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世界教育について考えるシリーズ、いよいよ最終回です。

 

前回はコチラ

世界史教育について考えよう~第2回 水と油のように異なる西洋史と東洋史の世界観

 

どの教科書にも書かれていない 日本人のための世界史 どの教科書にも書かれていない 日本人のための世界史

 

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西洋史で軽視される東ローマ帝国やロシア帝国

 

前回は、西洋史と東洋史のあいだに存在する高い壁と誤解について、言及しました。東洋史というものが、いかに一つの観念によってかたちづくられているのか、ということをご理解いただけたかと思いますが、それでは日本の西洋史は東洋史に比べてまともかといえば、こちらにも大問題があります。

 

帝国大学でリースの弟子になった日本人たちは、実証を重んずるランケ学派の歴史学研究法を学びましたが、彼らにはもともと漢学の素養があったため、アウグストゥスを「皇帝」レボリューションを「革命」と訳したように、『史記』以来のシナ史の正統の観念を当てはめて、ヨーロッパ史を理解しようとしました。

 

その結果、日本の西洋史の概説は、ギリシアから始まり、イギリス、フランス、ドイツという明治維新当時の世界の三大強国に終わる歴史の流れを主軸にして叙述することになりました。つまり、それは「天命」が世界最古の文明と言われるメソポタミアからギリシア、ローマ、ゲルマンを経て、イギリス、フランス、ドイツに伝わったと考えている証拠であり、逆に言えば、オランダも、スペインも、ポルトガルも、トルコ帝国も、西洋史の主流でないのです。

 

メソポタミア(チグリス川とユーフラテス川の間の沖積平野)

 

現在でも、イギリス史やフランス史を研究する人が、西洋史のなかではいちばん「偉い」とされているのは、そのためです。

 

西洋史がなぜメソポタミアから始まるのかといえば、『旧約聖書』のエデンの園やノアの洪水、バベルの塔の印象が強く、ヨーロッパのキリスト教徒が文明の発祥の地をメソポタミアに求めたからでしょう。けれども、実際には地中海文明(ギリシア・ローマ)の源流は、これはヘーロドトス自身もそう言っているとおり、エジプトにあります。それにもかかわらず、エジプトのことはエピソードとしてしか扱われていません。

 

ヨース・デ・モンペル『バベルの塔』

 

さらに言えば、日本の西洋史学科では、東ローマ帝国(=ビザンツ帝国、ローマ皇帝制度を継承し、ギリシア人を主体としたキリスト教国家)の歴史をあまり研究していません。

 

東ローマ帝国の最大進出域   

550年(ユスティニアヌス1世)   1025年(バシレイオス2世)

 

 

教科書では、ローマ帝国は4~6世紀にゲルマン人がヨーロッパ全域に拡大した「ゲルマン民族の大移動」で476年に滅びたとされますが、これは西ローマ帝国が滅びたのであって、分裂したもう一つの帝国である東ローマ帝国は、オスマン帝国に滅ぼされる一1453年まで、大きな領域を支配しつづけています。しかし、それを誰も西洋史だとは思いません。学生時代、なぜ東ローマ帝国のことを授業でほとんど触れないのか、と不思議に思った方もいるでしょう。それは、これが理由なのです。

 

あるいはアメリカ史についても、日本の世界史教科書にはほとんど記述がなく、いきなり近代史から始まります。ロシア史は西洋史の主流とは考えられておらず、ロシア史研究者は劣等感を抱いています。自分たちは西洋史のなかではいつものけ者だ、と少しひがんだような言い方を彼らはします。

 

日本の西洋史が、イギリス、フランス、ドイツばかりを重視するのは、日本が富国強兵で世界に打って出たときの強国だったからです。なぜ、これらの西欧列強が強くなったのか? それは、ギリシア・ローマ文明を直接継承したからだ、というストーリーは、日本人にとってわかりやすいものでした。

 

21世紀の現代世界ではもちろん、イギリスやフランスやドイツだけが大国ではありませんが、残念ながら今の日本の世界史は、明治時代に始まった西洋史の枠組みを根本的に見直すことができていないのです。

 

 

 

現在の世界史が固有名詞の羅列になる理由

 

さて、戦後になって、西洋史と東洋史が合体して世界史になり、国史は日本史と改称されました。しかし大学には世界史を教える学科がないため、西洋史学科と東洋史学科の卒業生が、中学や高校の世界史の先生になり、世界史教科書を分担して執筆してきました。

 

これまでに見てきたとおり、戦前の西洋史と東洋史はそれぞれいちおう、古い時代から現在に至るまでの「ストーリー」があり、話の辻褄も合うものでした。しかし、それを合体させた世界史は、西洋史と東洋史を年代ごとに輪切りに並べたものになってしまい、西と東との関連はほとんどありません。

