2001年夫婦世界旅行のつづきです。個人旅行の場合、本っ当ーぉぉぉに移動・宿探しに時間をとられます。神経もすり減らします。それが醍醐味って言やぁ、醍醐味なんですけど。でもあれやこれやですったもんだしていると、疲れ果てて、夫婦の間もギスギスしてくるのでした。





part122 ブリュッセルの長い一日


    ギスギス夫婦その1-トイレに行きたかったんだもん!







アムステルダムからバスで4時間。時間通りブリュッセルに着く。国際バスはブリュッセルのど真ん中にある 「中央駅」 には着かず、「北駅」というやや街の中心から外れた所に着くのだ。外れといっても充分近代化された大都会の一部である。高層ビルが林立している。道路は広場のように広い。いつの間にか雨は上がって、水色の空が雲の切れ間に見え隠れしている。ブリュッセルの空もアムステルダムと同じように薄い水色だ。…・・・同じ、空だ。





バスを降りると、そのまま鉄道駅 「北駅」 構内のようだった。右も左も分からない我々は、まず、駅構内でトイレを探した。4時間の行程のうち、一度もトイレ休憩がなかったのである。まずトイレに行きたい。 (膀胱満潮度15% ◔)  トイレの近い夫はいざ知らず、トイレの遠い私に、これは異例の事態である。 (私はヴェトナムとラオスの国境を越えてサヴァナケットへ移動する際、34.5時間トイレに行かなかったという記録保持者なのである! ……自慢できることかどうかはさて置き。) 水分を取り過ぎたわけではない。バスの出発間際には、念のためトイレにも入った。それなのに、なぜ4時間ごときで催すのか?





アジアにいたときは、じっとしていたって汗がだらだら出ていたのに、7月とは言え薄ら寒いほどのヨーロッパでは、汗など一滴も流れない。そのせいだ。そうに違いない。アムステルダムで出会った妙な日本人おじさん (part110参照) だって、ウールの黒いジャケットの襟を寒そうに立てていた! ) 人々の表情同様、気温も薄ら寒いヨーロッパにいるから、トイレが近くなったのだ! 薄ぼんやりした水色の空だから、トイレが近くなるのだっ。





いつもはあたふたトイレを探す夫を涼しい顔をして見守る私だが、今回は他人事ではない。トイレはどこだっ! と身を入れて探した。





しかし、北駅は巨大なコンプレックスビルのようになっており、ガランとしたJR新宿駅のよう (?) で、とにかく広いのだ。おまけに表示が極端に少ない。カフェや両替所は見つかっても、肝腎なトイレはなかなか見つからない。 (今思えば、カフェに入れば、その中にトイレがあったかもしれない。)





バスの駐車場のように広い地下通路には、所々にエスカレーターや階段があるのだが、それがどこへ出るものなのか、表示もない。 「進入禁止」 になっているエスカレーターもある。取りあえず、通行可能になっている階段を上がり、階上に出ると、ようやくトイレの表示を発見。 しかし、その表示通り行っても何もない。どこだ、どこだ? どぉこぉだぁぁぁっ? 表示板を基点に行ったりきたり (膀胱満潮度30% ◑) 、 右往左往してやっとのことでトイレを見つけた。





トイレの入り口はひとつ。男女の別もないようで、トイレの入り口には先客の女性が一人待っていた。もうトイレは目の前にあるのだから、大丈夫。 余裕である。二人で彼女の後に並んだ。日頃からトイレに駆け込み慣れていない私は、バックパックを降ろすと余裕綽々 (よゆうしゃくしゃく) に 、「まずは私が荷物番しているから、お先にどうぞ。」 などと夫に順番を譲るのであった。すぐ順番も回ってくるだろう。余裕だわ。♪  (と、高を括っていたのであった。 “膀胱の満潮度” というのもが、加速度的にアップするものであるとこうことを……忘れていた。)





……遅い。並び始めて7分は経ったと思われるのに、トイレの中から誰も出てこない。しかし、表示もろくにない広大な敷地の中を他のトイレを探しにいくよりは、ここで待っていた方が確実ではある。トイレは目の前にあるのだ。





…………しかし、遅い。夫はイライラ。私もじりじり。二人でもぞもぞ。 (膀胱満潮度45% ) それなのに、我々の前に並んでいる女性は別にじれる様子もない。平然としている。というか、ぼーーっとしているように見える。


 


私の中から “余裕” が急速に消えていく。それでも 「今しばし!」と待っていると、通りがかった白人中年女性が我々に声を掛けてきた。 「あのね、あなたたち。そのトイレは壊れて閉鎖されているわよ。」 





何ですとっ? 「ぶろぅくん? クローゥズドとおっしゃいましたか? あいやーっ。」 身をよじらせて、妙な香港人みたいにおどけてしまう。もう尿素が脳まで浸透し始めているらしい。じっとしたまま対応できない。 (膀胱満潮度100% 





我々の前に並んでいるかに見えた女性は、 「単にそこに立っていただけ」だったらしい。彼女は我々の会話など耳に入らない様子で、相変わらずぼーっと突っ立っている。あんたっ、なんで壊れたトイレの前なんかで立ち尽くしてんのよっ!? 紛らわしいーっ! 私の “余裕” を返してっ!





