2001年夫婦世界旅行―妻編」が入っているPCは故障中。で、世界旅行記は中断中。(バックナンバーを読んだろう!と思ってくださる方はこちらから入れます。part1。)

で、別件の、2004年、姪と2人で行った「見栄っパリ旅行」の細切れな話をようやく終わりましたが、今日はその番外編をひとつ。



72 見栄っパリ旅行 番外編
         ……亡父の引き合わせ?
 



2004年、ほんの1週間の短い滞在ではあったが秋のパリを堪能し、JALで無事にパリから成田に到着。飛行機


――丁度この直後くらいから、日本の各航空会社の杜撰な整備や呆れた手違いがニュースをにぎわせ始めたのだったよ。――NG



行き帰り、それぞれ11~12時間ほどのフライトも、姪と一緒だったのでまったく退屈することもなく、窒息しそうになることもなく、笑っているうちにあっという間に終えることができた。ニコニコ


(私は飛ぶ感覚は好きなのだが、閉所恐怖症気味なので、いつもはフライト時間が7時間を越えると「飛行機から出してくれぇ!!!」と叫びだしたくなるのだったが。((((((ノ゚⊿゚)ノ)



2004年夏~秋にかけては、日本のお笑い界では九州弁を駆使した「ひろしです」(?)や「ギター侍」なるお笑い芸人が特に受けていて、姪と私はことあるごとに彼らのフレーズを使った。テレビ



「ひろしです。ワインが飲みたいとです。でも二日酔いがひどいので、お代わりができませんっ。ひろしです。ひろしです。ひろしです……。」とか、ガーン

「デザートが甘すぎますからぁぁぁ。残念っ!」とか、しょぼん

なんでも彼らの口ぶりを真似てみては、笑い転げていた。にひひ


どちらかが何か言うと、最後は声をそろえて「残念!」とやるのが、なんとも愉快なのであった。ヾ(@^(∞)^@)ノ

箸が転んでも笑い転げる16歳”状態。(私にしては)超ハイテンション。アップ


くだらないことで笑い合える人と一緒にいることが、人間、幸せだなぁ!と思う。(=⌒▽⌒=)ドキドキ




そんな風に長いフライトを心地良く終え、成田空港で姪とは別れた。パー



で、私はひとり京成スカイライナーに乗り込んだ。新幹線

禁煙車両禁煙はガラガラだが、たった1両しかない喫煙車両は大入り満員状態タバコ


タバコの煙がもくもくと立ち上がり、くさいくさい!ショック!

おまけに中国人団体さんらしきご一行が私のすぐそばの一帯の座席を占めて、パンダわんわんぶーぶーパンダパンダパンダわんわんわんわんわんわん

大声でしゃべりまくる! 歩き回る!ガーン 

うるさい、うるさい! う・る・さ・いっっっ!((o(-゛-;)


禁煙車両に移動したろうか……とも思ったが、プンプン

やっぱり一服したいぞ! とぐっと堪えてパンチ!

そのアヒル小屋のようにガーガーうるさい車両に居続けたときのことだ。タバコ




私の横にでっぷりと太った初老の男性どかりと座った。パンダ

「はい。失礼しますよ。クマ

と日本語を話す。∑(-x-;)

お? この人は日本人なのかな?


ほっぺたの肉と瞼の肉が目を圧迫して押しつぶさんばかりだが、ガーン

その肉の谷間からは、案外鋭い眼光が発せられていて、キラキラ

抜け目のない焼き豚! クールな猪八戒って感じだ。( ̄□ ̄;)

だが、傍若無人というわけではないらしい。チョキ



中国人ご一行の世話係らしく、さきほどから がーがーくわっくわっの騒音の中を

負けないくらいの大声で がーがーくわっくわっ話し回っていた人だ。

一番うるさいのが来ちゃったよ……と内心舌うちをしながら、ガーン

ちょっと会釈を返して、関わらないようにしていた。(-。-;)



その御仁は、座席に3分と落ち着いておらず、始終団体さんの方へ出向いては

がーがーくわっくわっとやる。

ひとしきり、がーがーくわっくわっとやったら、また私の隣の座席にどかっと座る。

落ち着かない奴だなぁ……と思っていたら、

今度は缶ジュースを団体さんに配り始めた。

やれやれ、世話役は大変だね。┐( ̄ヘ ̄)┌



缶ジュースを配り終えた彼が再び隣の席にどがっと座った。

そして、余ったのだろうか、缶ジュースを1本、私に差し出してきた。プレゼント



ううっ!? 別に缶ジュースを今飲みたくないけれど、

ご親切でくれようというのだろうから、もらっておこうかな。ラブラブ

まさか毒は入っていまい。

しかし、もらっちゃうと変に話し込まれちゃうかな……ガーン


などと一瞬迷ったが、プライスレスの物に弱い私は素直に缶ジュースを受け取ったのだった。(●´ω`●)ゞ

彼は自分の缶ジュースを開けて、ごきゅごきゅ! ぷはーぁっ! 