 

さらにはそのうえで、戦後に研究が進んだアジア、アフリカ、アメリカ大陸など世界各地の出来事を、とりあえず年代の合う場所に挟み込んでいくので、ますますわけがわからなくなっていきます。これが、世界史が固有名詞と年代を暗記するだけの科目と言われて人気がなくなった最大の理由です。そして今、学び直しの対象とされている「世界史」も、その枠組みをまったく脱しきれていません。

 

世界史の教科書を執筆した歴史学者たちは、現状でわかっていることはすべて盛り込んだと言います。そして現在の世界史教科書は、一見すると、世界を公平に記述した歴史に見えます。しかし、ほんとうの意味での歴史、つまり過去を解釈して物語るという、本来のあり方からはほど遠い。

 

世界のさまざまな地域の過去がバラバラに羅列されているだけなので、日本人が今の世界史教科書を読んでも、この世界の現状を考えるとき、ほとんど役には立ちません

 

学校で歴史を習ったといっても、教科書には事件が羅列してあるだけなので、それはただの年表にすぎないのです。なぜある歴史的事件が起こり、それがどういう事態をもたらしたのかという因果関係背景にある事情を物語ることこそが歴史なのに、日本の歴史教科書はそれをあきらめている。

 

日本とは何か、今の世界をどう捉えるか、何を教えたいのかという肝心なことが、教科書のなかに見えてこないので、ほとんどの生徒が歴史嫌いになってしまうのも無理はありません。

 

 

 

世界史に日本史が含まれていない不自然さ

 

さらにいえば、こちらも先に少し触れましたが、戦後に西洋史と東洋史が合体した世界史には、国史から改称された日本史は含まれません。これではまるで、日本は世界史に何の関係もなく、日本は世界の一部ではないかのようです。

 

あまり詳しくは述べませんが、日本という国号と日本天皇という君主号は、663年の白村江の敗戦(倭国・百済連合軍と唐・新羅連合軍の戦い)によって朝鮮半島から追い出された倭人たちが、大陸からの渡来人と一緒になって、唐帝国に対抗するために生み出したものです。だからこそ日本最初の正史『日本書紀』は、司馬遷の『史記』の枠組みに従っていながらも、日本文明は最初からシナとは無関係に自立的に発展してきた、と主張しているのです。

 

江戸時代、水戸黄門として知られる水戸光圀の指示で水戸藩が17世紀半ばから編纂を始め、明治時代の20世紀初めに完成させた『大日本史』も、南朝と北朝に分かれた天皇家はどちらが正統なのかという形で歴史を整理していて、シナ型の正統史観の影響から抜け出せていません。

 

そして現代でも日本史は、『日本書紀』が創作した日本の「独自性」「自立性」を強調する枠組みを脱しきれていないので、シナが日本史に及ぼした影響は本質的でない、とします。

 

もちろん、鎌倉時代にモンゴルが襲来した元寇や、そのあと倭寇が中国大陸や東アジア諸地域で活動したこと、あるいは織豊政権時代にキリスト教が入ってきたことなどには触れますが、「種子島に鉄砲が来た」「天草でキリスト教徒の反乱があった」「オランダの蘭学を江戸時代には勉強した」「文明開化でヨーロッパの技術が入った」とエピソードのように書いているだけです。

 

フランシスコ・ザビエル肖像

 

その時代の世界がどのように動いていて、なぜその国の人やものが日本にまで来訪したのか、日本人はそこで何を考え、どう対応したのかについてを日本史では考えないし、教科書も教えてはくれません。日本は外国とどこが違っていて、いったいどういう国で、外側の世界とどのような関係にあったのかという視点が、日本史という教科には欠落しているのです。

 

 

 

「一つの世界史」を手に入れる唯一の方法とは

 

それでは、これほどまでに問題の山積する日本の歴史教育に対して、それがほんとうに今の日本人に必要なものとなり、現在の世界の枠組みを捉えるためのツールとなるには、どうしたらよいのでしょうか。

 

まったく異なるストーリーでできあがっていた西洋史と東洋史を輪切りにしただけでは世界史とは言えませんし、ましてや世界各地の出来事を並べただけでも世界史にならないことは、これまで繰り返したとおりです。しかし、もしそこで、西洋と東洋をつなぐある存在を基点に、歴史を語ることができたらどうなるか……。

 

そうした存在こそが、中央ユーラシア草原なのです。

 

とはいえ、中央ユーラシア草原といわれても、ピンと来ない人が多いでしょう。それもまた、現在の世界史が、アメリカ史やロシア史と同様、私が専門にしているモンゴル史をほとんど無視している結果です。モンゴルは現代社会において強国でも主流でもなく、さらには過去の世界史に大きな役割を果たしたそのときにも、自分たちを正当化するような歴史的な叙述を残しませんでした。

