何時もおもう
あの透明な中空のなか 夢見ていられれば
この先の 嫌いな冬も 乗り越えられると。
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2008年07月28日

流れ、失われた、かつての。

テーマ:骨董・ガラクタ
このたび、英国製のアンティークのステンドグラスを
いくつか購入することになり
いろんなサイトを見ているのだが
統一感をもたせるか、またはバラバラのテイストにするか
現在、迷っている所である。

1880年代のものであるという、
エナメルの絵付けが施されたステンドグラス1点と
素朴な植物のモチーフを
上品な縦の直線とゆるやかな曲線でもって
表現したアーツ&クラフトの時代のようなステンドグラス1点、
この2点は気に入ったので現物を確かめないまま、予約を入れた。

特にエナメルのステンドグラスは、
中央に王冠をかぶった、おかっぱの少年のような
見方によっては少女にも見える人物が描かれていて
その、中性的な容姿に、私はひどく惹かれてしまい、
どうしても、どうしても、手に入れたいと思った。

穏やかな目をもつ、絵のなかの少年。
時間を止められた空間のなかで何を見て来たのか。
ガラスという冷たく脆い素材には
かのようなモチーフがよく似合う。
止まった彼の時間と
流れ、失われた、かつての私の少女という時間。
手元に置いて、対比しながら眺め暮らしてゆくのもいいだろう。

****************************************

操作が以前のようにスムーズになったことを知り、
またこつこつとブログを続けていきたいと思いますが
荒らされた庭を見て今日、呆然となり
また、管理の行き届かなさを悔やみ
コメントの受付を停止するかどうか悩んでいます。

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2008年02月14日

冬の鬼

テーマ:雑記
薔薇


夜がわたしの頬に触れる
闇がわたしの肩をたたく

自然や天然や一切合切を
総て包み込む時の始まり

目隠し鬼というなまえの
下らない遊びに加わった

詰まらぬといいつつも又
一心に耽る遊びを見つけ

朝がくる前あの静けさと
僅かばかりの冬の日差し

忘らるる事がどんなにか
わたしの平安を保てるか

そう思う矢先に捕まって
これも又わたしらしいと

さて貴様目隠し鬼とやら
此処に座って聞いて呉れ

これから話すわたしごと
これで最後としますから

薔薇の花弁を見て呉れよ
霜に焼かれたこの無惨を

見る人も語る人もおらず
朽ちてゆく詮無き薔薇を

この重い冬の終わるころ
土塊となる宿命の薔薇を

貴様、鬼よ哀れむならば
薔薇を何処か遣って呉れ


さてあはれとすのはばらなのか
よるのみあらはるあのおになのか
誰に問うや
誰に問えるや

冷えた手に刺さる棘は痛くないといいて
こころに刺さるこの棘はどうだ
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2007年11月21日

吐く息

テーマ:詩作
book

白百合の根の毒の効力
フィヨルドの尽きる場所
ファールン鉱山の奥底
瑠璃やら玻璃やらのない漆黒
夜に佇む、ガスパール

とうに尽き果てている
わたしのマドリガル

はやく白で埋め尽くされればいい。

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2007年11月20日

反復修復 (tassel)

テーマ:詩作
タッセル


秋は物悲しいなんて
言葉だけが
先行している季節
心が追いついたとき
もう冬の兆しが
足下や
耳朶を
かすめている

用途をまちごうた
複雑な織物が
ぶら下がる部屋で
気付かず
なにくわぬ顔で
茶をすする
丸めた背中だけが
語る秋なのか

わたしは
わたしを間違えていないのか

わたしは
わたしを知ったとき

季節はもう冬なのだろうか

陳腐な言葉に
ぶらさがりながら

わたしは今日も
安心しきっている

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2007年11月14日

ストレス解消

テーマ:雑記
最近、体のあちらこちらの調子が悪いので、通院しているが
総じて「ストレス」というありきたりの診断しか告げられず
このままで根治できるのかと少しばかり不安な状態でいる。
私のように普段、適当にのほほんと暮らしてストレスを自覚していなくても
「ストレス」と言われ、無理をして頭をめぐらせれば
なんらかのストレス要因のようなものが適当に浮かんでくる。
例えば「暑い・寒い」とか「休みが欲しい」とか「電車が苦手」とか。
社会生活を送る人間で、ストレスのない者などいないのではないか。
そもそもこのはっきりしない診断自体が、
ストレスになっているのではないだろうか。