やっと落ちつけると言わんばかりに息をついて、ふぅぅぅぅっ。DASH!

缶ジュース1つ飲むのにも、いちいちうるさい御仁だ。ガーン



で、案の定、お話が始まった。ヽ(;´Д`)ノ

どちらから? どちらまで? なんて出だしから、

ご存知ですか? 中国の潜水艦が日本の領海を侵犯したんですよ!クマ」と、いきなりきな臭い話が始まった。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

寝耳に水のニュースでびっくりする私に、私がパリに行っている間に起こった中国潜水艦の日本領海侵犯の事件について、御仁は忌々しそうに語り始めた。パンチ!

驚く私に、「今までにだってしょっちゅうあったんですよ。クマ」と聞き捨てならないことをさらに仰る。∑(-x-;)



うるさいのはごめんだが、人の話を聞くのは好きな私。ニコニコ

へぇへぇ、ほぉほぉ耳を傾けた。耳耳耳

「それはとんでもないことですね!」と私もつい熱くなる。プンプン

御仁は、いかにも中国憎し!みたいなことをひとしきり並べ立てて、

ご当人のお仕事は何かというと、やはり観光旅行中国人ご一行様のコンダクターらしかった。ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ




「いやぁ、彼ら(中国人)はうるさいですよ。クマ

――そうだろう、そうだろう。あなたのうるささも相当なものだが。にひひ

「あれやこれや注文が多くてクマ

――あ、そういう「うるささ」か。どっちにしても、そうだろう、そうだろう。得意げ




「以前は●●に勤めていたんですけどね。独立してこの仕事を始めたんです。今は中国人旅行者がわんさか日本を訪れてますよ。大変ですよ。クマ

いかにもやり手社長のように、でっぷりたるんだ体をゆらして笑う。UFO



●●!?――そこは奇しくも、わが父が生前勤めていた会社であった!!!

しかし、そこはもう統合されて別の会社になっている。

昔の名前をそのまま言うとは、こいつ、怪しい奴……?メガネ



「●●? それは●●○○会社の●●ですね?」と、かつての会社名をフルで確認してみる。

すると、おっさん、ちょっと意外そうに向き直って、

「ええ。●●○○会社はもうなくなってしまって、▲▲●●会社に今はなってますけどね。クマ

と仰る。

――そうそう。その通り。ちゃんと知ってるじゃないか。このおっさん。ベル




「●●会社の頃は□□部にいて……クマ」と続いた。□□部は、亡き父がいたことのある部署名だ。

!!で、つい言ってみた。

「私の父も●●会社の□□部に勤めていたことがあるんですよ。父はもう4半世紀も前に亡くなりましたが。」

おっさん、「へぇぇ?!クマ」と驚く。

で、我が亡き父の名前を告げてみた。


すると、おっさん、頭の奥を探るようにこめかみにぶっとい人差し指をぐりぐり当てて、

「ああああぁぁ。そうそう! いました。いました。☆☆さん!

一緒でしたよ。ああ、そうですか。☆☆さんの娘さんでしたかぁ。クマ


え? ご存知ですか? えっ

年の頃を尋ねてみると、ほぼ合致する。どうやら本当の話らしい……?メガネ



「懐かしいなぁ。そうですか。

ああぁ。亡くなられたんでしたね。そうですかぁ。

私はすぐ別の課に移ったので、ずっとご一緒だったわけではありませんが、

よく覚えていますよ。ええ。

あなたのお父さんと一緒に飲んだこともありますよ。

ああ、あなた、よく似てる。うんうん。クマ



亡き父と同じ会社に、しかも同じ課に勤めていた人と偶然スカイライナーで隣の席に座り合わせるなんて、

なんという偶然であろうか!虹

しかも、その人は父のことを覚えているという。お酒

酒飲みの父と「飲んだこともある」というコメントもいかにもありそうな話だ。

中国語を駆使して中国をターゲットに新会社を設立した当たりも、●●からの転身としては、いかにもありえそうな話だった。

俄かに御仁の話に真実味が増す。アップ




これは亡き父が引き合わせたのであろうや?(-_☆)

「似てる」といわれ、わが顔の中に亡き父の面影が宿っているのかと思うと

少々ほろり。目頭が熱くなってくる。(ノ_-。)



が、次の瞬間、おっさんの言葉に、うるうる目が点になった。(*_*)



「うん。似ているなぁ。目だ! あなたの目! 目に面影がある!