 

チンギス・カン在世中の諸遠征とモンゴル帝国の拡大

 

しかし現実に、中央ユーラシア草原の遊牧民が成し遂げたことは、ただ凄まじいのひと言です。ここではほんの一例だけをあげておきましょう。

 

そもそもインド・ヨーロッパ語を話す人々の原住地は中央ユーラシアのどこかにあり、紀元前三千年紀に西方および南方に向かって移動を開始して、今のヨーロッパ人やインド人、イラン人になったのです。先ほどから述べているように、歴史のある文明とは、西洋史のもとになった地中海文明と、東洋史のもとになったシナ文明ですが、それぞれの歴史をつくり出したヘーロドトスも、司馬遷も、定住地帯への侵入を繰り返した草原の遊牧民について多くのページを割きました。

 

『どの教科書にも書かれていない 日本人のための世界史』のなかでも詳しく述べていますが、シナ文明も、殷は北狄と呼ばれた森林地帯の狩猟民出身ですし、中原を初めて統一した秦は、西戎と呼ばれた草原地帯の遊牧民出身でした。

 

秦の始皇帝がシナを統一して万里の長城を築いたため、北方にいた遊牧民は小さい集団では農耕地帯に侵入することができなくなり、大同団結する必要に迫られて史上最初の遊牧帝国である匈奴帝国ができました。騎馬で家畜を追う遊牧民にとって草原の道の移動は容易いことでしたから、漢語で匈奴と呼ばれた遊牧民の住地は中央ユーラシアにまで広がり、やがてその一派が黒海北岸にまで至ります。このフン族がゲルマン人をローマ領内に追い込んだために、西ローマ帝国が滅亡して西洋史の中世が始まるのです。

 

フン帝国は中央アジアのステップから現代のドイツ、黒海からバルト海にまで広がっていた

 

フン族による略奪。ジョルジュ・ロシュグロス画。1910年

 

 

そして13世紀のモンゴル帝国は、東は日本海から西はロシア草原までを版図に入れました。このとき歴史のある二つの文明シナ世界と地中海世界が直接結ばれ、東西交渉と遠隔地貿易がさかんになりました。

 

チンギス・カン在世中の諸遠征とモンゴル帝国の拡大

 

当時のユーラシア大陸の商業イスラム教徒の手のなかにありましたが、アジアの豊富な物産に初めて触れたヨーロッパでは、イスラム教徒の手を経ずに直接、アジアと商売をしようとして海に出るのです。大航海時代は、モンゴル帝国時代の東西交流の刺激を受けて起こったのです。

 

その後、ドイツやハンガリーにまで侵入したモンゴル帝国は、やがて子孫のあいだで分裂して地方政権になります。けれどもモンゴル帝国は、一世紀で消滅したわけではありません。現在のモンゴル国はもちろんのこと、中央アジアのカザフ人やキルギズ人やタタール人も、モンゴル帝国の後裔です。

 

帝政ロシアのツァーリ清朝皇帝も、母方ではチンギス・ハーンの血統でした。インドはモンゴル帝国の継承者であるムガール帝国が長いあいだ支配しましたし、20世紀まで存在したトルコのオスマン帝国も、モンゴル帝国の一員だった中央ユーラシア草原の遊牧民が建てた国家です。

 

それどころか、ヨーロッパに信用取引が伝わって最初の銀行ができたのもモンゴル帝国時代で、そこからルネサンスが始まります。オスマン帝国が東ローマ帝国を滅ぼした15世紀に、ようやくヨーロッパの中世が終わって、近代が始まったのです。

 

ヨーロッパ最初の銀行と言われるサン・ジョルジョ銀行

1148年に創立され、ジェノヴァ共和国の財政を一手に引受けた

 

いかがでしょうか? このように世界史において圧倒的な役割を果たしたモンゴル帝国の歴史を通して見れば、これまでの世界史教科書を一気に相対化することができるのです。これこそが、明治以来の西洋史と東洋史、そして現在の世界史に至るまで矛盾を抱えつづけた日本人が、唯一、「一つの世界史」を手に入れられる方法とも言えるでしょう。

                                                                           

そうした、まさにどの教科書にも書かれていない「一つの世界史」を述べた本が、『どの教科書にも書かれていない 日本人のための世界史』なのです。最後までそれを読み終えられたとき、世の中で当たり前のように議論されていることが、いかに偏った前提に立っていたのか、「この世界」の真実とは何か、ということを、読者の方に理解してもらえることでしょう。私の集大成ともいえる一書をぜひ、手にとっていただければ嬉しく思います。

 

どの教科書にも書かれていない 日本人のための世界史 どの教科書にも書かれていない 日本人のための世界史

 

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