「けっして忘れてはならないこと」を知らない日本人


ほぼ愚痴でーす。べーっだ!
ぐちぐち長いので、あせる
うっかりここに来ちゃった方は、適当にスルーしてください。m(_ _ )m





1月27日、天皇皇后両陛下がフィリピンを訪問の際、
アキノ大統領主催の晩さん会で述べられたこととして報じられた言葉が気になった。むっ

『私ども日本人が決して忘れてはならないこと』として
太平洋戦争で100万人以上が犠牲になったといわれるフィリピンの被害に言及し、
『貴国の国内において日米両国間の熾烈な戦闘が行われ、貴国の多くの人が命を失い、傷つきました』と述べた。

(「毎日新聞」より抜粋)



私ども日本人が決して忘れてはならないこと」……


「忘れるもなにも、そもそも、知らないし!」と、正直、私は思った。┐( ̄ヘ ̄)┌



「けっして忘れてはならないこと」を知らない日本人の私……。Σ(~∀~||;)


戦後生まれで、戦争を知らない、
特に日本がどんな戦争をしてきたのかよく知らない私のような人間は、
案外多いのではなかろうか。
学校でも教わらなかった。
歴史を専攻していなかった私などは、
特に日本近代・現代史は、
「各自自習しておきなさい」とスルーされてきた。オバケ
(そして、自分もスルーしてきた。爆)


昔、12月8日は真珠湾攻撃の日だということを知らずにいて、
年配の方に呆れられたことがあった。(/ω\)

「真珠湾攻撃」という言葉は知っていたけれど、
それが1941年12月8日(日本時間で)だなんて、
月日まで正確に覚える必要なんてあるのだろうか? と思っていた。(*゚.゚)ゞ



2001年、夫婦で世界旅行をしている最中の9月11日、
いわゆるセプテンバー・イレブンと称されるようになった同時多発テロが起こったとき、
私はプラハにいて、
新聞や雑誌を見ると、「パールハーバー再び!」とか「まるで真珠湾攻撃のように卑怯だ!」ってな見出しがつけられていた。Σ(=°ω°=;ノ)ノ

あんな卑怯で残忍な同時多発テロが「真珠湾攻撃」と一緒にされるなんて?
とびっくりした。あせる
が、それが欧米の一般的感覚なのだと、改めて愕然とした。((゚m゚;)


真珠湾攻撃は、前もって暗号を解読されアメリカには知られていたというではないの。
それに、攻撃するのに、さぁ、行きますよ~!と言って攻撃しなかったから卑怯だというのも、どうなの? と私は思っていた。| 壁 |д・)

それより、日ソ不可侵条約を勝手に破棄して襲ってきた当時のソ連の方が、よっぽど卑怯に思うのは、私だけ?( ・д・)/--=≡(((卍

ってか、ソ連が参加するのはイギリスとアメリカとソ連とで相談してもう3ヶ月も前に決まっていたってんだから、みんな汚いじゃないかっ!って思うのは、私だけ?ヽ(;´Д`)ノ



そう。われわれ(すくなくとも私)は、
日本人あるいは日本が、第二次世界大戦でどんな国民(国)として認知されてしまったのか、
わかっていなかった。ダウン
わかっていないということさえ、わかっていなかった。ダウン


大人たちは、戦後家庭も顧みずに必死に働いて、
佐藤栄作総理大臣がアメリカと密約をして、それを日本国民には隠し続けて、
ノーベル平和賞まで受けちゃって、
日本は経済成長だけは目覚しくなったかのように見え、お金
まるで“先進国”の仲間入りを果たしたかのように見え、
そのくせ、
世界各国に膨大な援助金を垂れ流し、その多くは認識されず、よって感謝もされず、ある時は逆に恨まれもし、(°Д°;≡°Д°;)
いまだに国連では「非常任理事国」のままで、( ̄□ ̄;)
つい去年(?)まで飛行機を作ることさえ“許されていなかった”国、日本だということを

なぜだろう? 戦争に負けたからとはいえ……と腑に落ちないような、あせる
いや、戦争に負けるということはこういうことなんだ……と納得しようとしていたような、あせる
そんな曖昧な気持ちでいた。汗



