よいお年を

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よいお年を


2009年が暮れていく。(/_;)/~~

今年も一年、ブログが続けられました。f^_^;
ご訪問くださった方々、
拙い冗長な日記を読んでくださったり、
コメント、メッセ下さった方々、
本当にありがとうございました。ドキドキ


トホホ草の私はどれだけ励まされたことか……。(。-人-。)




今朝、枯れ枯れになっては新しい小さな葉をつけるプチトマト(我が家のベランダ在住)が
初めて小さな実をつけました! ビックリ!Σ(・ω・ノ)ノ!


夫婦世界旅行-妻編-枯れ木に実り!

夫婦世界旅行-妻編-ちんまい2つ


今朝、宅配便の箱に入れられてきたビニール製のエア・クッション(?)、
空気を抜いてゴミとして出すために、
ビニールに鋏を入れていたら、

自分の着ている服まで切ってしまいました……。(T_T)
ズゴン





今日、今年最後の家計簿をつけていたら、
上腕二頭筋をバチンバチン叩きながら、

「カッツカツやぞ! カッツカツやぞ!」
と叫んでしまいました。

ワレながら、かなり面白かったです。アホにひひ




こんな私ですが、来年もどうぞよろしくおつきあいくださいませ。(。-人-。)




よいお年を。ラブラブ
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夏のハワイ旅行記はちょっと後回しにして、
今は11月中旬の京都旅行をアップし始めたら、
いつの間にか、もう今年最後の日だ。

秋の京都旅行10 源光庵(ゲンコウアン)


京都3日目は高峯(タカガミネ)辺りを散策することになった。
またもタクシー“ちょい乗り”でGo。車


まずは姉のご所望の源光庵へ。
血天井」で有名な所。


路地を入っていくと
ひっそりとした佇まいの門が現れる。
二つ目の門(多分?)は
まん丸の窓が2つ並んでいて面白い。

夫婦世界旅行-妻編-○窓門


門を入ると小振りながらすっきりとした庭が
緑も青々と、迎えてくれた。キラキラ

夫婦世界旅行-妻編-赤松君


庵内は襖が開け放たれ、間仕切りなしに庭まで見通せて、広々としている。キラキラ
小部屋やちょっとした床の間には、お香やら花が活けられていて
毎日の掃除がきっちり行き届いているという感じ。キラキラ

夫婦世界旅行-妻編-お香堀川

お香の名前がわかるように焚かれていた。ありがたい。
堀川」だって。静かでたおやかな香り。
(今回宿泊したのが「堀川」辺り=二条城のそば)だったので、なんだか「堀川」に縁を感じちゃった。)ラブラブ




四角い窓と真ん丸い窓が並んでいる部屋あり。Σ(・ω・ノ)ノ!

何か意味ありげ。

夫婦世界旅行-妻編-並んでます


で、
まず手前の四角い窓の前に座ってみる。

夫婦世界旅行-妻編-迷いの窓

きっちりと四角く切り取られた風景。キラキラ
気持ちよし。
これ、なんと「迷いの窓」とな!∑(-x-;)
四辺が生老病死四苦を意味しているらしい。
つまり、「人間の生涯」=「生老病死の四苦八苦」を象徴しているそうだ。(((゜д゜;)))

折角の庭を、そんなこと思って観たくないけど……。ガーン
苦労の向こうに見えてくる風景がある……ということだろうか?あせる


で、まん丸窓は、「悟りの窓」とな。(=◇=;)

夫婦世界旅行-妻編-悟りの窓

まん丸窓って、なんか覗き穴のような感じがするのは私だけ?にひひ
こんなに壁一面の大きな丸窓でも、その前に立つと、
向こうに広がる庭を覗き見ているような気になる。f^_^;

ズーム・イン!

