてやわらか~いの♪
団子ひとつひとつの大きさも小ぶりで食べやすい♪

夫婦世界旅行-妻編-おいしい御手洗団子


庭も広々として気持ちよい。キラキラ
目を引いたのは枝垂れた緑で。目

夫婦世界旅行-妻編-枝垂れエンジュ

これ、シダレエンジュ(枝垂れ槐)とな。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

これは、「エンジュの変種でマメ科の落葉喬木」。
「原産地は中国にて、中国では古来より出世の樹として中庭等に植える風習があり、又縁起木として豪族の屋敷内に多数植えられ、その族の繁栄の象徴とされたといわれる。」とな。Σ(・ω・ノ)ノ!


庭もない家が多くなった昨今、こうした木に託した願いというか、象徴性を与えた木というか、そういうものにとんと我々は(もしかして私だけ?)疎くなっていることよ。ハートブレイク


昔、北海道を旅したとき、お決まりのように木彫りの熊を土産に買ったのだが、
そのときの熊はエンジュの木を彫ったものだった。
「エンジュに彫ったものは珍しいのだ」と、売店のお兄さんが言っていた。
木偏に鬼と書いて、槐(エンジュ)。
とても心に残った木であったが、ドキドキ
こんなところで枝垂れた生エンジュに出会うとは……。

変種にしろ、縁起のいい木でよかった、よかった♪(-^□^-)



夫婦世界旅行-妻編-爆音さえなければ・・・

気持ちよさげに枝葉を広げている木々の間を、
爆音轟かせて激しく振動しながら、ゆるゆると走る1台の車。ヽ((◎д◎ ))ゝ

夫婦世界旅行-妻編-庭園の爆音機
枯葉を吸い取る車のようだ?
ドドドババババドバババババババババッバ!雷

この車を操作している人は
絶対難聴になるに違いないっ!パンチ!
振動無感覚症(?)になるに違いないっ!パンチ!
大問題だっ!パンチ!
あんな爆音を立てて吸い取るくらいなら、
手でさっさと掃いた方がよほど効率的で健全だと思うのだが、
どうしてあんな機械を用いるのだろう?

枯葉を吸い取ると同時に粉砕して用土化する……なんて離れ業をするとでもいうのだろうか。
……謎だ。┐( ̄ヘ ̄)┌





二条城は堀川通りに面していて、
最後は堀川のあたりを散策してみる。走る人

夫婦世界旅行-妻編-堀川

堀川院の遺趾(堀川院の御所)だったとか、
藤原基経の大邸宅があったとか、
道元が幼い頃住んでいたとか、
橋本佐内の邸宅の跡だった(現、京都国際ホテル)とか、
京都って、本当に歴史上の人物がここに生きて歩いていたんだなぁと
感無量になる。(=◇=;)

夫婦世界旅行-妻編-橋本佐内がいた!



老舗和菓子屋さんを探す。
夫婦世界旅行-妻編-老舗1

堀川通りを東に1、2本奥に入った路地に、ひっそりとあった。

夫婦世界旅行-妻編-老舗2
すべて砂糖で作られているという和菓子工芸品。みごと!合格

$夫婦世界旅行-妻編-和菓子工芸


お菓子を包んでもらう間、お茶とお菓子を振舞われた。お茶
サービス、いいわさ。


今回は青蓮院(ショウレンイン)の青不動明王さえ見られればそれでいいと思ってやってきたが、
お目当ての所以外のどれもこれも、
見に行けば行ったで、いくらでも見る価値はあるもので、
京都の街の楽しみ方は底なしであると思われるのであった。ラブラブ

        
                  おわり


たった3日分の長~い「秋の京都旅行」日記、お付き合いくださいましてありがとうございました。ふぅ。読んでくださった方、お疲れ様でした。(。-人-。)アリガタヤアリガタヤ
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2010年新春なれど、
2009年、11月中旬の京都旅行のつづきです。
下知識もないまま、適当~なこと思ってます。(^^ゞ


秋の京都旅行12 妙見宮+痔の神様



常照寺から再び源光庵の方へ坂を上り、もう少し先へ行ったところにある妙見宮(ミョウケングウ)にも寄ってみた。走る人


地図には鳥居マークで示されており、ここは寺ではなく神社なのねと思うが、入り口が鳥居ではなく、寺の山門のようだった。神社

夫婦世界旅行-妻編-妙見さま?