うんうん。そんな細い目をしてました。目、細かったですよね。

あなたの目、お父さんにそっくりだぁ!
クマ」Σ(=°ω°=;ノ)ノ



……チョット待て! 父は目は細くなかったと思うぞ?ガーン

私も目は大きくはないが、「細い」と言われたのは初めてだ。(=◇=;)

ってか、あんたに細目と言われたくないぞ?
( ・д・)/--=≡(((卍



目は(目も?)細くないぞ! と訴えるがごとくドングリ眼をひん剥いて、

「え? いやぁ……。父は目は細くなかったですよ?」と言う私に頓着なく、おっさんは繰り返した。


「うんうん。その細~い目がよく似ているっ!クマ




……でたらめだ、このおっさん!ガーン



ひとしきり「そうですか。ああ、☆☆さんクマ」と繰り返して、

胡散臭さをたっぷり振りまいて、うんち

おっさんは再び、中国人ご一行さんの方へと世話を焼きに立ち上がっていったのだった。あし



さて、このおっさんの真偽の程やいかん?はてなマーク

名刺を別れ際に頂いておいたので、

それを実家の母にみせてみた。



なんと、母はその名に覚えがあった。(名前に使われている漢字にちょっと特徴がある。)

「ああ! ああ、ああ! いたわねぇ。そうそう。※※さん。いたわ。パパの部下だった人よ。ブタネコ

名刺の名前に懐かしそうに見入りながら、

「※※さんね。いたいた! ……目の細い人でしょ!?ブタネコえっ



……どうしてみんな、思い出は細目なのだ?( ̄_ ̄ i)

おっさんの言いっぷりを思い出してみると、彼が父の部下だったかどうかも怪しいので、おっさんの言葉も、母の言葉もどちらも胡散臭い。思い出に「細目」を挙げる人間を、私は疑いたくなったことであった。


                おしまい
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2001年夫婦世界旅行―妻編」が入っているPCは故障中。で、世界旅行記は中断中。(バックナンバーを読んだろう!と思ってくださる方はこちらから入れます。part1。)

で、別件の、2004年、姪と2人で行った「見栄っパリ旅行」の細切れな話を続けてきました。これが最終章です。^^





71 感謝




プチホテルの朝食
(↑プチホテルの朝食)



ホテルの朝食は、最後の最後の最後まで、全く同じメニューであった。!(´Д`;)

カフェコーヒー
ホットミルクお酒
オレンジジュースオレンジ
3種のパン(クロワッサン・15cmほどのフランスパン・甘いフルーツケーキ)食パン
ヨーグルトコスモス
ジャム・バター・チョコレートクリーム各種。チョコレート

野菜不足だが、毎日この朝食で、私は飽きが来なかった。ニコニコ

(美味しいコーヒーとミルクがあれば、どんな朝食でも平気!チョキ



あっという間にパリ6泊は過ぎてしまった。DASH!

姪の心配ばかりして、姪に振り回されて過ぎたように感じていたが、台風

こうして日記にしてみると、メモ

結構ひとりで、あるいは2人で、パリを満喫しているではないの!ニコニコ

案外、姪の方が、「せっかくのパリで叔母に振り回されて、叔母の心配をして、大変だったぁ~! ブヒッブタ」と思っているかもしれない?(●´ω`●)ゞ



まぁ、なんといっても、姪との旅は楽しかった!(≡^∇^≡)

姪のお友達にちょっぴり逢えたのも嬉しかった。(=⌒▽⌒=)



美しく、とても感じの良い娘さんたちで、ウサギネコ

おおっ! 直視したら目がつぶれる! ってくらい輝かしい若さ! キラキラ(><;)

娘3人集まったら、太陽が3つ出たくらいの眩しさだ!晴れ晴れ晴れ(→o←)ゞ

姪も負けず劣らず美しく育ったものよ。キラキラブタキラキラ

よくぞここまで……としみじみする。(ノω・、)

(……って、私は全然育ててないが^^; 心でいつもエールを送っていたから、感慨も深いのだ!フラッグ



幼い頃、子犬のようにまとわりついてきた可愛い姪が、しっぽフリフリラブラブ

いつしかぐんぐん大きくなり、アップえっ

見上げるほどに大きくなり、アップショック!

塗り壁のように大きくなり、アップガーン

屋久杉のように大きくなり、アップ(@ ̄Д ̄@;)

ぬぉぉぉぉぉっ!と大きくなり、アップ( ̄□ ̄;)



cocoちゃん! cocoちゃん!しっぽフリフリラブラブ」と、

妖精が首筋にふざけて絡み付いてくるように心地良く感じた幼い声、ドキドキ天使

鈴を転がしたようにころころと、甘くかわいらしかった声が、ベルドキドキ

gogoちゃ~ん! あのさぁ~ブタ」と

いつの間にかドスの利いた声になり、Σ(・ω・ノ)ノ!

