2~3日、ペタ返しやコメント書き込みができないかもしれません。後日参ります。ガーン



川越プチ散策7 ただものじゃない喜多院―2 

夫婦世界旅行-妻編-火消し用具?


川越の喜多院が“由緒正しいタダならぬ寺社”であることが察せられたのは、何もその秘蔵の品によってばかりではない。

まず、お賽銭を投げ入れてお祈りする慈恵堂(本堂?)が異様だった。Σ(・ω・ノ)ノ!
私が巡った寺社は数少ないから何とも言えないが、年末年始でもない限り、お参りする時に賽銭箱の前に一列に並ぶということはなかった。

しかし、この喜多院では、人が詰め掛けているというのでもないのに、皆さん2人1組の列になってずらりと並んでいたのである。あいてる脇の方から、お賽銭を投げ込んで、ちょちょいと参拝するなどしようものなら、「横入り!」って感じ。∑(-x-;)

慈恵堂の正面は階段になっていて、賽銭箱までの距離6~10mほどあるだろうか? 階段の下まで、参詣順番を待つ人々の列が続いていた。(=◇=;)


空いたスペースを利用してチャチャットお参りなど、許せない行いなのだろうか? 
皆さん、たっぷりお祈りして賽銭箱の前をなかなか動かない……ということもないので、列は順調に進んで行くのだが、わざわざ列になって並ぶほどではないのでは? と思った私である。f^_^;


この寺、「山内禁鈴」(山内で鈴を振ると竜が出るとして、仏具の鈴もみんな振り子を外してあるらしい。)など、不思議なイワレがたくさんあるらしい。だから、この参拝の行列にも何か故があるのかもしれない。クラッカー


春日局を中心としたなにやら意味深長な人間関係とは別に、徳川幕府の庇護を受ける前の喜多院には、不思議な伝説がある。ベル



仙人が住んでいた地というから、なにか独特な地であったのだろう。
訳の分からぬ伝説がある方が、むしろ「霊地」らしく感じられる。キラキラ
特に面白いのが、「三位いなり」、「榎の木稲荷」のお話。
両方とも「天辺から落下」という通点がある。ダウン



三位稲荷」は、「三位」という「味噌摺り坊主」が、師匠が天狗になって天に昇る場面を目撃し、自分の仕事道具の摺小木を投げ捨て、師匠の真似をして箒に跨って杉の木の天辺から飛んで落ちて死んだ……という話。彼にはまだお師匠様ほどの神通力がなかったのだ。(ノω・、)

それ以来、喜多院では「箒と摺小木は必ず別々の所に置き、かつ箒は逆さに立掛けておくことになった。」っていう所が、妙にリアルだ。にひひ


訳の分からない習慣ほど、そのイワレに真実味があるものだ。「それで……か!」と、“理解”はできないままに妙に納得してしまう。( ´艸`)


そして、「榎の木稲荷」も、訳がわからない。(((゜д゜;)))
喜多院に住んでいた化け狐が正体を見破られ、お暇をもらって出て行くことになる。その際、お礼にと「二千五百年前の釈尊が布教している姿」を現じて見せた。見ている間、一言も発せぬ約束で。ところが、見ていた尊海僧正は感動して思わず「南無仏~」と唱えてしまったので、狐は榎の木の天辺から落下して悶絶したという。ダウン

今もその話の「三位いなりの祠」や「榎の木稲荷」などは喜多院の敷地に存在するようだ。
話の真偽はどうあれ、その場が実在しているということが、なんかすごい!(=◇=;)


さらに、「底なしの穴」なるものも実在するらしい。Σ(~∀~||;)
残念ながら私は確認しそびれたのだが、喜多院山門の正面にある日枝神社に実在しているらしい。

(東京赤坂にある日枝神社はもともとこちらの日枝神社を分けて(?)できたものらしいから、それも意外である。こちらの方が本家本元?Σ(・ω・;|||)


何を放り投げても落ちた音がせず、放り投げたものが、「四五丁先の双子池にかならず浮んだといわれる」……ちゅーんだから、驚きだ。「必ず」だよ? そこまで言うか……。
これも、「落ちる」という点で共通しているよね。


つまり、喜多院ではその昔、なにかしらの「落下事件」があったのではなかろうか? と、安易に推測してしまうのは私だけではあるまい?(^o^;)

一見奇想天外なようで、かなり地味なお話。これらが実に喜多院をして、“何かがいた! 何かが本当にあった寺”たらしめている!チョキ
実に興味深い喜多院なのであった。音譜
(とても数時間だけの散策では把握しきれない寺であった。あせる


夫婦世界旅行-妻編-喜多院の庭


夫婦世界旅行-妻編-喜多院の庭 2


川越 喜多院

  
                  