そんななか、絵をよく描くようになった。
絵といってもシャーペンで描いた簡単なイラストだけれど
私に「ストレス」というものがあるのなら、
好きな物を描く事がささやかなストレス「解消」になればと思う。
会社の昼休みのささやかな自分の為の時間、
A4のコピー用紙に向かって、シャーペンをさらさらと走らせている間は
本当に無心、ストレスフリーになれるのだ。

上手になりたいと思うけれど、デッサンの練習もほったらかしに
昼休みの合間、自己流でなにも線を決めずに描いてしまうものだから
ここでアップするのは恥ずかしいのだけれど
読者さんも少ない過疎ブログ、えいっと思い切って載せてみた。
このように恥ずかしいことを公開する行為も、
自己の解放となるのではないか。
アニメのイラストばかりで、オタクっぽいのは軽く一笑して欲しい。
時間があったら、デッサン教室に通うのを再開したいけれど
その、時間がなかなかとれないのは、言い訳でも何でもなく
はっきりいって仕事のせいだ。
仕事が好きなので、仕事自体はストレスにはなっていないけれど。

読書、絵画鑑賞、音楽鑑賞、漫画鑑賞、そしてアニメ鑑賞。
このなかで漫画やアニメは軽く見られがちだが、良質の作品は
高尚といわれる他ジャンルの駄作をはるかに凌駕する魅力がある。
私のなかでこれらは全て同等のくくりとなっている。


昔好きだった、『新世紀エヴァンゲリオン』


今いちばん好きな、『天元突破グレンラガン』


※クリックで大きくなりますが、あら探しはしないように。
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2007年11月13日

ワイン

テーマ:食べ物・飲み物
ワイン

飲まないつもりでこつこつと集めていたワインが
いつのまにか、ちいさなラック一杯になってきた。
しかし、最近は飲むためのワインも増えてきた。
収集用のワインは開封することはまずないだろう。
どんどんと貯まってゆく、この流線型の弧をえがく重い瓶を見て
どこかに保管場所を増やすしかないかと頭を悩ませている。

もともとビール派だったのに
年のせいか、ぐびぐびとアルコールを流し込む飲み方よりも
ゆっくりと時間をかけて飲む酒が楽しくなってきたのだ。
そんななか、金曜に開封し、好きなだけグラスにそそいで
丁度日曜に飲み終える容量のワインが自分に合って来た。

初心者なので、ジャケ買いならぬラベル買いでワインを求めてから
詳細をネットで調べたり、そんな横着な選び方をしているが
少しだけ、飲み心地の違いに気付けるようになったかなと思う。
たまにテイスティングをやっている店頭で、調子づいてあれこれと試し
そのままのノリで予算オーバーなワインを買ってしまったり
まんまと店側の策略にのってしまう時もあるが、勉強代だと
理由をつけて楽しんだり、友人宅でのパーティーにワインを持参したり
そういう雰囲気は、缶ビールや焼酎とは違う楽しみ方だろう。

ちょっと『ワイン読本』のようなもので勉強しようかな。
もっと楽しめるにちがいない。
いまはまだなにもワインについて語れないけれど
いつか私の言葉でワインを表現できたらいいなと思う。


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2007年10月10日

『天元突破グレンラガン』 

テーマ:本・雑誌・映画
天元突破グレンラガン1 (完全生産限定版)

¥6,280
Amazon.co.jp

久しぶりに帰宅した放浪者のようだ。
電気をつけた室内の
散らかったままの荷物も
オブジェの角度も、コップの場所すら
本当に自分で置いたものなのか
今は、不思議な気分で眺めている。
それくらい放置してしまった。
更新されないまま、訪問してくださった方や、
留守電のごとくコメントを下さった伊那さん、
ありがとうございます。

なにから書けばいいのかと
いろいろと文章を下書きしてみたが
結局、あたりさわりのない感想文で
今日のところはお茶を濁そうかと思う。

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ここ数年、何故だか私はロボットアニメをよく見ている。
そのなかで今年の春に始まり、9月の最終日に見終えた
『天元突破グレンラガン』
子供のとき以来、毎週日曜の朝の放映日が
待ち遠しくてならなかったアニメだった。
それこそ、前日の夜からワクワクして眠れない位に。

