2001年夫婦世界旅行のつづきです。タイのチェン・マイ駅から列車に乗って、首都バンコクまで、一気に南下します。なんといっても1等寝台列車です! 贅沢です。さぞや豪華なサービスが受けられるだろうと期待してしまいました。



part90.バンコク行き一等寝台列車!    



 今日はチェン・マイを出発する。いざバンコクへ! 列車は夕方6時発。レストランでお茶したり、インターネット屋でメールしたりして、のんびりしている間に出発の時刻が近づいた。鉄道のチェン・マイ駅は、タペー門からタペー通りをまっすぐ3kmほど東に行った所にある。旧市街にあるホテルから歩いていける距離ではあるが、炎天下、バックパックを抱えて歩く元気はない。ツクツクと交渉して、40バーツ(約110円)で手を打って、駅へ向かった。



 駅には特に改札口らしいものもない。広い敷地をそのまま奥に入って行くと、地上と同じ高さの駅のホームには既に列車が止まっているが、それがバンコク行きなのか、表示もない。 (我々はタイ文字が読めないから、気がつかないだけかもしれないが。) 列車の止まれるホームは2、3箇所あるようだったが、ホームに番号も付いていない。1日に6本しかないという列車数なのだから、今目の前に止まっている列車が我々の乗る列車には違いない。車両には数字も振られていない。(もしかしたらタイ数字で振られてあったのかもしれないが。) 



 長いホームだ。長ーい列車だ。一体何車両あるのやら。で、どこが我々の乗る車両やら、とんとわからぬ。ホームのそこかしこに立っている駅員だか、人足だかに尋ね尋ね、我々の指定席を探して行く。「もっと先だ」「もっと奥だ」と皆さんはるか彼方を指差される。「まだ先かぃっ?」 えっちらほっちら、バックパックを背中に揺さぶりつつ、いつ果てるともしれない長い列車を横目に、まだかまだかと、ホームの奥へ奥へと、進む。ポーターが現れるから大丈夫! と高を括っていたが、ポーターなどどこにもいない。バックパックが肩をじんじん圧迫して、腕もうまく動かなくなった頃、ようやく目指す車両に辿り着いた。



 駅の入り口からは最後尾にあたる車両から2つ目、つまり、列車の進行方向から2両目の、客席としては1両目の車両であった。結局、長ーーいホームの端から端まで、荷物を抱え、何百メートル歩いたのだろうか? とうとうポーターなど現れなかった。



 と言うのも、とある雑誌に、とある日本人が2等車に乗った時の話が載っており、それによると、バンコク行きの列車は、「荷物は係りの者が車内まで運んでくれて♪、車内では、お代わり自由の飲み物とクッキーをサービスされた(^^)。駅員の人は皆感じがよかった(^^)」ということだった。2等でそれなら、我々の予約した1等寝台ともなれば、いかなる極上のサービスが用意されているならん? と期待に期待していたのだ。しかし、とうとう荷物など、だーれも運んではくれなかったのであった。ま、そんなことも、あるさ。



 指定席は、横170cm弱(?)、縦は座席の奥行きを含めて150cmはありそうな、なかなか広々としたコンパートメントで、2人用の完全にプライベートな空間であった。小さいながら簡易洗面所も付いている。ベットになる座席がかなり大きい。ちんまい我々は、充分足を伸ばすことができる。



 指定席に入るや、オレンジジュースをお盆に並べて、ドアの所に待機していたメイドらしき女の人が、すかさずオレンジジュースを勧めてきた。おお、早速飲み物のサービスか。本当はコーヒーがいいけれど、取りあえずオレンジジュースしか持っていないようなので、今はオレンジジュースでも頂いておくか。タイミングのいいサービスじゃのぅ。と、悦に入ってジュースを受け取った。すると、その女の人はにっこり笑って、「あなたはぁ、後でぇ、払うことがぁ、できるぅ。私はぁ、後でぇ、受け取りにぃ、来るぅ。」てなことをタイ訛りの英語で告げて、そそと去って行った。ちょっと待て。「支払う」っちゅうことは、「有料」ということじゃないか。サービスではないのか。「ただ♪」ではないのか? 「お代わり自由(^0^)」ではないのか? 「クッキー(^^)」も付かんのか? 