以前、水木しげるの自伝的漫画を読んだとき、
戦中、南国の島で、彼は現地の人と仲良くなって、毎日ご馳走してもらって、
オッホッホってな調子で笑って暢気に過ごしていたようなことが描かれていた。音譜
彼はもちろん壮絶な戦地で、大切な腕を失い、命からがらの奇跡的復員を果たしたということのようだが、ドクロ
一時でも、現地の人と日本人である彼が、そんな風に交流できていたのかと、
案外そんなムードの“戦地”も、語られないだけで、実は多かったのではないかと、
私はほっとしていた。ラブラブ

甘かった。ガックリ

去年から読み始めた
帚木蓬生の『蛍の航跡 軍医たちの黙示録』は、
いまだに読みきれずにいるのだが、あせる
この本によって、私は東南アジア・太平洋周辺や東部ニューギニア・ソロモン諸島周辺に散華していった陸海軍の軍医たちの悲惨な状況をほんの少し知ることができた。


そこでは、例えば、フィリピンのある島で飢えにさいなまれて行軍している兵士たちが、
現地の百姓たちの畑の作物を頂こうとする際、残留して潜んでいる百姓にも命を狙われているシーンが出てきて、血
日本兵が現地の百姓たちから食料やら家やらを奪い、相当に恨まれていたことをいまさらながら知る。Σ(=°ω°=;ノ)ノ


帚木蓬生の小説には、日本兵がいかに残虐なことをしたかは具体的にはあまり触れられていないのだが、
ボロボロになった日本兵たちの様子はかなり具体的に描かれている。


救援物資も援護もこず、
極度の飢えや病気、怪我により次々に死んでいく兵士をもはや構うこともできずに、
いつ襲ってくるかわからない敵から、なんの当てもなく逃げ続ける日本軍の悲惨さ。ドクロ


痩せ過ぎてお尻のお肉がまったくなくなると、お尻の穴がぼっこり露出した状態になるなんていう地獄のような飢餓と病に蝕まれた体の話を読んで、叫び

大きなお尻がコンプレックスの私は、(/ω\)
お尻の穴がぼっこり見えてしまって、座ることもできない体より、
クッションがたっぷり利いた不恰好なお尻の方がましだラブラブ
なんて、己の脂肪の厚みをありがたく思ったりするばかり。

どこか他人事である。



何年か前、テレビで渡辺はま子のドラマだか特集番組だかを見て、
戦争は終わったのに、元日本兵がフィリピンに戻されて、戦犯としてモンテンルパ刑務所に死刑囚として収監されていた事実を初めて知った。
そんな理不尽な抑留はシベリアしか知らなかった。Σ(=°ω°=;ノ)ノ


そして、彼らの返還を求めてモンテンルパ刑務所で日本人が作った歌を、
託された渡辺はま子が歌って世間に訴えなどし、音譜
妻子を日本兵に殺されたフィリピンのキリノ大統領が、
苦悩の末、日本を許す気持ちを選択して、ドキドキ
元日本兵たちは解放されたのだった。

参照:ウィキペディア

参照:「seaside,seaside」さん「日本国死刑戦犯に恩赦…日本人ならフィリピンのキリノ大統領の素晴らしい行為に感謝しよう」


私は、日本の愚鈍な方針と日本人兵士たちの悲惨な戦いぶりにこそ心を痛めたものの、しょぼん
フィリピンで現地の人々がいったい何人亡くなったのかなんて、
深く考えたこともなかったのであった。( ̄□ ̄;)!!



太平洋戦争で日米が攻防を繰り広げたフィリピンでは
約51万8000人の日本人が死亡し、
フィリピン人も戦闘の巻き添えや日本兵による虐殺などで
約110万人が犠牲になったとされる。
フィリピンは終戦翌年に独立すると、
1953年に当時のキリノ大統領が日本人戦犯全員を恩赦し、56年に日本と国交回復した。
」(毎日新聞より引用)


日本兵はなぜフィリピンの人を「虐殺」したのか、はてなマーク
私はまだ知らない。(/ω\)

忘れようにも、忘れられない。
そもそも覚えてもいないのだから。あせる


日本のしたことを悪いこととしてネガティブに受け止める歴史観(?)を「自虐史」と呼ぶ人がいるが、
「自虐」に偏ることなく、できるだけ正確な事実を明確にしない限り、
つまり、偏見も自虐もてらいもない歴史がわからなければ、

「けっして忘れてはならないこと」を、日本人の私は知らないままなのだ。パンチ!

