5.ゲーム? -1 | 隣の彼

隣の彼

あたしの隣の、あのひと。……高校生の恋愛模様。



とにかく眩しさを感じて、目が覚めた。
眠たさのせいなのか、強い太陽のせいなのか、瞼が重い。

あくびと共に滲んだ目をごしごしとこすってから気付く。
そういえば……バッチリ、マスカラしてたんだっけ……。

薄く開いた瞼の隙から、金色の光とブルーが飛び込んでくる。


……わ。

――海、だ。


目の前のフロントガラスに広がるのは、広がる海と空と、夏の雲。ずらりと並ぶ車。
覚めたばかりの頭でも、すぐにどこか海岸の駐車場だと分かる。

シートから身体を起こすと、そこからはらりと何か足元へ落ちた。
腕を伸ばして、それを拾い上げる。


……シャツ? アイツの?
寝てる間に掛けてくれたの……?
やっぱり、結構優しいところもあるのかな……。

て、ゆーか。アイツ、どこ行っちゃったの?


運転席に、海斗はいない。
車のエンジンは掛かったままで、クーラーが車内を冷やりとさせている。

あたしは、倒していたシートを元に戻して、車のドアを開けた。
ドアが開かれた瞬間、湿気を含んだ熱い空気が急激に流れ込み、身体を包む。
強い日差しが照り付け、アスファルトの熱と反射が一気に汗を噴き出させる。


「暑っ……」


潮の香りを含んだ風が通り過ぎて、結った髪のおくれ毛が頬をくすぐった。
乱反射して輝く青い海は、空との境界線をはっきりと作るように、真っ白い入道雲を大きく広げる。


海なんて見るの、久し振り。
綺麗……。

ところで、ここってどこだろう?

海のずっと向こう側に見えるのは、緑の乗ったエクレアみたいな形の島と――あれは多分、富士山……じゃない、か、な?


「おー。やっと起きた?」


後ろから聞こえてきた大袈裟な声に振り向いた。
声の主は思っていた通りの人物なのに、予想もつかなかった姿に視線が固まる。

そこには、ラッシュガード姿でサーフボードを持った海斗が立っていた。


「海入って来ていい? オマエ、どうせ支度に時間かかるだろ?
水着に着替えたら、砂浜に降りてこいよ」

「え。あ、うん……。
って。どうしたの? その格好……。
海斗、サーフィンやるの?
それに、ここってどこ?」


飄々としている海斗に、わけが分からず訊いたのに、彼はあからさまにあたしに向かって呆れた溜め息を吐き出した。


「オマエ、ホントに全っ然覚えてねーのな。
昨日、オレがサーフィンやってる、って言ったら『ちゃらちゃらしてて、どんだけ出来るのか見せてみな』って絡んだのオマエだし。
それで朝から海行く、ってなったんだけど」

「え!? そーなの!?」


や。全然知らない……っていうか、やっぱり全く覚えてないんだけど!


「そーだよ。
で、まぁデートなら湘南のがいいかなって。ここは七里ヶ浜」


デート!?

………。
そっか。一応はデートになるのか……。

はぁ。
ほんっとに覚えてないし!
もー参ったな。他に変なこと言ってないかな……?


「……って、な、に?」


じっとあたしの方を見つめてくる海斗の視線に気が付いた。

少し離れた距離だったのに、海斗はあたしを見つめながら近づく。
その距離がすぐ目の前まで縮まると、海斗はあたしの顔を覗き込んできた。

ドキッとする。

だから、何……?


そうかと思うと、海斗は口を押さえてぶーっと噴き出した。


「ええ? ちょっとっ! 何で笑うの!?」

「おっまえさぁー、鏡見てみろよなっ。ヨダレの痕、白くなってるしっ」

「ええっ!? 嘘っ!?」


さっと、反射的に両手で口元を隠した。


は、恥ずかしいっ。
だけどそんなに笑うことないのにっ!


「しかも、目の下も何か黒いし」

「これは――!」


さっきこすったマスカラ……。


「とある、動物か、っての」

「………」


もー、やだ……。
返す言葉もない……。


「マジで面白れー……。
クククっ。ほら、コレ」


海斗はお腹を片手で押さえながら、あたしにハイ、と、掌にすっぽりと収まる大きさの楕円形の入れ物を手渡してきた。
あたしはわけが分からないまま、手の中のそれを見つめた。


日焼け止め……?


「どーせ、海なんて来ると思ってなかったんだろ?
さっきコンビニで買っといた。車にお茶とおにぎりもあるから。
海岸に来るとき、エンジン切って鍵閉めてこいよ」

「う、ん」


あたしが返事をすると、海斗はくるりと背中を向けて片手を上げてから海岸に向かった。
歩きながら「ホント、面白ぇ……」と呟いて、クククッと笑いを漏らしているのが聞こえた。


もうっ! ホント一言い多いヤツ!


あたしはぐいぐいっと口元を腕でこすってから、渡された日焼け止めへともう一度視線を落とした。


――まぁ。ちょっとは気が利くトコもあるみたいだけど、さ。






←back  top  next→