親切な通りがかりのお方に “使えるトイレ” の場所を教えてもらって、礼もそこそこ、 バックパックをガッと背負い、 “使えるトイレ” へと急行した。えっちらおっちら、重いバックパックが恨めしい。私は走った。私は久々に、必死に走った。バックパックを背負っているので、傍から見たら到底走っているようには見えなかったろう。亀が2本足の直立歩行で喘いでいるようだったのではないだろうか。しかし、そんなことは気にしちゃいられない。とにかくトイレを目指して少しでも前へ! と、私なりに走った。





えっちらおっちら。もう少しだ。あと少しだ。もうすぐだぁ……と走っていると、あれ? 夫がいない。いっしょに駆け出したはずなのに。彼だってトイレに行きたいはずなのに? どこへ行ってしまったんだ? 私は今猛烈にトイレに行きたいのだ。トイレを探しているのだ。夫を探している場合じゃないんだぞ。





しかし、このままはぐれてしまっては、この広大な駅舎の中で夫を探すのもまたおおごとだ。おおい。夫よぉぉぉ。どこへ行ってしまったのだぁ。トイレはこっちだぞぉぉぉぉぉ。





・・・・・・それからいつ夫が現れたのか、よく覚えていない。(夫)「あー、いたいた!」 (妻)「あーっ。どこ行ってたのぉ?」 (夫)「なんで先にどんどん行っちゃうのぉ?」 (妻)「知らないよ。あなたが付いてきていると思てったもん。」 (夫)「あなたがどんどん先に行っちゃうから、わからなくなっちゃったでしょ。」 (妻)「すぐ声かけてくれればいいじゃん。」 (夫)「あっという間に、駆けてったくせにっ」……などという諍(いさか)いをしつつ、無事二人揃って、えっちらおっちらトイレに向かっていったことだけは覚えている。





あった。 トイレだ! “使えるトイレ” だ! と、やっと見つければ、 「有料」 だ。おおっと。そうだったぁ。こちらではただでトイレは使えないのであった。まだ両替さえしていない。オランダのギルダーででも払えるかしら? ギルダーだと高くつくのかしら? 小銭なんてあったかしら? ダンボールの切れ端のような紙に乱雑に書き込まれた料金の、 「G」 だとか 「BF」 だとかの通貨単位が、余計気持ちを焦らせる。 「G」 はオランダ通貨、ギルダーのこと、 「BF」 はベルギー通貨、ベルギーフランのことで、どちらでも払うことができるということだった。財布に残っているオランダの小銭を探す。あった。 1人1ギルダー(約51円)。ベルギーに来ても、トイレに入るのに、50円以上かかるのだ。やれやれ。トイレ料金も 「EU統合」 らしい。





今度のトイレは男女に別れていた。仏頂面のトイレおばさんに料金を払うと、おばさんは小さなコインをくれた。あれ? おつりでもくれたのか? ときょとんとしていると、おばさんはさっさと奥に行けってな目をする。な、な、なんだろう? と奥に進むと、ニューヨークの地下鉄の自動改札のようになっている。私より一歩先に入った女の人が、改札口の手前のコイン挿入口に小さなコインを入れ、行く手を阻んでいる “回転3つ又棒” とでも言おうか、金属の柵をガチガシガチと回転させて、奥へと進んでいく。ほほぉ。トイレおばさんが手渡してくれたのは、トイレ専用のコインだったのだね。先客に従って、私も回転3つ又棒をガシガチガシと金属音高く回転させ、奥へ進む。白いセメント (?) に塗りこめられた壁や天井。狭い通路が入り組んでいて、さらに奥に進むと個室がずらりと並んでいた。何やら刑務所に紛れ込んだ感じ。殺風景なトイレである。しかしそこそこ清潔ではあった。





勝手のわからぬトイレ入場方法にどぎまぎしながらも、無事にトイレを済した。やれやれ。一時はどうなることかと思った。気分もすっきりしたためか、トイレを出るとき、仏頂面のトイレおばさんについ 「さんきゅー」 と声を掛けた。 「はぁ? 何言ってんの? 妙な感謝をしないでよっ」 ってな顔をされた。おっと、ここはヨーロッパだった。1ギルダー払って、私はトイレを利用するという権利を買い、その権利を正当に行使しただけのことなのである。誰に礼を言うこともないのであった…・・・と、トイレおばさんの不審顔を自分に納得させる。





