PCはまだまだ故障中


で、2001年の「夫婦世界旅行―妻編」は中断中。


で、壊れていないPCにバックアップしてあった未発表の「パリ記」をアップします。






2004年見栄っパリ旅行


―― シャルル・ド・ゴールで捕まえて! ①






 2004年の秋、社会人1年生の姪と2人でパリ旅行としゃれ込んだ。キラキラ




そもそも姪がパリに留学している友達を尋ねて一人旅行をすると聞きつけたときから、ぐふふふふ、姪の跡をこっそりつけて「尾行の旅」でもしてやろうか……と目論んでいたのだった。メガネ




パリまでは飛行機代だけだって10万はするだろうし、実際姪の跡をつける旅なんてできるわけがない。パリの空の下、初めての海外一人旅にどきどきしながら歩く姪の姿を喜びながら眺めつつ、こっそり跡をつける叔母の私……一人空想して喜んでいただけである。ニコニコ




「一人旅なんて心細いなぁブタ」という姪。「そうだよね~ニコニコ」と思いつつ、「そんな甘えたこと言ってちゃ、だめじゃないの。パリでもインドでも1人で行ってこんかいっ!プンプン」 と厳しい叔母を演じてみる。




しかし、「cocoちゃんが一緒に行ってくれたら嬉しいなぁ♡ブタ」という姪の言葉に、「え? え~~っ? そ、そぉぉぉ? ん~、じゃ~、一緒に行こうか~。ニコニコ」と、いきなり姪と同じ飛行機便を取るべく奔走したのであった。かわいい姪には弱い叔母である。




「一緒に行く」と言っても彼女はお友達の所に泊めてもらうので、姪とは往復の飛行機が一緒だというだけ。飛行機を降りたらそれぞれの宿へ向けて単独行動の始まりだ。グー




姪は海外どころか国内だって一人旅などしたことがない。私には数年前バックパック背負って世界旅行をしてきたというハクがついている。 (ああ、金箔より薄い薄~いハクなのに……。)しょぼん


 


親戚内では「旅馴れている」と信じ込まれてしまっている。今回の旅で下手なことをしたら、姪の口から、「旅の達人のように言っているけど(言ってないぞ!)、実は大したことないよぉ。ブタ」ってことが発覚してしまう。爆弾




私だって、海外を一人で旅したことはないのよぉ。今回が初めてなのよぉ。あ~、緊張する。ロケット




――おまけに、姪は友達の部屋にやっかいになるのは最初の2~3日だけで、後は私が泊まるホテルに一緒に泊まるという。シングルの部屋を2つ、宿泊数の違う予約を入れるというのも、私には結構ドキドキだった。――ラブラブ




 




 以前(2001年)夫婦でパリを訪れた時は、貧乏丸出しの格好でいたためか、相当な人種差別的仕打ちを受けた。そんな辛い体験も夫と二人なら笑えるが、今回は一人、あるいは姪と一緒となると、そうはいかない。人種差別などさせるものか。受けるものか!プンプンメラメラ




以前腕にしていたのは100円ショップで購入した中国製のビニール腕時計だったが、今回はオメガの時計だぞ。以前肩に掛けて歩いた20年物のよれよれのずた袋も、今回はエトロのバッグだぞ。ヨーロッパ統合を体現したようにしゃなりしゃなりと乗り込んでやる。羽織る上着だって、もうジャージじゃないぞ。化粧もしていっちゃう! ファンデーションはランコムだ。コンタクトはメニコンだ! チョキキラキラ




ブランド製品で精一杯の武装をして――ブランドに統一性のないのがいかがなものかとも思うが――、その頃はまださほど事故や不祥事が取り沙汰されていなかったJALに乗り込み、実質11時間弱のフライトで、パリはシャルル・ド・ゴール空港に着いたのだった。快適なフライトで、ここまでは順調、順調。音譜




                


後期:実は……


JALはこのとき、機材調整ということで出発が1時間ほど遅れた。NG




しかし、待つ間のランチとして、菓子パンと飲み物が配られ、ランチチケットももらえた。たいして腹は減っていなかったが、折角なのでレストランに入ってランチをするうち、あっという間に時間が経って、待つのは苦にならなかったのであった。ナイフとフォーク