入り口手前にまず注意書きが出ていた。えっ


当山は妙見さま信仰のお山です。
拝観料の徴収は致しません。
心清らかに参拝のマナーを心得てどうぞゆっくりとお参りくださいませ。
写真撮影はお断り致します。
メモ


妙見さま」とはなんじゃらほい?はてなマーク
なにやら妙な信仰か?ガーン
端から写真撮影を禁ずるこのお宮。
やや、心斜に構えてしまう私。むっ
とりあえず入ってみると、
気持のよい所で。キラキラ

夫婦世界旅行-妻編-神宮っぽい空気
(↑禁断の写真撮影決行。ゴメンナサイ)

木立に守られた庭の中に陽射しが降り注いで心地よいのであった。キラキラ
山の上だから、見晴らしもよい。キラキラ
八百万の神を祭る神道特有の伸びやかな神聖さを感じ始める。キラキラ

夫婦世界旅行-妻編-鳥居

お、鳥居! やはりここは神社なのだよね?神社
……と思いきや、

岩戸妙見宮 圓成寺」となっ!Σ(・ω・ノ)ノ!

夫婦世界旅行-妻編-圓成寺?

由緒を読むと、もともと「妙見大菩薩」を祀っていたが廃れてしまったこの地に、圓成寺が建立されて、妙見さまも復興を見たらしい。
もともと“妙見さんありき”だったわけだ。(=◇=;)

寺の中に神宮があるところもあれば、神宮の中に寺があるところもある。
日本って本当に神仏混交なのだね~。ヽ((◎д◎ ))ゝミックスミックス~!音譜





さて、浮き沈みはあったものの、いにしえより続く妙見さま信仰とはいかなるものや?はてなマーク


夫婦世界旅行-妻編-妙見宮説明

岩戸妙見宮(鷹ガ峰の妙見さん)
日本国最上玄武神の根本・皇城北方鎮護の開運北辰尊星岩戸妙見大菩薩をお祀りする。


「菩薩」といったら、仏教系?∑(-x-;)
私の頭は混乱する。台風


その祀られている像は、
右手に邪破の剣、左手に白蛇を握り、頭上に北斗七星をいただき、大きな神亀の背上に立ち、弁財天女と七面天女を脇士として鎮座されている
というものらしい。Σ(~∀~||;)

近代日本画家の誰かが、なんだかそんな絵を描いていた気がする……。ひらめき電球


妙見大菩薩は(中略)北極星と北斗七星を神格化した菩薩である。
仏教はもとより神道・儒教・道教・陰陽道などの諸宗教においても、衆星(シュセイ)の王・神仙の中の仙・菩薩の大将として厚く信仰されてきた。


平安時代には、正月に一年の安穏を祈る四方拝の儀式で天皇が妙見尊星に祈ったとか、
特に北山霊巌寺の妙見堂には、(中略)宮中から献灯の儀が行われていた。その妙見大菩薩が昇天されたことが『今昔物語』に記されている。」とな。Σ(・ω・ノ)ノ!



「妙見さま」、かなり厚く信仰されていたいたようだ。(。-人-。)
そもそも妙見さん自体が神仏道教のごった煮の産物か?(=◇=;)




妙見大菩薩は総ての運気を支配される大菩薩で、開運と諸願成就を祈って、祈りの叶わぬことはないとされている」のだそうだ。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


嘘でもここまで豪語されれば縋ってしまうのが人情ってもんじゃね?ラブラブ



で、叶わなかった場合に、神仏に恨みつらみ、クレームつける人間ってそうそういない。
“叶わなかったのは祈る側に問題があったのだ”と言われれば、そもそも他人頼みに祈るしかしなかった人間は、自省こそすれ、“神”に文句は言い出せないのではないか?しょぼん



星を頭上に頂いた神様……。星
仏教や道教の輸入によってもたらされたであろう(?)宇宙の概念とか、星の運行を調べることなどが、天文学や気象学やらの科学へと向かうのではなく、霊力やら運気の流れやらといった“占い”的な方向へと進んでいったということかしら。むっ
超常現象、特別な自然現象を神格化して、人々を畏れさせ、人々に敬わせることで、人々を「神」の元に1つにまとめることができれば、社会も平和になるってもんかもしれない。(*^o^*)





夫婦世界旅行-妻編-妙見さんの霊水?