あんたは横綱か! と突っ込みたくなるような貫禄を身につけるほどにΣ(~∀~||;)

ドスコイ成長した姪は、アップΣ(・ω・ノ)ノ!



どんなにドデカクなろうとも (中肉ではある。ただ背丈が高いだけなのだが)、

どんなに声が低くなろうとも (ハスキーという程ではないが、子供の頃のきゃわゆい声を知っているので、ギャップが大きいのだ)、

私にとっては、“ビューティキューティめいこちゃん”なのであった。キス





さて、7日目の朝、姪と私はのんびり朝を過ごし、コーヒー

ホテルのレセプションで予約してもらったミニシャトルバスに時間通り迎えに来てもらって、OK

シャルル・ド・ゴール空港へ。車

実にスムーズな帰路であった。飛行機

7日前に日暮れた空港でひとり途方に暮れていたことが嘘のようだ。にひひ

結局、最後に笑えりゃええんじゃ!にひひ ってことだね。虹

          
  




最後の最後に、旅を共にしてくれた姪とブタ

シャルル・ド・ゴール空港で私を救ってくれた韓国人親子と宇宙人おやしらず

一緒に遊んでくれた姪のお友達とウサギネコ

パリの秋に感謝。キラキラドキドキ

「フランス風の挨拶はこうするんだよ!」と言って、ほっぺにチュチュ!とキスするフランス風の挨拶を教えてくれたフランス人お兄さんにもちょっぴり感謝。ドキドキ がはは。いい思い出だわ。

自分は毎日満員電車に乗って働いているのに、のほほんと暮らしている専業主婦の私を急遽旅に出してくれた夫にも感謝。ドキドキm(_ _ )m

――ちなみに旅行代金は妻のへそくりで出しました!お金

へそくり」ってしていないので、1年間に1万円へそくったとして、×1●年を予算として計上した次第です。にひひ

このくらいのへそくりは許されるよね♪――プレゼント


そして、こんなだれだれの脱力日記にエールを送り続けてくださった方々に、心から感謝!ドキドキ

お蔭様で最後までアップできました。ちゅ・ちゅ・ちゅ!(フランス風に)キス

          
     2004年見栄っパリ旅行記  お・し・ま・い (ノ´▽`)ノ ⌒(呪)

          前へ(part70



それにしても、          

2004年パリの旅行記を書き始めたのは2006年、書き終わったのは2007年なり。はぁ……。

2005年からアップし始めた2001年夫婦世界旅行―妻編はいつ書き終わるやら……。 ってか、PCはいつ直るのか?????
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2001年夫婦世界旅行―妻編」が入っているPCは故障中。で、世界旅行記は中断中。(バックナンバーを読んだろう!と思ってくださる方はこちらから入れます。part1。)

で、今は別件の、2004年、姪と2人で行った「見栄っパリ旅行」の細切れな話を少々続けます。




70 当日券にあせあせ オペラ・ガルニエ Opéra Garnier



パリ最後の晩は、オペラ座モダンバレーを鑑賞することになった。ベル

パリにはオペラ座が新旧2つあって、古いほうオペラ・ガルニエではバレーが主に演じられるらしい。(・∀・)

私はオペラでもバレーでも、クラッシックでもモダンでも、どちらでもよいので、姪っ子と姪っ子のお友達にチケットは任せていた。ニコニコ

チケットの取り方なんて、難しそうだもの。よろしくね!べーっだ!

と暢気に構え、

パリ最後の一日をひとりでたっぷりぷらぷらして、あし

さぁ、いよいよバレー鑑賞だ!グー

夕方彼女たちと待ち合わると、



まだチケットが手に入っていないの~!ヽ(;´Д`)ノ


と言うじゃないか。えっ

そんな! え? そうなの? え? え?ガーン

夕方6時にならないとチケットは販売されないらしい?∑(-x-;)

演目さえ、夕方チケット売り場に行ってみないとよくわからない?( ̄□ ̄;)

そんな! え? え? そうなの?ショック!




姪っ子たちは昼間、パリの街中でキラキラ

お食事したりおしゃべりしたり、久々の再会を楽しんだ後、カラオケ

オペラ・ガルニエまで直接行ってチケットを手に入れようとしたらしい。走る人

が、「夕方でなければ売らない!ドクロ」と言われたそうだ。



会場は6時半でしょ? 6時にチケットを売り出して、それで間に合うのか?はてなマーク

甚だ腑に落ちないけれど、とにかく6時にオペラ座に赴いてみた。DASH!




さて、オペラ座のロビーへ踏み込んだはいいが、足あと

………………どこがチケット売り場?ヽ((◎д◎ ))ゝ

長い行列が2列ほどできているから、きっとココだよね?( ̄ー ̄;

と、とにかく皆で並んでみる。(・・;)



私のすぐ前には恰幅のよい紳士が並んでござった。ブタネコ

おひとりか? 