 我が耳を疑い、夫と、「今の女の人、ペイとか言ったよね。」とおぼろげな英語リスニング力を補足し合っているうちに、はたしてジュース代を取り立てにさっきの女の人がやってきた。我々のコンパートメントの中に入ってきて、我々が座っている座席にドカリと音を立てて座り込んできた。なかなかの巨体で、我々の座席の半分をその巨漢女性が占めてしまう。普通、客席に従業員が座るか? まぁ、フレンドリーに接しているのかもしれない。(我々を脅しているのかもしれない。) こちらから要求したわけでもなく、差し出されたから、「ただ♪」だと思ったから、「もったいない」と貧乏根性を出したから……結局60バーツ(約170円)も要らぬ出費をしてしまった。



 今度からは、誰が何を持ってきても、まずフリーかどうか確認しなくちゃね、とふんどしの紐を締め直す「健気な(?)」夫婦なのであった。



 しばらくすると、白い制服を来た男性駅員が、小さなペットボトルのミネラルウオーターを持ってきた。きたぞ、きたぞ。押し売りドリンクか? 「フリー?」と疑わしげに上目遣いに尋ねる私に、その駅員は少々呆れ顔で、それでもにっこり、「イエス。フリー。」と請け負ってくれた。ミネラルウオーターは大きなペットボトルだって、チェン・マイではどこでも5バーツ(約14円)で買えた。小さなペットボトルなら、もっと安い。それぐらいただで当然でしょうと思う。チケット代に飛行機と同じくらいの料金を払っているのだから、ジュースだってサービスしてくれたって罰は当たるめぇ、と先ほどの迂闊な出費が国鉄への不満へと俄かに変わって行く。



 トイレは共同であった。そのうち、バスタオルまで配られた。風呂にでも入れというのか? と聞くと、またもや、にっこり微笑んで、「シャワー室もある。」と言う。列車にシャワー室? びっくりして、教えてもらった方向を探したが、「シャワー室」などというものはない。結局「シャワー室」とは、「トイレ」のことであった。タイの人もヴェトナムと同じく、「トイレで水シャワー」が常識のようだ。荷物の置き場にも困るのに、一体こちらの人々はどうやってトイレでシャワーを浴びているのか、あいかわらず謎である。



 定刻になると、列車は静かに走り始めた。まだ明るい車窓の風景は、我々が過ごした旧市街の街とは随分違って、これといって、特色のない郊外の風景であったが、ゴトンゴトンと街を滑り出していく感覚が嬉しい。流れ去っていく風景が、旅心を満たしていく。



 走り出してしばらくすると、タオルケットやら、シーツやらが配られ始めた。一遍に持ってきてくれればいいものを、一々配ってくるので、落ち着いて服も着替えられない。コンパートメントのドアをノックもせず開けてくるのだ。こりゃ、失礼しちゃうぞ! と、一々鍵をかける我々を向うはいぶかしんでさえいるようだ。一通り、寝具セットが揃った後に、また駅員が何かを運んできた。今度は何だと見ると、一辺15cmほどの立方体の小箱が2つ。にっこり笑って、大切そうに我々にそぉっとその小箱を一つ一つ手渡すと、駅員はそのまま何も言わず、去っていった。「横にしちゃ、だめだよ。」と言わんばかりに恭しく手渡してくれた小箱。……おおっ、そうか! お食事を持ってきたんだね! と思わず顔がほころぶ。「食事は付かない」と聞いていたけれど、あれはチケット売り場のおじさんの勘違いだったのだ。そうだよ。あんなに高いチケット代なんだもの(1人1,193バーツ。約3,320円!) 食事くらい付いているよね。くふふふ。シートにきちんと2人並んで、膝に置いた小箱をワクワクして開けた。しかし、その小箱の中には、列車の絵がプリントされたマグカップが一個入っているばかり。何じゃ、こりゃ? 旅の途中で、何で、こんなカサバル物をもらわにゃならんの? 突然の、予想だにしていなかったプレゼントに唖然としてしまった。そのマグカップ自体はなかなか使い勝手がよさそうで、確かにいい思い出の品と言えるだろう。鉄道マニアには垂涎の一品かもしれない? しかし、如何せん、旅の途中に、この重くかさばるマグカップをどう持って歩けと言うのだろうか。マグカップより飯よこせ!