これがどうやら妙見さんの霊力を示した霊水が引かれているところらしい?汗

全体、本堂らしいものやら、小さなお堂らしいものやらが不規則に設けられているように感じた。(神仏ゴッチャだから、当然っちゃー当然だね。最初からそう断っておいてくれれば、混乱もなかったのに……。)

それぞれの向いている方向が不統一に私には感じられたのだ。(°Д°;≡°Д°;)
説明板が一々立てられているのはとてもありがたかったが、一読してスムーズに納得できる内容ではないので、失敬してカメラでパチリ、パチリ。(ゴメンナサイ!)あせる



ちょっと奥の方に、小さな石塔?
誰かのお墓かしら?と覗いてみると、目

夫婦世界旅行-妻編-秋山自雲霊神
秋山自雲霊神(シュウザンジウンレイジン) (痔の神様)

(痔の神様)となっ!Σ(・ω・ノ)ノ!


お話が興味深いので、全文紹介しよう。ニコニコ
(そのためにも説明文を写真で撮ってしまった。許してください。神様!あせる

夫婦世界旅行-妻編-痔の神様のお話

痔病の神であり、痔疾平癒の利益がある。
『秋山自雲』というのは、岡田孫左衛門という人の法号である。
38才の時悪質な痔疾にかかり、様々に治療したが効果なく、ついに髪をおろして浅草本性寺(ホンショウジ)にこもり、懺悔滅罪(ザンゼメツザイ)の唱題(ショウダイ)修行に専念した
しかし全治に至らず、延享元(1774)年9月21日45才で没した。ドクロ
臨終に際し、自分の死後、痔病に苦しむ人がお題目を唱えたならば、必ずやこれを守護し平癒せしめようと遺言した。
これによって彼が本性寺に葬られてから、人々が彼の墓前に参詣して痔病平癒を祈願するようになり、流行神(はやり神)となった。
爾来各地の寺院にも痔の神としてお祀りされ顕著な霊験(レイゲン)によって、今もなお参詣祈願者が後をたたない。メモ 
(以上、説明板より引用。数字は私が算用数字に変更した。)



「様々に治療した」とあるが、
ボラ○ノールのない江戸時代、痔疾の治療なんてどうやっていたのかしら?はてなマーク
さぞ痛かったろう……。オキノドク(ノ◇≦。)
痔になったがために、とうとう出家して僧になるというのも凄い!(=◇=;)
痛くて痛くて、一般の社会生活が営めなかったのだろうか。
お題目を唱えて痔を治そうという発想も凄い!(=◇=;)
しかし、痔にかかってからご臨終まで7年。
さぞ痛くつらい7年だったろう。(ノ◇≦。)
癌などの病と闘うというと実に真摯な気持で耳を傾けるが、
痔との闘病生活と聞くと、どうもなんとなく滑稽味が加わって、哀切極まりない。(´_`。)


痔で苦しんで坊主になった男が、その後仏教界で昇進したとも思えないが、
色々な治療を試みて、果ては祈ることに行き着いた彼ならばこそ、
そして、同じく痔に苦しむ人に救いの言葉を残した彼ならばこそ、
神格化もされたのだろうね~。アップ
人々を救いたいという真摯な思いこそ、菩薩の慈悲というものかもしれない。ドキドキ



しかし、“痔で死んでしまった男が神になった”……改めて考えると凄い。(=◇=;)
しかも、「流行神(はやり神)」というのも凄い。(=◇=;)
神に流行り廃りがあるのね。アップダウン


