とにかく眩しさを感じて、目が覚めた。
眠たさのせいなのか、強い太陽のせいなのか、瞼が重い。
あくびと共に滲んだ目をごしごしとこすってから気付く。
そういえば……バッチリ、マスカラしてたんだっけ……。
薄く開いた瞼の隙から、金色の光とブルーが飛び込んでくる。
……わ。
――海、だ。
目の前のフロントガラスに広がるのは、広がる海と空と、夏の雲。ずらりと並ぶ車。
覚めたばかりの頭でも、すぐにどこか海岸の駐車場だと分かる。
シートから身体を起こすと、そこからはらりと何か足元へ落ちた。
腕を伸ばして、それを拾い上げる。
……シャツ? アイツの?
寝てる間に掛けてくれたの……?
やっぱり、結構優しいところもあるのかな……。
て、ゆーか。アイツ、どこ行っちゃったの?
運転席に、海斗はいない。
車のエンジンは掛かったままで、クーラーが車内を冷やりとさせている。
あたしは、倒していたシートを元に戻して、車のドアを開けた。
ドアが開かれた瞬間、湿気を含んだ熱い空気が急激に流れ込み、身体を包む。
強い日差しが照り付け、アスファルトの熱と反射が一気に汗を噴き出させる。
「暑っ……」
潮の香りを含んだ風が通り過ぎて、結った髪のおくれ毛が頬をくすぐった。
乱反射して輝く青い海は、空との境界線をはっきりと作るように、真っ白い入道雲を大きく広げる。
海なんて見るの、久し振り。
綺麗……。
ところで、ここってどこだろう?
海のずっと向こう側に見えるのは、緑の乗ったエクレアみたいな形の島と――あれは多分、富士山……じゃない、か、な?
「おー。やっと起きた?」
後ろから聞こえてきた大袈裟な声に振り向いた。
声の主は思っていた通りの人物なのに、予想もつかなかった姿に視線が固まる。
そこには、ラッシュガード姿でサーフボードを持った海斗が立っていた。
「海入って来ていい? オマエ、どうせ支度に時間かかるだろ?
水着に着替えたら、砂浜に降りてこいよ」
「え。あ、うん……。
って。どうしたの? その格好……。
海斗、サーフィンやるの?
それに、ここってどこ?」
飄々としている海斗に、わけが分からず訊いたのに、彼はあからさまにあたしに向かって呆れた溜め息を吐き出した。
「オマエ、ホントに全っ然覚えてねーのな。
昨日、オレがサーフィンやってる、って言ったら『ちゃらちゃらしてて、どんだけ出来るのか見せてみな』って絡んだのオマエだし。
それで朝から海行く、ってなったんだけど」
「え!? そーなの!?」
や。全然知らない……っていうか、やっぱり全く覚えてないんだけど!
「そーだよ。
で、まぁデートなら湘南のがいいかなって。ここは七里ヶ浜」
デート!?
………。
そっか。一応はデートになるのか……。
はぁ。
ほんっとに覚えてないし!
もー参ったな。他に変なこと言ってないかな……?
「……って、な、に?」
じっとあたしの方を見つめてくる海斗の視線に気が付いた。
少し離れた距離だったのに、海斗はあたしを見つめながら近づく。
その距離がすぐ目の前まで縮まると、海斗はあたしの顔を覗き込んできた。
ドキッとする。
だから、何……?
そうかと思うと、海斗は口を押さえてぶーっと噴き出した。
「ええ? ちょっとっ! 何で笑うの!?」
「おっまえさぁー、鏡見てみろよなっ。ヨダレの痕、白くなってるしっ」
「ええっ!? 嘘っ!?」
さっと、反射的に両手で口元を隠した。
は、恥ずかしいっ。
だけどそんなに笑うことないのにっ!
「しかも、目の下も何か黒いし」
「これは――!」
さっきこすったマスカラ……。
「とある、動物か、っての」
「………」
もー、やだ……。
返す言葉もない……。
「マジで面白れー……。
クククっ。ほら、コレ」
海斗はお腹を片手で押さえながら、あたしにハイ、と、掌にすっぽりと収まる大きさの楕円形の入れ物を手渡してきた。
あたしはわけが分からないまま、手の中のそれを見つめた。
日焼け止め……?
「どーせ、海なんて来ると思ってなかったんだろ?
さっきコンビニで買っといた。車にお茶とおにぎりもあるから。
海岸に来るとき、エンジン切って鍵閉めてこいよ」
「う、ん」
あたしが返事をすると、海斗はくるりと背中を向けて片手を上げてから海岸に向かった。
歩きながら「ホント、面白ぇ……」と呟いて、クククッと笑いを漏らしているのが聞こえた。
もうっ! ホント一言い多いヤツ!
あたしはぐいぐいっと口元を腕でこすってから、渡された日焼け止めへともう一度視線を落とした。
――まぁ。ちょっとは気が利くトコもあるみたいだけど、さ。
←back top next→