見上げてごらん

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見上げてごらん


晦日の空は格別きれいだった。キラキラ
巻層雲(ケンソウウン)……というのだろうか、薄い白い雲が
冷えた空の青さをさらに美しく見せていた。




近所の商店街を歩いる最中、
空の美しさに気づくと、困る。!(´Д`;)

じっと見上げていたいけれど、ラブラブ
人々がせわしく行き交う狭い商店街で、
じっと佇んで上を見上げるオバハンは、いかにも怪しい……。汗


で、
そういう時は、
空をチラ見しながら、なるべく普通に歩く。走る人あせる


昨日もいつものように、立ち止まって見られないことを残念に思いながらハートブレイク
“チラ見歩き”をしていたら、走る人あせる

いつもより異様に美しいことに気がついた。えっ



ただごとではない美しさ!
変なオバハンと怪しまれても仕方なし! と腹をくくり、グー
足を止めてじっと空を見やると、目


なんと! 彩雲!?

雲が七色に輝いているではないの!∑ヾ( ̄0 ̄;ノ虹
虹が掛かっているわけでもない。


ほんの一部なのだが、
薄い白い雲が
淡いピンク色というかオレンジ色というか薄青というか、紫っぽいというか、
そんな色に輝いていた。キラキラ


ここは一番、変なオバハンと思われてもいいっ、
写真に収めておこうと携帯を取り出し、
道の隅に寄って、パシャリ。| 壁 |д・)カメラ


商店街のビルと看板の谷間から、
細い空を見上げて写真を撮る変なオバハン……

って思われたって、いいさ。(`∀´)



12月30日の空
(わかるかなぁ? ほんの少し色づいて見える部分があるんだよあせる




彩雲はほんの数十秒で消えてしまった。
ほんの一瞬の現象だった。


なんか、いいこと、ありそう♪音譜
……そんな気分になれた彩雲であった。




今回は偶々気がついたけれど、LUCKY
もしかしたら、時々、あんな美しい雲が
我々の頭上に輝いているのかもしれないね。
それに気づきさえすれば、素敵な気分になれる美しい素敵なものが、
実はすぐ目の前に現れては消えたり、消えては現れたり
しているのかもしれないね。( ´艸`)






今年は喪中なので、新年のご挨拶はご遠慮させて頂きますが、
みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。

今年もへたれなトホホ節につきあってくださって
どうもありがとうございました。

来年がみなさまにとって、彩雲輝くように
幸せに溢れた美しいものでありますように。キラキラ

                       2013年 大晦日
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結局わからん! 河内十人斬りの謎


注:ぐだぐだの独り言日記なり。オバケ







劇団1980」の芝居、「謎解き 河内十人斬り」を見てきた。

夫婦世界旅行-妻編-劇団1980公演
(ネットより拝借 芝居のパンフ)


河内十人斬り」は実際にあった事件で。ドクロ
この芝居は、かの事件の「謎」に迫る「新解釈」をするというものであった。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


参照:ウィキペディア「河内十人斬り」



時は、明治26(1893)年、5月25日
大阪「水分村」という農村で、実際に起こった事件。血


(家業?の)農業を人並みに営むこともできず、博徒としてふらふら生きていた36歳、城戸熊太郎が、
妻おぬいを寝取られる(という噂を耳にし、妻がその男と会っている現場を目撃して逆上)。

怒って妻と別れようとすると、ヽ(`Д´)ノ
逆に、妻の母親から、毎月送ると言っていた金を送ってこなかった分、きっちり払えと迫られる。老人お金
金を払ったら別れてやると。(;°皿°)

そこで、
妻の間男の親族に貸したはずの金を回収にいくと、走る人
返してもらえないどころか、逆に半殺しの目に遭わされる。ピクピク・・・

間男されるは、金は返してもらえないは、痛めつけられ辱められるは……。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

悔しさに臍をかんでいるところに、弟分の“人斬り名人”“鬼”と呼ばれた弥五郎が
復讐を持ちかけ、
2人で、妻を始め、間男の親族ら、計10人を惨殺した。血

しかし、
肝心な妻の浮気相手は、その夜留守で、殺しそびれていた。

熊太郎と弥太郎はもともと死を覚悟しての凶行だが、
家に火を放つなどして、近くの金剛山に逃げ込む。メラメラ
が、
結局逃げ切れず、2週間後、自殺体として発見されたという事件。(。-人-。)


以前、すすぅさんに勧めてもらった
町田康の小説『告白』で、
私はやっと知った話だった。( ̄□ ̄;)!! オモシロシ!クラッカー



人を10人も残忍に殺す男とはどんな人間なのか、はてなマーク
どんな風に育ってきたのか……はてなマーク
そこら辺が、町田康の小説は、軽妙洒脱な表現力で、実に生き生きと描かれていた。合格