               おしまい
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川越プチ散策6 ただものじゃない喜多院 



喜多院なんて寺があることは、川越の通りで配布されていたパンフレットを手に取るまで知らなかった。(^^ゞ
五百羅漢に惹かれて、急遽訪れた所であったのだが、ここ、ただの寺じゃない!って感じ。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


歴史に疎いので、詳細は全然わからないが、なにやら深~いものを秘めているような寺でござった。叫び





まず、入場チケットの裏の紹介文を読むと、あれあれあれ? なのである。はてなマーク

星野山無量寺喜多院(セイヤサンムリョウジュジ)(通称川越大師喜多院)、天長7年(830)慈覚大師円仁(ジカクダイシエンジン)が復興、寛永15年(1638)川越大火のあと江戸城紅葉山より書院造りの建物を移築(重文)、その他慈恵堂(ジエドウ)(本堂)、多宝塔、山門、慈眼堂(ジゲンドウ)、東照宮、日枝神社などすべて文化財指定。石像五百らかんも有名。メモ



830年に「復興」って、すっごく古い寺なんだ。――元々仙人《仙芳仙人》が住んでいたらしい。(ノ´▽`)ノ

川越って江戸時代にも「大火」に遭ってるんだ。――実は何度も大火・兵火で焼け落ちてるようだ。メラメラ

しかも、焼けた後に提供された建物が江戸城のもの?――江戸城とどんな関係が?祭りの神輿の「家光」鍵か?∑(-x-;)

「東照宮」? ――日光東照宮(家康)と関係あるのか?!?



私の中で「?」が飛び交う。はてなマークはてなマーク天使



丁度「宝物特別展」なるものが開催されていて、お宝を拝見することができた。目
由緒ある寺社には随分お宝が秘蔵されているものだが、この喜多院のお宝も相当なものであった。

順路が分かりにくくて、自分の見ている部屋が何の「間」だかよくわからないまま、眺め通してきたが、実は3代将軍「家光誕生の間」、「春日局の化粧の間」などであった。Σ(・ω・ノ)ノ!
カスガノツボネ~…イッタイドンナ化粧シテタンダロ?口紅にひひ


なぜに川越の喜多院に将軍家所縁のものが、こんなにそっくり移転されているのだろう?はてなマーク
なぜに「家光」? なぜに「春日局」?はてなマーク

と歴史音痴で「?」マックスになっているところに、アップ
天海僧正」の「歿くなる2月前の坐像」であるという木像が!(行年108歳とも121歳とも135歳とも。ヽ((◎д◎ ))ゝ)


喜多院は昔から時の天皇の庇護を受けて、大火で焼け落ちるたびに復興してきたようだが、慶長4年(1599=関ヶ原の戦いの前年だね)、「比叡山から南光坊天海が入住し」た後は、特に栄えたようだ。お金
しかも、「元和2年(1616)、家康が没した翌3年境内に東照宮が祭られた。」と!∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
しかも、家康が無くなって日光東照宮へ遺体(?)を運ぶとき、この喜多院に寄って、しばし安置されたようだ?ドクロΣ(・ω・ノ)ノ!



この喜多院、天皇とも徳川幕府ともタダならぬ関わりがあるように思うのは私だけではあるまい?グー

家光・春日局・天海僧正・家康……これらの人物。……なにか、ある!



寺には天海僧正の墓まである。その出生地についての説明まであったが、メモ
天海僧正=明智光秀(or明智光秀の息子)という説があることは、私でも知っている。(-_☆)


そして、春日局は家光の乳母。
しかも、明智光秀の部下の娘!
しかも、やがて家康にさえ意見しちゃう大奥の権威者
。Σ(~∀~||;)


天海僧正(明智光秀キャモ?)・春日局・家光・家康……天海僧正を明智と想定すると妙に繋がる人間関係が、この喜多院には詰まっているのね。サーチ
川越喜多院……江戸幕府にとって、関東の北を守る大切な位置にある寺とされていたようだけど、なぜ川越なんだろう? なぜ喜多院だったのだろう? 謎は謎のまま。((>д<))はてなマークはてなマークはてなマーク



この他、圧巻だったお宝は、「職人づくし」という屏風絵だ。キラキラ
当時の職人さんたちの働く様子が丁寧に描かれていて、とても楽しい。文化的価値も相当高いのではなかろうか。チョキ

仏師、傘師、革師、鎧師、経師、糸師、筆師、扇師、研師、鍛冶師、機織師、矢細工師、刀師、縫取師……実に色々な職人がいた。( ̄□ ̄;)