そういえば、「妙見さん」だって、ひところは一世を風靡する神さまだったわけだから、これも時代の流れの中の流行に左右されているわけだ。アップダウン


特効薬がない時代、痔の神様に縋る人々は多かったろう。
神頼みでなく、確実に治る特効薬がある(?タブン)今の時代に神の威光が薄れたとしても、いたしかたあるまいね。


神とは結局、人々が生活をしていく上で心の支えとなるものだったのかもしれない。
だから、それが仏教系だろうが、道教系だろうが、神道系だろうが、痔を病んだ男であろうが、なんだってよいのだ。それが日本! クラッカー

……ってな感を深くした妙見宮でありました。( ´艸`)




さて、
再び源光庵のあたりまで帰ってくる。走る人
細い車道を挟んで、向かえには「光悦寺」なる寺への路地が伸びている。
なにやら趣き深い垣根で、そそられる。キラキララブラブ

そこにも寄りたかったが、
そこは一般観光客は本日立ち入り禁止なのであった。禁止
お茶会があるらしく、いかにもお茶会の参加者らしい和服のゴシンゾさんたちが、タクシーで後から後から乗り付けては、路地の入り口で低調に挨拶をされて、路地の奥へと導かれていく。
路地の入り口から別世界という感じ。一見さんお断り!って感じ。注意

でも、そのおかげで、帰りのタクシーには困らなかった。
鷹峯の辺りは行き交う車も少なく、ひっそりとした感じで、バスもあまり本数がない。
下手をしたら帰りのタクシーに困ったかもしれない。
お茶会さまさま、妙見さまであった。


夫婦世界旅行-妻編-光悦寺路地

光悦寺への路地

                     まだつづく








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新年明けましておめでとうございます。
本年が皆様にとってよりよき年になりますように。アップ

健康第一に よいお年を……



天使天使天使天使天使



ハワイ旅行記はちょっと後回しにして、
今は11月中旬の京都旅行をアップし始めたら、
いつの間にか、もう年を跨いでしまった。叫び





秋の京都旅行11 寂光山 常照寺(ジョウショウジ)




鷹峯(タカガミネ)の界隈を今しばらく散策する。走る人
源光庵(ゲンコウアン)から5分ほど(?)歩いたところに常照寺(ジョウショウジ)はあった。
江戸時代の名遊女、吉野太夫(ヨシノダユウ)の墓がある寺だ。チョキ

夫婦世界旅行-妻編-真っ赤に燃える~♪

車道から、紅に染まった紅葉に両脇を守られるように砂利の敷かれた長い路地を行くと、奥に朱色の門が見える。

神社の鳥居じゃあるまいに、寺に朱色の門って珍しい。
それが「吉野門」で。
吉野太夫(ヨシノダユウ)が寄進したものらしい。


夫婦世界旅行-妻編-吉野門
(↑吉野門)

一遊女が寺に門を寄進するなんて、ただごとじゃない。
さすが天下一の遊女であるね。(=◇=;)


参照:
ウィキ「吉野太夫

吉野太夫

吉野太夫には何代かいるようだが、この寺の吉野太夫は「二代目吉野太夫(灰屋紹益ハイヤショウエキの妻)」と明記されていて、一般に「吉野太夫」というと、この方を指すようだ。メモ


常照寺は本阿弥光悦(ホンアミコウエツ)が寄進した土地に建立されていた。

参照:
ウィキ「本阿弥光悦(ホンアミコウエツ)


江戸時代のマルチアーティストだった本阿弥光悦。UFO
徳川家康から(天皇と繋がりの深い彼を都から遠ざけるためか)「鷹ガ峯の地を拝領」し、そこに芸術家村を作り、活躍したらしいが、
その彼が、1616年、拝領した地を一部寄進し、
その息子光瑳が1627年、発願し日蓮宗の日乾上人(ニチケンショウニン)を招じて開山された寺が常照寺。メモ


この寺になぜ吉野太夫が山門など寄進したのだろう?はてなマーク
寺の説明板には「灰屋紹益の妻」とわざわざ注してあるのだから、吉野太夫が灰屋紹益に身請けされ島原を出て、彼の妻となってからの寄進なのだろう。
当時、灰屋紹益22歳、吉野太夫26歳
押しも押されもしない豪商の妻となっての堂々の寄進だったのかもしれない。



