2011年京都2婆旅行 7 瑠璃光院(ルリコウイン)



JR京都駅から10kmほど北東へ行ったあたり。アップ
バスと叡山電車を乗り継いで(計1時間弱ほど)
2人の老デブが辿り着いた八瀬(ヤセ)は
山と渓谷がおりなす風光明媚な」地とな。


さっきまでコンクリートトンネルのごとき街中を通過してきたのに、電車
駅を出ると途端に山に囲まれた谷間の気配。キラキラ

駅前のやたら元気な柴漬け売りをやりすごし、
橋を渡ると、虹
いきなり心地よい高瀬川の清流の瀬音に全身が洗われる。キラキラ

夫婦世界旅行-妻編-高瀬川

気持ちいいぃぃ~!:*:・( ̄∀ ̄)・:*:



八瀬は

古来「矢背」とも記されるように、壬申の乱で背中に矢傷を負われた大海人皇子(天武天皇)が当地の釜風呂で傷を癒されたと伝わり、平安時代の昔から貴族や武士に愛された保養地でした。(by 瑠璃光院パンフレット)

とのこと。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


“セレブの安らぎの郷”だったん。
知る人ぞ知る“隠れ家”の里だったん。

しかし、近年は「季節限定で一般公開されるように」なったんどすえ~。( ´艸`)


まだ多くの人に知られていないから、人も少ないであろうと踏んでいたのだが、
ところがどっこい、もう皆さんご存知なのね。
既になかなか観光客で賑わっていたのでありました。ガーン



パンフレットには、書院2階の欄干越しに臨む一面の紅葉が、それはそれは美しくて。キラキラ

夫婦世界旅行-妻編-瑠璃光院

しかし、あいにくの雨交じりの曇天。くもり
あいにくの色づきの悪い紅葉たち。しょぼん
パンフレットの風景とあまりに違うので、写真を撮ることさえ忘れたわ。ダウン


夫婦世界旅行-妻編-瑠璃の庭

瑠璃の庭

ある気象条件が整うと『瑠璃色に輝く浄土の世界』が現れると言い伝えられる
のだそう。∑(-x-;)

え?これだけ? 小さいお庭。
ウウム……。「言い伝えられている」ということは、現に見た人はもうずっといないのね。
木漏れ日など差すお天気の日ならば、
そして、なんらかの特別な気象条件の下でならば、
瑠璃とも思える輝かしいお庭に見えるの……でしょうね?
しかし、特別一般公開される期間に、その気象条件が整う日はありうるのか?





夫婦世界旅行-妻編-臥竜の庭

臥竜の庭

1つの庭を、左は「瑠璃の庭」、右は「臥竜の庭」と二つに分けているみたい?
池に掛かる飛び石が天に昇らんとする竜を表わしているらしい

が、まぁ、庭自体がとてもこじんまり小さいので、
「竜」というより「つちのこ」みたい……。





お抹茶、美味しゅうございました。(-^□^-)
狭い茶室で飲むより、お庭を眺めながら飲むのが気持ちよいですね。

夫婦世界旅行-妻編-まっ茶



大海人皇子も入ったかも?の八瀬の釜風呂

夫婦世界旅行-妻編-釜風呂

これは「日本式蒸し風呂の原型であり、
有名な『八瀬のかま風呂』の現存する稀少な遺構
」とのこと。Σ(・ω・ノ)ノ!キレイヤン!

平安時代までは「風呂」と言ったらこうした蒸し風呂だったのだろうね。

4畳半~5畳ほど?の広さのドーム型。
陶器の枕が並んでいて、緋色の布の上に3、4人が並んで寝るようになっている。
こりゃ、面白い!(・∀・)
むしろ、当今流行の岩盤浴に近いかも。


釜風呂で一汗流して、縁側で庭に臨めば
さぞ気持ちよかったろう。




ご朱印はなんとセルフサービス!Σ(~∀~||;)

夫婦世界旅行-妻編-セルフご朱印帳

既に出来上がっているご朱印に、
自分で勝手に日付を書き入れ、
朱印を押すのであった……。(無料)
なんと合理的な……。



このお寺は敦煌発掘に力を入れているらしく、
敦煌発掘関係のパネルなどが展示されていた。
敦煌発掘に相当貢献しているらしい。


が、本堂らしきところや本尊らしきものは、
どこか付け焼刃的で。
お坊様たちが朗々とお経などもあげたりして、
しっかり勤行なさってるんだな~
とは思うものの、
どうも私には、
本当の仏心などここにはないように思われ、
単なる“セレブの隠れ里”に
形だけお寺の名をかぶせているだけのような気が……。