今ではその名を見て、図柄を見ても、一体何を作っているのかわからない職業もあった。
「むかばき師」「こうけつ師」「形置師」などは、いったい何を作っていたのやら?┐( ̄ヘ ̄)┌

(折角のお宝なのだから、せめてカラー版のカタログにしてお土産に買えるようにしてくれればいいのに……。しょぼん


夫婦世界旅行-妻編-天海僧正
↑境内の外にある天海大僧正像(こちらの像は、秘蔵の木像より随分精悍な、若々しい天海である。)


喜多院
http://www.kawagoe.com/kitain/サーチ

喜多院:
川越の歴史(4)


「川越には、有名な天海僧正の喜多院がある。天海は、徳川家康以来の将軍の黒幕で、三代将軍家光のころもまだ生きていた。」

「川越が大火災にあった時の藩主は春日局の縁者だった堀田正盛だ。正盛は三代将軍徳川家光と男色の関係にあったともいわれる。」

                つづく
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川越プチ散策5 喜多院 五百羅漢


成田山をさらに南下すると、やっと喜多院に到着。
まずは五百羅漢を。ラブラブ!


夫婦世界旅行-妻編-入り口

入り口がすごく分かりづらい。ガーン
売店の中に入り込むように右へ入っていくべし。グー
(あたしゃ、10分は境内の中を迷ったよ。しょぼん


ここの五百羅漢もそうとう個性豊かであった。ラブラブ

夫婦世界旅行-妻編-汗拭き
汗を拭き拭き、「ひゃ~、シンド。」


夫婦世界旅行-妻編-頭ぽりぽり
頭ポリポリ 「いやぁ~」


夫婦世界旅行-妻編-裁判中?
裁判中? 「ふ~ん?」「で、どぉしたいの?」


夫婦世界旅行-妻編-餅伸ばし
・・・餅伸ばしてます?

夫婦世界旅行-妻編-相談事
「でっしょ~?」「だよね~。」
(「相談ごと」)


夫婦世界旅行-妻編-3人組?
「俺ぁ、知らん。」「でぇぇ、そんなぁ……」「ま、しょーがなかんべ。」


夫婦世界旅行-妻編-鼻ほじり
「鼻糞ほじほじ♡」「汚ねぇな、おい……。」



夫婦世界旅行-妻編-この花を・・・
「あの方にこの菊の花をさし上げよう。」
「花より、この饅頭でイチコロだぜっ」


夫婦世界旅行-妻編-蛇マイラブ
「蛇マイラブ♡」 
「でぇぇっ。近寄らないでっ。」



夫婦世界旅行-妻編-溜め息
「……。」「はぁ……。」「……。」


夫婦世界旅行-妻編-演説?
「皆さん。聞いてくださいっ!」「うるさいわ。座れや。」


夫婦世界旅行-妻編-うふふ
「うふふ」
いい笑顔!


夫婦世界旅行-妻編-修行中です
僕に構わないでくださいっ。
僕は君たちとは違うんだっ!
僕だけは流されず一人でもがんばりますよ!



夫婦世界旅行-妻編-困ったちゃん
「困ったやっちゃのぉ~」


夫婦世界旅行-妻編-餅食いねぇ
「餅食うか?」「瞑想中です……」



夫婦世界旅行-妻編-達磨ラブ
「だ~るまちゃ~ん むふっ♡」


夫婦世界旅行-妻編-ダル
「みんな、好きにしたらえ~やん。」


夫婦世界旅行-妻編-ネズミラブ
ネズミと友達 
「イテテ。そ、それはワシの指じゃ…齧ってはイカン。」


夫婦世界旅行-妻編-灯明皿
「ままま。一献!」
(「灯明皿に油を注ぐ」)


夫婦世界旅行-妻編-お猿さんラブ
サルが好き 「ふぉふぉ、うい奴。」
(「猿を抱く」)


夫婦世界旅行-妻編-中央
中央


夫婦世界旅行-妻編-茶挽き
「粉挽いてまんねん。」
(「お茶を挽く」だった)


夫婦世界旅行-妻編-あんま
「どうでっか?」「あふ~ん、ええなぁ~」
(「あんま」)


夫婦世界旅行-妻編-茶?
「この茶を飲むべきか、飲まざるべきか…」(中身はお茶か?)