物語は、地中にある小さな村からはじまる。
この世界の人間達は訳あって、皆、地下で生活しているのだ。
そこで暮らす主人公、ドリルで穴を掘る事だけがとりえの孤児のシモンは、
村の女の子から相手にもされない、地味で冴えない大人しい少年だったが
シモンにとって兄のような存在であるカミナが、彼の可能性を信じ
またカミナを信じるシモンは、カミナが幾度となく言ってくれる
「お前を信じる」「お前ならできる」という言葉を信じて、勇気を出し、
遂にはその勇気で村を脱出する。そこからシモンの物語はスタートをきり
後に、さまざまな出会いや別れ、戦いや対話を通して
シモンは弱々しい少年から頼もしい大人に成長してゆく。

まずはこの紹介したDVDに入っている第一話、
30分枠とは思えない程のスピーディー且つ濃い展開に圧倒されながら
私はどんどんと物語にひきこまれ、目がはなせなくなった。
特に深く印象づけられたのが、この一話のラストシーンである。
ヨーコという隣村の少女とともに、シモンとカミナの3人が、
暗く陰気な地下世界から、ラガンという小さなロボットに乗って
いよいよ地上世界に飛び出るシーン。感動的だった。
東から太陽、西には月、はじめて見る景色に目を輝かせるシモン達と
おなじように私も早朝の空気の清々しさと地上の美しさに見入ってしまった。

第一話で語られる、地下世界で生きることをやむなくされた人間
大人に地上はないと言われながらも、地上があると信じる若者
この対立構造は姿形をかえて、何度も物語で繰り返されるのだが
物語の核となるシンボルが「ドリル」である。
ご存知のように、ドリルは螺旋形をなしており、すなわちそれは
天上へと向かう象徴であり、また、生命力のアイコンでもある。
主人公達は大人と対立しながらも、とうとう地上へと穴を開け、
地上を支配するもの、果ては宇宙そのものまでも
気合い(という生命力)と、ドリルが武器のロボット「グレンラガン」で
対抗してゆく。と、書くと、とてもシンプルなアニメである。

なのにDVDも、サウンドトラックも、小説、漫画、設定集はもちろんのこと
さらに…夏祭りに売られていた『天元突破グレンラガン』の綿あめ(!)や
慣れない専門ショップへ赴き、携帯ストラップまで買ってしまうほど
好きになってしまったのは何故なのだろう。
それだけではない魅力が『天元突破グレンラガン』にあるのだ。

最後まで見るとわかるが、まず、しっかりと練られた4部構成、
劇作家が脚本を書いているだけあって、気の利いた台詞回し、
あまりオタクっぽくない、クセのないキャラクターデザインやカラーリング、
レベルの高い、きれいな作画という、しっかりした土台があることが大きい。

そして、近年のアニメにみられる、小難しい哲学的ななにもなく
裏を読んで意地悪くなることなく、心理戦に視聴者の神経も摩耗することなく
ただの勢いで見るだけでも、爽快感を味わえるアニメ。
ダサく、昔臭い、暑苦しい表現が多いのに、スマートに感じられるのは
これらがすべて計算されているからなのだろう。
その計算といういやらしさも見えないのが、
スマートな印象を受ける由縁なのだ。