「オペラ座のチケットはこの列でよろしいんですよね?」と聞いてみる。

すると紳士も「多分……。私もわからんのです。ブタネコ」と自信無げ。

よくわからないので、とりあえず並んでいるが、

今連れの娘が確認しに行っているのだと仰る。



なーんだ。我々同様、「とりあえず行列に並ぶ」主義なのね。にひひ

じゃ、娘さんが戻ってくれば、事情がわかるな……と、

私もちゃっかり娘さんが情報を収集して帰ってくることを待つことにした。
チョキ

で、その間、ちょっと話をしたら、

なんとその紳士は駐日メキシコ大使館の方だと言う。Σ(・ω・;|||



おおっ! メキシコ! メヒコ! 大好きです! ラブラブ!

わたしゃ、以前メヒコを旅しましたよ~!(≡^∇^≡)

いいところでした~♪ ラブラブ

あなた、メキシコ人でしたかぁ♪o(〃^▽^〃)o

と、一挙におじさんに親近感が湧く。キス



おじさんは日本に住んでいるという。

聞き覚えのある地名が出てくる。

代々木上原だかどこだかに住んでいる?
 
どうやら、本当に日本のメキシコ大使館にお勤めの方か?

「日本の小説が好きで、相当読みました!ブタネコ」と仰る。

お? 日本文学部を専攻した過去のある私としては、ここできちんと対応せねば!グー

と身構える。
柔道

Mishima(三島)、Abe-Kobo(安部公房)……etc。ブタネコ

おじさんの口からは、日本の小説家の名前が次から次と出てきた。メモ

しかも、小説の題名も正確にすらすら出てきて、

私が読んでいない作品まで読んでいらっしゃった!えっ



よくまぁ、あなた、そんなに読まれましたね! 

と、畏れ入ってしまった。ヽ((◎д◎ ))ゝ



せめて読んだことのある作品で何かおしゃべりしたいと思っても、

作品についてしのごの言える語学力が私にはない。
しょぼん



作品名が挙がる。

ああ、私も読みましたよ! アップ 

ああ、それは私は読んでいません。ダウン

ああ、はいはい。知ってます。長音記号1

それは面白い小説です。アップ

あなたはそれを読んだのですか? すごいですね!アップ

あなたはそれが面白かったですか?長音記号2




……結局、

読んだ、読まない、面白い、という繰り返し。アップダウン

作品について語り合うなんてレベルじゃない。

会話になんの発展もない。ガーン

埒が明かず、途中で英語に切り替えてみたが、同じこと。ショック!


日本文学を語り始めたおじさんの嬉しそうな顔からキラキラ

みるみるうちに輝きが消えていき、ダウン

ああ、こいつは話せんブタネコ……という失望の翳が差し始めた。。(´д`lll)



ううう。「トイレはどこですか?」、「部屋の電球が点きません!」なら

すらすら言えるのにっっ……!(TωT)


ちょっと突っ込んだ話をする場面も、もっとシミュレーションしておけばよかった!しょぼん

せめてメキシコの文学作品を一つでも知っていれば、

もっと会話ははずんだかも……と悔やまれる。Y(>_<、)Y



しかし……メキシコ文学って、一体どういうものだろう?はてなマーク

日本ではあまり知られていないよね?

やはり、ラテンの“乗り”なのかな?ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ



シエスタ(昼寝)、サボテン、タコスにトルティージャにサルサソースにテキーラ! ドキドキ

そんなものばかり味わって、それでメキシコを味わったつもりになっていた!えっ

メキシコの文学味など何一つ知らないままでいた自分に愕然とする。

なんてこった!( ̄□ ̄;)!!



……てなことを考えつつ、おじさんの顔色を見ながら、目を白黒させていると、

姪っ子のお友達が、頬を紅潮させて走ってきて、ぶーぶー

「やっぱり、この列ではないみたいっ!

チケット売り場は向こうの隅の方にありましたっ!」

と、いつの間に調べてきたのか、そう教えてくれた。えっ



で、

そりゃ、大変! それ行け! と、我々は慌ててその列を離れた。DASH!

メキシコのおじさんは娘さんを待っていると言うので、

その場で「さよなら」であった。

(おじさんたちは、「当日券」ではないかも知れず、その列でよかったのかもしれない。)




当日券売り場はオペラ座のさらに右奥の入り組んだ隅の方にあった。(建物に入って向って右奥の奥。)

時間は? とみると、もうすぐ6時半!

間に合うのか? と焦る。ガーン

オペラ座の係り員の人も焦っているようで、

時間までに列を捌こうと必死のご様子。

窓口も殺気立っている。メラメラ



我々の列に、誘導係りらしきお兄さんが、何やら早口で叫んで近づいてきた。

窓口ですぐにチケットが買えるように、

「学生証を今出して見せてください。」と言ってるらしい。

何? 何? 学生証? ほらほら。早く見せて!