夫婦世界旅行-妻編-悟りの窓ズーム

何事にもとらわれないおおらかな境地や大宇宙」を象徴しているそうだ。星空

この窓から庭を眺めれば、何か悟れるのか? 
おおらかな境地に至れるや?
と思いきや、
そうそう悟れるはずもなく、
「あぁ、きれいねぇ~。以上。」……なのであった。(^^ゞ


しかし、丸窓の方が漆塗り(タブン)で黒く艶やかな窓枠が白い壁に映え、その中に彩りのある庭が眺められて、特別に切り取られた風景を見ている気になる。
一種特別な美しさを感じる。キラキラ

同じ庭でも、窓が違うと印象も違うものだ。


円は“完全なるもの”をイメージするから、この丸窓を「悟りの窓」と称する気持ちはわかる。
しかし、四角い窓をわざわざ「迷いの窓」などとするのはいかがなものか……と、私は思う。
ただの四角い窓だって、十分美しい、気持ちのよい窓ですけど?
むしろ四角い窓の方が、開放感があってよろしいくらいなんですけど?(・ω・)b

夫婦世界旅行-妻編-庭の紅葉






さて、いよいよ本堂、血天井の間へ。

夫婦世界旅行-妻編-血天井1
「伏見城山城遺構血天井」。


夫婦世界旅行-妻編-血天井2

夫婦世界旅行-妻編-説明板

説明板によると、

豊臣秀吉の死後、もはや天下を取ったも同然の徳川家康伏見城に入っていた。
が、会津で謀反があるとのことで、家康は会津へ出撃することになった(1600年6月)。
鳥居彦左衛門元忠に伏見城の留守番を頼む。
会津は強敵なので一人でも多くの兵を率いていくよう元忠は勧める。
家康が江戸まで行ったところで、手薄になった伏見城に、石田光成らが迫ってきた。
「伏見城はもともと秀吉が建てた物だから、おとなしく城を返して豊臣側に従え」と、大軍でじりじりと取り囲んで迫った。
敵軍40,000に対し、伏見城は1,800兵。
家康の不在中に、伏見城を明け渡すわけにいかない。
もはやこれまでと腹を括った元忠たちは伏見城で討ち死にした。
源光庵の開山屯山禅師は家康と「密接な関係」にあったため、伏見城の血まみれの床板を天井に移し、諸兵の菩提を弔っているとな。メモ

鳥居元忠の首は晒し首にされたが、「元忠と交わりのあった京の呉服商佐野四郎右衛門」さんが、「晒し首とはあまりにむごい!」と、夜半に首を盗み出し、知恩院に葬ったと。メモ

あら! 昨日知恩院に行ってきたのに、そんなこと、全然知らず、気づかずに終わってしまった……。えっ


夫婦世界旅行-妻編-血天井4

血の手形。パー

夫婦世界旅行-妻編-血天井3(足跡)

血の足跡。あし

夫婦世界旅行-妻編-血天井5

雨漏りのように血が染み込んでる。
血の雨が降ったんだもんね……。雨

夫婦世界旅行-妻編-血天井6

兜の跡のようなものやら、色々。帽子


時は6月に伏見城を出発した家康が江戸に着いた頃、
多分夏の盛りの頃だよね。晴れ
むんむん蒸し暑い中での惨劇。
その現場はいかに無念の血生臭さに満ちていたことだろう。
しかし、今はどこにも血の臭いはしない。

しかし、どこもかしこも開け放たれて風通しがよいから臭わなかっただけかもしれない?
夜になって、戸を閉め切ったら、1600年の兵士たちの血の臭いが、じんわり降りてくるかしらん?新月


夫婦世界旅行-妻編-血天井7

とにかくあちらこちらに血痕!
この中に腹掻っ捌いた鳥居元忠の血も染み込んでいるらむよ。(°Д°;≡°Д°;)

おどろおどろしい天井だが、それが“観光の呼び物”ともなっているためか、天井も鴨居も埃が払われていて、よく手入れされている感じ。
そのこざっぱりとした清潔さと「血天井」という生臭さとのアンバランスが、隔世の感を強める。かに座