怠惰で、地味な仕事をこつこつ積み重ねることができない、
そのくせ妙に内向的思弁的であるがゆえに現実を空回りしてしまう男の悲劇
……ってなものさえ感じるのであった。ガーン


その性格ゆえに(家業?の)農業をきちんと人並みに営むことができず、
博徒で、いい年をしてもふらふらしている熊五郎。
まったくの駄目人間でも悪い男というわけでもなさそうな彼が、
なぜ、女と金の恨みだけで、10人斬りなどという凶行に走れたのか……
そのあたりは、やや分かりづらくもあったが、
小説では、まぁ、気にならなかった。(^^ゞ
(彼の中には幼い頃から、何か人をあっさりと惨殺してしまう運命のようなものがあったように、やや神秘めいて伏線が張られている感もある。それはそれで小説として面白いのであった。合格






が、
今回の芝居では、その十人斬りの「」を解こうとするもので、
改めて、「河内十人斬り」の色々な「謎」が見えてきた。Σ(・ω・ノ)ノ!




芝居の原案は「李闘士男氏の卒業論文(日大・文芸学部)」であり、
それをきっかけに自分でも現地で取材したという藤田傳氏の作・演出の芝居。

なので、ウィキペディアでは出てこない「謎」が出てくる。チョキ



謎①
事件後、巷に流行った河内音頭「河内十人斬り」なる歌では、
惨殺犯人熊太郎たちは、むしろ讃えられている点。Σ(・ω・ノ)ノ!

「♪男持つなら熊太郎・弥五郎、十人殺して名を残す♪」音譜
参照:「河内十人斬り」(京山幸枝若)


どうして大量殺人犯を“男の中の男”のように歌ったのか?はてなマーク

しかも、この歌の作者は、
当時、「事件発生直後の殺害現場に所轄の警察署長を乗せて急行した、
富田林村の警察署長お付の人力車夫」!∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


そして、この歌詞が
「当時の警察発表や新聞報道とは随分食い違いがある」!∑(-x-;)


となると、
歌詞の中にこそ真実が? 
この一見「女と金の私怨による惨殺事件」の裏側にどんな真実が……?
と気になるところだ。




謎②
凄惨な大量殺人事件とは言え、
なぜ当時警察が600(700?)人も山狩りに動員されたのか。はてなマーク
数が異様に多すぎる謎。
しかも、事件翌日にそれだけ揃うというのも、妙な気もする。
しかも、調査に集まった役人の中には
既に「判事」もいたとのこと。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
明治時代とはいえ、普通ならまだ判事の出番ではないのに、なぜ……?はてなマーク


で、
芝居の方の「新解釈」は……というと、
私は、例によって例のごとく、途中から居眠り通してしまったので、
わからない。(/ω\)ゴメンナサーイあせる
(パンフレットを読んでも、書いてないwwあせる


後で、ご一緒していた先輩(この人は常に居眠らない)に聞いたところ、あせる

どうやら、あの事件は、
“ふたりで起こした「百姓一揆」”的なもの。
2人の行為は、村中の人々に支持された、アンチ“官”的なものだった。

時、あたかも明治26年。日清戦争前夜の頃。
国家への抵抗としての意味を持つもので、
村人たちは2人の犯行を知りつつ、気づかない振りを続け、
山に逃げ隠れていたときも、こっそり2人を助けていたのではないか……
という“新解釈”らしい。( ̄□ ̄;)


うーむ。それは……ドウカナ?あせる


確かに何か、いち個人の殺人事件にしては、
それが残虐な大量殺人であったとしても、
警察その他の動員数が迅速かつ大量過ぎる気がする。
なにか裏に、国家権力的な大きな組織的な力を感じる。(-_☆)


が、
熊太郎が実は、“百姓になり切れないだらけた百姓且つ中途半端な博打打ち”を装った
清国かどこかのスパイであった……ミレーヌ009-1
というのならわかるが、
そういう話はないようで……。┐( ̄ヘ ̄)┌





むしろ、もっと符合が気になるのは、楠木正成だよね?

事件は5月25日。熊太郎たちが逃げ込んだのは金剛山

河内生まれで、明治以降は特に「大楠公(ダイナンコウ)」と称されて敬愛されてきた名将、
楠木正成は、
金剛山に城を築き、
ゲリラ戦で戦果を挙げた名将。キラキラ
彼が歴史に残る戦いで壮絶な死を遂げたのも5月25日らしい。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


楠木正成公の神社に足しげく通ったらしい熊太郎が
5月25日に事件を起こしたのも、
金剛山に逃げ込んだのも、
偶然ではあるまい。(-_☆)



