2001年夫婦世界旅行のつづきです。8月初旬。リスボア2日目。暑気負けして貧血がひどいので、日が暮れるまで宿で眠り込みました。おかげで体力回復。夜の街へgoです。





part200 ファドってこんなん? 





要約: いよいよ大望のファドを聴きに夜の街へ。予約した店はガイドブック推薦だけあってお上品で、安全な店であった。が、ファドはなんとももの足りない。ファドって、こんなん?ファドがどんなのかわかっちゃいないのだが、何か違う!ということだけはわかるのであった。















宿で一眠りしたら体調も随分落ち着いてきた。日もとっぷり暮れた。さぁ、ファドを聴きにいこう!





つい1~2週間前、ベルギーやフランスでは日暮れは9時、10時だったのに、ポルトガルは夜も8時を過ぎると暗くなってくる。





(時差があって、ポルトガルの方が-1時間なのだから、太陽はいつも通りに沈んでいるわけだが、時計を睨んでいると、日の沈む時間が早まったという感覚にどうしても襲われる。) 





ファドの店は9時半に予約を入れていた。11時から深夜2時頃までが最も盛り上がると言う。「入場は時間厳守」ということもあるまい。我々の宿からはぷらぷら歩いても30分ほどで店に着いてしまうはずだ。ゆっくり出かけよう。





ちょっと化粧などもして、(と言っても、私の場合、眉毛を書き足すぐらいだし、服装はいつものジーンズによれよれのTシャツなので、あまりぱっとしない。)すっかり暗くなった夜の街へと繰り出した。





もう残酷な日差しはないので、落ち着いて歩ける。夜の広場はレストランが大繁盛。夕食を取る客たちでそれなりに賑わっているのだが、リスボアはやはりどことなく寂しい。どこか、哀しい。





石畳の坂道を上る。石畳は街灯を受けて 濡れたように光っている。その石畳を歩いていることがなんとも楽しい。





さてさて、坂を上り詰め、ファドの店が沢山集まっているはずのバイロ・アルト地区、トラヴェッサ・ダ・ケイマーダ通りTravessa da Queimadaへいよいよ侵入する。昨日の昼間歩いた迷路のような細い路地を、記憶を頼りに進む。迷わぬように進む。





昼間のあのひっそりとした雰囲気を思い出すにつけ、少々緊張する。どこの物陰に“もの盗り”の貪欲な目が光っているかもしれない。いきなりわけの分からぬ路地や店に引っ張り込まれないよう、道の端は歩かないようにしよう。





夜の路地は、酔っ払いたちの吐き出す汚物の饐(す)えた臭い。野良猫の細い呼び声。汚泥に溜まった人生の嘆き。冷ややかな月光。火照った石畳。目眩むようなカンテラ。立ち込める川霧。商売女たちの黄色い嬌声。甘く切なくギターが掻き鳴らされ、そして流れるファド……





……と思ったが、別段汚くもない。生ゴミの臭いも反吐の臭いもしない。闇に溶け込んでいる分、昼よりも美しいくらいの路地裏であった。猫の子1匹、出会いはしなかった。なーんだ。





こちらの妄想と緊張とは裏腹に、路地は店店の明かりに照らされて静かに息づいていた。どこに迷うこともなく、汚物に足を取られることもなく、誰に羽交い絞めにされることもなく、スムーズに店に辿りついてしまった。 ……ま、いいか。無事に着くに越したことはない。





9時半過ぎ、予定より少し遅めに店に入ると、ファドの演奏は既に始まっていた。





我々は一番後ろの壁際のテーブルに通された。特別気取ってはいないが格式のある店らしく、落ち着いた雰囲気だ。50人ほど入るだろう店のテーブルは既に客で一杯だった。





といっても、ひとつのテーブルに多くとも4人。ほとんどの客は2人でひとつのテーブルを占めているので、テーブルとテーブルの間は随分ゆとりがある。客数もせいぜい20人ほどだったろうか。





みんなTシャツやらポロシャツやら、ラフな出で立ちなので、よれよれのTシャツ姿の我々はほっと胸をなでおろす。





(でも、もう少しちゃんとした格好をすればよかったかなぁと、少し反省。しかし、あまりいい格好すると夜道が危険だし……。悩むところだ。)





染みひとつない厚手の白いテーブルクロス。太い木枠に光沢のある革張りの重い椅子はなかなか年季が入っている。白い漆喰の壁の下半分は、青を基調としたデザインタイルで張り巡らされている。タイルといい、その模様といい、どことなくイスラミックな味わいも感じる。