このとき早めにゲートに待機していて、遅延表示をいち早く見つけカウンターに駆けつけたから「特典」を手に入れたが、後から来た人はもうパンや飲み物もなかったし、レストランに入るほどの時間もなくてランチチケットなどもらえていないようだった。情報はいち早く嗅ぎ付けることが肝心だね。チョキ




             つづく
   次へ ②




注:「ひとりの海外旅行は初めて」と思ったが、よく考えたら●十年前、ひとりで海外から帰ってきたことはあった。

AD

山海塾

テーマ:


キラキラキラキラキラキラ

先々週末、「山海塾」を見てきました。山海塾って、昔から観にいきたかったけれど、なんだかいつも遠いところで催されるので手も足も出ないでいたら、今頃になってようやく行けました。チョキ

初めて山海塾の存在を知ってから、いつの間にかもう20年以上経っていました。山海塾もよく続いているもんだ……としみじみしてしまいます。かお

きちんと情報収集しない私が今回山海塾の公演予定を知ったのも、全くの偶然。

横浜本多劇場に行ったとき、相模大野のコミュニティ新聞のようなものを見つけ、なぜ横浜に相模大野の新聞が?はてなマーク と、奇妙に感じつつ、暇だったからそれを手にして読んでいたら、その中に山海塾の公演のお知らせがあったわけです。

どひぇ~! あれほど見たいと思っていた公演があるぞ! しかも関東だ!これは行ける!恋の矢

ってことで、慌ててチケットぴあに予約の電話を入れたわけです。

しかし、場所は相模大野。行ったこと、ありません。新宿から小田急線の急行に乗って40分くらいです。

近いというか、遠いというか……。ま、ピクニック気分で、とにかく当日行ってみました。

行ってよかったぁ……! あれは4500円の価値あり! すばらしかったです。

開演前や開演後に、お客さんたちが舞台の周りに集まって舞台の上に着目している。ペンギンブタネコヒヨコうり坊

我々も何事かと見にいってみたら、舞台上には細かい砂が一面に敷かれてました。キラキラキラキラキラキラ

きっとどの舞台でも砂を敷いているのかもしれない? 常連さんはそれをご存知なのでしょう。

なるほど、暗転時、物音ひとつせずに舞踏家たちが姿を消したわけです。雑音を排除した宇宙空間のような静かさが、厳として守られていたわけです。星空キラキラ

(だから、後ろの席の客が公演中、がさがさ飴を開けては食べる音が腹立たしかったです!キャンディー 怒プンプン

今回は「遥か彼方からの――ひびき」という演目。かなりスローなテンポで、私はふがいなくもちょこっと居眠りしてしまいました。観たいのに、一瞬も見逃したくないのに、なぜ居眠りこくのだろう? 自分で自分が信じられなーい!(涙)しょぼん

居眠りしたのはさておき、舞台はすばらしかったです。

特に最後にアンコールに応えて、全員が観客に向けて全身でお辞儀をする、そのお辞儀が格好よかったぁ~~~!グー

鍛えら洗練された体とそのポーズ……「アート」という言葉が安っぽく使われ始めて久しいが、これは正真正銘の芸術だ! と拍手せずにはおれない舞踏でした。ドキドキ

1978年初演された「金柑少年」が2005年にリ・クリエーションされていたというのも、今回パンフレットを買って初めて知りました。

「金柑少年」……妙なタイトルです。でも、観たら人生変わっちゃうかも? という期待と不安を感じます。爆弾

山海塾……日本が世界に誇る芸術集団! キラキラ

今はまだ興奮さめやらず、うまく言葉で説明できないけれど、いつかこの感動を自分の中でちゃんと説明してみたいものです。

AD

+-給料

テーマ:

PCはまだ故障中。で、世界旅行日記は中断中。で、ささやかな日記をひとつ。




給料日……嬉しくもあり、辛くもある。祝日ドクロ

なぜかというに、給料からごっそり大金が引かれるからである。ガーン

先々月、先先々月。夫の持って帰ってきた給与明細を見て、びっくり小躍りしたことが今は懐かしい。しょぼん

世界旅行から帰ってきて再就職すべく必死に頑張った夫が正社員となれたのは、旅行から帰ってきて3年目。(ほぼ4年間)チョキ

正社員になったから、多少給料も上がるねと喜んでいたら、

なかなかいい給料が出た!(もちろん、それまでと比較して…という意味だが。)ニコニコ

「超過時間外手当」なる今まで出たこともないものが付いていた。おお、こりゃすごい!音譜

でも、こんなの付くなんて話、あったか?

