2010年ホーチミン旅行 4 ホーチミンシティの変化 (データム通り)


去年より~チミンは~きれいになった~♪音譜



思い出の安宿街へ散策へ出かけた。走る人
レロイ通りからファングーラオ通りやらデータム通りやらを散策。


夫婦世界旅行-妻編-ベンタイン市場前

↑ベンタイン市場前。こ、こんなにきれいだったかしら……?∑ヾ( ̄0 ̄;ノ





夫婦世界旅行-妻編-電線ラッシュ

電線がすごいことになっている。
こんなだったかしら?Σ(゚д゚;)




夫婦世界旅行-妻編-レロイ-ファングーラオ通り間

ファングーラオ通りの北側は
以前はずっと工事中だったのだが、モグラ
いまや通りと通りのスペースを利用した緑多い公園と化していた。キラキラ(=◇=;)





かつてデータム通りの端っこに、一見してすぐにカフェとはわからなかったくらい、
小さな小汚いカフェがあった。
扉もない、席数も少ないカフェだったが、
ヴェトナムらしい活気とダルさがあって
好きだった。(°∀°)b
かつて毎日のように通った。
サイゴンカフェドキドキ


うだるような暑さの中、開け放たれたこのカフェで、
時には風に乗って運ばれてくる下水臭さを感じながら、
人々が行き交うゴミだらけの埃舞う通りを見つめながら、
練乳のたっぷり入ったコップに、ベトナムコーヒーがぽとりぽとりと溜まるのを待ちながら、
時を過ごした。キラキラ


その懐かしのサイゴンカフェが、
なくなっていた!!!( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚

サイゴンカフェのあった場所には、
代わりに、いかにも欧米人御用達!と言った雰囲気の
こぎれいな大きな喫茶店が。
サイゴンカフェが繁盛して大きくなったのか?と一瞬思ったが、
店の名前も違う。ガックリ

夫婦世界旅行-妻編-サイゴンカフェのあった場所

立派な一角になっちゃって、もぉ~~~……。(ノω・、)


店の前の歩道に、
東南アジアの庶民生活ではよく見かける子供用のような小さなプラスティックの椅子に腰掛けて、
ぼんやりしているようで、実は眼光が鋭い中華系?って感じの店のお父さんらしき人の姿も、
もうなかった。(ノω・、)

アイスミルクコーヒーを注文すると、
「あいぃん、みーく、かふぇぇぇ~」と繰り返してくれた店員さんはいずこへ?
七三分けにしていた太宰治似の“七三太宰”(←かつて私が勝手に命名)はいずこへ?
お肌つるつるで赤い唇がやけに薄かった“ウシ蔵”(かつて私が勝手に……以下同文。)はいずこへ?
小汚い机も、通りに向かって並べられていた小汚い椅子も、
ビールを飲み続けてダレている白人も、
冷蔵庫の中に並んだジュースの瓶の中身が、明らかに量が違う風景も、
なくなっていた。o(TωT )


人々はゴミを通りに投げ捨てるので、
(フランス文化の名残か、中国文化の影響か?)
通りはゴミに溢れていたが、
いまやすっきりと普通にアスファルトが見えている。
ゴミらしいゴミも落ちていない。キラキラ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


地面に筵などを敷いて、残飯を洗って干していた光景もなくなっていた。(=◇=;)
(夏は雨季だからだろうか……?)






しかし、大方は同じ店が健在のようだ。
もう一つよく通った○○カフェは相変わらず健在だった!ひらめき電球
懐かしくて入ってみた。
店の中から、通りが眺められるように席に着き、アイスコーヒーを注文。コーヒー


数年前、ハノイ(ベトナム北部)を訪れたときは、
ホーチミンで味わったような美味しいベトナムコーヒーが飲めず、
愕然としたことがあった。ドクロ

で、今度こそ本場(?)ホーチミンで
本来のあの美味しい美味しいコーヒーを飲もう!
いの一番にコーヒーだ!
私の心はベトナムコーヒーへの期待でいっぱいだ!ラブラブ


夫婦世界旅行-妻編-懐かしのベトナムコーヒー

お湯がミニポットで出てくる。
勝手に少しずつ注いでアイスコーヒーを作るのだ。
ポトリポトリとアイスコーヒーが溜まるのを
蒸し暑い風に吹かれながら待つ。
あぁ、ベトナムの時間っっ!砂時計

やがて、コップに充分コーヒーが溜まる。
底に層を作っている練乳をそっとかき混ぜ、
いざヴェトナムコーヒー!
ベトナムコーヒーの甘く濃厚なメコン川のようなコーヒーよ……。
待ちかねたぞ!ドキドキドキドキドキドキ


ビックリマーク







……思い出した!
ここはあんまり美味しくなかったんだ……。ガックリ

変わってないなぁ。(^o^;)
(夫はこの店が結構好きだった。)