吉野太夫の夫、灰屋紹益(ハイヤショウエキ)って、どんなやっちゃ?はてなマーク

後日、調べたら、サーチ

参照:「灰屋紹益

「紺染め」に用いる灰の稼業で成功した京都の豪商の養子で、風雅を愛し、芸術、女(吉野太夫)に現を抜かし勘当された男。メモ
その養父が偶然にも吉野太夫の人物の素晴らしさを知り、あっさり勘当を解いたという逸話があった。∑(-x-;)

灰屋紹益はもともと佐野家の出。佐野家は「本阿弥光悦の縁故の生まれ」だとか。
つまり、縁故もあり、芸術を愛するという点でも、本阿弥光悦と灰屋紹益は交際があったことだろう。(ノ^^)八(^^ )ノ

本阿弥光悦―灰屋紹益―吉野太夫。
縁もあり、マルチに芸術を愛し精通したという点で3者が繋がる。ドキドキドキドキドキドキ
吉野太夫が門を寄進するとなれば、やはりこの常照寺に、ということで不思議はない。クラッカー




境内には全国唯一(全国初とも)の帯塚なるものもあった。
この帯塚、帯を織る匠の技や染めの技術、帯にこめられた女たちの思い、帯・着物文化を大切にするために、昭和の時に作られたものらしい。ラブラブ

夫婦世界旅行-妻編-帯塚
(↑帯塚)

帯塚の石は、「珍しい帯状をなした四国吉野川産」の石で、重さ6トンとのこと。
染め」から灰屋紹益、「吉野川」から「吉野太夫」に、なにか繋がって感じてしまうわ。コジツケスギ?(^^ゞ





境内の中で拝観料を払うと、今ビデオが始まったところだと急かされて、ビデオを拝見させられる。
何を見たのか、既に忘れている私……。(まだ2ヶ月と経っていないのに……。)ズゴンガックリ

ビデオよりも、その部屋に展示されている品々が絢爛豪華で、
思わず写真に撮っていたら、「撮影禁止」だと注意されてしまった。アチャ。(→o←)ゞ

夫婦世界旅行-妻編-金屏風
(↑カメラご禁制の屏風なり)




境内には本堂を中心に開山堂鬼子母尊神堂……etcがあると説明されているのだが、
境内の地図も表示されているのだが、
どこが何やら、私が方向音痴のせいか、あまりわからなかった。(°Д°;≡°Д°;)

夫婦世界旅行-妻編-本堂

本堂(?)

夫婦世界旅行-妻編-鬼子母尊神堂

鬼子母尊神堂(?)


夫婦世界旅行-妻編-苔むす木々

夫婦世界旅行-妻編-境内で一服

境内ではお茶も頂けた。

夫婦世界旅行-妻編-緑つやつや

緑つやつや。


夫婦世界旅行-妻編-北山杉

北山杉はやっぱりまっすぐに生えていることよ。

夫婦世界旅行-妻編-ここは・・・?

工事中なのか?寺の敷地の境界線なのか?

夫婦世界旅行-妻編-オダマキ?

オダマキ?

夫婦世界旅行-妻編-白馬の池?

小さな貯水池のようなところには、
白馬池」なる碑と妙な像が……。
なにか白馬と池に纏わる伝説でもあるのかしら?

夫婦世界旅行-妻編-白馬の像?



小道が分かれ分かれに、上下していて、どこをどう回っているのかわからなくなった頃、
掘っ立て小屋のようなものが。

夫婦世界旅行-妻編-遺芳庵

どうやら茶室だったところのようだ。

夫婦世界旅行-妻編-欠けた円

源光庵で見た「悟りの窓」のような真ん丸い窓だが、障子の桟がはみ出て円を崩している。∑(-x-;)
なんだか変な窓だな?むっ
念のため、今一度茶室の中側から覗いてみたら、目
びっくり!Σ(・ω・ノ)ノ!

