2013年 台湾旅行

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2013年 台湾旅行


2013年、秋、友に誘われ、3泊4日の台湾小旅行。
印象深かったことだけ、ちょっとまとめておこうと思う。


2013年 台湾旅行 1 キティちゃん飛行機



台湾は今、すごい人気!……ということで、
季節はずれ(11月前半)にも関わらず、
お手軽なツアーを探すのも、飛行機の空きを見つけるのも
なかなか大変だった。∑(-x-;)



今回、初めて利用した「エヴァー(エバー)航空(EVA AIR)」は
なんと、あれもこれも、キティちゃんだった!Σ(・ω・ノ)ノ!


飛行機もキティちゃん。(「ハローキティジェット」というものらしい。)

キティ飛行機


枕もキティちゃん。

キティ枕


座席の画面もキティちゃん。

キティ画面


食事時の、
割り箸の袋からおかずのハンペンから、
ナイフ・フォーク・スプーン、紙コップ、
ペーパーナプキンからなにからなにまで、
キティちゃん!

キティ箸


ウィンナーにもキティちゃん。

キティちゃんウィンナー

トイレのトイレットペーパーもキティちゃん柄だった!Σ(・ω・ノ)ノ!



キティちゃんファンにはたまらないフライトだろう。
よくもこれだけキティちゃん尽くしにできたねー。( ´艸`)


……って、後日調べたら、
エヴァー航空って、台湾のエアラインで、サンリオと提携していたわ。( ̄□ ̄;)!!



驚いたことに、
着陸態勢に入っても、座席の映画などは付きっ放し。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
(普通、もう自由に使えなくなるよね?)
着陸後も映画やゲーム続行している人がいた。(=◇=;)

つきっぱなしの画面



初めての松山(ショウザン)空港。

松山空港

台湾の国際空港といったら「桃園」だけかと思っていた私は、びっくり。(^^ゞ



台北市内、繁華街のすぐ近くにあるので、
とっても便利。チョキ

今回の旅はツアーで送迎が付いていたけれど、車
それがなくても、台北繁華街まで車で15分ほど? って感じだから、
移動が気楽だね。チョキ


朝ゆるりと日本(羽田)を出て、昼過ぎに台湾(松山)……
とっても台湾が近く感じ、体も楽であった。音譜

                つづく
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「栄西と建仁寺展」 4 本館散策


で、今回も東京国立博物館本館もぷらぷら歩いてみた。走る人

したらば、また面白いものがっ!

兜各種


各種兜。ほほぉ。どれも色々趣向を凝らしてあって、面白いねー。

んんんんん? こ、これはっ……?ビックリマークはてなマーク



ヅラ兜っ!?(カツラ付き兜)( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚

ヅラ兜

しかも、チョンマゲ付き!о(ж>▽<)y ☆




この兜なんて、いったい誰が考案したものか……。汗

帆立兜

左右に広がった鉄板(?)は、横70cm,縦40cmほどありそう。(゚_゚i)
風の強い日は、大変だろうに。あせる
夕食時には、鉄板変りになってよさそうだが。クラッカー



教科書で見たことがあるものを、実際に目の当たりにすると、感激!ヾ(@^▽^@)ノ
つらつら眺めていただけなので、正確なタイトルが不明。^^;

土偶

豊穣の女神ともいえそうな、土偶。
これって昆虫か宇宙人じゃないのかなぁ。
よくみると、ボン・キュッ・ボンのナイスバディなのであった。砂時計



火炎

縄文式土器の“火炎スタイル”だよね。メラメラ
炎の形をまねようって、今考えてもナイスなアイディアである。


これらの製作年代に思いを馳せれば、
どうやって作ったんだ?と、イニシエの人々に脱帽なのだった。(=◇=;)

        おしまひ
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「栄西と建仁寺展」 3ようさい


「栄西」は「ようさい」と呼ばれていたらしい。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
古文書にちゃんと「ヤウサイ」とふりがながあった。

「えいさい」と呼ばれてもいるところもあるらしいが、
“建仁寺的”には「ようさい」らしい。(=◇=;)