本堂にはとても立派な仏壇が設えてあって、この寺の隆盛を物語っている。
その本堂の脇の間(?)の隅(に当たる辺り)にちょこんと祭られてあった元忠の位牌

夫婦世界旅行-妻編-鳥居元忠の位牌

主人の留守を守り血まみれになって死に絶えていった者たちを供養するためか、はてなマーク
石田光成たちのやり口に異を唱えたいためなのか、はてなマーク
それにしても、血塗られた城の床板をなぜに源光庵の寺の天井に移したのか、はてなマーク
21世紀に生きる私には理解できないことである。(・_・ 三・_・)



血天井なんてものを眺めていると、城を守りきれず、血を流し尽くし、己の腹を切ることしかできなかった彼らの無念さなどを感じてしまうが、汗

歴史に詳しい友によると、これ、事実はちょと違うということで。えっ



家康も鳥居元忠も、こうなることは想定内だったというのだ。Σ(・ω・ノ)ノ!
石田光成たちがどう出るか様子を見るために、本当はさほど家康がいくまでもない会津へわざと大軍を率いて向かい、わざと伏見城を手薄にして見せたのだという。Σ(~∀~||;)
だから、もし石田光成らが襲ってきたら、それまで!と覚悟の上の作戦だったらしい。

しかし、(家康の留守中に)事あればこれが永遠のお別れです」と家康を送り出した元忠の言葉は、つまり、充分覚悟の上の言葉だったのだわさ。叫び

家康も様子を見るためとはいえ、部下を生贄にしたっちゅーわけじゃん?
私ならそんな上司に仕えたくないなぁ。(ノ_・。)

そんな風に「案の定~~~!」と思いつつ、勝ち目のまったくない戦の末、討ち死に、己の血が何百年も後の人々に見上げられていると知ったら、元忠はどんな気持なのかしらん?(T_T)





お庭は何事もなかったかのように静かに秋の陽が降り注いでいて、
ただただ平和なひと時。キラキラ

夫婦世界旅行-妻編-源心庵の庭

夫婦世界旅行-妻編-河童の頭

八角草
河童の頭が咲いてるのかと思った。( ´艸`)



夫婦世界旅行-妻編-鉢植え

どの鉢植えも清清しく元気に咲いていた。
源光庵の人はお庭やら建物に対する心栄えが感じられる。キラキラ


夫婦世界旅行-妻編-築地塀?

「血天井」とは全然結びつかない、のどかな庭なのであった。虹

               つづく
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夏に行ったハワイ旅行記はちょっと後回しにして、
今は11月中旬の京都旅行をアップしてたら、もう12月も終わりだ。
ひぇ===!


秋の京都旅行9 東福寺・知恩院・三十三間堂


青蓮院(ショウレンイン=私の第1希望)と泉涌寺(センニュウジ=姉の第1希望)を回ったら、もうなんだか気持ちが一杯で、
後はどこをどう回ってもいいよって感じ。オバケDASH!


で、まずは泉涌寺のすぐ南隣にある東福寺(トウフクジ)に寄ってみた。
すぐ隣と言っても、少々距離があり、坂道でもあり、
老母は歩くのがしんどいというので、またもやタクシーで移動。車


今回は時間制で観光タクシーを借り切るのではなく、
行く先々でタクシーを捕まえての移動だった。車車車
この観光シーズンに流しのタクシーがそこらで捕まえられるのかと不安だったが、
我々が回るような有名な寺ではたいていタクシーが待機していて、すぐに乗ることができたのだった。チョキ

近場をちょこちょこ移動するには、“タクシーのちょい乗り”は、「貸切タクシー」より安くついた気がする。お金




さて、東福寺
東福寺は紅葉の山の中にあり……って感じ。(-^□^-)