白人客はハンバーガーを頼む。ハンバーガー
フォーやら揚げ春巻きやら、美味しいベトナム料理はいっぱいあるのに、ラーメン
たいてい、彼らは欧米の食スタイルを頑として変えない。
変わってないなぁ。(-。-;)


コーヒーを飲んでいると、店の中に物売りが入れ替わり立ち代り入ってきた。
新聞売り、煙草売り、etc。
女性ながら、1mくらい積み上げた本の山を抱えて売りに来る本売り。
重いだろうなぁ。
本売りが売っているのは洋書ばかりなので、日本人の我々には目もくれない。
変わってないなぁ。


それにしても、他の物売りもなんとしても売りつけようとする様子もなく、
しつこさが激減。ダウン
売り物の種類も減ったように思う。

変わったなぁ。(=◇=;)


中でも一番変わっていたのは旅行代理店のシンカフェ
立派になったなぁ~~~!
硝子ドア張り~の、キラキラ
店内はクーラー利き~の、キラキラ
立派なカウンターありーの、キラキラ
スタッフがちゃんとカウンターにずらりと着いていーの、キラキラ
立派なパンフレットがいっぱい並びーの、キラキラ
パンフレットには日本語版がありーの、キラキラ
客用の椅子がずらりと揃いーの、キラキラ
店内の照明まぶしーの、キラキラ
……キラキラΣ(・ω・ノ)ノ!

9年前とは雲泥の差。
なんという発展ぶり!アップ
普段着の隣のお姉ちゃんが、食べかけのトウモロコシを皿に置いて、トウモロコシの汁をズボンで拭き拭きしながらとりあえず奥から出てきてくれた……的雰囲気は、もはや微塵もない。キラキラ



立派になってますますのご発展、めでたいことです。
こんな店構えになったら信用もますますついて、
一層ご発展あそばされることでしょう。


しかし、
ちらりと覗いた路地裏はゴチャッとして蒸し暑さが溜まっているようで、
あまり変わりなく見え、
そんな風景を目にするとほっとするのであった。(^^ゞ

         つづく
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2010年ホーチミン旅行 3 ホーチミンシティの変化 (空港のタクシー)


まず空港がきれいに変わっていた。キラキラΣ(・ω・ノ)ノ!


空港を出るや、ぎらつく太陽。晴れ
その太陽と同じくらい目をギラギラさせた男たちが金網の衝立にへばりついているオオカミ
……なんて光景がなくなっていた。 



今回は個人旅行でホテルとエアチケットしか押さえていなかったので、ホテルまでの送迎がない。(ツアー旅行だとホテルへの送迎があるからラクチンだが、集団行動を強いられるのがちょっと嫌なところだ。汗

タクシーでホテルまで行くことにしたのだが、
さて、ホーチミンではまずタクシーに緊張するグー
タクシー絡みの物騒な話は相変わらず枚挙にいとまがないようだ。
で、事前にちょいと調べたが、今ひとつよく飲み込めない。ヽ((◎д◎ ))ゝ
(ガイドブックの説明もわかりにくい。)


税関を過ぎたところにまともな(パブリックな?)タクシー(「空港タクシー」?)の予約カウンターが出来ているという情報を得ていたのだが、それらしいのが見つからない。(以前は出口のそばにあったのだが……?) 
どこぞの旅行会社(?)の両替所兼タクシーカウンターばかりが目に付く。( ̄□ ̄;)!!
こういうのは吹っかけてくるに決まっておる!ドクロ

夫婦世界旅行-妻編-両替&タクシー予約




で、まず
空港を出て様子を見る。サーチ

右側の方へ進むと普通の(流しの?)タクシーが待機しているらしいが、タチの悪いタクシーに当たっては大変。あせる
(そう思ってみるからか、ちょっとガラの悪そうなタクシーがたくさん待機しておった。ドクロ
頼んだホテルへ連れて行かなかったり、わざと遠回りして降りる段になって値段をふっかけてきたり、仲間を呼んだり……という話はいまだにあるようなので、要注意だ。



左側の方もなにやらタクシーで賑わっているが、予約してある人々が乗ってるような雰囲気? よくわからん。((>д<))



で、
結局、空港内ロビーに戻り、
(一旦空港を出てしまっているので、警備員に見咎められる。パーマテ!)
ずらりと並んだ両替所兼タクシーカウンターで、
値段を比較し、サーチ
カウンターのお姉さんの顔付きやら、看板の感じやらを見て、よさげなところ(今回は「サイゴンツーリスト」)を選んだ。



サイゴンツーリストはホテルまで$10!
9年前は$5で行けたが、
(9年前は比較的安心だという評判だった紺色の「サイゴンタクシー」で。しかし、降りるとき、いきなりメーターの数字をイジってふっかけてきたなぁ……。(^o^;))