栄西って、“お茶を日本に広めた人”としか知らなかった私が、
まず会場で度肝抜かれたのは、
栄西さんの風貌。

誇張されているとはいえ、
かなり独創的な頭をしていらっしゃった。Σ(=°ω°=;ノ)ノ

栄西像


茶を広めたというこの栄西像を見て、
棗(ナツメ)を思い出したのは、
私だけではあるまい。о(ж>▽<)y ☆

茶器 棗
(ネットより拝借画像:茶器の棗)



参照:「

「棗(なつめ)は茶器の一種で、抹茶を入れるのに用いる木製漆塗りの蓋物容器である。
植物の棗の実に形が似ていることから、その名が付いたとされる。」

……とあるけれど、
名前がつく前に、まず栄西さんを思い浮かべて、この形が決まったんじゃないのかしら?(-_☆)

棗の実
(ネットより拝借画像:棗の実)

だって、「茶器の棗」は、「棗の実」より、どう見ても栄西さんの方によく似てる!( ´艸`)


でも、露骨に「栄西」と名づけることはできないから、
“棗の実に形が似ていると言えるから「棗」と呼ぼう”と決まっていったんじゃないか? 


お土産品で、栄西さんをデザインしたものも、
この頭!

栄西キャラ
о(ж>▽<)y ☆カワイイ!






時は「平安末期」、

「戦乱や社会不安で苦しむ末法の世の人々を救おうと二度、宋国に渡り、」
日本に初めて『禅』をもたらしたお方。(「」部は図録より引用)


帰国したものの、比叡山の排斥にあい、すぐには京都では禅を広められず。あせる
色々苦労するが、
やがて、北条政子にも信頼され、「鎌倉幕府第二代将軍源頼家の外護」を受けて、
「京都最初の禅寺」として建仁寺を開山する。クラッカー




そして、当時超珍しかったお茶の効能を説き、
喫茶の習慣を根付かせた」ので、
「茶祖」とも呼ばれているようだ。Σ(・ω・ノ)ノ!



今、我々がお茶を立てて飲んで「うまー♪」とほっと一息つけているのも、お茶
栄西が、“粉末状の抹茶に湯を注ぎ、茶筅で攪拌させて飲む”「点茶(抹茶)法」を伝え広めたからなのだった! ビックリΣ(=°ω°=;ノ)ノ合格



彼が喫茶を“僧の重要な行儀作法”と捉えたので、
喫茶儀礼が発展したらしい。
(だから、茶碗をどっちに2度回すとか、飲む前にお辞儀をするとか、色々面倒な堅苦しいシキタリが出来上がっちゃったのね。むっ


つまり、
栄西は、日本における禅の祖、喫茶の祖!チョキチョキ
二度の「入宋(ニッソウ)」は伊達じゃない。
最先端のよりよい文化を広めてみんなを幸せにしたかったんだね。ラブラブ


参照:「栄西







栄西によって、禅と茶とが同時に広まり結びつき、深められていったわけだ。
現在でも、栄西ゆかりの建仁寺の「方丈」では、
当時が偲ばれる「四頭茶会(ヨツガシラチャカイ)」なる由緒正しい儀式が催されているらしい。(=◇=;)


展覧会場では、四頭茶会が行なわれる時の厳粛そうな「方丈」の一角が再現されていた。キラキラ

が、
建仁寺にあるらしい茶室「東陽坊」については触れられていなかった。(°Д°;≡°Д°;)


2011年の京都旅行の記事(「2011年京都2婆旅行 3 真如堂 求む!墓地図」)を引っ張り出して思い出した真如堂(極楽寺)で、

墓表示

「斎藤利光・海北友松・東陽坊長盛の墓」と列挙されていた3名のうち、



東陽坊長盛」は、



真如堂(極楽寺)の「塔頭タッチュウ東陽院の開祖」で、

建仁寺の茶席『東陽坊』もこの僧の名前に由来

しているのだと説明板に書かれていた!