カミナというキャラクターの、とても脇役に思えない存在感はそのまま
自分が主人公シモンの心情になってしまったように頼もしい存在に写ったり
ヨーコから見た、このカミナという頼もしい人物に、弱さを見いだしたときの
実際にもある、男女間のお互いの意識や目線の違いに気付かされたり。
(個々のキャラクター論については長くなるので、ここで割愛)
ダサかわいいロボットが、どんどん格好良く見えて来る不思議。
「合体!」という、幼少期から幾度も使い古された言葉ですら、
そのシーンも、合体時のやたら仰々しい口上も含めて格好良くなってくる。
冴えない主人公が、初めは可愛く見え、心配しながら応援し、
自分の手を離れて段々頼もしくなるのを見るのはまるで、
隣近所の幼ななじみか、親戚のような気持ちになる。
悲しいけれど潔い恋愛や、仲間愛、死をともなう別れ、
戦闘からかけはなれた可能性、その儚い並行世界に涙したり。
少年時代から大人へと、登場人物の内面変化や
立場の変わり方に、我が事のように苦しくなったり。
話を追って見て行くうち、または繰り返して何度も見ると、
ちょっとした台詞の深さに気付かされ、思わず唸ってしまったり。
自分の見知った古いアニメのオマージュを発見したとき、喜んだり。
私好みの伸びのある、明るい声で中川翔子が歌う、決して「タイアップ」ではない、
ちゃんとした「テーマソング」の歌詞に、主人公達を重ねて切なくなったり。
もう放送は終ってしまったけれど(絶賛再放送中です)繰り返し見たいがために
生まれてはじめて、アニメのDVDを買ってしまうほど好きになったり。
そして、文字通り、衝撃的な最終話からキャラクターへの感情移入のあまり、
いま現在も立ち直れずに、ちょっとヘコんだままの自分がいて、
理解しよう、納得しようと思ってもまだ「これでよかった」と思えないでいたり。

こうして箇条書きにすればどんどんと魅力が列挙されていくアニメ。
多分、これからも繰り返し見ていくうちに、いくつも魅力が発見されるアニメ。
誰かを好きになるのと同じに、書ききれない魅力が山とあるアニメ。
それが私にとっての『天元突破グレンラガン』。
まさに私は、この作品に、恋をしている。

天元突破グレンラガン BEST SOUND(DVD付)

¥3,391
Amazon.co.jp

 君に会う前の
 自分を忘れたみたいに

 君がいた頃の
 記憶を忘れられたなら
 どんなにいいだろう

 数え切れない
 星くずの中

 どこがでそっと
 見守ってくれてる光を
 僕らは今もここで探してる

 幸せはいつだって失って初めて
 幸せと気ずく小さな不幸
 今だってきっとまだ間に合うはずだから
 願いはたった一つ

『happily ever after』より抜粋
歌:中川翔子 作詞:meg rock 作・編曲:黑須克彥

公式サイト http://www.gurren-lagann.net/
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2007年09月01日

そらだけしかない

テーマ:詩作
湖畔

そらをみてあるいた。
そのさきのことなど想像もせずに。
ひろがりはただ、
なかにあると思いこんでいたのだ。
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2007年08月21日

遊泳

テーマ:骨董・ガラクタ
切手01 ハンガリーの切手

少女らしさを残したままの実家の自室の押し入れの奥のまた奥、
気まぐれに覗いていたところ、小さな箱を見つけて開けてみれば、
そこにはおびただしい数の切手が入っていた。

これは私が丁度、小学校の時から13歳くらいの間に集めていた切手だ。
所詮子供の小遣いで集めたもの、使用済みばかりだが
そのコレクションは見た目の美しい外国切手が殆どだ。
普段目にする印刷物とはかけ離れた、その印刷の緻密さと
小さなスペースに完結された構成の美しさに魅了され
僅かな小銭を持ってこつこつと古銭屋に通って集めたことを思い出した。

この小箱を開けるまですっかり忘れていた私の過去。
懐かしく、ベッドの上で一枚ずつ眺めながら思い出す。

草花、蝶、動物、オリンピック・スポーツ、ロケット、童話や童謡と、
私の中で大まかな収集のカテゴライズがあった。
上記以外のぶれは殆どなかった。
ロケットはソヴィエト連邦時代のものを良く集めていた。
ロシア語の文字の珍しさや、宇宙探査という夢のある絵が好きだったのだ。

ロケットの絵柄だけでなく、切手一枚にそれぞれの宇宙がある。
完結したそれぞれに、ひとつの小さな世界が封じ込まれているようだ。
眺めて飽きない。僅か数センチ四方の世界に引き込まれる感じ。
かつての私が集めていた理由をまたひとつ思い出す。

時間の止まった小さな小さな私の部屋。
切手を広げたベッドには、ふんだんにフリルのついた
海外製の厚手の生地のピンクの花柄、
甘ったるいフリルのシーツが掛けられたままだった。
ピローケースも揃いの柄とフリルがたっぷりとつき、
マットの下にもこれも揃いのフリルのついた
ボトムスカートがまだ掛けられ、
ベッドサイドには30センチほどの
色あせたベルベットの洋服を着て
すこし解けてしまった縦ロールをした
古ぼけてしまったビスク人形がいまだ、ちょこんと座っている。
量産品の安価なものだが気に入っていた。
ついにこの部屋から連れ出せないままの人形。
この部屋しかしっくり来る居場所がないのだ。
ならば、それでいいのだろう。