他のカウンターでは$12ドルなんて言って来るところもあったので、まぁ、よいか。
(ちなみに帰国時、ホテルから空港までは同じサイゴンツーリストのタクシーで$8だった。なんでやねん。)




とにかく無事に着けば恩の字だ。
祈るような気持ちでタクシーを申し込むと、
タクシー予約チケット(のメモ?)を渡され、「コレに乗るのだ、こっちだ」とばかりにカウンターから出てきたお姉さんが、タクシーでごった返している空港の外(左側)のタクシー乗り場へと我々を案内してくれた。走る人


お姉さんに促されてタクシーに乗る。
運転手に「Hello」と声を掛けても返事もしない。
無愛想な奴だ。
まぁ、愛想なんてなくてもよい。
とにかく問題なくホテルへ着けておくれ!
(日本人はチップを上げないから愛想が悪いのかもしれない。)

夫婦世界旅行-妻編-サイゴンツーリストのタクシー

空港からドンコイ通りがある市中までは車で約20分程度。時計
タクシーに乗り込んでから時間を計る。
わざと遠回りなどしたらただではおかぬぞ!
こちらはどれくらいでホテルに着くのかわかっておるのだぞ!
その手には乗らんぞ!(どんな手だ?)
と言わんばかりに、腕時計を大仰に見るポーズ。おやつの時間

丁度帰宅時刻のラッシュ時に巻き込まれたのか、
20分過ぎてもなかなか見慣れた通りは現れず。
ちょっとひやひやしたが、
30分ほどして無事ホテルに到着したのであった。
問題なく着いて、やっぱり、ほっとする。DASH!
ヴェトナムだなぁ。




それにしても、空港をちょっと出て少し歩いたとき、
「タクシ?」 「タクシ!」「タクシ!?」「どこ行くんだ!」と叫びながら寄ってきて、
断ってもそばを離れず、ずっと後を着いてきたしつこい客引きたちが、(°Д°;≡°Д°;)
今回は2、3人声を掛けてきただけ。
しかも、断るとあっさり諦めて後を着いてもこなかった。えっ

えらい変化である。
あの“ギラギラ”はいずこに? である。
ほっとしつつも、どこか寂しい。ハートブレイク
勝手なもんである。(^^ゞ

             つづく
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2010年ホーチミン旅行2 思い出のホーチミンシティ


したらば、夫はホーチミン行きを決定した。宇宙人

ホーチミン……かつてサイゴンと呼ばれたヴェトナム南部の都。キラキラ
2001年、夫婦して世界一周旅行に出るとき、最初の一歩は
その名の音感に惹かれてサイゴン!と決めた。
(実際は台湾でストップオーバーできちゃったので、台湾が最初の地となったのだが。)


あれから9年。時計
再びホーチミン(サイゴン)を訪れてみようということになった。
(2001年のサイゴン記事はこちら。)
 



前回はバックパッカーの貧乏旅行だったが、
今回は泊まるホテルも一応高級ホテル。アップ
ホテルの立地は、高級ブランド街のドンコイ通り。お金(^o^;)
金持ちドントコイ通りだ!
私としては貧乏人ドンマイ通りの方が望ましいが。(*^.^*) 
旅する人間の中身はさほど変わっていないが、
宿泊地だけは天と地ほど違う“優雅な”旅であるぞよ。


9年前、昼夜兼行怒涛の勢いで発展を続けていたホーチミン。
通りに面した安宿ではオートバイの爆音で夜も眠られず、W400
ひとの枕元で工事してる?ってくらいうるさい工事の音で朝もおちおち眠っていられず。工事中
(日中は暑いので、彼らは朝晩に物凄い勢いで工事をしていた。)
目覚めると、宿のベランダの窓からは工事の兄ちゃんたちが、我々の部屋の中を覗いていた朝。目
部屋のドアを開けると、ドアの前のタイルの床に直に寝ていたホテル従業員。ゴロゴロ
国営銀行なのに両替をちょろまかそうとする行員。お金
もうわけがわからず、
気が狂うかと思われたサイゴンの日々。
すべてがヴェトナム人にとって「ノープロブレム」で済まされた日々。(><;)


練乳がコップの底に層をなしていた濃厚なヴェトナムコーヒー。
朝食に添えられた青いバナナ。
山と積もっているゴミをざっくざっく踏みつけながら歩いた汚い歩道。
うまいフォー。フランスより美味しいフランスパン。
5秒置きに声を掛けてくる物売り。
オープンエアの公衆トイレと化していた大便通り。(←勝手に命名。)
etc……。



どんなに変わったであろうか。
毎日のように通ったサイゴンカフェは変わらずにまだあるかしら?

