超凹んでいるので、今日はとりわけヘンテコリンな日記かも。ご容赦ください。しょぼん
お下品な言葉は読んで気分が悪くなる!という方は、スルーしてください。DASH!



関西桜ツアー8
(南禅寺の桜)




彦根城を出て、ツアーバスは京都へ向った。バス
台風が近づいているのか、天気予報は関東も関西もどっぷり「雨」であったのに、彦根城では薄日さえ射していた。晴れ( ´艸`)

彦根城の天守閣のある山頂からは、琵琶湖まで遠くに薄青く見えたのであった。ベル
(見えたときは、「海が見える~!ラブラブ!」と思ったが、考えたら、見えたのは琵琶湖のはずだ。(^^ゞ)


しかし、バスが走り出すと雨がポツポツ。雨

しかし、1時間(?)ほど走っている間に雨は止み、
バスが南禅寺に着いたときには、再び薄日さえ射し始めたのだった。晴れえっ
我々のツアーの中に誰か“晴れ人間”がいるに違いない。クラッカー


南禅寺三門

ぞろぞろと南禅寺三門へ向う。

南禅寺には以前、秋、紅葉の頃に訪れたことがある。もみじ
桜の頃は今回が初めてだ。桜
同じ寺でも、季節季節で表情が違うので、
何度来ても面白い。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


南禅寺水路閣

南禅寺の水路閣が奥に見える。キラキラ
(水路閣:琵琶湖の疎水事業の一環として施工された水路橋。レンガ造りで面白い。これは以前見たので今回はスルー。DASH!


時間も限られているので、名物南禅寺の湯豆腐など楽しむ余裕もさらさらなく、境内をざっと散策。あし
桜以外にも植物たちは花をつけて我々の目を楽しませてくれる。ニコニコ



馬酔木?

塀からこんにちは

塀の向こうから顔を出している木というのは、妙に心惹かれる。ラブラブ

瓦に映える

瓦屋根と木というのもよく似合う。キラキラ

よく見ると瓦屋根に菊のご紋えっ
南禅寺は天皇と何か関係があるのだろうか?!?

追記:
もともと南禅寺は、亀山天皇の離宮(もともとは後嵯峨天皇が造営?)を寺に改めたものらしい。
菊のご紋があるのも当たり前だのクラッカー。クラッカー


参照:
JTB南禅寺:
http://homepage2.nifty.com/cub/niwa/nanzenji.htm
ウィキペディア南禅寺:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E7%A6%85%E5%AF%BA



今回は、以前は登らなかった三門に登ってみた。
上から見ると、かなり高い感じ。ダウン

三門上層から

三門上層から2

三門上層から3

石川五右衛門が「絶景かな、絶景かな~!」と言ったとかいう風景は、これか?にひひ
きっと石川五右衛門登ったときは、文句なしの晴天だったんだろうね。晴れ
春だったのかな、秋だったのかな?はてなマーク
などと、またどーでもいいことが気になったりするのであった。(-_☆)
(どっちにしろ、この話は歌舞伎の創作であるんだよね。)


三門の「五鳳楼」と呼ばれる上層にある小部屋(?)の中には、如来像やら羅漢像やら狩野なにがしの天井画やら、ものすごいお宝にお目にかかれるらしいのだが、隙間から覗き込んでしか見られないようになっていた。叫び


みなさん、ずらりと鼻先を隙間に引っ付けて覗き込んでる。目
中は薄暗く、よく見えなそう。あせる
一度覗き込んだ人はなかなかその場を動かない。

へっぴり腰

ずらりと並んだへっぴり腰を見ていたら、ここに自分もお尻をへっぴして並ぶのは嫌だなぁ……と思われ、これもスルーしてしまった。ガーンDASH!