それにしても、私が一番謎に思うのは、
熊太郎たちの残虐性である。ドクロ


楠木正成はその人となりも優れて、人々から尊敬を集めていたようだ。
彼の息子(楠木正行)も同じで、
「川で溺れている敵兵たちを見て、『抵抗もできない敵はすでに敵ではない。助けよ』と部下に命じた」という話があるらしい。キラキラ
(まぁ、後から作られた話かもしれないが。)


とにもかくにも、「人物」として高く評されている楠木公に、
なんらかの敬愛の情を抱いていたであろう熊太郎が、

別れようとしていた妻や、
金を返そうとしない松永親分たちを
どうしてかくも残虐に殺しえたのか……?
それが、私にはわからない。はてなマーク



河内音頭では、「河内十人斬り」と歌われるものの、
熊太郎と弥五郎が手にかけたのは、11人。Σ(・ω・ノ)ノ!


内縁の妻おぬい①と、おぬいの母おとら②、
松永傳次郎(浮気相手の兄で、借金を返さなかった人物)③、
傳次郎の妻④と傳次郎の子2人⑤⑥、
傳次郎の長男、松永熊次郎⑦、
熊次郎の妻⑧と熊次郎の子供3人⑨⑩⑪、

実際は「河内11人斬り」なのであった。(=◇=;)
(ひかも、肝心の、妻の浮気相手、松永傳次郎の弟、松永寅次郎は不在で、難を逃れている。)

ひかもっ、その殺し方が、ひどい。血


子供の中には、「生まれて間もない」子供も含まれていたという。Σ(=°ω°=;ノ)ノ
熊太郎たちは、この生まれて間もない子供の指までバラバラに切り刻み、Σ(~∀~||;)
指を失った小さな手の平が鴨居だか柱だかのあたりに引っかかってプラプラ揺れていた……((>д<))
というのは、芝居の中の説明だったが、(^^ゞ

実際にも、
切り裂いて内臓を抉り出して、そこらじゅうにばら撒き、∑(゚Д゚)
一体一体に残った傷跡も一つ二つではなく、
これでもかというくらいに斬られていたらしく、
おぬいに至っては、顔の皮まで剥がれていたというから、( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚
尋常な凄惨さでは、ないよね。
これじゃ、「倍返し」「百倍返し」どころではないよね。叫び

参照:「凄惨、内臓引き出し顔の皮剥ぐ…『河内十人斬り』なぜ起きたのか


殺しても殺したり無い測り知れない憎悪というか、破壊欲というか、
人間性を逸脱してしまった狂気っちゅーか……。
浮気をされた? 知らぬは亭主ばかりなりだったってか? とプライドを傷つけられ、
憎さ倍増だったとしても、
それでさっさと別れてやろうと思ったほどなのに、
義母に別れるなら金を出せと言われて、
バカ正直に金を払って別れようとした熊太郎であったとすれば、
どうも、凶行に直結した道筋がぽっかりと脱落して感じる。(@_@)


でも、
人が壊れるときって、そんなもんかもしれない?はてなマーク
耐えに耐えてきたところで、
何かがプツンと切れてしまったとしたら、
すべてをグチャグチャに、もとの姿をとどめないまでに
壊し尽くしたくなるものかもしれないなぁ……とも思う。汗



事件はすぐに河内音頭として歌われる他、
小説になったり、芝居になったりしたらしいが、
熊太郎の恨み晴らすシーンは、
劇場では大喝采を受けたらしい。
当時、殺しても殺したりないという何かしらの悔しさ、もどかしさ、
凶暴な憂さを、民衆が抱えていたということだよね。あせる


劇団1980が提出していた(らしい)「新解釈」、
――社会(国家)に対する憤懣を、
熊太郎たちが晴らしてみせた――は、
この観客の大喝采に証されている……とは言えるかもしれない。
熊太郎が殺した人々(松永ファミリー)は、権力側の人間だったということか……?はてなマーク
なにかとてつもなくアンフェアなことに、この事件の裏にはあったのかな?


権力もなくただ真面目に生きていた人間が惨殺される事件ならば、誰も喝采を送らないだろうし……。(・Θ・;)


しかし、生まれたばかりの幼子まで切り刻んだ彼の行動さえ、
快哉の声に消すことができるものだろうか?



ううむ。
まだどうもすっきりしないわ。(@_@)

平成の今でも、非論理的で残虐、身勝手極まりない殺人事件は後を絶たない。
熊太郎の事件に見られる残虐性は、それとはどこか違うんだろうな……とも思う。
おそらく「身勝手」な復讐劇ではない何かがあるから……なのだろう。

そうではなくて、
ただ女と金(とプライド?)の問題で、熊太郎の一方的な復讐劇であったとすれば、
それを大喝采した当時の人々の内面が逆に問題なんじゃないかいな?
人々がそうした一方的な「正論」に猪突猛進していく獰猛さを是としていたというか……?

うーん。結局、わからん!。(´д`lll)
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