なんだか、いちいちそう考えることで疲れてしまう。とたんにげんなりしてトイレから出ると、先に用を済ませた夫が荷物番をして待っていた。





さぁ、移動しよう! 通路に置いたバックパックを背負う。だが、……あれ? さっきは一瞬にして背負ったバックパックが、今度はいくら踏ん張っても一人で背負えない。力が抜けてしまったようだ。





バックパックを背負うべく、一人で悪戦苦闘する。横で夫はげんなりした顔でただ見ている。 (夫のバックパックは基本的には転がして運ぶタイプのものだから、彼は背負う必要がないのだ。転がすタイプは平面移動は楽でいいが、階段移動に弱い。さきほど、えっほえっほとバックパック背負って走る私に夫が遅れをとったのは、そのためだ。) …… “かよわい” 妻が四苦八苦しているんだから、助けてくれたっていいじゃないっ? と、何も力を貸してくれようともしない夫が恨めしく思えてくる。





どう足掻いてもバックパックは持ち上がらなかった。仕方なく、 「ちょっと手伝ってくれる?」 と夫に声を掛けると、そんなこと予想だにしなかったという顔をしてから、けだるそうに 「……ああ、はいはい。」 と、バックパックを背負うのを手伝ってくれた。が、左肩のベルトが捻れたよ。痛い、痛い。おいおい、そういうところ、ちょっと注意して背負わせてちょうだいよ。ねぇ? あれ? おいおい。もう歩き始めているのかい? こっちはまだちゃんと背負っていないんだってば! 夫は妻が準備オッケーかどうかなんて確かめもせず、自分のバックパックをがらがら転がして、知らん顔してさっさと行ってしまうのであった。……おーい。





背中のバックパックをお神輿みたいにわっしょいわっしょい腰を使って跳ね上げて、ようやく捻れた肩ベルトを整え、夫を追う。





肩にバックパックが食い込む。トイレの焦りが消えたら、荷物の重さが俄かにこたえ出した。とっとと宿を決めて荷物を降ろしたい。すっかりトイレ探しに時間を取られてしまったのだから、早急に宿探しに取り組まなければならない。ところが、トイレを出てからというもの、夫は、国境越えの際、パスポートにスタンプが押されなかったことを、四の五の言い続けるのだった。





アムステルダムでバスチケットを買ったとき、チケット売り場のおねえさんは、 「パスポートさえ持っていれば、国境越えにはなんの問題もない」 と断言してくれた。しかし、いくらそう言われていても、出入国のスタンプなしで国境越えをしたことのない我々には、確かに不安なことであった。





しかし、そんなこと今ここで言っていたって、どうしようもないではないか。そんなことは今夜の宿を決めて、重い荷物を下ろしてから、落ちついて善後策なり考えるしかないではないか! と、私は思う。第一、スタンプに対する不安なんて聞かせてもらっても、背中のバックパックは軽くはならないのだ。





で、 イライラした私は、つい、 「そんなこと、今言ったって、しょうがなぁいでしょうっ? 」 と吐き出すように言ってしまった。と、彼は、 「ムッ」 という字が顔面に浮き上がってきそうなくらいムッと顔をしかめ、「そんなことは分かっているけどっ。・・・・・・ただ話しただけでしょっっ。それがなぜ悪いのっっっ? 」 と、声を荒げ逆切れ。自分の荷物を掴んでずんずん歩いていってしまう。……おいぉぃ。そんなに怒らなくても・・・・・・。あ、最初に怒ったのは、私か?





険悪なムードのまま、とりあえず駅構内のカフェで一休みすることにした。やれやれ。バックパックを下ろして、ようやく息がつける。テーブルについてコーヒーを注文すると、喉がからからだったことに気づいた。





温かいコーヒーの香りを胸深く吸い込むと (本当はそれほど香り高くはなかったのだが) 、ほぉぁぁ~っ、体の中からこわばった緊張が抜けていくようだ。コーヒーを一口一口啜るうち、喉も潤い人心地もつく。いつもなら、 「ああぁ。美味しいね~ぇ。」 などと頷き合うところだが、ただいま険悪ムードの真っ最中。折角おいしいコーヒー (味はそれほどではなかったのだが) を、内心嬉しく思いながら、二人ともムスッとして飲み干したのだった。





コーヒーでも飲んで一息ついているこういう時に、さて、パスポートのスタンプは……と話し始めてくれれば、ああ、そうだよね、と応じられるものを……と思う。ところが、肝心の “お茶の時間” には、険悪ムードで話らしい話もしない。周りの人々が楽しそうにお茶を飲んでいるド真中で、我々は二人仏頂面して黙々とコーヒーを飲んでいるだけだ。たまらなく惨めに感じる。ブリュッセルまで来て、何やっているんだろう、私? 何がいけなかったのだろう。なんでこうなっちゃうのだろう、私たち・・・・・・。しょぼーん。 (しかしあくまでも仏頂面で、しょぼーん。今なら私だって “トイレおばさん” になれるかも・・・・・・などとくだらないことを考えつつ、しょぼーん。)



         その2に  つづく

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