東福寺の後は泉涌寺へ。
地図ではお隣同士の両寺院ですが、泉涌寺は山の上にあり高低差が激しいです。
ぱっと見では、大きい通りの東大路通りから泉涌寺道を上がるのがわかりやすいのですが、
実はコレ、30分近くかかる長い坂道。
「絶対近道があるはず・・・!!」と、事前にネットでしぶとく探しましたところ、
小さな案内板をたどる裏道を発見しました。
こちらはどうやら15分で泉涌寺にたどり着けるという話し。
「この裏道から泉涌寺に行って、長い泉涌寺道は下りにした方が良いよな・・・」
と、コースを決定。

(コーディネーターは細かい所までしっかり調べますYO!!)

全て前調べは完璧・・・かと思いきや、
実際の東福寺~泉涌寺への裏道は、こちらもなだらかな坂道でした。
今思えば、泉涌寺は山の上にあるんだから、坂道無しではたどり着けないじゃんorz

それでも、15分で行ける道は貴重かとvv

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御寺とも呼ばれる泉涌寺は、1242年に四条天皇が埋葬されてから、
皇室の菩提寺とされています。
長い山道を登り切ると、突如歴代天皇の御陵が現れました。
宮内庁と書かれた立て看板と、奥を伺えないほどの広大な敷地に驚きました。
いくつもの土饅頭が並ぶ光景は、無心になる光景でした。

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泉涌寺の手前にある戒光寺には何度も訪れた事がありましたが、
泉涌寺のこの門をくぐるのは初めて。
以前から拝見したかった『楊貴妃観音像』
世界三大美女の一人ともされる楊貴妃を偲んで、夫である唐の玄宗皇帝が彫らせ、
1255年に泉涌寺に寄進されました。
数年前までは秘仏として公開されていなかった楊貴妃観音像。
色彩鮮やかで綺麗なお顔をされていました。
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『仏殿』には、運慶作と伝える阿弥陀・釈迦・弥勒の三尊仏、
天井には狩野探幽筆の幡龍が描かれていました。
3月15日のお釈迦様の入滅日には、巨大な涅槃図が公開されます。
この写真の裏側の出入り口に、涅槃図が納められた古い木箱が横たえてありました。
仏殿の横幅と同じぐらいの長さ・・・
その大きさは実際に目にしないと計り知れません。

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16弁の菊の紋章が皇室との深い繋がりを感じます                  本坊の向こうには御座所・・・・・・・・・・・

塔頭の雲龍院が冬の特別公開中でしたが、
余りの寒さに気力が残っておらず脱落orz
この日も雪がちらつく寒い日。
本坊横の休憩所で寒さをしのいだら、泉涌寺を後にしました。



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