夫婦世界旅行-妻編-もみじもみじ

夫婦世界旅行-妻編-橋

夫婦世界旅行-妻編-色とりどり

夫婦世界旅行-妻編-もみじの中の橋

この橋からの眺めもよかったが、
この橋を遠くから眺めるのもまたよかった。チョキ


が、
とにかく人、人、人で、
ゲンナリ。ガーン
他の寺はまだピーク時ではないので、さほど混んでいなかったのに、
さすが東福寺は紅葉の名所だけある。
これでピーク時になったらどんだけ混むのだろう……?(((( ;°Д°))))


いままでは「橋の手前まで」は無料で入れたらしいが、
今年から(?)は寺に入ってすぐのところから
拝観料を要求された。お金

しかも、
その拝観のチケットに検の印のスタンプが押されたか否か、
チェックを受けずに勝手に入っていってしまった人はいないかと
係りの人が血眼になっていて、メガネ

ちゃんとチケットを買った人(タブン)さえ、
「スタンプ押してないのに入っていっちゃいました。あっち。あ、あの人っっっ!」
と、まるで犯人を追うように、数人で捕まえ(?)にかかっていた。あせる

思いっきり、興ざめである。
なんだ、この寺?……って感じ。ガーン


それでも、名だたる古刹。
やはり境内は見事なもので。アップ

夫婦世界旅行-妻編-緑も赤も

夫婦世界旅行-妻編-いいね

夫婦世界旅行-妻編-ひろびろ


夫婦世界旅行-妻編-繊細もみじ


紅葉の種類も、今まで目にしたのと少々違って見えた。
すごく華奢で繊細な感じのもみじ葉。キラキラ


夫婦世界旅行-妻編-雅な森

あいにくの雨空なれど、
天を覆い隠すかのように色づいた木々が茂り、
“雅な森”の中を歩いている感じ。キラキラ




一昨年、その記念館(私邸)を訪れたのでまだ記憶に新しい
造庭家、重森三玲(シゲモリミレイ)による庭もあった。ラブラブ
1938(昭和13)年に造られた「八相の庭」というらしい。メモ


方丈の4辺の周りにそれぞれ庭が造られていた。
周り全部庭というのは珍しいね。

渡り廊下(?)の壁の部分が鐘の形に繰り抜かれていて、
そこから庭を眺めるのも面白かった。

夫婦世界旅行-妻編-釣鐘窓?

夫婦世界旅行-妻編-方丈南庭
(方丈南庭)

重森三玲という人の庭を観ると、
いつもを感じる。
(多分、いつも海をイメージして造っているのではなかろうか。はてなマーク


大宇宙の法則にのっとって、寄せては引く波。波
渦巻く海。
膨らむ海。
突き出る岩肌。
大海原にそそり立つ岩は、
堅固な人間の、あるいは宇宙の「意志」なるものを感じさせる。キラキラ

かと思うと、
サツキと砂地で描き出された市松模様

夫婦世界旅行-妻編-方丈西庭
(方丈西庭)

愉快なほど
き~っちり!
き~っちり!と刈り揃えられたサツキ。
花の頃にはどうなるのかしら?
と気になるのは私だけ?


そうかと思うと、
四角いサツキが、今度はこんもりまん丸に!

夫婦世界旅行-妻編-まんまるサツキ

夫婦世界旅行-妻編-チェス盤?

夫婦世界旅行-妻編-方丈北庭
(方丈北庭)

これまた市松模様だが、こちらは敷石と苔で造られているらしい。
とてもモダン(←死語?)に感じる。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

まん丸サツキに守られて、苔はまろやかにこんもりしているのに、
きっちりと市松模様を描き出しているのが妙だ。

ずらりと市松模様なのだが、
これが微妙に変化に富んでいて、
波打ってさえ見えて、
面白い。
もしかして、ぎらぎら光る波立つ海をイメージしてはいないか?はてなマーク


重森三玲って、記念館(彼の私邸の庭)を見た限り、
大胆というか、
剛毅というか、
剛毛(?)というか、
佐渡島が好き?っちゅーか、
そんなイメージを受けたのだが、


