夫婦世界旅行-妻編

2001年4月から1年間、世間では中高年に括られる夫婦2人して、世界一周を目指し、貧乏旅行した時の日記です。とにかく楽しく読んでいただければ。画面左端の「ブックマーク」の「夫婦世界旅行―妻編part1へ」をクリックすると、一番最初のページへ飛べます。

chantichanti1114552cocoの投稿
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結局今日も長い日記になっちゃった。(^o^;)
読み飛ばしてくんなせ。キスマーク

ハワイ初心者旅行11
イオラニ宮殿





イオラニ宮殿平日の朝11時30分にだけ、日本語ガイドのツアーがある。(それ以外は英語。)合格
定員20名(?)なので、ハワイに着いて、すぐにJCBカウンターを通して予約を入れてもらった。電話チョキ




バスを降り、広々した交差点をハワイ州政府庁(Hawaii State Capitol)の方へ渡る。あし

高層ビルも少なく、
大きな木々が多くて、気持ち良い。キラキラ
木、1本1本に南国の逞しさがあってよい。ラブラブ
:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

大きな木1


足元の草々にも、かわいらしい花をつけたものが多い。ラブラブ
つやつやした羊歯っぽい植物が多いのも、南国らしくていい。キラキラ

羊歯と小花

大通りから一本奥に入った道を、
州政府庁を右手に見ながら歩いていくと、
左手にも随分立派な建物が。えっ
図書館らしい。

図書館


バス停から徒歩5分くらい」という情報を掴んではいたが、地図を見てもまだ距離感がつかめずにいたので、大きな建物、広い道、本当にこちらでいいのか? 迷っている時間はないぞ? と、やや不安を感じつつ歩く。(・_・;)

州政府庁と図書館の道

右手は州政府庁。
左手は図書館の続きなのか、別の建物なのか、広い敷地のよう。



州政府庁正面

州政府庁の正面玄関のようなところが出てきた。(^o^;)

と、左手には女王様のような銅像が!アップΣ(・ω・ノ)ノ!
宮殿の匂いがしてきたぞ!ニコニコ

女王様

LILI’ UOKALANI……リリウオカラニサーチ
ハワイの最後の女王だ。えっ
聡明で胆の据わった、凛とした表情をしている。キラキラ
州政府庁を見据えるように立っている。目



女王様の背後に小さな門が現れた。
門には宮殿っぽいマークが付いている。

宮殿裏口
(ハワイ王朝の紋章らしい。)


ここが宮殿じゃない? と入っていくと、あし
駐車場で。えっ

宮殿駐車場

大きな木々が大きな木陰を提供していた。(-^□^-)



さらに進むと、すぐに宮殿らしい建物に辿り着いた。チョキ
宮殿の横入り口のようだが、
ガイドツアーに参加するらしい人々(白人衆)がテラスのところに並んで座っていた。
縄が張られて、我々は「まだだ」と入れてもらえなかった。むっ


宮殿から少し離れた所に小さなチケット売り場のような建物があり、そこでチケットを購入お金($20なり)




時間まで、芝生の美しい宮殿の庭をうろつく。あし

宮殿正面

宮殿の正面。あまり優美さはないが、
ヨーロッパ調? って感じ。
アメリカ合衆国唯一の「宮殿」らしい。


大きな木2

あちらにも、こちらにも、大きな木が!(≡^∇^≡)

大きな木3



大きな木4

榕樹というのだろうか。これが迫力ある。アップ
こうした木々の下にじっくり座っていたら
木霊の声が聞けそうだ。キラキラ

大きな木5


枝から根をおろしていない木も、大らかで、榕樹同様迫力ある。グー

大きな木6


さて、時間になり宮殿脇に行くと、テラスに椅子が並べられており、
そこで雁首並べて見学の際の諸注意を受ける。ガーン


まず青い靴カバーを配られる。くつ∑(-x-;)
床を傷つけないためだそうだ。

不織布のような薄いカバーだ。
こんなんで床を保護できるのか?って感じだが、
とにかく履かせられる。

靴カバー着用!


でもって、
ボールペン禁止禁止
メモを取りたい人は鉛筆だ。(鉛筆はその場で貸してくれる。チョキ
その他、
ペットボトル持込禁止、禁止
宮殿内部は触ってはいけない、禁止
写真を撮ってはいけない、禁止
ツアーは全部で1時間半ほどなので今のうちにトイレに行っておけ、注意
などなど色々うるさい。叫び
宮殿を現状維持していくのは色々大変である。グー


日本語ガイドさんは、ボランティアの女性だった。
笑顔を絶やすことなく、言いよどむことなく、
次から次へと完璧な日本語で説明していく。
プロ並みである。チョキ


カメハメハ1世(ハワイ島出身)が1810年、ハワイの島々を統一して、
その後代々王位は継承されていき、アップ
7代目のカラカウア王の時、
1882年(明治14年)にイオラニ宮殿は完成されたものらしい。メモ


イオラニとはハワイ語で「天空を舞う高貴な鷹」の意。キラキラ
人々は宮殿を賛美の気持ちで見上げたのだろうね。アップ


ハワイ原産のコアの名木で出来ているという宮殿の階段は
深く艶やかな色をした温かい木で、こりゃ靴カバーを履け!と言うはずだ。キラキラ(-^□^-)


王族は「血統主義」で、同族内の婚姻を繰り返し、血がとても濃くなって、子供が産まれなくなったり、体が弱かったりしたらしい。Σ(~∀~||;)
4世は跡継ぎのないまま死亡したとか。ダウン

」にこだわるのは日本だけではないんだね。(=◇=;)