実は間違いでした~。返してください。・・・なんて言って来ないか?

と笑っていたら、

本当に言ってきた!

ってことで、先月も今月も「その他減額」という名の項目が給与明細に増え、


大枚引かれてる……。ショック!

もらい過ぎたものを返す……当然かもしれないが……つらいぞ!ガーン

大体、夫は連日サービス残業しているが、正当に給与に換算すればそれだけの額が付くわけでしょ? 

相当な額、サービス残業している夫、哀れ…。汗


AD

爆弾恐れていたことが起こりました……。爆弾

PCが壊れました! 波

OSがNot Foundだそうです。

つまりPCちゃんのオツムがパー。ショック!

去年、ぶっ壊れて5万だか6万だか大枚払って修理したPCちゃんが、

修理から帰ってきても、なんだか本調子ではないなぁ~とは思っていたが、むっ

コレと言ってはっきりした不具合もなかったので、文句もつけられずに、しょぼん

とにかく、労わるように大切に大切に扱っていたPCちゃんが。ショック!

壊れました!ロケット

夫に、ずっと、「バックアップしてね?」とお願いしていたのに……。

「疲れているところ悪いけれど、時間を見つけてバックアップしてね?」とお願いしていたのに……。

「手間取って大変だろうけれど、休日にでもバックアップしてね?」とお願いしていたのに……。

「バックアップしてくれないと、こわいよ~」と訴えていたのに……。

……していやがらなかったんです、バックアップを、夫は。

我が家のPCちゃんは夫でなければバックアップできない仕組みです。重要な手続きは私ではできない仕組みなのです。

夫しかバックアップできないのです。

だから、言ってたのに。だからお願いしていたのに。なのに、なのに、なのに~。

バックアップしていないまま、PC壊れました。。。。。。。

消えました。私の日記も家計簿も、こっそりつけていた体重表も腹筋記録も、何もかも! 

(万が一、バックアップが出来たとき、見られたら恥ずかしいものばかりだわ。)

昨日の日曜日、私は出かけていて、珍しくちょっと早めに(am10:00)ごろ起き出した夫がPCを使っている最中に壊れたそうです。

しかし、つくづく思うことは、私が使用している最中に壊れなくてよかった~~~~っ! ということです。ラブラブ

もし私が使っている最中に壊れていたら、

「あ~あ~。あなた、変な操作したんじゃないの?」 

「ほ~ら。あなたの使い方が乱暴だったんじゃないの?」

「言わんこっちゃない。あなたがPCの前でコーヒー飲んだりするからじゃないのっ!」

「あなた、最近ちょっと太り気味じゃないのっ」

……あることあること、このときとばかりに責められたかもしれません。

しかし、夫の使用中にPCは壊れたので、私への攻撃は一切なしでした。

「ええええっ! 壊れたのぉ? 『だから、バックアップしてね』って、ず~っとお願いしていたのに。ぶえぇぇ~? 壊れたのぉ?

消えちゃったのぉ? どえぇぇぇぇ? 私の日記や仕事の資料もぉぉぉぉ? しぇぇぇぇ」と泣いてやりました。

このときばかりは「……ごめんなさい。」と夫はすまなそうにしてました。別に夫が壊したわけじゃないのに。PCがイカレタだけなのに。

一人だけ被害者面したのでちょっと罪悪感を感じ、NECなどの相談窓口で一日中PCを回復させるべく尽力した夫に「ごくろうさま」と一応言って差し上げました。

(NECさんでは消えた情報は回復できないだろうとのことです。涙しょぼん

本当にPCが壊れると大騒ぎ。便利なものは便利な分だけ面倒ですね。

で、消えた情報が引き出せるかどうか、一体どうしたらよいか、よくわかりません。「大手の電気屋さんならやっているかもしれない」とNECさんは教えてくれたそうですが、どこよ、そこは?って感じで、今頭がまっしろです。

なので、旅の日記もバルセロナでストップです。ワードには旅日記があと2,3話ほど(TVの闘牛の話やサグラダ・ファミリア聖堂の話など)入っていたのですが、消えてしまいました。

その後の日記は、旅の途中持ち歩いていたポケットワードに入りきらなくなって、ノートに手書きしていたので、残ってはいるのですが。メモ

折角ここまで続けてきて、サグラダ・ファミリアを飛ばして日記を書き続けるのも気分が悪い……。

頭、真っ白です。“真っ白な灰になったジョー”状態です。

ってことで、旅の日記はしばらくお休み(?)いたします。

万が一バックアップできたら、またよろしくお願いします。ペンギン

2001年夫婦世界旅行のつづきです。8月半ば。バルセロナ5日目。火曜日。今日は「観光の日」と決めて、猛暑の中、歩き回っています。




part248 モンジュイックの丘


――地下道にご用心!