実は凄く子供っぽい
というか、遊び心のある人、
剛よりも柔……的な?
そんなお方なんじゃなかろうか。
……なんて思い始めた最後の方丈の面、東側に来ると、


これらの中途半端な石柱はなんぞや?
と首をひねってしまった。

夫婦世界旅行-妻編-方丈東庭
(方丈東庭)

タイトルを見て、びっくり。
北斗七星」だってゆーじゃない~。

これのどこが星やねん?
どこが北斗七星やねん?
石の上をケンケンして遊ぶゲームでもしようとしているかのようにも見える。Σ(~∀~||;)


しかし、しばらく見ていると、目
線の引かれた砂地や、微妙に高低をつけて突き出ている小振りな石柱たちが、
渦巻き波動する宇宙の中から
光を垂直に伸ばしている星星……
と、
言えなくもないかも? 恋の矢
(多分「北斗七星」って、宗教的に色々深い意味があるのかもね?)


ううむ。まぁ、寺の方丈の四面の庭を一手に任され、造りおおせた重森三玲……畏るべし!
というところだ。


ところで、
東西南北4面しかなかったのに、なぜに「八相の庭」なのだろう?
と浅学な私は不思議に思ったので、後日調べてみた。

参考:
八相
http://park19.wakwak.com/~jiganji/iitoko050501.htm

「八相」とは、仏教で究極の目的である「成仏」への道のりを言うらしい。
「人間成就」の道を釈迦が「八相」に分けて説いているらしい。(=◇=;)


参考までに引用しておく。

「八相」とは、
(一)「入胎」お母さんの胎内にやどること
(二)「誕生」生まれること。
(三)「処宮」世間に出ること。つまり社会生活をすること。
(四)「出家」処宮(社会生活)の中で満足できない問題を、本当に自分の問題として
    解いてゆこうと努力すること、単に家を捨てるならば「家出(いえで)」である。
(五)「降魔」魔というのは、智慧のいのちを殺す者、その魔と闘って勝利すること。
(六)「成正寛」真実智慧の獲得、覚(さと)りを開くこと。
(七)「転法輪」自分の開いた覚りを言葉にして伝えること。
(八)「入涅槃」涅槃に入ること。


仏陀釈尊においては以上の「八相」をもってその寿命(いのち)が満足・成就されたのである。
私達の人生をふりかえってみて、生まれて、学校にゆき就職して、結婚し、子供ができ、家を建て、そして死んでゆくだけならば、犬や猫と大差はない、それは「八相」ではなく、(一)入胎(二)「誕生」(三)「処宮」(四)「死」という「四相」である。
人間は「出家」以降の成仏への歩みがあって、人間たることの証しがある。
      ――以上 「仏教のお話 『八相成道』」より抜粋


ひぇ~。私なんざ、まだ3相だわ。しかも中途半端。ガックリ
行ってせいぜい4相ね。
そして、犬猫と大差ない……ネコわんわん
というより、虫けらとさえ大差ない……かたつむり
というより、ある場合、虫けらより劣る……インインメツメツガックリ


むむむぅ!
市松模様の奥に、かくなる深い真理が秘められていたのか?!?
まんまるツツジの刈り込みに、
中途半端なでこぼこの石柱に、
かくなる「成道」への思いが込められていたのか?!?


庭の名前をつけたのが重森三玲なのかどうか
確認できなかったので、
彼自身が「八相成道」をイメージして造ったかどうかは
私にはわからない。

が、少なくとも寺側は、
八相成道」をイメージして観てござい! 発心なされ!ドキドキ

なるメッセージを込めていることだろう。 




境内をつらつら歩いていると、走る人
通り過ぎて呼び止められるような感じがした。
数歩戻ってよく見ると、
緑に苔むした幹、
かなり老いさらばえた趣の古木が一本。アップ
しかし、ただ古いだけの木にも見える。


ところがこの木、「東福寺のイブキ」と名づけられ、
どれだけ古い木なのか、説明板が添えられていた。メモ
(古木にというより、この説明板に呼び止められたのやもしれぬ。)

夫婦世界旅行-妻編-東福寺のイブキ


東福寺境内図」(1700年頃)や
都名所図会(ミヤコメイショズエ)』(1780年刊行)に
既に古樹として描かれているというから、Σ(・ω・ノ)ノ!
それからさらに200~300年を経ているこの木はいったいおいくつなのやら?