夫婦世界旅行-妻編-吉野窓

美しいではないの!:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
なんとも心静もらせる陰影である。キラキラ

実はこれが、「吉野窓を設えた茶室遺芳庵(イホウアン)」だった。
完全な円ではなく、端をわざと欠けさせ、まだ完全には至らない……という思いを込めた窓なのだそうだ。
それが「吉野窓」なのだそうだ。キラキラ

その心映え、そして「吉野窓」というからには、
この窓の考案者こそが吉野太夫その人だったのではないだろうか。ひらめき電球


完全な円よりも、私はこの窓が断然落ち着く。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
常に己の中の未熟な部分を意識して、しかしそれに忸怩たる思いでいるのではなく、
ただ静かにそういう自分であることを受け止めているような、
そんな静かな心持になる。キラキラ


才色兼備で情けに深く、人徳のある吉野太夫。天使
彼女ならこの窓を考え付くに違いない!
と、確信した吉野窓であった。( ´艸`)




茶室をさらに奥へ行くと、墓地に出て、
やっと来たっっっ!ベル
吉野太夫の墓!о(ж>▽<)y ☆

夫婦世界旅行-妻編-吉野太夫の墓


学生時代、長野の信濃追分あたりを吉野太夫の墓があるか?とめくら滅法散策したことがあったが、まったく見つけられなかった。しょぼん
京都の常照寺にあったのなら、見つかるはずがないね。ガックリ

吉野太夫は常照寺の日乾上人に深く帰依していて、吉野門を寄進した縁により、ここに葬られたとの由。メモ

もともと武士の娘だったのに、遊女となった吉野太夫。
墓の横の立て札には、
遊女としての最上位にあり、ただ美しいというだけではなく、教養高く、詩歌管弦、茶の湯香道諸芸に秀で、当時上流階級の社交場の花とうたわれた。」とまで説明されている。
大絶賛である。合格


吉野太夫は世に語り継がれるほどのラブロマンスの末、26歳で灰屋紹益と結婚したものの、38歳で亡くなってここに葬られたわけだが、しょぼん
そこまで愛されて夫婦になった吉野太夫が、なぜ一人で眠っているのだろう?むっ
なぜ夫、灰屋紹益と一緒の墓ではないのか?むっ

灰屋紹益は吉野太夫の死後、3人目の妻を娶ったらしいが、彼の墓には吉野太夫の名がどこにも刻まれていない由。メモ
親戚一同の反対などがあったのだろうか。はてなマーク
それとも賢明な吉野太夫の意思なのだろうか。はてなマーク


後に歌舞伎の片岡仁左衛門丈らによって、「紹益吉野の比翼塚」が建立されたとのこと。

夫婦世界旅行-妻編-比翼塚


やっぱり、誰もが、二人寄り添って葬られていないことが納得いかなかったってことじゃないかなぁ?(´_`。)

夫婦世界旅行-妻編-碑

夫婦世界旅行-妻編-吉野の心ばえ





昔、後藤明生の『吉野太夫』を読みかけて挫折したままなのだが、いまさらではあるが近日中に読もう!と思い直した常照寺であった。グー




そういえば、以前信濃追分を歩いていたら、なんと後藤明生氏とすれ違ったことがある。Σ(・ω・ノ)ノ!
え?まさか? と思っているうちにすれ違ってしまったことであった。オバケ
そんな小さな出来事も、何かが私に『吉野太夫』を読まんか!と命じている印のように思えてきたど!ヽ(;´ω`)ノ

    
                        つづく
夏のハワイ旅行記はちょっと後回しにして、
今は11月中旬の京都旅行をアップし始めたら、
いつの間にか、もう今年最後の日だ。

秋の京都旅行10 源光庵(ゲンコウアン)


京都3日目は高峯(タカガミネ)辺りを散策することになった。
またもタクシー“ちょい乗り”でGo。車


まずは姉のご所望の源光庵へ。
血天井」で有名な所。


路地を入っていくと
ひっそりとした佇まいの門が現れる。
二つ目の門(多分?)は
まん丸の窓が2つ並んでいて面白い。

夫婦世界旅行-妻編-○窓門


門を入ると小振りながらすっきりとした庭が
緑も青々と、迎えてくれた。キラキラ

夫婦世界旅行-妻編-赤松君


庵内は襖が開け放たれ、間仕切りなしに庭まで見通せて、広々としている。キラキラ
小部屋やちょっとした床の間には、お香やら花が活けられていて
毎日の掃除がきっちり行き届いているという感じ。キラキラ