へっぴり腰とは、「」を「ひる」腰つきである。にひひ
(注:古来より日本では屁を排する行為を「ひる」と言ふのだ。)

へっぴり腰が並んでいると、皆してプップカプー!スー!プピップピッ! DASH!DASH!DASH!
今にも屁の連打を浴びそうで、(((( ;°Д°))))
なんだか落ち着かない。爽やかでない。ダウン
“3日は履き続けているオヤジのステテコ”気分である。ガーン(ウマク表現デキナイww)


お宝を見ずして、人々のへっぴり腰を見て、なんだか損した気分である。(-"-;A
気分を即刻変えるべく、三門から、桜を探す。桜


桜はすぐ真下から仰ぎ見るのが私は好きだが、アップ
真上から見下ろすというのもなかなか乙なものだダウンキラキラ

……と、

……あれれ! ∑(-x-;)

庭木もへっぴり腰だった。ガーン

へっぴり腰2


お宝をへっぴり腰に阻止されて、三門を後にしたのであった。うんち

さぁ、次はどこだ?パンチ!

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関西桜ツアー7
(井伊直弼像)



彦根城の濠は、昔はいざ知らず、現在はちょっと複雑に入り組んでいて、途中で内濠中濠とが繋がっていたりする。えっ

中濠の桜

中濠沿いの桜桜

内濠沿いの桜

内濠沿いの桜並木。桜
芝生の中では花見の宴。クラッカー



城の中は、「天守閣」や「玄宮園楽々園(庭園と欅御殿)」の他、
まだまだ見所がたくさんあった。あせる

内濠を往復する「屋形船」も出ている。(往復約3km、乗船時間約50分)船
47本並んでいたという「いろは松」、クリスマスツリー
彦根城博物館」、宝石紫
元禄時代に建てられた重要文化財の「馬屋」、馬
井伊直弼が青春時代を過ごした館だという「埋木舎」、家
金の亀に乗った観音様を安置する彦根寺の御堂があったとされる「観音台」、おひなさま
梅林、黄色い花
彦根東高校学校……etc。

2~3時間では、とても全部見切れない。叫び

城の中はこんな車(テクシー?)も走っていた。えっ
これを利用すれば移動も楽だろう。チョキ

城内タクシー?


濠に沿って咲き誇る満開の桜を写真でパチパチ撮っていると、サービスするかのように白鳥が一匹、ツツツーッと登場。ヾ(@°▽°@)ノ

お濠の白鳥


城のお濠って、よく白鳥がいる。サーチ
なぜ“城のお濠には白鳥”なんだろう?
白鳥って、北海道や東北の方に集団で飛んでくる渡り鳥だよね?
なのに、東京や彦根の城のお濠には、たいてい数匹しかいない。

お城のお濠に住み着くのは、群れからはぐれた白鳥なのだろうか?はてなマーク
石垣に囲まれているから安全なのだろうか?はてなマーク
聞く暇もなく、白鳥はツツツ~ッと遠ざかって行ってしまった。!(´Д`;)



花の生涯

花の生涯』の説明看板。
井伊直弼を取り上げた舟橋聖一の小説らしい。本
ドラマにもなったらしい。テレビΣ(・ω・ノ)ノ!


井伊直弼大老像

井伊直弼大老像

傍の看板には、

「井伊直弼(1815~1860)

開国の英雄井伊直弼は文化12年(1815年)に彦根城下の下屋敷(欅御殿)に生まれ、嘉永3年(1850年)36歳で彦根藩主となり、安政5年(1858年)には江戸幕府の大老職となった。同年6月直弼は我国の将来を考えアメリカとの開国を英断。この大偉業をなしとげた直弼は、心情をくむことのできなかった人々によって安政7年(1860年)3月3日桜田門外で暗殺され、46年の生涯に幕を閉じた。」メモ

と、説明されていた。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

面白いことに、
英訳の説明の方には、井伊直弼の所業を「英断」だとか「大偉業」だという評価は一切表されておらず、その代わり暗殺が「水戸藩士の一団(a group of Mito loyalists)」によってなされたことが明記されていた。サーチ(=◇=;)