真如苑の東陽坊の説明
(真如堂境内にあった「たてかわ桜」の説明板)

建仁寺の茶室の名前にまで取られている東陽坊は、絵師海北友松とも親しかったのに、
今回の展示会では、海北友松の絵はたくさん展示されていたのに、
茶会で有名な部屋「方丈」も再現されていたのに、
茶室「東陽坊」や、東陽坊長盛についてまったく触れられていないのは、どうしてかしら? (私が見逃していただけかもしれないが……。)



参照:東陽坊長盛
http://kotobank.jp/word/%E6%9D%B1%E9%99%BD%E5%9D%8A%E9%95%B7%E7%9B%9B

1515-1598 戦国-織豊時代の茶人。
永正(えいしょう)12年生まれ。

京都真如(しんにょ)堂東陽坊の住職で,千利休の門人。現在建仁(けんにん)寺の本坊にある茶室東陽坊は,豊臣秀吉がもよおした北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)の際に長盛がたてたのを移築したもの。

『長次郎七種』のひとつ黒楽茶碗『東陽坊』を利休からおくられたともいわれる。慶長3年4月5日死去。84歳
。」(=◇=;)




で、
ちなみに、「東陽坊」と名づけられ、利休によって東陽坊長盛に贈られた「黒楽茶碗」はどんなものか……とググッてみたら、サーチ





楽天市場で見つけた!о(ж>▽<)y ☆



黒楽茶碗

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「重要文化財」が楽天市場で買えちゃうのかっっっ!?驚∑(゚Д゚)
「(写)」とあるのは、レプリカの意か?


そのうち、寺も楽天市場で買えるようになっちゃったりして……?(^_^;)





それにしても、前回の「クリーブランド美術館展」の心憎い解説や図録に比べると、
今回はどれもこれも、私にはつまらんかった。
取り付く島がないって感じ。
ただつらつらと見てきただけでは、建仁寺についても栄西についても、
どこか上っ面というか、本質に迫れないというか……。


ただ、普段なら絶対お目にかかれないだろうお宝はずらりと揃っていて、
見応えはバッチリであった。チョキ

後鳥羽天皇の筆による額(勅額)とか、ね。

後鳥羽天皇の勅額
(ネットより拝借画像)「扶桑最初禅窟」)
      
                     つづく

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「栄西と建仁寺展」 2かいほうゆうしょう


この展覧会で、かなり取り上げられていたのは、
海北友松(カイホウ ユウショウ)の絵。

建仁寺は「友松寺」と呼ばれることもあるらしい。Σ(・ω・ノ)ノ!
それほど、海北友松の作品が揃っているということだろう。


雲竜図
(海北友松の「雲竜図」)

「雲竜図」も、色々な画家による力作を見てきたが、
彼の作品は流麗且つ力強く、龍の睨みが鋭い。(-_☆)

また、
幽玄なムードの中国の南画を思わせる作品もあれば、オバケ
彩りの多い、繊細なタッチの美人図まであった。クレオパトラ

琴棋~
(海北友松「琴棋書画図屏風」)

幅広い画風……というべき?(^_^;)


勇壮にして繊細な人だったのかしら……。
「かいほうゆうしょう……なんて初めて聞く名前……。
いぁ、な~んか見覚えがあるような…………」ひらめき電球

と、ぼんやり思い出したのは、
2011年に京都秋の旅で訪れた真如堂 シンニョドウ(極楽寺)


ブログに書き始めて、途中で続けるのを忘れちゃってた旅日記。
でも、真如堂で「海北友松」の文字を見つけたことはアップしていた!
(自分で忘れていたわ。あせる
→「2011年京都2婆旅行 3 真如堂 求む!墓地図



当時アップした写真

墓表示

「斎藤利三・海北友松・東陽坊長盛の墓」の標識。

そして、ちゃんと海北友松のことについても、ググっていた私……。Σ(~∀~||;)
(きれ~いに記憶にないのですが……。汗



今一度確認。

参照:「海北友松」


1533年~1615年。安土桃山時代から江戸時代初期にかけての絵師。」

「交流のあった斎藤利三 サイトウ トシミツ(明智光秀の重臣&春日の局の父)を
謀反人でありながら手厚く葬」ったらしい。( ̄□ ̄;)!!