  
かくして、
ホーチミンはかなり変わっていたのであった!( ̄□ ̄;)!!

           つづく
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人のカードを赤の他人がなぜ使える?


今朝、「?」なニュースを目にした。Σ(~∀~||;)はてなマーク


N.Yでの話。
レストランで食事を終えて出たところで、
ホームレスの男性から「お恵み」を求められた広告会社のエグゼクティブの女性が、
小銭の持ち合わせがないので、
彼を信用してアメリカンエクスプレスのプラチナカードを渡した。カード
彼は「自分は正直者です」と言って彼女の信用に応え、
そのカードでデオドラント、ボディウォッシュ、煙草、ビタミウォーターなど25$を使って、お金
とって返し、
彼女にカードを返した。チョキ

……ということが、美談として報じられていた。ラブラブ


ここで、素朴な疑問。
なぜ、人のカードを赤の他人が使えるの?はてなマーク
所有者本人のサインもなしに使えるの?はてなマーク
ニュースではその点について何も言及しなかった。


最近、スーパーやデパ地下などでは、クレジットカードは署名なしで使えるが、基本他人のカードは使えないのではないか?はてなマーク
(私名義のイトーヨーカドー専用のアイワイカードは、夫でも使えてしまうが、基本的にはいけないことなり。注意



プラチナカードなんて持ったこともないのでよくわからないが、
プラチナカードだって、基本他人のカードは使えないのじゃないの?
これじゃ、カードを落としたら誰かに使い放題にされちゃう。
カードのセキュリティについて甚だ疑問に思ったニュースであった。むっ


それと、小銭を恵んでくれて…って言ってプラチナカードを渡されて、
$25の買物。
小銭というには、かなり高額ではない?(=◇=;)
まぁ、カードそのものを渡すようなお方だから、25ドルくらい「小銭」のうちなのかもしれないけれど……。( ̄□ ̄;)


これって美談?
こんなに困っていても人の信頼を裏切らない正直ものがホームレス(黒人)で、
一方はプラチナカードを持って優雅な生活を送るエグゼクティブ(白人)という格差に、
とても納得行かないものを感じるのは私だけ?(・_・;)


これ、彼の意志通り、彼女の元にカードが返せたからいいものの、
もし、彼が彼女のプラチナカードで買物をしたときに、
店員が、「みるからにホームレスの男がプラチナカードを持っているなんて?」と怪しんで警察沙汰になったりしていたら……。逮捕

あるいは、
タチの悪い奴に見咎められ、「なんでお前がプラチナカードなんて持っているんだ?」とイチャモンをつけられ、暴行され、プラチナカードを奪われ、カードを使いまくられる……叫び

なんてことが起こらなかったからいいようなものの。あせる


信じ、その信頼に応える……確かに美しい姿であるが、
彼が使った金額が25ドルではなく、2500ドルだったりしたら、
彼女はどーしたかな? あせる
N.Yのエグゼクティブの「小銭」感覚って、どうなの? どれくらいまでを「小銭」というのだろう?はてなマーク

etc……

などと小市民の貧乏人の私は、どうも素直に「美談」として受け止められないのであった。ヽ(;´ω`)ノ




蛇足ながら、
女性が彼に問いかけた「Can I trust you?」という言葉、
ちょっと前にポッポッポが「Trust me」と安易に言って顰蹙を受けていた一件を思い出させたことであった。恋の矢



参照:A bum you can trust - honest
2010年ホーチミン旅行 1 行きたくなくなった旅行


我が家では旅行決定権が順番で移行する。リサイクル
決定権を得た方は、旅行先を自由に決められるが、
その分、安いツアーを探したり、下調べしたり、手続きその他をしなければならない。あせる
(私はこの段階のことがあまり好きではない。ガーン


今年は私が旅行先を決める番だったのだが、
色々調べていると、
我々が休みを取れるお盆時期は、最安値の2倍3倍当たり前。((>д<))
ひどいところは5倍に値段が跳ね上がる。アップΣ(~∀~||;)
出発日が1日ずれるだけで値段が何万円も跳ね上がったり……。(((゜д゜;)))


この値の吹っかけ方はひどいんでないかい?((T_T))
仕方ないこととは言っても、馬鹿馬鹿しくて、行く気になれず。パンチ!
(安いとき8万円程度で行けるツアーがピークシーズンには40万円以上って、どーよっ!爆弾


ネットで調べるたびに腹ワタ煮えたぎり、メラメラ
ぶつけようの無い怒りに駆られ、パンチ!
得体の知れないものにいじめられているような惨めな気持ちにもなり、。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
落ち込み、ガックリ

かくして
旅そのものに出たくさえなくなってきた私は、ダウン
とうとう旅行先を検討するのをギブアップし、
旅行先決定権を夫に譲ったのであった。