また、

井伊文子の歌碑

直弼の像のそばにあった碑。サーチ


一身に
責負ひまして
立ちましし
大老ありてこそ
開港はなりぬ

   井伊文子



井伊文子が何者だか説明はなかった。!?
おそらく井伊家の一族だろう。



彼女の歌には
身びいきも当然あるだろうが、
・・・・・
確かに
井伊直弼の強引な調印なくして
無血開港はなかったのかもしれない。むっ


たった一人責を負って
何百年にも渡る鎖国(?)状態を解き放った。アップ
しかも、46歳と言う若さで。(当時で言えば、“いい年”なのかしらん?)
前代未聞の大変革の幕を切って落としたのは紛れもない井伊直弼なのだなぁ。('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*)


追記:後日ネットで調べたら、サーチ

井伊文子はなんと琉球王国の王の末裔だった。えっ
琉球王国最後の王(王尚泰)のひ孫(尚昌)の子どもらしい。Σ(=°ω°=;ノ)ノ


参照:ウィキペディア 井伊文子
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%BC%8A%E6%96%87%E5%AD%90



不平等条約でなく、もっとましな条約を結べなかったものか、はてなマークパンチ!
反対派を粛清せずにまとめられなかったのか、はてなマークメラメラ
などなど、色々私的には不満はあるが、爆弾プンプン

結果として
日本の歴史に「開国」をもたらしたのは井伊直弼には違いない。むっ


いままで、井伊直弼というと、「安政の大獄」で吉田松陰らを殺し、日本に圧倒的不利な条件で開国をダメ出ししてしまった交渉下手な自分勝手な残虐な奴!というイメージが私の中にはあった。ドクロ( ・д・)/--=≡(((卍

策略で開国に持って行った奴でロクデモナイ奴だが、タダモンじゃないねって感じ?┐( ̄ヘ ̄)┌
まぁ、つまるところ、さほど彼に興味はなかった。Zzz…(*´?`*)。o○

しかし、
彦根城を訪れることによって、ちょっと別の見方で、井伊直弼を見直してみようかな、という気になったのであった。ラブラブ

井伊家というのは、そもそも交渉上手の家系のようだし、
直弼の交渉が功を奏して、「侵略」されずに、あの程度の「開国」で済んだのかもしれないという見方ももしかしたらできるのかもしれない?ひらめき電球




私が無知に過ぎるのかもしれないが、
考えれば考えるほど大変革を断行した井伊直弼という人物に対して、日本史において、明確な評価や当時の詳細な事情が定着していないと思われる。それって、変だよね~?パンチ!
(そう思うのは私だけか?にひひ


皆は井伊直弼について、どういう人物だと認識してるんだろ?はてなマーク
井伊直弼が“なし崩し的にしちゃった”と見える開国について、皆はどう考えているんだろ?はてなマーク







もやもや~っとした気分のまま、彦根城を出る。DASH!
集合時間まで15分しか残っていなかった。時計


城を南へ出たところにある通りは、「夢京橋キャッスルロード」。(-^□^-)
城下町をかたどって、しかし、観光客用に土産物屋やらレストランやらが並んでいる。ラーメンお団子ビールがま口財布

私は彦根では当たり前に食されているという「赤いコンニャク」を買って帰りたかったが、それを探す時間はもはやなかった。しょぼん

別の通りを少し行ったところに、大好きな和菓子屋(「たねや」)の本店があったので、そこで和菓子も買いたかったが、そんな時間もなかった。しょぼんハートブレイク


ガイドさんのはためかすチョンチョリンの付いた旗目指して、慌ててバスの駐車場へと駆けつけたのであった。DASH!