食事は取らず、ワインだけ注文する「ミニマムチャージ」というスタイルで、1人3,500エスクード(1,960円)。ワイン一本とナッツ類などのおつまみが3種付いてくるという。





ワインは自由に選べた。で、ポルトガルといえばポートワインか? と思ったが、なぜか何やら聞いたこともないポルトガルの地方の赤ワインを頼んだ。ちょっと太目のボディの瓶に入ったワインが運ばれてきた。意外と辛口……だったと思う。





「ところで、ワインは2人で1本なの? 1人に1本ずつじゃないの? 」などということを気にしていたので、ワインの味は「渋くて美味しい」というだけであまり記憶にない。 ……食意地が張って、肝心な味を味わい忘れたのだった。あほである。





だって、ボーイは2人でワンボトルだと言ったけれど、他のテーブルはみんなワインボトルが2本以上並んでいたのだもの。





でも2人で2ボトルのテーブルもあれば、4人で3ボトルのテーブルもあった。うううむ?? 他の客はワインを追加注文していたということだろうか。ううむ?





いやいや、ワインより、ファドが肝心だ。いや、ワインも肝心だが、ファドも肝心だ。





特別に設置されたステージなどはなく、演奏する際は店の奥の壁際のスペースがステージとなった。そこに入れ替わり立ち代りシンガーが現れては一節歌っていくのであった。





女性シンガー2人、男性シンガー2人が、順繰り交互にソロで、あるいは一緒に歌う。底力のある張りのある歌声は店の空気を震わせる。その声量たるやなかなかのものであった。





ファドは悲しい歌が多いと聞いていたが、演奏された曲のほとんどはむしろ明るい曲調で、我々はおもいっきり拍子抜けしてしまった。





途中で民族ダンスらしきものが始まった。“アルプスの娘”を思わせるような、しかしどこか違うような素朴な民族衣装。白いブラウスに赤や青の鮮やかなスカートやズボンで、歌手たちが一列に肩を組み、床を踏み鳴らしながら歌う。踊っている本人たちは楽しそうだが、正直見ていて楽しいものではなかった。





そんなこんなで、ファドを聴きにいったというより、ポルトガル民謡を味わいにいったという感じである。





おっ、ようやくファドっぽい歌が始まったか? と注目すると、年の頃は50前後の脂の乗った男性歌手が、口ひげ(鼻の下の髭)もきれいに整えて、白いワイシャツにネクタイをきっちり締めたダークスーツ姿で歌うのであった。ファドって、背広着て歌うのか? 





ファドは、「一日の漁を終え、海から帰ってきた老漁師のような男が歌う歌」だといつの間にか思い込んでいる私は、この男性歌手の格好からして気に食わない。歌もなんだか“オフィス帰りのエレジー”か何かのように聞こえてきちゃう。リスボアが新橋に変わっちゃうじゃないか……。





女性歌手の方はぐっとムードがあった。胸元が大胆に開いた黒いドレスと大きな銀のイヤリングがライトに映える。“波止場”の女って感じ? 暗い夜の海を見つめ続ける女のやるせない眼差しを感じさせてくれそうだ。





豊かな黒髪をゆったりと束ねてアップにしている。首筋から肩、腕にかけての筋肉がもりもりと隆起して、黒いドレスの細い肩紐が痛々しいのだか婀娜(あだ)っぽいのだかよくわからないが、歌は力強かった。力強かったが、哀しくはなかった。





ファドって、咽(むせ)ぶように歌われるものだと思い込んでいた私は、やはり何か違うものを聞いているような、落ち着かない気分になるのであった。もう1本ワイン追加注文しちゃいたいなぁ、なんてことを考えながら。





ファドは、ファドは、こんなんじゃな~い!(……はずだ。) ファドがいかなるものか、厳然とした確信があるわけでもないのだが、とにかく目の前で歌われているファドが、「本物」ではないということだけは感じる。本物だったら感動するはずだもの。





他のテーブルの客たちは特に聴き入るでもなく、かといって退屈している風でもなく、お行儀よくおしゃべりしたり飲んだりしながら適当に歌に耳を傾けているという感じ。激しく感動しているようにも見えなかった。みんなやっぱり「ファドってこんなもんなの?」と思っていたに違いない。





ま、「観光客がガイドブックを見て聴きにいくファド」ってのは「こんなもん」なのかもしれない。本物のファドは、もっと時間をかけてポルトガルに仁義を尽くさねば巡り合えないものなのだろう。



つづく


        前へ
        次へ


Copyright © 2005 Chanti coco. All Rights Reserved.