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腹立つ市役所

腹立つ市役所



腹立つわーーーーっ。

もう、もう、二度と市役所なんか、行かないっ!!!
転出届を出すとき以外は。

この市、さっさと、とっとと出たいわっ!!!
住民税、納めたくないわっっっ!爆弾パンチ!ドクロ怒り
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Amebaのおみくじ

テーマ:
2016年Amebaおみくじ結果




最近、ブロ友さんのあちこちで見かけるAmebaのおみくじ。
大概、みなさん、「大吉」だよね。クラッカー


で、
私も やってみた。( ´艸`)



「小吉」。!(´Д`;)

……「大吉」以外も入っているんだ。(-。-;)



興味津々」……私のためにあるような言葉だと思う。ひらめき電球


だけど、

どうして「興味」って

「しんしん」するのか、いまだによく追求したことがない。┐( ̄ヘ ̄)┌



「津」を「しん」と読むのって、
「天津甘栗」とか「天津丼」とか、だよね。甘栗親子丼(鶏)


「興味」……って、天津甘栗が日本にやってきたころに出来た言葉なのだろうか?はてなマーク
美味しい味に目覚めた歴史的な事件があったのではないだろうか?はてなマーク


うむ~。私の場合、「興味津々」というより、

やはり

「妄想悶々」「勝手な推理るんるん」というべきかもしれない。(/ω\)

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隔世の感

テーマ:
隔世の感


昨年、断捨離をかなりして(それでも、まだまだ終わっていないけれどあせる)、
出てきたものがあまりに懐かしいので、
思わず写真に撮った。カメラにひひ

すなわち、「協和銀行」!
の、おまけのボックスティッシュ。( ´艸`)
↓        
協和銀行


なつかしーーーーっ!о(ж>▽<)y ☆
昔はこんなオマケ、よくくれたよね。

――ちなみに、このティッシュは、開けてみたら、どことなく埃っぽかった。
何十年眠っていたのだろうね。汗

そうそう。昔、生まれて初めて自分で作った銀行通帳は、
一番信用できる、一番感じのいい銀行にしよう♡ ラブラブ
協和銀行にしたのだった……。


いつのまにか、それが勝手にあさひ銀行に変り、
さらに埼玉りそなに変わったんだっけか?←すでに追跡不能。叫び
利用者の都合や気持ちなんてお構いなく。

他の銀行も統合(?)を繰り返し、
もう何が何だったか、思い出せない。叫び



そういえば、結婚したとき、家電を揃えるのに、
一番安泰そうな(?)、大きな電気屋さんにしようと
わざわざ秋葉原まで行って、「第一家電」で買い揃えた。グー
当時は大きかったのよ……。
でも、それからほんの数年のうちにつぶれて
影も形もなくなってしまった……。ガックリ
家電の保証、どないしてくれるんじゃ? っていう怒りのぶつけるところもなかった。しょぼん


電話もNTTだけだったのに、
いまや自分がどこの電話会社と契約しているのか、
実はあまり把握できていない……。(((゜д゜;)))


携帯も最初はツーカーだった。ここ、安くてサービスもなかなかよくて気に入っていたのに、
いつの間にかAU? KDDI? (°Д°;≡°Д°;)
家にはそれらの会社の子会社を名乗る会社から宣伝のような電話が来たり、
余計訳わからなくなる。(@_@)


テレビだとか電話だとか、ケーブルだとか“光り”だとか、
一体何がどうなっているのか、はてなマーク
自分はどことどんな契約をしているのか、はてなマーク
始終検討して変えたり、乗り換えたり?(((( ;°Д°))))
規約の変更は一方的に発表され、チェックしていないこちらがアフォなのだ……って話になってるし。(@Д@;


そして、これからは電気も、
東電から変えねばならない時代のようだ。はてなマーク
さて、どうしたものか。あせる


高齢社会に全然ふさわしくないシステムがどんどん張り巡らされていく。(ノ◇≦。)
訳わからない、あれこれ検討するのは面倒くさい、あせる
そんなことでは、知らない間に損をする……という脅迫感。ドクロ
あな、おそろし。
美味しいイタリアン、アージョと母の勘違い in 鎌倉