入り口の立て札にも由来はない。
ただの説明板。


夫婦世界旅行-妻編-瑠璃光院説明板



しかし、ここは「光明寺」という寺の名を冠している。
……どういうことなのか、よくわからない。むっ


とにかくお庭が美しい風光明媚な八瀬の瑠璃光院なのであった。あせる

参照:瑠璃光院
無量寿山 光明寺



夫婦世界旅行-妻編-池の鯉

瑠璃光院というぐらいで、瑠璃=ラピスラズリ(群青の空の色の石)の原石が飾られていた。

夫婦世界旅行-妻編-ラピスラズリの原石

「瑠璃の庭」は、あるほんのひと時でも、こんな色の光に包まれるのだろうか。はてなマーク
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めざせキャラ弁! 第2弾、第3弾



キャラ弁……ちゅーても弁当じゃないけど。
正確に言えば、“お絵かきご飯”?


第2弾は、連日残業が続く夫さんに、

「お疲れ、お疲れっ!」結び。

「たまらんよね~、サービス残業!」結び。

「あ~、疲れちゃったね~!」結び。

「どーせなら外で夕飯済ませてくればいいのにぃ?」結び。爆


あぁ、ネーミングが決まりませんが。!(´Д`;)
なぜか、夫さんにはこの顔が受けました。チョキ

夫婦世界旅行-妻編-2弾



その後、himawariさんの娘さんが作った「スライム」結びが可愛いので
真似してみました。(´0ノ`*)

「スライム」結び。( ´艸`)

夫婦世界旅行-妻編-3弾


これは、あまり受けませんでした。( ̄_ ̄ i)



ホイミを唱えているのになぁ。汗
ザオリクあたり唱えないと駄目でしょうか。( ・д・)/--=≡(((卍
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2011年京都2婆旅行 6 紅葉のトンネル……ならずイケズの叡山電車




真如堂に掛けた願もみごと聞き届けられたようで、キラキラ
ほっと一安心。ヨカッタヨカッタ!ヾ(@^(∞)^@)ノ
なので、順番どおりに京都2婆旅行を進めます。





今回の旅行で姉が行きたがったところは、八瀬の瑠璃光院比叡山



で、
京都1日目。京都に着くや、まず京都バスで八瀬(ヤセ)を目指す。
(JR京都駅烏丸口バス乗り場C6。バスで50分ほど。バス



だが、八瀬までは、叡山電車で行くこともできる。ひらめき電球
真っ赤に染まった紅葉の中を走る叡山電車のポスターは
それはそれは素敵で。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


もみじのトンネル」を抜けて走る叡山電車!
あぁ、なんて素敵だろう……о(ж>▽<)y ☆

夫婦世界旅行-妻編-もみじのトンネル
(↑ネットより拝借)


ってんで、
叡山電車の始発点、出町柳(デマチヤナギ)でバスを降り、
叡山電車に乗り込んでみた。電車
(叡山電車は20分ごとくらいに出ている。)




だが、叡山電車は彩のない街中を走るばかり。むっ
「もみじのトンネル」はいつ始まるのか?はてなマーク


車内のポスターには
艶やかな「もみじのトンネル」の風景。もみじ



しかし、そのポスターの隅の方をよく見ると、
市原駅~二ノ瀬駅間 (通称:もみじのトンネル)と記してあるでないのっ。( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚


路線図をよく見ると、
「出町柳」から「八瀬比叡山口」までの間に、
市原駅も二ノ瀬駅も、
ないっ!ヽ((◎д◎ ))ゝ爆弾




叡山電車は途中「宝ヶ池」から、
八瀬方面へ向かう「八瀬本線」と鞍馬方面へ向かう「鞍馬線」とに二手に分かれているじゃないのっ!Σ(=°ω°=;ノ)ノ



そして、
「通称もみじのトンネル」の「市原駅~二ノ瀬駅」は、
二手に分かれた「鞍馬線」の方にあるのだった……。!(´Д`;)



つまり、八瀬行きの叡山電車にいくら乗っていても、「もみじのトンネル」はくぐれないのだっ!(T▽T;)



もみじのトンネルを抜けるためには、
叡山電車の「鞍馬線」の、市原~二ノ瀬間に乗っていなければならないのだっっったったった~~~っっっ!!!
パンチ!爆弾。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。





夫婦世界旅行-妻編-叡山電車八瀬本線

叡山電車「八瀬本線」は、コンクリートトンネルを走ったのであった。ガックリ

ってか、満員で、人の後頭部ばかり見ていたのであったよ。しょぼん
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2011年京都2婆旅行 5 真如堂 襖絵・屏風絵