姪っ子のお友達2人は学生さん。姪っ子は彼らと同い年。

あ、私は学生じゃないから、だめだね。年も年だしね。(=◇=;)

と、あたふたがっかりしていたら、ガーン

「君たち4人一緒だね? じゃ、も~、あんたも学生だっ。それでいいよっ!わんわん

ってなことをおっしゃって、

え? え? いいの? 本当? Σ(・ω・ノ)ノ!

って思っている間に窓口にたどり着いてしまった。


慌ててそれぞれ学生料金を出し合い、

姪っ子のお友達が代表してチケットを買ってくれた。  「学生4枚!」にひひ


窓口のお姐さんはあからさまに怪訝な顔ドクロ

……というより、

明らかに「あんた、おばさんでしょ! 学生でもないでしょ!ドクロ」ってな顔を私に向けたが、

お兄さんが「もう時間がないんだからさっ。学生でいいっしょ!」ってなことをダメ押しで言ってくれた(気がした)。わんわん

(さっさと列を捌きたかったのだね。)

ここはお兄さんに従って、黙ってよう。“若い学生”の振りしていよう。

思わず姪っ子の影に隠れる。| 壁 |д・)



そんなこんなで、チケット「学生4枚」を無事ゲットして、チョキ

さぁ、行け!と劇場に駆け込む。DASH!


すったもんだ慌てて買ったのに、

場内の座席はまだまだ埋まっておらず、

いきなり悠長な雰囲気。キラキラ

ゆるやかにざわめいて、まだうろうろ歩き回っている人がたくさんいる。キラキラ王冠1

なーんだ。……優美な大理石の階段を、息せき切って駆けてくること、なかったんじゃないか?( ̄▽ ̄)=3




チケットは左隅とは言え、前列の方だったので、舞台がよく見えた。ベル


多分、チケットは普通前日までには予約して買うものであって、

当日券というのは、その日の夕方6時以降に、我々のように窓口に並んで買う仕組みになっているのだろうか?ビックリマーク

当日券が予約するよりも安かったのかどうかはよくわからない。

が、

我々の近くの席は、いかにも貧乏学生という風体の若者が多かったので、お金のない若者が狙ってくる席なのかもしれない。

いずれにしても、学生料金で入れた♡ というだけで、私はとても得した気分であった。べーっだ!ラブラブ


とにかく無事座席につけたので、ほっと一息。



改めて劇場内を見渡す。

上を見上げると、

まぁ、ゴージャス!


オペラ座の天井画
(↑オペラ座の劇場内の天井)

なんて贅沢な天井なんでしょ!

シャガールの絵だね!




オペラ座の緞帳
(↑ オペラ座の舞台の緞帳)

そして、舞台の緞帳は、

豊かに襞のよった重厚なビロード!キラキラ宝石赤宝石赤宝石赤

……の絵柄だった!べーっだ!

絢爛であることに変わりはない。

              つづく

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で、今は別件の、2004年、姪と2人で行った「見栄っパリ旅行」の細切れな話を少々続けます。



69 秋のリュクサンブール公園②


さて、私はというと、もっぱらマロニエの木を求めて歩きまわった。あし

これかな? あれかな? o(・_・= ・_・)o

……って、マロニエがどんな木か前もって調べてきてもいないのだが。ガーン

逢えばわかる!ドキドキ 

それでいーのだ!チョキ



で、見つけた! これでしょ!キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!

(↓私がひとりで勝手にマロニエと信じた木々)
マロニエの木?


この黒いシルエット!ラブラブ!

凛とした鋭い枝の張りぶり!ラブラブ!ラブラブ!

そのくせまろやかな葉っぱ!ニコニコニコニコニコニコ

お前たちはマロニエだね!?ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ

ああ! とうとう逢えたよ!!о(ж>▽<)y ☆

……と勝手に思い込み、ひとり悦に浸った。(*^.^*)




さて、マロニエの切り株はないものか?メガネ

根っこがむき出しになっているような、切り株はないか?キラキラ

存在の耐えられない重さを感じて、思わず嘔吐しちゃう切り株はないか?(・_・ 三・_・)



……と、探したが、あいにくそんな切り株はなかった。しょぼん



それにしても、この枝枝を見ていると、

この木々のシルエットを見ていると、

ベルナール・ビュッフェはこのマロニエをカンバスに写し取ったんじゃないの?って気がしてくる。得意げ

(私は彼の絵はあまり好きではないが、ぎょぎょっとさせられる絵ではある。ラブラブ

彼は“パリの冬の骨格”をそのまま絵にしただけじゃないのかしらん……などと思えてくるのであった。にひひ


リュクサンブール公園の大きな木
(↑ 大きな木)

さて、私がマロニエと信じた木がマロニエかどうかは定かではないが、

それはそれ。べーっだ!

