2017年三島散策 15 三島大社

 

追加記事です。あせるゲラゲラ

三島大社はわざわざアップすることもないかと思っていたのだが、あせる

急遽付け足しておこう。

写真撮り飽きて、今回あまり撮ってないので、過去の写真(2009年9月)も入れます。あせる

 

JR三島駅からはバスなら5分。徒歩なら2、30分。チョキ

 

三島大社前にも鰻屋さんがあり、ここもなかなか美味しそう。ラブ

しかし、ぐっと堪えて三島大社へ。あせる

 

 


立派な山門の先に続く参道。キラキラ

左右には大きな池(神池)があり、

この道を歩くだけでもいい散歩になる。

両脇は桜だったかな? 春はさぞ美しかろう。キラキラキラキラキラキラ

 

 

 

 

 

境内はこじんまりしてはいるが、かなり広々している。キラキラキラキラキラキラ

 

創建は不詳」。びっくり

「三島」は伊豆諸島=「御島」からきているという説があるそうで。

古くは天平13年(731年)に『伊豆三島』の記載が」あるらしい。滝汗

 

拝殿

 

嘉永7年(安政元年、1854年)に発生した安政東海地震によってほとんどは倒壊したため、社殿は幕末の慶応4年(1868年)にかけて再建された。

その後は、大正12年(1923年)の関東大震災、昭和5年(1930年)の北伊豆地震による被害の修復を経て現在に至っている」(ウィキペディア)

 

というのだから、

御殿は、基本、江戸から明治に変わる年に再建されたものということかしら?びっくり

 

戦前は三島神社」と呼ばれ、「三島大社」と呼ばれるようになったのは戦後らしい。ねー

 

戦争時の“神国日本”精神の影響だろうか。

――「大社」といったら「出雲大社」であり、「神宮」といったら「伊勢神宮」のみ! という話も聞くけれど、あせる

ここら辺のことはチンプンカンプンである。とりあえず三島大社としておこう。イヒ

 

 

菊のご紋を頂いているよ。

 

桐のご紋もあるよ。

 

権力者たちに守られてきたんだなぁ。

 

 

境内の中には、「たたりの石」とか、(「タタリ」の語源が面白い)ウインク

 

源頼朝が平家追討の願掛けにきたときに、北条雅子と座った「腰掛石」とか、ニヤニヤ

 

天然記念物樹齢1200年の金木犀とか!(私が三島大社に行くのは主にこの木に会うため)ラブ

 

神馬」がいたり。ウインク

 

鹿もたくさんいて、ウインク

子供たちが柵越しにエサなどあげる様子が微笑ましい。ラブラブ

 

神社は「馬」と「鹿」を揃えているところが多いように思えるのだが……?ニヒヒ

 

 

 

あまり説明がないのでよくわからないのだけど、(宝物館に入場すればわかるかもしれない?)

創建が不詳なほど古からこの地は神社であり、キラキラキラキラキラキラ

神を感じる場だったわけだ。キラキラキラキラキラキラ

 

富士山が噴火して溶岩などを飛ばしてきたときも、叫び

江戸時代に東海大地震に襲われたときも、叫び

関東大震災のときも、叫び

ずっとずっと。キラキラキラキラキラキラキラキラ

 

そう思うと、きれいに整った境内や

近代的な宝物館の建物も仮の姿で、

しーんとした空気の余韻のようなものが感じられてきそうな気もしてくる。キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

神社の磁場の力か?

そんな感じの三島大社です。ウインク

 

箱根峠を越して、やれやれ山道は終って静岡に入ってきた……って辺りに三島大社はあるのだから、

旅人は、

箱根の峠越えの無事のお礼とこれからの東海道中の無事を祈ってラブラブ

思わず三島大社に参拝したのではないかしら。(。-人-。)

 

             おしまい

 

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