参考:ウィキペディア 「イブキ


イブキの根元は、半月形に切られた石が花壇のように並べられていた。サーチ

夫婦世界旅行-妻編-半月石花壇?


創建時から寺を見守り、歴史を生き抜いてきた古樹に対して
さして気の利いたものにも私には思われなかったが、
もしかしたら、石を半月形に整えることは案外難しいものなのだろうか?はてなマーク
特別な老木なればこその花壇……なのか?ひらめき電球
ドーデモイイケド。(^^ゞ








さて、お次は知恩院へ。
あいにくとあちこり工事中。モグラ
鴬張り」の廊下も工事中。モグラ

夫婦世界旅行-妻編-鴬張り工事中


工事の音はうるさいし、
誇りっぽいし、
あちらこちら工事中で立ち入り禁止だし、
……間の悪いこと……。ガーン

とりあえず、観られるところだけでも、ぷらぷらと拝見する。(気力ゼロ状態。)オバケ

夫婦世界旅行-妻編-茶釜

夫婦世界旅行-妻編-どなた?

夫婦世界旅行-妻編-木魚のお値段

木魚って、こういう所で販売されているのか!( ´艸`)
と、妙に感動。
買って帰りたい気もしたが、ラブラブ
家に置く場所もないので、
ぐっと堪える。(>_<)





お次は、またもタクシーを拾って、
三十三間堂へ。

ずらりと祭られている1001体の千手観音像は
やはり圧巻である。キラキラキラキラキラキラ



観音像について、手前の柵のところに説明板が施されているので、
それを読み読み牛歩する。サーチ

が、わざわざその説明板のところに腹を押し付けて観音像に見入る女子あり。NG

ちょっと反れて見てくれればいいのに……
なぜ説明板に張り付いて止まるかな?ヾ(▼ヘ▼;)

熱心に見入るのはよいが、
説明板を隠しながら見入るんじゃありません!
お嬢ちゃん、そこをおのき!メラメラ
と、内心いけ高々なオバハンになって女子が去るのを待っていると、
彼氏が気がついて、ちゃんと注意し、女子は看板の前から移動した。

よきかな。よきかな。仲良くデートなさいね。
三十三間堂でデートなんて、いいカップルだわね♪
と、途端に若いカップルを温かく見守るオバサンと化す。ラブラブ


が、しばらく先へ行くと、
まぁた先ほどの女子が説明板に抱きつくようにして、説明文を隠している。
こりゃ! い~加減にせぃ!
と、プチプッツンくるのであった。ヽ(`Д´)ノ

そんなことを繰り返し、
なんだか、とても
疲れた。。(´д`lll)



雨上がりの日暮れ時の空と
カラスが目にやさしかった秋の京都なり。キラキラ

夫婦世界旅行-妻編-三十三間堂の屋根


それにしても、三十三間堂、
カラス多すぎでないかい?!

              つづく





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新酒会でトマト鍋


年末に新酒会を開催。クラッカー
趣味的にではあるが、日本酒造りに携わっている友が造った今年の酒を頂くのだ。音譜

夫婦世界旅行-妻編-新酒濁り

夫婦世界旅行-妻編-新酒
(↑今年はポップなラベルに仕上げてあった。)