すっかりマロニエに逢ったぞ!という満足感で、

やっと他の木々もまじまじと堪能することができた。アップ



木はいいなぁ。大きい木はいいなぁ。ラブラブドキドキラブラブ

冬の木は黒々していてキラキラ

己の骨を曝け出しているようで、ドクロ

いいなぁ。虹





リュクサンブール公園内には、自由の女神像やらベートーベンの頭像やら、いくつか有名どころの銅像があるらしい。えっ

銅像に興味はないので、ボードレール(詩人)だけ見ておいた。メガネ



ボードレール像
(↑ボードレール像)

ああ。やっぱりどこか憂鬱そうな顔してる。ガーン

彼の好物は一体なんだったのだろう?
おにぎり

美味しいものを食べるときも、こんな憂鬱そうな顔してたのかしらん?むっ

にっこり笑ってみてほしいものだ。べーっだ!

名のある人は、こうした険しい顔を常にしていたのかも?

だから、こうした表情で遺っているのかも?

ベートーベンにしたって、肖像画や銅像や、どれも怒涛の人生を思わせる顔をしている。台風

そうした表情を作るのがオシャレな時代だったのかしらん?(-""-;)





広々した公園内では、人々が思い思いに公園を楽しんでいた。音譜

人気が少ない辺りに差し掛かったら、木々の間で妙な動きをしている二人がいた。えっ

なんだなんだ? と近寄ると、メガネ

なんと、太極拳柔道

白人男性(見ようによっては30歳にも50歳にも見える)が、70~80歳ほどに見える白髪頭のアジア系女性に、太極拳をマンツーマンで教わっているのだった。

私が習っている簡易24式(?)というのとは多少違ったが、基本的な動きや型は同じ。チョキ

女先生の方はさすがに「様」になっていて、かっこいい!ラブラブ!

動きがゆるゆると空気が動くようにゆっくりと滑らかなのに、オバケ

素早いのだ。DASH!

男性の方はというと、なんとも無様であった。カメ

わが身を見るようで辛いし、眺めているのも男性に悪かろう……

とは思ったが、興味津々! ベル

傍のベンチに腰を据えて、

そっぽを見る振りしながら、さりげなく最後まで見学させていただいた。



ほほぉ!

腰を落としながら足を瞬時に横へ出す! このタイミングだ! コツを掴んだぞ!( ̄□ ̄;)

ほくそ笑む私の手は、握りこぶしになっていた。グーグー



長いことベンチに座り込んでいて、体がすっかり冷えてしまった。ガーン



彼らはレッスンを終えると、しばらくその場で話をしていた。

本日の注意点を指摘されているようだった。

太極拳のレッスンについて二人にちょっと聞いてみたかったが、

声を掛けづらく、

そのまま私もベンチを後にしたのであった。オバケ


焼き栗屋さん
(↑リュクサンブール公園出口の焼き栗屋さん)

ベンチに座り続けていたので、すっかり体が冷えてしまった。ダウン

マロニエも見たことだし、もう帰ろう!モグラ

公園の東側の出口から出たら、焼き栗屋さんがいた!ひらめき電球

さぁ、待ってたよ! と、言わんばかりにキス

栗がホクホクに焼き上がっている。ベル

買わんでかいっ!ラブラブ!

冷えた体にホクホクの焼き栗は、とってもとっても美味しかった!:*:・( ̄∀ ̄)・:*:



追記: 本当のマロニエは?

帰国して調べたら、メガネ

マロニエ=セイヨウトチノキ

…トチの木!?∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

トチ餅のトチの木? Σ(・ω・ノ)ノ!

栃木の栃!?∑(-x-;)

家具の材料にもなり、飢饉の際には食糧にもなるというスグレモノらしい。メモ

写真も見られたが、どれを見ても、このリュクサンブール公園で私がそれと信じた「マロニエ」ちゃんとは違うように見える。Σ(・ω・;|||

真相や、いかに!?゚゚゚゚゚-y(^。^)。o0○

                つづく
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2001年夫婦世界旅行―妻編」が入っている「2001年夫婦世界旅行―妻編」が入っているPCは故障中。で、世界旅行記は中断中。(バックナンバーを読んだろう!と思ってくださる方はこちらから入れます。part1。)

で、今は別件の、2004年、姪と2人で行った「見栄っパリ旅行」の細切れな話を少々続けます。







68 秋のリュクサンブール公園①




休日だというのに開いている古本屋を一通り物色して、o(・_・= ・_・)o

さらにサン・ミッシェル大通りを南へまっすぐ進んでいく。あし

次に目指すはリュクサンブール公園!キラキラ


サン・ジェルマン大通りとの交差点を過ぎた辺りからは

これといって目を引く店もなく、

大通りの味気なさに嫌気が差してくる頃、ガーン

やっと右手にリュクサンブール公園が現れる。キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!


