接客業の距離感

驚くなかれ。私は最近カフェで働いている。
もちろん、本業はサロンオーナーだ。アロマありき、カウンセリングありき、整体ありき、何でもござれの体育会系セラピスト。しかしまぁ、ひとところに留まって仕事をしていると、見えなくなってくる事柄は多い。技術の革新や視点の変化も生まれにくい。そこで、月の半分はサロンで、もう半分は外で、とにかくWワークで働くのが私のスタンダードである。
と、以前は「本業がセラピストなんだから、外でも似たような職種で…」と思い込んで仕事を選んでいたのだが、このほど突然「いや、別にそこにこだわらなくてよくないか?」と吹っ切れて、学生の頃から一度働いてみたかったカフェのバイトを探すことにした。
心に決めたら行動は電光石火である。なんと齢三十七を前にして飲食業未経験という人間を快く受け容れてくれる店に出会い、働き始めてそろそろ一ヶ月になる。
飲食業界で働いたことのある方はご存知かと思うが、シフト中はただただ忙しい。覚えることはごまんとあり、覚えたての知識をフル活用して、さらに頭も体もフル回転だ。研修バッヂを付けているとはいえ、お客様から見れば立派な店員。優しい目で見てくださる方はいても「新人なので」という言い訳は通用しない。初日、たった四時間店頭に立っただけで、足腰はガックガク、帰り道では晩御飯の献立も考えられないほどに疲労困憊したものである。
しかし、幸運なことに人に恵まれた。先輩方が本当に親切で、仕事のマニュアルは勿論のこと、そこで自分が得た経験やコツも含めてていねいに仕事を教えてくれるのだ。面白いのはその年齢層。同年代の方から二〇歳近く年下の学生さんまでいるわけだが、誰も彼もホスピタリティーに溢れて、その人の目線を通して指導してくれる。分からないことはどんどん質問できる。基本的に修羅場(!)を渡り歩いて来た私にとっては、驚きの連続だ。先輩方があまりに優しいので、一度聞いてみたことがある。
「皆さん、どうしてこんなに親切なのでしょうか?」
あんまりといえばあんまりな質問だが、要約すればこういうことを会話に織り交ぜてみた。その人は、笑いながら答えてくれた。
「私もそうしてもらったから。だから、あなたも後輩が出来たらそうしてあげてね」
何ということだろう。感動のあまり、冗談ではなく泣きそうになった。もともと好きで通っていた店ではあったのだが、自分がそこで働くことでますます好きになった。まず奇特な経験だと思う。とはいえ、ペーペーの私にはまだまだ見えないことも多く、新人から見て良い職場であるほど先達が苦労を背負い込んでいるだろうことは想像に難くはないのだが、個人的な信条で「想像にしか過ぎないことはまだ知らなくて良いこと」であると割り切っていることは書き添えておく。
閑話休題。こんな経緯でカフェのフロアに立つようになって、気付いたことがある。それは、私は今まで自分の仕事に対して少々力み過ぎていやしなかっただろうかということだ。セラピストとしての仕事は、基本的にはご指名であることが多い。たとえ私という人間を知らず、たまたまサロンのホームページをご覧になって来て下さったのだとしても、Celeste Blue(念のため、我がサロンの屋号である)を選んで下さった時点でそれはご指名と同義だと心得ている。だからこそ、お客様には自分にしかできないパフォーマンスを披露して、またお越し頂きたい。そう思って仕事をしてきたのだが、これはそもそも自分自身に相当なプレッシャーを強いるやり方であるし、ひょっとしたらそれがお客様への見えない束縛に繋がっていたりはしなかっただろうかと、ふと考えたのである。
「いらっしゃいませ、こんにちは」
「ありがとうございました、またご利用くださいませ」
カフェで仕事をしていると常に耳に入り、自分も口にする文言である。当然のことながら、カフェを訪れるお客様は私という人間に会いにくるわけではない。店側が提供する飲み物や食事、あるいは一息つくための時間を求めて来られるのである。それが分かっているから、私は個を消し、カフェという空間の一部であることに徹する。以前、「カフェの店員は、お客様にカフェという空間を演出するための役者に等しい」というような主旨のブログを読んだことがあるのだが、それはとても的確な表現であると今ならば思う。あくまでも主役はお客様であり、自分はお客様を主役足らしめるためのツールに過ぎないのである。
その境界となるのが先の文言であり、「いらっしゃいませ、こんにちは」とお客様を迎え入れた瞬間から「ありがとうございました、またご利用くださいませ」で完結するまで、一貫して「カフェという空間を演出する」のがツールとしての私の仕事ということになる。
この感覚は、私にとって非常に斬新なものだった。何せ私という人間を強調する必要性が全くない。勝負の本体が自分とは切り離されたところにあるというのは、かくも肩の力が抜けるものかと驚いたのである。
そこで初めて気が付いた。私は今まで「セラピストとしての仕事=自分を評価されること」だと思い込んでいた。否、それは完全に間違った考えではないと今でも思っている。けれど、評価されるべきは私の持つ技術や対話スキルであって、私自身ではないという視点がすっかり欠落していた。自分という人間を変えることはなかなかに難しいことだが、ツールならば持ち変えることも改善することも努力次第で可能なのである。大雑把な言い方をするならば「今の自分が100%でなければならない」のではなく、「今の自分が持ち得る最大限のツールを揃えて」お客様をお迎えすれば良いということになる。「評価されなければ仕事にならない」のではなく「良かったらまたいらしてください」と思える余裕とでも言おうか。プレッシャーが仕事に成果をもたらすことは勿論ある。けれど、セラピストの肩の力が抜けているということは、不可視の部分でお客様の居心地の良さに繋がっていくのではなかろうか。そんなことに初めて思い至ったのである。目から鱗とは、まさにこのことだ。
そんなこんなでセラピスト歴も十年に差し掛かろうという今になっても学ぶことはまだまだあり、新しい環境に身を置けば、かつて予想だにしなかったような視点を得ることも多いなと実感するこの頃。別に世間一般的なブログ形式に捉われずとも良いかと吹っ切れて、こんな文章を書いてみた。先の内容とは矛盾するようだが、上田有希というセラピストに興味を持ってもらえる切っ掛けとなってくれれば是幸いである。


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