夫婦世界旅行-妻編-お香堀川

お香の名前がわかるように焚かれていた。ありがたい。
堀川」だって。静かでたおやかな香り。
(今回宿泊したのが「堀川」辺り=二条城のそば)だったので、なんだか「堀川」に縁を感じちゃった。)ラブラブ




四角い窓と真ん丸い窓が並んでいる部屋あり。Σ(・ω・ノ)ノ!

何か意味ありげ。

夫婦世界旅行-妻編-並んでます


で、
まず手前の四角い窓の前に座ってみる。

夫婦世界旅行-妻編-迷いの窓

きっちりと四角く切り取られた風景。キラキラ
気持ちよし。
これ、なんと「迷いの窓」とな!∑(-x-;)
四辺が生老病死四苦を意味しているらしい。
つまり、「人間の生涯」=「生老病死の四苦八苦」を象徴しているそうだ。(((゜д゜;)))

折角の庭を、そんなこと思って観たくないけど……。ガーン
苦労の向こうに見えてくる風景がある……ということだろうか?あせる


で、まん丸窓は、「悟りの窓」とな。(=◇=;)

夫婦世界旅行-妻編-悟りの窓

まん丸窓って、なんか覗き穴のような感じがするのは私だけ?にひひ
こんなに壁一面の大きな丸窓でも、その前に立つと、
向こうに広がる庭を覗き見ているような気になる。f^_^;

ズーム・イン!

夫婦世界旅行-妻編-悟りの窓ズーム

何事にもとらわれないおおらかな境地や大宇宙」を象徴しているそうだ。星空

この窓から庭を眺めれば、何か悟れるのか? 
おおらかな境地に至れるや?
と思いきや、
そうそう悟れるはずもなく、
「あぁ、きれいねぇ~。以上。」……なのであった。(^^ゞ


しかし、丸窓の方が漆塗り(タブン)で黒く艶やかな窓枠が白い壁に映え、その中に彩りのある庭が眺められて、特別に切り取られた風景を見ている気になる。
一種特別な美しさを感じる。キラキラ

同じ庭でも、窓が違うと印象も違うものだ。


円は“完全なるもの”をイメージするから、この丸窓を「悟りの窓」と称する気持ちはわかる。
しかし、四角い窓をわざわざ「迷いの窓」などとするのはいかがなものか……と、私は思う。
ただの四角い窓だって、十分美しい、気持ちのよい窓ですけど?
むしろ四角い窓の方が、開放感があってよろしいくらいなんですけど?(・ω・)b

夫婦世界旅行-妻編-庭の紅葉






さて、いよいよ本堂、血天井の間へ。

夫婦世界旅行-妻編-血天井1
「伏見城山城遺構血天井」。


夫婦世界旅行-妻編-血天井2

夫婦世界旅行-妻編-説明板

説明板によると、

豊臣秀吉の死後、もはや天下を取ったも同然の徳川家康伏見城に入っていた。
が、会津で謀反があるとのことで、家康は会津へ出撃することになった(1600年6月)。
鳥居彦左衛門元忠に伏見城の留守番を頼む。
会津は強敵なので一人でも多くの兵を率いていくよう元忠は勧める。
家康が江戸まで行ったところで、手薄になった伏見城に、石田光成らが迫ってきた。
「伏見城はもともと秀吉が建てた物だから、おとなしく城を返して豊臣側に従え」と、大軍でじりじりと取り囲んで迫った。
敵軍40,000に対し、伏見城は1,800兵。
家康の不在中に、伏見城を明け渡すわけにいかない。
もはやこれまでと腹を括った元忠たちは伏見城で討ち死にした。
源光庵の開山屯山禅師は家康と「密接な関係」にあったため、伏見城の血まみれの床板を天井に移し、諸兵の菩提を弔っているとな。メモ