リュクサンブール公園!

今のところ、パリで一番好きな公園!ラブラブ

以前夏に来たときには、木漏れ日眩しく緑溢れる公園だったがキラキラキラキラ
今は秋色にすっかり染まっていた。オバケ


リュクサンブール公園の並木
(↑リュクサンブール公園内の並木)

ここ! この並木! ここを今一度歩きたかった!ニコニコ



夏には、まっすぐに揃った高い、けれど柔らかい、緑の壁となって そそり立っていた並木。クリスマスツリークリスマスツリークリスマスツリー

今はほとんど葉を落としていた。Σ(・ω・;|||



木漏れ陽を浴びて歩くのもよいが、アップ

尖った枝先の向こうに寒々しい空を仰ぎ見ながら

落ち葉を踏んで歩くのも、これまたいいものであった。ニコニコ




枯葉よ~♪って感じでぷらぷらしていると、小さな人だかりが。えっ

見ると、公園の隅に妙なオブジェが数体。(以前はなかった。)ドクロ

オブジェ①足人間
(↑妙なオブジェ①)

何、これ? 壺を頭に載せた足人間? 

ううむ。   “素足で生きている人間”の足だね。(-_☆)

なかなかのディープな足だ。にひひ

子供たちも「何じゃこりゃ?」って感じで、目を丸くしていた。

大地を踏みしめる足の逞しさが伝わっていたのかな?



オブジェ②カエルの王子様
(↑妙なオブジェ②)

雨蛙が王子様? カエル

カエルの背に乗っている人間の方がむしろ“侍従”か“御者”のように見える。

おそらくこのカエルの背に乗って遊べるようになっているのだろう。ひらめき電球

足を置く凹みが造られているし、背中の侍従(?)は背もたれになるのだろう。

しかし、誰も敢えてこのオブジェに乗ってみようとはしなかった。(><;)


傍で男の子がまじまじとオブジェに見入っていた。

面白いのか、怖いのか、判断に困って戸惑っているご様子。

真剣な表情! うぷぷ……である。^^


オブジェ③抱擁?拉致?
(↑妙なオブジェ③)


最後は羽が生えてるような、いないような男と、子供のオブジェ。むっ

見ただけでは何が何やら全然わからない。

男に子供が抱擁されているのだろうか?

拉致されているようにも見えるぞ?

きっと何か物語りがあるのだろうね。何かの物語のワンシーンなのだろうね?虹



どれもこれも、妙だったが、一つ一つインパクトのあるオブジェではあった。グー




リュクサンブール宮殿
(↑ リュクサンブール宮)

公園の中(一番北)にはリュクサンブール宮殿がある。王冠2

17世紀初めアンリ4世の妻、マリー・ド・メディシス(イタリア出身)が、夫の没後、宮殿を現在のイタリア様式に仕立て上げたという。(=◇=;)

もともとの宮殿を好んでいなかったのだそうだ。耳



普通、夫と暮らした宮殿ならば、二人の思い出もいっぱい詰まっており、

その思い出の場所を慈しんで、むしろどこも直したくないものなのではなかろうか?シラー

夫が死んだ後、さぁ、待ってましたとばかり、建物に手を入れたあたりに、なんともお寒いものを感じてしまう。UFO



それほど故郷イタリアが懐かしかったのだろうか。はてなマーク

当時文化的先進国イタリアから文化的後進国フランスに嫁いできた女性は、

フランスの粗野さを感じて、嫌悪感が強かったのかもしれない?∑(-x-;)



それにしても、寒空のもと、早くも冬枯れた木々を横目に、

鉢植えにはこんもりと花を咲かせ、前庭には芝生を青々と茂らせ……、

このメンテナンスのよさには執念に近いものを感じる。クラッカー





リュクサンブール公園は広い。

リュクサンブール公園とは、結局リュクサンブール宮の庭園なのだろうね?

しかし、チュイルリー公園よりも、もっと庶民的な雰囲気を感じる。ニコニコ

子連れの人々が多い。

公園の中には、妙なオブジェもあったが、ちょっとした遊園地のようなスペースまである。UFO

そこここにベンチや椅子があって、家族で憩える美しい公園って感じだ。キラキラ



区画ごとにいろいろな木が植えられていて、植物学でも専攻していそうな学生たちがしげしげと立ち木を観察してはメモをとり、メモ

やがて、そこら辺の椅子を引っ張ってきて、輪になって話し合いを始めた。

こんな公園の中でなら、勉強も楽しそうだ。音譜




               つづく
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