仙台駅西口前から市内観光用のバス「るーぷる仙台」が出ていた。

1回乗車するなら250円(高っ!
)だが、1日乗り放題なら600円。(断然お得!
)20分おきに出ている。(時期、曜日によっては15分おき)

仙台に来るのは生まれて初めてなので、とりあえずこのバスで中心街を一回りしてみることにした。

↓

ちょっとレトロな雰囲気のミニバスだ。(=⌒▽⌒=)
① 仙台駅前
② 青葉通一番町
③ 晩翠草堂前(詩人、土井晩翠の住居跡)
④ 瑞鳳殿前(伊達政宗ゆかりの寺。近くに魯迅の下宿跡)
⑤ 博物館・国際センター前
⑥ 仙台城跡(いわゆる「青葉城」)
⑦ 理学部自然史標本館前(東北大学)
⑧ 二高・宮城県美術館前
⑨ メディアテーク前
⑩ 定禅寺通市役所前
⑪ 地下鉄広瀬通駅
約1時間で、これらの駅を一回りする。

今にも降り出しそうな曇り空だったが、押し寄せた観光客でバスは満員だった。
若い外人グループや中高年の団体さん、私と同様一人旅らしい人や、東北大学に用があるらしい(?)研究者然とした人など。

人は団体になると、どーーーしてああも傍若無人に騒ぎ喚くのだろう?ヾ(▼ヘ▼;)
バスの中で、中高年の団体さんのうるさいこと、うるさいこと!

あ~も~、とっとと降りてくれないかな……とひたすら願う。

しかし、④駅過ぎても、⑤駅過ぎても降りやしない。((o(-゛-;)
瑞鳳殿なんて「見所」だろう? さぁ、降りやがれ! と心の中で願うも、
うるさい人々に限って、なかなかバスを降りようとしない。

⑥仙台城跡で、どっと人々は降りた。うるさい団体さんも降りた。やれやれ。

みなさん、仙台城がお目当てか。
↓

今降りたら、このうるさいのと一緒に城跡を見物することになるので、ご免被った。(・・;)
お蔭で青葉山山中を静かにバスでドライブできた。

城の石垣は風格があり、山はその名の通り緑の木々や草々を茂らせ、青葉満ち、車窓から眺めているだけで結構楽しい。

②の晩翠草堂前で降りる人はいなかった。
そのくせ、あちらこちらから、「土井晩翠は『荒城の月』を作詞した人だよ。」「へぇ~。」という会話が聞こえてくる。

みなさん、「荒城の月」や「土井晩翠」は知ってはいるけど、興味はないらしい。

私も今回るーぷるバスの駅名を見て、初めて「土井晩翠」が仙台の人だと知った。

そして、その日の「河北新聞」のコラムで、奇しくも10月19日が土井晩翠没後55年目の「晩翠忌」だと知った。
そのコラム「河北抄」をさらに読むと、

大正12年、物理学者アインシュタイン来日の際、土井晩翠が彼と仙台で会ったことや、2人の間で交わされた書簡も紹介されていた。

「あヽ、アルバート・アインシュタイン!

半生の研磨、群を抜きて すでに不朽の名をかち得たる君

また天の恩寵の子!
」“時代”とは言え、土井晩翠は基本的に“学者”さん(?)でもあったとは言え、
なんちゅーベタな賛美! 褒めちぎり! Σ(~∀~||;)
筆舌に尽くしがたい感動だったんだろうね。( ̄_ ̄ i)
アインシュタインが当時いかに熱烈に歓迎されていたかがよくわかる。
土井晩翠が熱かったのか、

仙台という土地が熱かったのか、

時代が熱かったのか。
とにかくベタに熱い。
彼の詩集の名前もすごい。
『天地有情』! 『アジアに叫ぶ』! 『神風』! などなど。Σ(・ω・ノ)ノ!
どれも、タイトルの後に「!」(びっくりマーク)を入れないではいられない。

どーしてそんなに力むの? などと私は思ってしまう。!(´Д`;)
ついでに、「荒城の月」を改めて読んでみた。
荒城の月
春高楼の花の宴
めぐる盃 かげさして
千代の松が枝わけいでし
むかしの光いまいづこ
――春の花見の宴会で、盃に注いだ酒に月の光がキラキラ光ってる。松の枝葉からこぼれるように差し込んできていた月の光。美しい光だよね。

秋陣営の霜の色
鳴きゆく雁の数見せて
植うるつるぎに照りそひし
むかしの光いまいづこ
――「植うるつるぎ」ってのは、どういう意味なのかね? 秋、戦いに臨んでいる陣営。死んだ武者のつるぎを墓石代わりに地面に突き立てていたってことかな? とにかく、霜降るひんやりとした空気の冷たさと、つるぎに受けた月の光の冷たさとは伝わってくるね。

今荒城のよはの月
替らぬ光たがためぞ
垣に残るはたヾかつら
松に歌ふはたヾあらし
――3聯目に現在の月の光の話になった。月の光は変わらないのに、城は荒れ果てたってわけだね。よくある話だ。

天上影は替らねど
栄枯は移る世の姿
写さんとてか今もなほ
嗚呼荒城のよはの月
――お空の上の月の姿は昔と少しも変わらないのに、人の世は栄枯盛衰。そんな無常を映し出すように、荒れ果てた城の上に今宵も月はまばゆく冷たく輝いておるわけだ。

お決まりの人間の世の栄枯盛衰、無常を花鳥風月に寄せて歌って、これが「東京音楽学校の依頼により、『中学唱歌』の作詞として掛かれた作品」って、どーよ?

この頃の中学生はこの詩を口ずさんで、「あわれ」とか「わび・さび」なんかを感じちゃってたのかしらね?(・・;)
戦いの空しさをアピールして「戦争反対」やら「ラブ&ピース」やらを叫ぶ! なんてことにはならないようだ。(><;)
盛り上がっているときはそれでいい。廃れたときはしみじみと、惨めさ哀れさを噛みしめる。これを感傷的といわずしてなんとしょー?

詩の言葉が時代性を払拭できないのは当然だが、詩の精神を思うとき、
土井晩翠のこの詩は、従来の伝統的日本の感性をなぞっただけじゃない?( ̄Д ̄;;
素晴らしいものは確かに普遍的であるが、
詩人の言葉は、常に時代を切り開いていくものでなければ!

人を、世界を、動かしていくものでなければ!

などと思うのは、私だけ?(→o←)ゞ
私がどう思おうと、「荒城の月」は「大詩人土井晩翠」の代表的な「詩」として、残っていくんだろうね。

まぁ、時代の証言ではある。

(お気楽な主婦が一人旅で、仙台くんだりまでやってきて、土井晩翠にあーだこーだイチャモンつけられるのも、“時代”であろう。
)