六条河原で斬首され、本能寺に磔にされていた斎藤利三の遺体を
「友松が槍を振って侵入して奪い取ったともいわれる)」……と。( ̄□ ̄;)!!


かつてググったとき、

なんと友情(?)に厚い男だ!(ノ◇≦。) 
と、その作品も見たことなかったときでも感動したけれど、


今回、彼の作品を実際に目にして、目
描かれた龍に、その男気が偲ばれることよ……
と思えるのであった。ドキドキ

やはり、その絵師の生き方、人柄は、絵に出るものよねー。



今度、真如堂(極楽寺)に詣でることがあったら、
海北友松の墓も忘れずにお参りしたいものだ。



         つづく
「栄西と建仁寺展」 1元祖「風神雷神ペア」


先日、またもや東京国立博物館の平成館に、
栄西と建仁寺展」を見にいった。


俵屋宗達 タワラヤ ソウタツ(江戸初期の画家)の描いた「風神雷神図」やら、
栄西について知りたかったから。


いままでに、いくつかの「風神雷神図」を見てきたけれど、
建仁寺が所蔵する俵屋宗達の「風神雷神図」(普段、原物は京都国立博物館に保管されているらしい)が、
「風神」と「雷神」を組み合わせて単独で描いた最初らしい。(今のところ)

風神雷神図


仏教画で描かれる雷神はボディが赤、風神は緑(青?)、赤緑
配置も雷神が右側で、風神は左側に描かれるらしいが、

俵屋宗達は、雷神のボディを白にし、(=◇=;)白緑
配置も雷神が左、風神が右だ。



ちなみに、浅草寺の雷門の左右に配されている風神雷神は、

浅草寺 雷神

雷神が赤いボディで、赤

浅草寺 風神

風神は青(=緑と考えていいでしょう)のボディ。緑青

仏教画のパターンの風神雷神のボディのようだ。


尾形光琳の「風神雷神図」も有名だが、
彼は宗達に私淑しており、
宗達の絵を真似て描いたらしい。Σ(・ω・ノ)ノ!
その後、光琳の弟子の酒井抱一や孫弟子の鈴木基一らは、
光琳の模写……とな。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

参照:「風神雷神図

参照:風神雷神図を既に比較しているサイトもあった→「風神雷神図屏風の模写で気づいた宗達と光琳の違い



つまり、相当にオリジナリティ溢れる感動を見るものに与えたのは、宗達であったのね。(o^-')b


ということで、しげしげと見入ってみたら、目
いまさらながら気づいた。ひらめき電球


風神も雷神も、「神様」なのに、容姿が「」!∑(゚Д゚) 

雷神アップ

風神アップ

この風貌は、普通いろいろな神様たちに踏みつけられて、懲らしめられている「鬼(餓鬼)」と同じじゃないかあせる


よく見ると、角が生えてる!∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
(ちょっと先端が割れて、ロブスターの爪のようだが)
雷神は2本、風神は1本。

やはり鬼だ!ビックリマーク
なぜ、神が鬼の容姿なのだろうか???はてなマーク( ̄□ ̄;)!!

はっ!ひらめき電球 鬼といえば、「赤鬼」、「青鬼」!赤鬼青鬼

だから、風神、雷神は、「赤」と「青(緑)」なのか!?はてなマーク

どーなの?????   だったら、なんなの? はてなマーク   シランガナ┐( ̄ヘ ̄)┌



それにしても、雷神も風神も、なんとも楽しそうなこと!( ´艸`)
2人(?)で空で戯れているかのようである。
「早く来いよ~、風神。音譜」「待ってよ~、雷神~。ラブラブ
とでも声を掛け合っていそうである。о(ж>▽<)y ☆


神様ですぞ、さぁ、私の前に手を合わせてひれ伏されよ!
ってな“威厳”(威圧感)がない。
怒ると恐ろしい雷鳴をとどろかせ、凄まじい竜巻を起こすであろう底力を感じさせつつも、
どことなくユーモラスで愛嬌があるのは、
俵屋宗達が描いたからこそ、であろうか。(・∀・)

                つづく