             (6へ)   つづく  (8へ)
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関西桜ツアー6
(玄宮園)







彦根城で配布されているパンフレットを見ると、サーチ

第11代藩主の14男として井伊直弼(イイナオスケ)は生まれていた。

第14代藩主井伊直憲(井伊直弼の次男)を最後の藩主としているので、直弼は第13代藩主ということになる。(直弼の次の藩主が最後の藩主だから。)




サイトなどで確認すると、井伊直弼を「第13代藩主井伊直中の14男」であり、井伊直弼自身は第15代藩主になったとしているものもある。メモ
参照:ウィキペディア「井伊直弼」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%BC%8A%E7%9B%B4%E5%BC%BC


しかし、パンフレット同様、彦根藩主は14代までであるとして、井伊直弼を13代目の彦根藩主であるとしているサイトもある。メモ
参照:「列伝井伊家14代
http://hikone-400th.jp/retsuden/contents/18.php


ど~なってるの?@@はてなマーク

よくわからないが、彦根城の中にある「欅御殿(ケヤキゴテン)」で井伊直弼が生まれたことは確からしい。チョキ

建物自体は増築減築が繰り返されたということで、井伊直弼の頃の欅御殿がどの程度の規模だったのかはわからない。むっ

今目の前にあるのは、質実剛健という言葉の方がしっくり来る感じではあるが、その庭園たるや、広大な池に見事な木々。実に贅沢なものである。キラキラ



庭園は、第4代藩主直興が1677年に造営したもの。サーチ

玄宮園(ゲンキュウエン)」と称される。


「中国唐時代の玄宗皇帝の離宮をなぞらえて命名されたと考えられ、中国の瀟湘八景(ショウショウハッケイ)あるいは近江八景を模して作庭されたといわれる廻遊式(カイユウシキ)庭園」だそうだ。えっ



玄宮園1

家の中から障子を開けたらこんな風景が広がっていて、キラキラ
それが全部自分のものだったら、
誰だって殿様気分だよね。(・ω・)b

いや、“玄宗皇帝気分”だったのかしら。ε=(。・д・。)

玄宮園2





玄宮園3

彦根城天守閣が向こうの山頂に見える。目


玄宮園4

これだけ広い池が広がる庭ならば、雨の季節も美しいだろう。キラキラ
しかし、池の掃除は大変だったろうね。
これほどの水、琵琶湖あたりから引いてきたのかしらん?波


玄宮園5

全体的に常緑樹が多いが、池の畔には、スミレやらイヌフグリやらラブラブ
春の小さな花々が咲いていた。ニコニコ


玄宮園6

受けつけ(料金所)傍に咲いていた庭木。えっ
深紫色の面白い花だった。(≧▽≦)


玄宮園7

この枝ぶり、珍しい。えっ
思いっきり肩を落としたような松。ダウン
枝垂れ松と呼びたくなるような松だ。
こんな松を見ていたら、こっちまでしょげた気分になりそうだけど、どうしてここに植えられたのだろう?ガーン

玄宮園8

根っこが素敵!:*:・( ̄∀ ̄)・:*:




こんなに広い庭を独り占めしていた井伊家。

“金持ち”たちが残した庭園を見学するたびに、お金
立派な庭を残したという点、ありがたくも思うものの、クラッカー
理不尽な不公平感にも思い至る。ドクロ


井伊直弼……こんな庭園を独り占めしているから、
世の中を我が物顔で、かの暴挙(安政の大獄)に走ったのではないか?゛(`ヘ´#)
などと不愉快になって来もするのだった。
(井伊直弼についてのイメージは、後日、彼の青春時代を知るや、コロリと変わったのであったが。(^^ゞ)


             (5へ)   つづく  (7へ
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世界報道写真展・森山大道展

つれづれの感想です。オバケ




恵比寿ガーデンプレイスにある東京都写真美術館に行った。あし
その日催されていたのは「世界報道写真展」と「森山大道展Ⅰレトロスペクティヴ1965-2005」と「森山大道展Ⅱハワイ」だった。目