 (余談だが、私はこのマグカップを、旅の間、もう意地になって運んだ。で、2005年の今でも愛用している。プリント柄はまったくはげもせず、鮮やかな当時の色を保っている。ひびも入らない。欠けもしない。頑丈な相棒として、毎日おいしいコーヒーをなみなみとたたえながら、私の手元にいてくれる。よきかな、よきかな。) 



 タイ国鉄の考えていることは分からん、と首を捻(ひね)っているうち、時刻も7時を回ると、早くも寝台を作りに係りの人がやってきた。ソファの背の部分を持ち上げ、鮮やかな手際で “上の寝台” を作り上げた。真っ白なシーツ、クリーニングがきっちりされた肌触りのよいタオルケット、清潔な枕カバー。寝台に関して、文句はない。下手なゲストハウスより、よほど清潔で心地よい。



 列車の人達は英語が全くと言っていいくらいわかっていないようなので、食堂車があるかないか、はっきりしなかったが、結局、あった。我々の後方の車両に2等寝台車が5、6両繋がれており、その2等寝台をすり抜けると、食堂車に辿りついた。窓はほどんと全部開け放たれ、虫が飛び回る狭い食堂車ではあった。メニューを読んだだけで、まずそうだとわかる。タイ独特の料理が載っていないのだ。欧米風の料理名が並んでいる。とにかく食べられそうなものとビールを注文してみる。予想通り、まずかった。どろどろした「マカロニ」という名の輪っか状キシ麺のようなものをつまみに、ビールで乾杯。薄暗い車内は、電車のエンジン音がけたたましく、振動も激しい。座っているだけで酔いが回ってしまいそうだ。列車の心地よい響きに耳を傾けながらの優雅な食事など夢のまた夢であった。しかしお陰で1等寝台車の1等たる所以を改めて実感した。1等寝台車は食堂車や2等寝台車に比べれば、列車の振動はないに等しいと言えるのだった。心地よい列車の響きが聞こえてくるばかりだ。一等寝台車の振動は、私にはトットローン、トットローン、ンガガガ、トットローンと聞こえたが、夫にはイヤヤーン、イヤヤーン、ドボボボボ、イヤヤーンと聞こえたようだ。とにかく軽やかなことに変わりはない。



 2等寝台車は、コンパートメントではなく、狭い通路を挟んで車両の左右に2段ベットが進行方向に向けて縦に並んでいた。カーテンで仕切るだけのプライベート空間で、大きな荷物はベットからはみ出し、カーテンでも覆い切れず、廊下に顔を出している。かなり無用心である。しかし、皆おしゃべりし合って結構楽しそうである。シーツなども清潔そうでベットもかなり大きくて快適そうだ。早くもカーテンを閉めている人、カーテンを開け放って横になっている人、ブリーフケースを小脇において、いかにもビジネスマンしているイスラム人、大声で仲間と喋り合う欧米人旅行者達、静かに荷繕いをしているタイ人。線路の音が直に足裏に伝わってくる、やけに揺れる薄暗い車両の中で、色々な人々がひそひそ、ざわざわしている様は、何とも楽しい。



 そのざわめきの狭い通路を何車両も通り越して、我らが1等寝台車に戻る。ドアを閉め、鍵を掛け、完全なプライベートルームと化したコンパートメントの中は、適度な冷房が利いて、やはり心地よさは1等である。何とも心地よいタオルケットの肌触りを楽しみながら、走り去るタイの風景を見やると、窓の外は全くの闇。一つの明かりも見えない。途中どこかの駅に止まっても、駅の明かりさえ見えなかった。



 我々の一つ前のコンパートメントに僧侶が乗り込んでいた。僧侶は乗り物はフリーパスだときいている。それなのに1等寝台車に乗るとは、いかがなものか。僧侶のしたい放題の有様と、2等寝台に狭苦しく並んでいた人々とを比べると、僧侶に対する疑問が湧いてくる。そのことから、宗教の話になって、深夜まで夫と話し込んでしまった。宗教は確かに人間の心の闇に光りを投げかけてはいる、という結論まで達した時、ようやくそれぞれのベットに戻って横になった。夜が明ければ、バンコクだ。

       

               つづく

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