夫婦世界旅行-妻編-くんくん
「ええ匂いやなぁ~」


夫婦世界旅行-妻編-痒~の
「かいかいっ! ここ、痒っ!」


夫婦世界旅行-妻編-木の下
「この緑の下が気持ちええんや~。」「ほやな~。」

夫婦世界旅行-妻編-大樹



ウヒョウヒョ楽しんだ後、帰りに説明の入った小冊子を買ってみたら、羅漢さん、私の想像とはちょっと違うものもあった。∑(-x-;)
*小冊子に紹介されていて、私の想像と違うと確認できたものには、(「 」)にタイトルを加えてます。注意

この他、「眼鏡をかける」「蛇を愛する」「太鼓を打つ」「魚板を叩く」「ひげじまん」「犬に餌をやる」「宝珠と竜」「犬連れと払子で頬杖」「合財袋」「南無阿弥陀仏」「ほうき」「内緒ばなしをする」「七輪で湯を沸かす」など、さまざまな羅漢がずらりと並んでござった。
(=⌒▽⌒=)

実に生活臭漂う羅漢たち。
己が身に置き換えやすいからか、実に生き生きとした所作に見える。ヾ(@^(∞)^@)ノ


やはり、秀逸は「鼻糞ほじほじ」と「にっこり」羅漢だ。(-_☆)

                 つづく


C’est le temps ou nous faisons finir notre…
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川越プチ散策4 成田山

テーマ:
川越プチ散策4 成田山



ここが喜多院かな? と入って、とりあえず、お参りして、小さな境内を反対方向から出たら、そこが山門で。えっ

大本山 成田山 川越別院」だった。ガックリ
なんで川越に成田山なんてあるんだろう?はてなマーク
地図を見ると、喜多院、成田山の他に、あちこちに寺社があるのであった。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


夫婦世界旅行-妻編-不動明王

右手に刀を立てて、まん丸オメメで睨みを聞かせているのは、不動明王だね。ラブラブ!
なかなかいい。チョキ

稲荷神社が境内に祭られていて、つい習慣でお狐様チェック!サーチ

夫婦世界旅行-妻編-狐 左

夫婦世界旅行-妻編-狐 右

やはり、狐は首を45度ほど回している。次項

お賽銭箱のところには狐の小さな人形がたくさん飾られていた。
なんか、かわいらしかった。

夫婦世界旅行-妻編-小狐いっぱい ( ´艸`)

         つづく



Merde, merde, merde!

川越プチ散策3 蔵通り

テーマ:
川越プチ散策3 蔵通り


山崎美術館・亀屋の角を右折。
中央通りを更に北上する。
そこは黒い蔵造りの街並み。

夫婦世界旅行-妻編-黒い蔵造り


商業で賑わっていた川越の町。グー
明治26年の大火で町の3分の1を失ったために、耐火性のある土蔵造りの街造りがなされたらしい。メラメラ
明治27年には日清戦争が起ってるわけだけど、川越はそれどころじゃなかったかもね?(°д°;)


大正時代っぽい(?)建物も唐突に並んでいたりする。

夫婦世界旅行-妻編-大正チック?

路地を覗くと、すぐ傍に近代的な高層マンションらしき建物が並んでいたりするが、大通り沿いは大体黒い蔵造りが並ぶ。この統一感がいいのかもね。(・∀・)

夫婦世界旅行-妻編-クラクラ蔵


ある店の前に大きな急須が?と見たら、ライトが仕込んであった。お茶Σ(・ω・ノ)ノ!

夫婦世界旅行-妻編-急須ライト


なんか味わいのある店構え。“新しかった”古い店って感じ?

夫婦世界旅行-妻編-モダン



蔵の通りを北上しつつ、途中右に入っていくと、「時の鐘」。
川越のシンボル的存在のようだ。ベル

夫婦世界旅行-妻編-時の鐘


櫓の高さは奈良の大仏と同じだそうです」というが、大仏ほど高いとは思えなかった。ほっそりしているせいだろうか? 目測ってかなりいい加減なのね。( ̄_ ̄ i)



観光客が多いので、中までは入らず、下から見上げて、満足する。
道の途中で川越の観光マップなど配布されていて、それに喜多院の「五百羅漢」なるものが紹介されていた。ひらめき電球


今私の中では「羅漢ブーム」。こりゃ、行くっきゃない!o(〃^▽^〃)oラブラブ


蔵の街並みもそこそこ堪能したし、人ゴミにも疲れてきたので、メインの通りから外れて、遠回りに南下して喜多院を回って帰途につくことにした。


その途中、なにやら由緒正しそうな和菓子屋発見。(川越の和菓子屋はどこも由緒正しそうなのだが。)
店の隅のショーウィンドーに展示してあるモノが、ただの和菓子屋とはちと違う。

夫婦世界旅行-妻編-有一

夫婦世界旅行-妻編-賜りもの



ちょこちょこ寄り道しつつ喜多院を目指す。走る人

Merde, merde, merde!
夫婦世界旅行-妻編-歩道絵
(↑歩道には川越の名所絵図が。)

           つづく




Je savais tous
Tu savais tous
nous savions tous
mais seulement on pretendait qu’on ne savait rien
c’est tous