ベッドに腰掛けながら、かつてはこんな甘さに漬かっていた、
という過去を回想する私はそのとき宇宙遊泳の心持ちでいた。
すなわち、そこはもう異質な空間になっていたのだった。
なのにいまだ「心地よい」のは、夢想ばかりして過ごしたその「心地よかった」
少女時代を懐かしんでいるからなのか。

時の止まった部屋には未来はない。あるのは過去の私だけだ。
ここもまた完結され、更新することのない、ひとつの宇宙。
切手を小箱に仕舞い込み、部屋の番人たる小さなビスクに留守を頼み
煩雑な今をまた生きてゆこう。



しかし、私は根っからの収集癖のあるインドア派だったのだなあと
あらためて思い知らされた出来事だった。(というかオタクっぽい!!)

切手02
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2007年08月07日

雨上がり

テーマ:旅行・外出
文学館01

ひと月以上前のことになる。
7月1日に鎌倉文学館へ行った。
私の敬愛する人物の回顧展があったからだ。
迫る締め切りに冷や汗をたらしながら
丁寧に丁寧に、心を込めて書いた卒論を思い出す。
読み返せば、たいした考察もなにもない、いちファンの読み物。
そして、今でも大切な人物。

文学館へは何度かいったが
これほど勝手知ったる、といった心持ちで訪れたことはなかっただろう。
まだ、わたしのなかに染込んでいるなにかがある。

この企画展を見ても、彼はもう空気のような存在なもので
衝撃も、感動もなく、ただ原稿や私物やスーツなどを
初めて見たのもひっくるめて、「ああ、生きてたのだ」という
気持ち(感慨という言葉が相応しいのか)で眺めるだけだった。

この鎌倉文学館は三島由紀夫のなかで
私が一番好きな作品『春の雪』の舞台となった地でもあるので、
書いたとおり、何度かめの訪問だったが、薔薇の季節に
訪れたのはこれが最初だったので、庭の薔薇の素晴らしさの方が
よっぽど感激したかも知れない。

勢い勇んで行ったため、まだ時間は午前10時台、
雨上がりの朝の薔薇が露を含んだまま、凛として在った。
一番女性的とも言える薔薇なのに
何故に薔薇には、つんとした香気も含め
なよなよしさが無く、
棘も、花弁も背筋を伸ばしているのだろう。
好き嫌いを別として、花の名前を思い出す時、
誰しもが頭の中で、すぐに浮かぶ薔薇なのに
私のきらいな陳腐さがまるでないという、
その得体の知れぬ強さと存在感も好きだ。
枯れ際の茶色に萎びた姿も、私の心を何故かとらえる。
そして私が、彼の墓前に手向ける花も又、薔薇なのだ。

好みの問題であることをまず言い訳しておくが、
あまりに彼が私に染み込みすぎた所為で、可愛らしすぎるポスターや
壁のパステルカラーのポップに違和感を感じつつ邸内を巡った。
そこには薔薇が存在しなかったのだ。
「私ならこう作る」「私ならこの色を使う」…私ならば…
その感情が、変わらず「好きである」という
強い気持ちを思い起こさせる唯一の事だった。

かまくらのひび

この日は、直情的に、行きたい、という気持ちで
文学館のみが目的であったため
それ以外の鎌倉にいる理由もなにもなかった。
そんな計画なしの帰り道、目についた生麩屋の看板があった。
小さな芝居小屋の切符売り場のように、ちょこんと空いた
受付のような所で、とりあえず、1個だけ麩饅頭を求める。

麩

「麩帆」というこの店の麩饅頭は実は有名だったらしく
後で調べたところ、売り切れ必至という名物であった。
今まで食べた麩饅頭がまがいもののように感じる
噛んでも噛んでも消えたり溶けたりしない、生麩本来のものだろう
柔らかくしっかりした食感が楽しく、控えめな甘さのこしあんが絶妙であった。



それにしても、時間の経過した記憶を
文字で辿るのはこうも難しいものか。取りこぼしも多そうだ。
次回はすぐに書こうと思う。
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