Ambulance~今江昭彦観察日記~

勉強会の世話役や京都にある劇団で役者をしていたり。
そんなどこにでもいそうな大学生は、障害者福祉の事務として
ハプニングだらけの毎日を切り抜け、おもしろ話を蓄積しています。
そんな日々をだらだら綴っていきたい。


テーマ:
映画「アクト・オブ・キリング」


予告編

 さて、話題の問題作。
京都シネマでも大混雑の作品である本作は、
大量虐殺をした張本人たちに、
もう一度自分たちの手によって虐殺を演じるというドキュメンタリー。

過去の虐殺を映画化するというものは今まで数多くあれど、
その張本人たちにもう一度させるという前代未聞の作品であるが、
おもしろい結果となっている。

自分たちが実際に行った尋問に殺人を説明させるシーンなど、
本人が説明しているから怖いこと怖いこと。
けれど、作品を撮っていくうちに、
自分たちが行ってきたことを振り返る、
そしてかつての仲間たちと話すうちにそれぞれの認識のずれなどから、
やっと自分たちのやってきたことを自覚するのだが。


 まず、彼らは自分たちが非人道的なことを
しているとは自覚していない。
プレマン(自由人)と自称し、
これは日本でいえばヤクザみたいなものだが、
何物にも縛られず自由であるという思い。

そして、「共産主義者」を撃滅するという指名で動いていた。
ここにおける「共産主義者」というのは
主義主張における共産主義ではなく、
「共産主義者」という名前の悪を意味している。

仮面ライダーにおけるショッカーのように、
悪の組織の名前程度のもので、
尋問の過程でも「共産主義者」をあぶり出すものではなく、

「なあ、お前は共産主義者だよな、そうだよな、はいといえ」

と拷問をかけて、はいといえば、そのまま殺すというような。
つまり、殺す理由を無理やり作っていたということ。

また、「共産主義」をただき出すという
周りの風潮もあったからだと思う。
それもたいていは、富裕層からすれば、貧困層が自分の意見を持ち、
口出ししてくるのを叩き伏せるためであったというのもあるけども。


 さらに、昔の仲間が集まり、
過去の虐殺について語り合うシーンなどもあった。
そこで面白いのは、それぞれの意見が食い違うということ。
隣の部屋で拷問があっても、
「自分はそんなことは知らなかった」など。
つまり、自分が虐殺の命令を出していた、
責任者としての自覚はそれぞれなかったということ。

どこかの誰かが命令を出し、自分はそれに従っただけだという。
ナチスの命令でユダヤ人を大量虐殺した将校たちのように、
誰もが役人体質で、命令を実行しただけだということ。


 人は自分の意思で100万人も殺せない。
サイコパスのシリアルキラーでもせいぜい数10人ぐらいである。
自分は悪を倒す正義側であること、そして、
自分は上からの指示を受けて虐殺を実行したにすぎないということ。
この二つが大きな要素ではないかと思う。

一般の会社でもそういうことは起こる。
粉飾決算など、経理が社長から命令を受けて実行するというように。
いざとなれば、社長は「経理の独断」として
トカゲのしっぽ切りにされる。

この映画で行われた虐殺も粉飾決算をしたような
経理のようなものをもっとおぞましく、
大規模にしたものではないかと。

これを利用して大きくもうけた人間は必ずいる。
映画に出てきた張本人たちもそれに利用されて、
虐殺をおこなったのではないのかと。

そもそもその上もどこかの誰かに
利用されたのではないかというのもあり、
どこまで行っても答えはない。

大事なのは自分にとんでもないものを
背負わされるのではないかに気付くこと。
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