参照:東京都写真美術館http://www.syabi.com/index.shtml




それぞれ別個に入場料が要る。お金えっ
時間もあまりないので、私は「世界報道写真展」と「森山大道展Ⅱハワイ」だけを見て周った。(^-^)/


世界報道写真展」では、

パキスタンのブット元首相の暗殺直後の写真、爆弾

コンゴ民主共和国東部、ヴィルンガ国立公園で、殺されたマウンテンゴリラの死体を収容する人々の写真、爆弾

飄々と木々伸びるジャングルの中で、1本だけ異様に佇む木のように、銃を構えて立ち尽くすクルド労働者党(PKK)の兵士の写真、爆弾

その他、各地戦場で子どもたちが銃を携えて佇む写真などなど、ドンッ

戦闘に疲れ果てた若い兵士の姿、虐待に苦しむ子どもたち、逃げまどう人々・・・。見過ごすことのできない状況」が並べられていた。パンチ!


どうしていつもいつも、いつまでたっても、こうした悲惨な状況が絶えないのだろう?ヾ(▼ヘ▼;)


一通り見て周った最後の方には、暗幕で仕切られた小部屋があり、凶弾に倒れたジャーナリスト長井健司氏が編集したらしいビデオが放映されていた。カメラ




先日ミャンマー(ビルマ)で「治安部隊に射殺され」た長井健司さんだ。しょぼん


「誰も行かないのなら、私が行く」という意味のタイトルが付されていた。パンチ!(チョットうろ覚え(^^ゞ)
彼のビデオは、ミャンマー(ビルマ)やパレスティナなどでの不穏で悲惨な日々を写し取っていた。カメラ

具体的な説明や字幕などもないので、映像だけで、どこで何が起こっているのか明確にはわからないのだが、

おそらくパレスティナの、見るも長閑で平和な海岸で、波
海水浴を楽しんでいた家族のところに、虹
沖に浮かんでいる軍艦(多分アメリカ軍艦?)からの、
誤射」による砲撃弾が撃ち込まれた。爆弾

散乱する子どもたちの遊び道具。
抉り掘られた砂場。
散乱する平和な一家団欒のひと時。
吹き飛んだ命。
目から上が吹き飛んだという部分がビニール袋に入れられて運ばれる。


そんな「悲惨」が次々と映し出される。カメラ


顔中焼け爛れ、皮膚を失った子どもから、
焼け爛れた皮膚の残骸をヘラでこそげ落とす看護婦。
泣き叫ぶ子ども。
呻き泣き抵抗しようとする子どもを押さえつけ、治療を受けさせる母親の目からこぼれる涙。汗


起こってはならないことが
今もどこかで
起こっている。(-""-;)



そのことを命を懸けて伝えようとした人がいた。
我々は受け止めるべきだと思う。

知ったからと言って、今私に何ができるかというと
何もできないけれど、
せめてこうしたことを
足を運んで見にいって、
彼らのメッセージを受け止めるべきだと思う。


平和に暮らしていても
愛する人との避けられない別れなど
悲しいことはいくらでもあるのに、

権力や利権のために
一方的な「正義」の看板を掲げての無用な暴力には
断固NO!を叫ぶ。パンチ!ヽ(`Д´)ノNO~~~~!


長井氏が撃たれたとき手に握り締めていたビデオ(?)カメラはいまだに返却されていないという。
先日、ミャンマーでは大きな災害があった。
日本はミャンマーに援助を行った。
災害に遭った人々は気の毒だ。救われるべきだ。
しかし、援助ばかりして、日本は長井氏の、命を懸けたカメラを、
不当に殺された命の代償としての彼の作品を、
なぜ取り戻せないのだろう?パンチ!
返せ、ミャンマー! この野郎っ!!ヽ(`Д´)ノ




森山大道展Ⅱハワイ


写真はドドドドド素人で、ただ見るのが好きなだけの私には、「ハワイ」と言ったら「あろは~♪ウクレレ~♪ロコモコ~♪」気分の写真なのかな・・・と見てみたら、目

“なんてことはない少女の後姿”などがよかった。ラブラブ!