真如堂(シンニョドウ)と呼ばれているけれど、
正式名称は真正極楽寺(シンショウゴクラクジ)。
“正真正銘の極楽寺”という意味らしい。


不断念仏の道場でもあるらしい。
つまり、ちゃんとしたお坊様方の修行の場でもあるわけね。
キンキンキラキラ華美な風情がないのは、そのためか。

パンフレットやお宝リストには載せられていなかったが、
襖絵もとてもよかった。(*^-^)b

夫婦世界旅行-妻編-孔雀

夫婦世界旅行-妻編-鶴

孔雀だとか鶴だとか、アリテイな題材だが、
どの絵も、なんちゅーか絵師の心が籠っているっちゅーか、
よかった。(-^□^-)


夫婦世界旅行-妻編-芙蓉

この芙蓉の花(?)なんて、
はっとする花の白さが実に端然と艶やかで、
見入ってしまう。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:



そして、
特に、この松の襖絵!!!
流れるような力強い枝ぶり!グー

夫婦世界旅行-妻編-松年1

夫婦世界旅行-妻編-松年2


すごいなぁ!(=◇=;)
と見ると、なんと絵師は鈴木松年(スズキショウネン)!Σ(・ω・ノ)ノ!

夫婦世界旅行-妻編-松年説明


なぜこの名前にピン!と来たかというと、
以前、天龍寺で、天井画の「雲竜図」、
加山又造の描いた迫力の「八方睨み」の竜を見たのだが、

後日調べたら、
実は、加山又造の絵は平成9年に描かれたもので、
それ以前は明治時代に鈴木松年によって描かれた雲竜図であったということで、
そこで初めて鈴木松年の名を知ったのだった。(=◇=;)
参照:「2007年 枯れ紅葉の京都 13天龍寺の雲竜図


加山又造は凄い!と思っていたが、
それ以前に、同じく凄い竜を描いていた鈴木松年!グー
なんか、名前に迫力がないが(はじめ名前を訓読みしてしまっていたのでf^_^;)、
すごい画家だ!
と、私の心に刻まれた人であった。ドキドキ


あの竜を描いた絵師(絵師というより、江戸時代の生まれなれど、明治・大正に活躍した人だから、「画家」というべきか?)の襖絵である。
迫力があって当然だった。
そう思って見直すと、
松がまるで竜のごとく飛んで流れて見えるではないか。キラキラ

いい襖絵だ!





屏風絵(?)もよかった。(・∀・)

夫婦世界旅行-妻編-山口素絢の寒山拾得

“定番のお題”モノだって、なんともいい感じである。( ´艸`)


でも、「山口素絢(ヤマグチソケン)」……はてなマーク
……知らないなぁ。あせる

って説明を見ると、
なんと!「円山応挙(マルヤマオウキョ)の直弟子」やんか!?Σ(・ω・ノ)ノ!
うんまいはずだわ。



つまり、真如堂の絵画作品は錚々たるものなのであるよ。キラキラ




涅槃の庭から目を移すと、
原住植物 シャシャンボ」なる庭木が。えっ

夫婦世界旅行-妻編-シャシャンボ


「原住植物」……なんていう表現、初めて見ましたよ。(=◇=;)
ネイティブプランツってことでしょうか。はてなマーク
どこからか移植してきたわけでなく、最初からここに生えていたということでしょうか。はてなマーク
それにしても、「シャシャンボ(小小坊)」……どこからこんなケッタイな名前が付けられたんでしょうか。はてなマーク(当て字もわけわからん。)


よくあるような灯篭の脇に、
普通なら百日紅でも植えられていそうな位置に、
なんとなく百日紅っぽい枝の張り方をして、
でも、シャシャンボ!о(ж>▽<)y ☆


意表をつく庭木は愉快痛快。(-^□^-)
横の灯篭は面白くないけど、
この木は面白いなぁ。ラブラブ!

初めまして、シャシャンボ。
君はどこがどうシャシャンボなんだい?
……などとしきりに写真に収める。カメラ


が、後で、住職さんが、
この木のすぐ横にあるあのつまらなかった灯篭こそが、
とても価値のあるものなのだと教えてくださった。Σ(~∀~||;)

日本中にある灯篭の“原型”とされる灯篭は9つ現存していて、
そのうちの1つなのだそうだ。Σ(~∀~||;)

夫婦世界旅行-妻編-原型の灯篭

あらま! そんなに大切な価値ある灯篭とは露知らず。あせる
シャシャンボに夢中になっていた私……。
私の目は節穴かぃ……。ガーン
(それでも、灯篭よりシャシャンボが好き!キスマーク




紅葉はいまひとつなれど、適度に広々としてキラキラ
ちょっと変わった草木もあり~の、木
見ごたえのある襖絵はあり~の。襖
女性救済の阿弥陀を祭るありがたさの他にも、(。-人-。)
真如堂はなかなか素敵な心映えを感じさせるお寺なのでありました。キラキラ