鳥居元忠の首は晒し首にされたが、「元忠と交わりのあった京の呉服商佐野四郎右衛門」さんが、「晒し首とはあまりにむごい!」と、夜半に首を盗み出し、知恩院に葬ったと。メモ

あら! 昨日知恩院に行ってきたのに、そんなこと、全然知らず、気づかずに終わってしまった……。えっ


夫婦世界旅行-妻編-血天井4

血の手形。パー

夫婦世界旅行-妻編-血天井3(足跡)

血の足跡。あし

夫婦世界旅行-妻編-血天井5

雨漏りのように血が染み込んでる。
血の雨が降ったんだもんね……。雨

夫婦世界旅行-妻編-血天井6

兜の跡のようなものやら、色々。帽子


時は6月に伏見城を出発した家康が江戸に着いた頃、
多分夏の盛りの頃だよね。晴れ
むんむん蒸し暑い中での惨劇。
その現場はいかに無念の血生臭さに満ちていたことだろう。
しかし、今はどこにも血の臭いはしない。

しかし、どこもかしこも開け放たれて風通しがよいから臭わなかっただけかもしれない?
夜になって、戸を閉め切ったら、1600年の兵士たちの血の臭いが、じんわり降りてくるかしらん?新月


夫婦世界旅行-妻編-血天井7

とにかくあちらこちらに血痕!
この中に腹掻っ捌いた鳥居元忠の血も染み込んでいるらむよ。(°Д°;≡°Д°;)

おどろおどろしい天井だが、それが“観光の呼び物”ともなっているためか、天井も鴨居も埃が払われていて、よく手入れされている感じ。
そのこざっぱりとした清潔さと「血天井」という生臭さとのアンバランスが、隔世の感を強める。かに座




本堂にはとても立派な仏壇が設えてあって、この寺の隆盛を物語っている。
その本堂の脇の間(?)の隅(に当たる辺り)にちょこんと祭られてあった元忠の位牌

夫婦世界旅行-妻編-鳥居元忠の位牌

主人の留守を守り血まみれになって死に絶えていった者たちを供養するためか、はてなマーク
石田光成たちのやり口に異を唱えたいためなのか、はてなマーク
それにしても、血塗られた城の床板をなぜに源光庵の寺の天井に移したのか、はてなマーク
21世紀に生きる私には理解できないことである。(・_・ 三・_・)



血天井なんてものを眺めていると、城を守りきれず、血を流し尽くし、己の腹を切ることしかできなかった彼らの無念さなどを感じてしまうが、汗

歴史に詳しい友によると、これ、事実はちょと違うということで。えっ



家康も鳥居元忠も、こうなることは想定内だったというのだ。Σ(・ω・ノ)ノ!
石田光成たちがどう出るか様子を見るために、本当はさほど家康がいくまでもない会津へわざと大軍を率いて向かい、わざと伏見城を手薄にして見せたのだという。Σ(~∀~||;)
だから、もし石田光成らが襲ってきたら、それまで!と覚悟の上の作戦だったらしい。

しかし、(家康の留守中に)事あればこれが永遠のお別れです」と家康を送り出した元忠の言葉は、つまり、充分覚悟の上の言葉だったのだわさ。叫び

家康も様子を見るためとはいえ、部下を生贄にしたっちゅーわけじゃん?
私ならそんな上司に仕えたくないなぁ。(ノ_・。)

そんな風に「案の定~~~!」と思いつつ、勝ち目のまったくない戦の末、討ち死に、己の血が何百年も後の人々に見上げられていると知ったら、元忠はどんな気持なのかしらん?(T_T)





お庭は何事もなかったかのように静かに秋の陽が降り注いでいて、
ただただ平和なひと時。キラキラ

夫婦世界旅行-妻編-源心庵の庭

夫婦世界旅行-妻編-河童の頭

八角草
河童の頭が咲いてるのかと思った。( ´艸`)



夫婦世界旅行-妻編-鉢植え

どの鉢植えも清清しく元気に咲いていた。
源光庵の人はお庭やら建物に対する心栄えが感じられる。キラキラ


夫婦世界旅行-妻編-築地塀?

「血天井」とは全然結びつかない、のどかな庭なのであった。虹

               つづく