被写体に惹きつけられたカメラマンの視線が凝縮されているような、
カメラマンの瞳孔が被写体にぎゅぎゅぎゅ~っと絞られていく瞬間のような
そんな迫力を感じた。アップ

写真を撮るというより、
被写体を絞り込む力というか
惹きつけられる力というか、
粘着的にざっくりそのものに吸収されていくレンズというか、
うまく言えないけれど、そんな感じで、
よかった。クラッカー


で、
触発されて、
あたいも被写体にぐぐぐっと迫る写真が撮れないものか?ラブラブ
ぐぐぐっときた被写体に、パチリ!にひひカメラ

恵比寿の花壇

しかし、、、、
被写体はどこでどう遠ざかるのか、
私の肉眼、心眼で見た通りには写らないのであった。ガーン
カメラって、難しいのぉ。o(TωT )

鰯コロッケ

これも、ぐぐぐっと来た被写体、鰯のコロッケ
鰯の中に普通にジャガイモのコロッケが詰まっているだけのものだが、
ほくほくして美味。ラブラブ!
しかし、これまた、カメラに収めるや、なんだか遠ざかっていくのであった。ダウン
写真って難しいのぉ。o(TωT )


恵比寿ガーデンプレイスまでの通路

JR恵比寿駅から恵比寿ガーデンプレイスまでの長い長い動く歩道を通り抜けると、アメリカ橋の交差点。そして目の前はすぐに広々とした近代的建築物が建ち並ぶ華やかな恵比寿ガーデンプレイス。キラキラブーケ1

しかし、その通路を外側から眺めると、目
意外と殺風景。えっ

眺めていたら、通路の外側を白い物体が横滑りに移動してきて、えっ
あれれ? と見ていると
あれよあれよと言う間に人間が通路の上にわらわらと現れた。男の子男の子男の子
点検とか、お掃除とかするのかな?


通路の点検人?

慣れた様子で両端になにもない通路の屋根の上をすたすたと歩いていた。あし
おもしろいのぉ。パチリ!にひひ電話
でも、あたいの手にかかるとパー
その面白さも遠ざかるのぉ。ガーン



やはり、写真を撮るには基本がしっかりしていないとダメだね。将棋
それから、♡だね。ドキドキ
カメラって光を操る魔法の箱なんだなぁ。。。とキラキラ
つれづれに思う今日この頃。オバケ

お詫びとお知らせ

テーマ:
お詫びとお知らせ

ビックリ!無効のリンク




アメブロの仕組みはいまだによくわからないが、(((( ;°Д°))))
なんとかアップしたり、あせる
リンクさせたり、ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ
出来ている。チョキ
・・・・と思っていたら、


いつの間にか昔設定したリンクが無効になっていた!( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚爆弾




中高年夫婦世界旅行―妻編」はpart1から始めて、
前後のページへ飛べるように設定してあったのだが、
今確認してみたら、ほとんどが無効になっているではないの!Σ(・ω・ノ)ノ!
飛べないではないの!∑(-x-;)


記事の編集で確認してみると、
なにやらリンクするように作業してある。サーチ
以前はちゃんと飛べたのだもの。


なのに、いつの間にかその設定ではリンクが利かなくなっているということに気づいた!ガーン



ってことで、慌ててリンクし直してみていますが、グー
時間がかかりそうです。

もし「中高年世界旅行―妻編」を読んでくださっている方がいらっしゃったら、
さぞ読みにくいことと思われます。しょぼん
ごめんなさい。
しばらくお待ちください。
直していきます。グー


しかし、PCに疎いアタイのこと、時間がかかります。(^^ゞ
ご容赦ください。

取り急ぎ、お詫びとお知らせまで。m(u_u)mオバケ