外食は、リーズナブルで美味しいお店が一番ありがたい。ラブラブ
鎌倉の“いいお店”は大抵お値段も“いい”ので、私などはなかなか入れない。(/ω\)
年に一度の初詣の帰りに入るお店は、ちょっぴり奮発しても(あくまでも、ちょっぴり、ね。=せいぜい2000~3000円のランチくらい)美味しいものが食べたい。(///∇//)


老母が一緒なので、あまり多くは歩けない。汗
鎌倉八幡様そばで食事を済ませたい。
しかし、八幡様周辺の観光客で賑わう辺りは、玉石混交。アップダウン
毎年色々なところに入ってみるが、
今年は今までに何度か行って、そのたび美味しかったイタリアンレストラン、アージョAgioへ。


前菜がちょっとイタリアのお節っぽい盛り付けだったけれど、( ´艸`)
どれも食べやすい形に整えられている。チョキ
どれもそれぞれよく味が沁みていて、とっても美味しかった!チョキ
9種類の色々な前菜が楽しめて、老若に関わらず女子には嬉しい一皿。

前菜

特に、真ん中の列の一番奥にあるのは、鎌倉野菜たち。
ほどよく歯ごたえを残した絶妙な火の通り具合。
とくに櫛切りにされた蕪のジューシーで美味しかったこと!キラキラ


むほーっ! 美味しい♡
と夢中で食べた。


ふと見ると、目
母が何やらお皿の上で一生懸命絞っている。
まるでレモンを絞るように。ぞうきん

何してはるん?レモンなんてなかったのに……?はてなマーク
と見ると、
母は、あの櫛切りにされたジューシーな蕪を一生懸命ぎゅーぎゅー捻り搾っているところだった。( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚


「な、何してるの? それは、蕪だよ? レモンじゃないよ?」と慌てて止めると、あせる

「あら、やだ。レモンかと思ったわ~。
道理で汁があまり出ないなぁと思ったわ。」
と、蕪をギューギュー搾るのを止め、

「だって、お皿のこの位置に大抵レモンが乗ってるじゃない?
てっきりレモンかと思ったわよ。」理


と、雑巾のように絞り倒されてへなへなによじれた蕪を
申し訳なさそうに手の中で丁寧に伸ばし、アイロン

次に、まるで洗濯物を広げるように両の手の指先でつまんで下げて、洗濯物
しばし眺める。(哀れ、蕪はぺろんぺろんしょぼん


「見ればわかるでしょ~? 普通、蕪とレモンを間違えるぅ~?」
と、姉と私が呆れて笑っている間に、о(ж>▽<)y ☆

母は、

その広げた蕪を、厳かに、

パクリ。もぐもぐ。


食べるんかいーっ! Σ(~∀~||;)


と、驚き、呆れ、大笑いさせて頂きました。
我が母ながら、あっぱれだわ。о(ж>▽<)y ☆


聞くところによると、
白内障の人は、黄色と白色との区別がつかなくなることがあるらしい。黄色白色(°Д°;≡°Д°;)
母はこの春、白内障の手術を受ける予定。
それでか?
蕪の白が黄色に見えて、レモンと勘違いしたのか?あせる
そんなに目が悪くなっていたの?あせる


問い質すと、白と黄色と判別はついているようで。DASH!
しかし、蕪をレモンと勘違いして、必死にギューギュー搾っちゃう辺り、
やはり、あまり判別できていないのかもしれない。ガーン

大笑いしちゃって、ちょっと反省。汗


その後も、
私が注文したメインの牡蠣入りポテトのニョッキも美味しかった。
ソースをひと掬いした途端、
牡蠣の濃厚な旨みと香りが広がってきた。

ニョッキ

姉が注文したお魚のメインも美味しかったことはゆーまでもない。

魚料理


欲を言えば、ワインが、
もう少し深い感じのものだったらよかったな。白ワイン
          
こんなに美味しいのに、お昼時なのに、
お店は満員になることもなかった。えっ
若宮大路からちょっと奥に入るところにあるから、かな?


お店の人も感じよいし、チョキ
内装もなかなか素敵だし、キラキラ
なによりお料理美味しい♪アップ
お薦めです♪(^O^)/

(……って、食べログに投稿してみようとしたが、やり方がわからなかったので、(;^ω^A
ここでアップしてみる。)