夫婦世界旅行-妻編-かなり紅葉

夫婦世界旅行-妻編-紅葉

ふぅ。やっとお寺1つ終わった。


2011年京都2婆旅行 4 真如堂 無名有名





さて、肝心な「うなづきの阿弥陀」、安倍清明の念持仏の不動明王伝教大師作という千手千眼観音にはお目にかかれなかったのだが、
“見所”は他にも色々あった真如堂であった。キラキラ



境内の「花の木(ハナノキ)」。

夫婦世界旅行-妻編-ハナノキ

4月頃咲く花(特に真紅色の雄花)が美しいので、
「ハナノキ」と呼ばれるようになったらしい。
   参照:ハナノキ

今、花はなく、枝先の数枚だけが紅葉していたが、
朝陽を受けて柔らかげで美しい木であった。キラキラ


境内を入って右手に、まるで目隠しのような小さな門(?)があり、
なんだろう?とちょっと数歩歩み寄ると、
その奥に現れたのが、これ。

夫婦世界旅行-妻編-木食による仏像

野ざらしなのに、さほど古くも見えなかった。
なかなかの存在感。穏やかな表情もいい。(-^□^-)
(が、整い過ぎていて、個性に乏しいとも言えるか。)
が、三重塔同様、安定感がいい感じ。チョキ

木食立造」と彫られている。

「木食(モクジキ)」=木食戒(穀断ち)(火食・肉食を避け、木の実・草のみを食べる修行)を受けた僧」が造ったということ?はてなマーク


仏師の名前がどこにも表示されていないということは、
運慶やら快慶やらの有名な仏師によるものではないということだろう。
この仏像の作者も、自分を“一介の木食僧”として仏の中に己を消したかったのかもしれないが、
有名でなくとも、仏師の名前を表示しておいてほしいなぁ……と私は思う。ラブラブ



菩提樹も大切に守られてある。(菩提樹のあるお寺って、好きなのよさ。音譜

夫婦世界旅行-妻編-菩提樹






本堂の奥の書院からは、東山がなだらかに横たわって見える。

夫婦世界旅行-妻編-東山

住職が仰るには、
この東山は南は伏見稲荷から北の延暦寺まで、南北に連なる山々を指すのだそうで。(・∀・)ソーダッタノカ


後日調べたところでは、メモ
東山の麓にあるこの真如堂こそが、応仁の乱のとき、西の「西陣」に対し、「東陣」とされた辺りらしい。
参照:「京都のITベンチャーで働く女の写真日記



歴史のことはよくわからないのだが、あせる
どうやら、「西陣」側は「東陣」に投降(?)する形で応仁の乱は終結を迎えたようだ?あせる
なのに、「西陣」の名前だけは今も残っているのに、「東陣」の名は消えた
なぜかしら?はてなマーク
この優しげな東山が、「戦」や「陣」という言葉にそぐわないからかしら……はてなマーク
と思えるほど、遠目には、なだらかで円やかな感じの東山であった。キラキラ



その東山を借景に、設えられていたのは、「涅槃の庭」。

夫婦世界旅行-妻編-涅槃の庭


釈迦の入滅のシーンを石を配して表わしている。
左の大きい石が横たわる釈迦の頭。
上半身、下半身と続いていく。
釈迦の周りに、釈迦の身を案じて集まった動物達や人々が配されている。
白い砂はガンジス川。

この白い砂は、傍を流れる白川(シラカワ)の川底の砂だそうだ。Σ(・ω・ノ)ノ!
「白川」って、川底の砂から名前がつけられていたのだね~と、
“釈迦入滅の見立て庭”よりも、そういうことを教えていただくことが面白し。( ´艸`)



この庭の前で、見学客が入れ替わり立ち代りするたびに、
説明してくださるお住職もメンバーチェンジする。
真如堂は、なんとお住職が9人(?)も集まっているのだそうだ。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

ほぼ同内容が解説されるのであるが、
2つ、聞き比べてみたら、微妙に解説や口調に違いがあって面白かった。チョキ


真如堂の涅槃の庭の見える間は、三井家のためにあるようなもので、
奥のトイレは三井家のためだけに使用されるという。
“三井家さまさま”のようだ。お金
そうした“ぶっちゃけ話”も興味深い。( ´艸`)



もう1つの庭、「随縁の庭」を拝見すると、

夫婦世界旅行-妻編-随縁の庭

どこか重森三玲にも通じるような……
って、それもそのはず。
重森三玲の孫の重森千青氏による作庭だった。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
「随縁」とは、「事象が縁に因って様々な現れ方をすること」。
見るものによって見え方が変わる庭だ。



「涅槃の庭」はどなたの作庭なのかはわからなかった。
真如堂の庭を造るほどの人だから、当時名のある人に作られただろうに、
「涅槃の庭」については、その造園者名は明示されない。

庭師の名前……これもひとつの“ブランド”なのね。