要約: バルセロナの街を一望できるというモンジュイックの丘に登ってみることにした。途中、地下鉄からケーブルカーの乗り場までの連絡地下通路で怪しい男2人にパスポートを取られそうになった。モンジュイックの頂上の眺めは予想外な面白さであった。









で、そこ(カサ・バトリョ)は早々に切り上げ、次の目的地、モンジュイックの丘(Montanya de Montjuic)へ向かった。バルセロナの街が一望できるという丘だ。




ガイドブックで行き方をチェック。なになに? まず、メトロに乗り、Paral-lel駅で下車し、フニクラ(ケーブルカー)に乗り、――これって「フニックリ・フニックラ~♪♪」と歌われる「フニクラ」なのかね~? などという疑問もフニフニ湧かせつつ――、さらにゴンドラに乗る? 





どれほど高い丘なのだ? って感じだが、とにかくレッツゴー。音譜




メトロを降り、ケーブルに乗り換えるべく地下道を歩いていた時のことだ。いきなり男が2人、我々の前に立ちはだかった。えっ




いかにも“係員”風情って感じ。ふんぞりかえって、「チケットを見せろ。パー」と威圧的に言ってきた。ガーン




チケット? メトロのチケットのことか? メトロのチケットは、今さっき改札を出てきたところなのだから、もう用はないはずだ。では、ケーブルのチケットか? しかし、我々はまだケーブルの「チケット売り場」にも辿り着いていない。こんな中途半端な場所で、一体何のチケットを見せろと言うのだ?はてなマーク




夫はメトロのチケットのことだろうと思い、鞄のポケットをごそごそ。すぐにメトロのチケットを出して見せた。




係員風情の男たちは黙ってメトロのチケットをチェックすると、そのチケットを我々に返しながら、今度は「パスポートを見せろ。グー」と言ってきた。むっ




もしその男がメトロの係員だとしても、どうしてパスポートなど見せなければならないのか。あきらかにおかしい。プンプン




大体メトロの改札を出た後でチケットを見せろと、そこら辺を歩いてきた男が言ってくること自体おかしい。思いっきりおかしいっ!パンチ!




夫がきっぱり「パスポートはNo!!爆弾」と言うと、意外にも男たちはスッと去って行った。よくよく見れば、着ている服も制服ではない。あああ、怪しいっ! あからさまに怪しいっ!!メラメラ





多分係員と思い込ませて、メトロのにしろケーブルカーのにしろ「チケット」を持ってもいないはずの観光客を狙って、「チケットを見せろ!」と脅し、最終的にパスポートを取り上げるつもりだったんじゃないか?えっ




我々の場合、夫が用済みのメトロのチケットをご丁寧にも捨てずに持っていたものだから、因縁がつけられなくて、おまけにパスポートの提示もはっきり拒否されたものだから、未遂で去っていったということだろう。むっ




 あああ。油断も隙もあったもんじゃないね。今日は――いやいや、「今日も」としておくか。特別サービス。――お手柄の夫であった。祝日




(これも、昔、2人仲良くバンコクで偽警官に思いっきり騙された苦い過去があったお陰だね。天使




さて、無事ケーブルに乗り込み、3分ほどでモンジェイク公園という駅に着いたはいいが、ケーブルの駅を出たところは、だたアスファルトの道が1本、右に左に伸びているだけ。





付近の地図もなければ、観光案内の詳しい説明があるわけでもなく、モンジュイック公園がどちらに行けばあるのかもわからない。(そこら辺すべてがモンジュイック公園だったのかもしれない。)




左に少し行ったところに観光用のバス乗り場があった。数十分置きに観光用の赤いバスが巡回しているようだ。赤くてかわいいバスだ。皆さん、そのバスへどんどん乗り込んでいく。ふむ。それに乗れば「公園」に連れて行ってくれるのだろうが、乗車代がえらく高い。ショック!