参考 カメハメハ王朝:
http://www.legendaryhawaii.com/history/history2.htm



参照  イオラニ宮殿:
http://www.hawaii-arukikata.com/culture/mystery/mystery3.html


ボランティアのガイドさんの、一時たりとも崩れることのない、顔に定着したかのような笑顔に感心していると、ついつい肝腎な説明を聞き逃す。( ̄_ ̄ i)



カメハメハ王の外交力、欧米の干渉、宣教師、サトウキビ産業による経済発展、宣教師が持ち込んだ病原菌による人口激減、移民政策……etc.。メモ


ハワイの発展について、“問題発言”のないようにきれいにオブラートに包んだような隙のない説明。OK


だが、

ぶっちゃけた話、ざっと聞いていると、権力と富を一手に握った王族と、商売のうまい宣教師と、アメリカが、それぞれの思惑をもって、したたかに手を結んで、ハワイは今に至る……と、私には思えた。ドクロ


ハワイの人は「土地を所有する」という意識をもっていないそうだ。Σ(・ω・ノ)ノ!
彼らは神様の土地を借りて生きているという感覚らしい。ドキドキ
だから、土地からとれたものは、“神様繋がり”の王に捧げるのが当たり前だと思っていたらしい。天使

それで平和に成り立っていたところに、
西欧の「土地所有感覚」が入ってきた。爆弾
ハワイの人々から土地を手に入れるのは、赤子の手をひねるより簡単だったかもしれない。。(´д`lll)


今もハワイの土地は
3分の1は王族ゆかりの土地、
3分の1は州の土地、
3分の1は軍の土地

だという。Σ(・ω・;|||


バブル期、日本の不動産屋がハワイの土地を相当買い漁ったという話を聞いたことがあるが、どの3分の1の土地を買ったのだろう? 果たして実際に買ったのだろうか?はてなマーク

世界中の国々の「土地所有意識」、「土地所有のあり方」を比較してみたら面白そうだ。ひらめき電球

 


西欧の「所有欲」に蝕まれながらも、西欧文化の素晴らしさに魅了されていったハワイ。オバケ




特にカラカウア王(7代目)は、王様なのに世界旅行に出ちゃったという人で、新しいもの好きクラッカー

当時では世界に先駆けて、宮殿はエジソンが発明したばかりの電気が通じ、トイレは水洗!(便座は木製だが。)合格

地下の食堂から2階の広間に食事を瞬時に届けるための、“給食エレベーター”まで作られていた。(ただし、手動らしい。)ベル



ハワイ語はもちろん、英語、ラテン語、フランス語が話せたという彼は、チョキ
イギリス、フランス、プロシア、ロシア……当時の大国のトップとも付き合いがあったというのだから、なんともグローバルである。(日本の天皇の写真?もあった。)( ̄□ ̄;)


家具はヴィクトリア調で、すべてアメリカのボストンの会社に一切を注文していたらしい。金に糸目をつけない様子が窺われるではないか。お金Σ(=°ω°=;ノ)ノ



食事のテーブルもまるでヨーロッパ調。王冠2
メニューは正式なフルコースだったという。ナイフとフォーク

スープから始まり、魚・肉のメイン、スペシャル(客に合わせた一品。例えば客がインド人だったら、カレー)、デザート、紅茶、珈琲。コーヒー

ワイングラスと水差しが並んでいるテーブルには、タロイモなどは並ばなかったんではなかろうか。叫び



ハワイも開国日本の「脱亜入欧」同様、「脱布入欧(ハワイ=布哇)」路線だったんだ。むっ
(それが宮殿の中にとどまったことだったのか、ハワイ庶民にも行き渡っていたのかはわからなかったが。)


ワインを水割りにして飲んでいたということだが、それは、酔って仕事の話ができなくなってはいけないからということらしい。えっ

それなら、仕事の話は仕事の話として別にして、ワインはワインで楽しんだらいいのに……
と、私などは思うのだが、そんなことを思っていたら、ハワイは統一維持できないのかもしれない?(=◇=;)





今はかなりガランとしている宮殿を歩きながら、ガイドさんの説明を聞いていると、


赤青黄色、色鮮やかな羽で飾られたマントやら王冠やらを身につけた王たちの華やかな姿が、かつて闊歩していたであろうのに……と空しいものを感じざるを得ない。オバケ

それらがいまやガラスの陳列ケースに静かに収まっているさまも、なんだか空しい。オバケ





初代カメハメハ王がハワイを統一できたのも、彼のカリスマ性はもちろんだが、ヨーロッパの武器で、他の部族をねじ伏せたから出来たわけで、爆弾

ハワイは白人文化を積極的に取り入れ近代化を遂げ、結局白人文化に取り込まれてしまったと言えるのではないか。ショック!


我々が何の気なく使っている「近代化」とは、「白人文化化」ってことに他ならない?
などと、改めて考え込んでしまった。(-"-;A




しかし、カラカウア王(7代目)は白人文化をそのまま取り入れて、古きハワイ文化を捨てた人ではなかった。

ハワイの代表的な踊り、フラダンス音譜
これは、神様に捧げる神聖な踊りキラキラ
それを、1820年代、宣教師たちが、女性の神様はおかしいとか、肌をあらわにして踊ることが破廉恥だとか、そんな理由で禁じた。禁止

(宣教師、なにさま?ヾ(▼ヘ▼;))


しかし、カラカウア王はフラを復活させたのだった。グー
肌をあらわにしないよう“着衣で踊る”という条件で。
当時フラ復活に喜び踊る人々の写真があるが、どうも妙に見えたのは、服を着ていたからだろう。ダウン


人の文化にまでイチャモンをつけて、自分たちの価値基準を押し付ける、「文明化(近代化)」とは、一見、生活をよりよくするように見えるが、結局は「西欧化(欧米化)」という恐るべき侵略であるよ。( ・д・)/--=≡(((卍





               つづく

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