今年もうまかった~!ヾ(@^(∞)^@)ノ感謝感謝!ラブラブ



毎年、日本酒に何が合うか、和洋中色々試してみるのがまた楽しい。音譜



トマト鍋はどぉ?という友の提案に、
あなたが作ってくれるなら、いいよ!」と逃げの私。(^^ゞ
だって、友は料理上手♪クラッカー


トマト鍋は色々なレシピがあって、
今回友が選んだのはイタリアン風なトマト鍋だった。

3~4人前で、

トマトホール缶400gを4缶!
水1200cc!
アサリ150g
タラ150g
烏賊ゲソ1杯
鶏モモ肉400g
水菜3株
白菜8分の1
バジル適量
ニンニク6片
オリーブオイル100cc
コンソメブイヨン6個
酒・醤油少々
本



トマト缶なんて、普段でも一遍に1缶使い切ることはあまりないのに、
一挙に4缶!???(°Д°;≡°Д°;)
恐るべし!


最初から最後まで強火で煮る!グー
とあったが、バジルまで強火で煮るのかい? とビビル。(((( ;°Д°))))

が、結果はとても美味しいトマト鍋の完成なのであった。合格ヾ(@^▽^@)ノ
(バジルって、煮ても美味しいのね!ベル

夫婦世界旅行-妻編-トマト鍋


「適当、適当~!」と言いつつ、
友は鳥腿肉の筋や脂を丁寧にとるなど、
細部の作業に手を抜かないのであったよ。(=◇=;)
(そこが決定的に私と違うところだわ……。)






デザートは差し入れの「花畑牧場の生キャラメルアイスクリーム」。
うまし!

夫婦世界旅行-妻編-花畑牧場生キャラメルアイスクリーム



私はハーゲンダッツで、雪だるまアイスクリーム作成~!
ちょっと目がシバシバしてる雪だるまちゃん。A=´、`=)ゞ

夫婦世界旅行-妻編-雪だるまアイス

もっとまん丸く形成したかったのだけど、
もう酔っ払っていて面倒くさくなったから、
アイスを2個、そのまま乗っけただけ。べーっだ!

だもんだから、
頭と胴体が同じ大きさ。
しかも胴体の方が先に溶けてきてるし……。(^o^;)


しかも、周りに粉雪代わりに巻いたアーモンドパウダーが、
きっとアイスに香ばしさを与えて美味しかろうラブラブと思ったら……ひらめき電球




粉っぽいですがなっっっ!


アーモンドパウダーをそのまま食べると、
モソモソモハモハして、
アイスクリームにも溶け合わず、
粉っぽいだけ!ドクロ

アーモンドパウダーはやはり焼き菓子の材料として使って、
火を通してこそ香ばしくて美味しくなるのね……と実感したことであった。。(´д`lll)


ズゴンガックリ

雄山荘消失

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雄山荘消失



2009年12月26日、
小田原にある雄山荘(ユウザンソウ)が消失してしまった。メラメラ
ショック!ヽ((◎д◎ ))ゝ




参照:「カナロコ


雄山荘は、昭和初期、都内の会社社長の別荘として建築され、太宰治の愛人であった太田静子が戦争中に疎開。静子がこの別荘で過ごした日々の日記が「斜陽」のもとになった。太宰は1947年2月に雄山荘に来訪し滞在したという。」(「カナコロ」より引用)




雄山荘には、学生時代、訪れたことがある。走る人
今も、小田原の曽我の高台の心地よい穏やかな陽射しとともに思い出される。キラキラ
古びた木造のこじんまりした建物の中に、
太宰と太田静子さんの穏やかなときがひっそりと残されているような感じがした。ラブラブ



そのときはどなたかが管理しているものと思い、
勝手に入るのもはばかれ、
友と私はちょっと門の中まで入ったものの、すぐにそそくさと出てきたのだった。
一緒に散策していた教授は、
「先生、まずいですよ!勝手に……!」と止める我々の声など耳に入らず、
ささささ~っと、庭を一周なさってきたのであった。ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ



消失してしまうものならば、
ちゃんと管理されていないのであったのならば、
あの時、もっとずうずうしく入り込んで
味わってくればよかったなぁ。(><;)
写真も撮っちゃえばよかったなぁぁぁぁ。カメラ

残念なり。しょぼん