乗り込む人々もみんな裕福そうな中高年の白人ばかり。バックパッカーらしき若者はまるでデートでもしているように、勝手知ったるコースとばかり、バスには乗らず、そのまま道をぷらぷらと歩いていき、瞬く間に姿が見えなくなる。




とりあえず、まずはひたすら丘の頂上を目指すことにし、我々はゴンドラに乗り継いでみた。




ガイドブックをよくよく読むと、モンジェイクの丘は、途中のモンジュイック公園までケーブルが通っており、そこからはさらに別料金でゴンドラTelefèric に乗って頂上へ行ける方法が一つ。その他、港側の麓から丘の頂上を少し下った辺りまで、ロープーウエイで行く方法があるのだった。





お勧めのコースは、まずケーブルでモンジェイク公園まで行き、そこからゴンドラに乗って頂上へ。そして、少し丘を下って、そこからロープーウエイに乗って一気に麓まで降りてくるというものだった。




海を眺めながら丘肌を舐めるように一気に降りてくるのは気持ち良さそうだ。キラキラ




が、そうとは知らず、ケーブルのチケットを往復で買ってしまってあったので、残念ながらロープーウエイで降りてくる方法は取れない。残念。




しかし、ゴンドラだけでも充分楽しめた。ニコニコ




頂上に降り立つと、これまた右も左も分からないが、人々が移動していく方についていってみる。




既にそこはモンジュイック城Castell de Montjuicらしかった。すぐに要塞やら城やらが見えてきた。





モンジュイック城は要塞に囲まれたこじんまりとした古めかしい城で (一体何年に建てられたのか? 不思議とどのガイドブックを見ても城に関してもコメントがない。)、城の内部は今は軍事博物館Museu Militarになっている。「大砲、王の肖像がなどが展示されている」らしいが、そんなものに興味はないので、パス。





――中に入ってくれば、城の由来やらがわかっておもしろかったかもしれない。やっぱり入ってくればよかったと少々後悔。――




要塞からの眺めは最高だった。地中海が一望できた。地中海は紺碧に輝いて、麓の方の港は巨大な円柱形のタンクや色とりどりの倉庫がずらりと並んで、おもちゃの街を見ているようだった。コンビナートなのだろうか。宝石ブルー




赤茶色のレンガの要塞と緑濃い木々、青い地中海。時代がかった大砲に囲まれたモンジュイックの城。そんな風景からちょいと下を覗き込めば、埋立地の近代的コンビナート。丘の上と下とで別天地のアンバランスだが、不思議と嫌な感じはしない。宝石紫




反対方向はバルセロナの街が一望できる。ぎっしり詰まった街並みのなかから、サグラダ・ファミリア・教会がヒョヒョイとその先端を突き出してそびえている。宝石緑




海風が渡り、今となってはその用をなさない要塞の赤茶けたレンガ色の石壁と大砲の数々の静かさ。1トントラックの荷台を半分に切って、その中に大砲が一台取り付けてある。海の方に向けて“荷台”に開けられた穴に大砲の先が嵌められている。きっと海の向こうからは大砲のには見えないのだろう。爆弾




“荷台”に覆われておらず、海風に姿を晒している大砲もある。どれも小さな戦車ほどに大きい。これが大砲でなく、巨大な天体望遠鏡ならばよかったのに。世界には闘いの跡が常に残っている。海は敵がやってくるところでもあったことよ。爆弾




もはや敵艦を発見することもなく青く膨らんだ海と、近代的に開けたコンビナート(?)や街並みを見下ろす山頂でのひと時は、まるで気持ちのよいピクニックであった。キラキラ




夫は海を見てすっかり風邪が抜けたのか、元気溌剌でもっと歩きたそうであったが、今度は私の方が暑気負けか、ひどくだるくなってきてしまった。晴れガーン晴れ




気持ちはいいものの、体が気持ちについていけない。夫は風邪に弱く、妻は暑さに弱いのであった。専ら「徒歩」旅の夫婦なのに、体が脆弱な「とほほ」な夫婦であることよ。ガーン




で、仕方なく、城界隈を一通り見物したら、そのままモンジュイックの丘を降り、遅いランチを取って、おとなしくホテルに帰ったのだった。


つづく


       前へ
      次へ


Copyright © 2005 Chanti coco. All Rights Reserved.