目標がなくてもいい?

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コーチングをしていて、

目標というものに対して、色々と迷っていました。

目標はおいた方がいいだろう。

だけど、目標を設定することで、妙な窮屈感を持ったり、バランスを崩す人もいる。

 

もちろん、目的、方向性という意味では、

ある方向を向いていなかればどちらにも進めないから、「方向性を決めない」ということではない。

 

けれども、カチッとした、具体的な目標というとなんとも言えない違和感がありました。

 

これは、自分自身が感じている目標に対する感覚でもあり、

人を見ていてもそう感じています。

 

で、心屋仁之助さんのブログで

 

目標や夢がいらないことがある

 

なんて書いてあるのを見て、ああなるほどと思う一方、目標をまったく決めないことに対して、ほんまかいなと思う自分もいたりしたわけで。

 

自分にとっては、目標問題は燻ったまま、熟成されていったわけです。

 

ざっくりですが、成功したと言われる人たちは、ある程度努力しいている(本人が努力と感じるかどうかは別として)のは一つの法則のような気がしています。

そして、その努力の内容が、継続的に行われない限り、成功というところには辿りつけない。

努力したから、必ず成功とはいかないまでも、必須条件ではある気がしています。

 

だから、

①目標セットして

②目標に向けて継続必要なことをやって

③それを継続する

 →あるいは習慣化する

④適宜見直す

 

っていうのが、シンプルだけど目標にたどり着く一手段な気がしています。

 

だけど、だけど。

この習慣化だけできちゃえば、あるいはその習慣が適宜みなおされるなら、

目標は返って邪魔になるんでは?とか思ったり。

 

だって、目標到達したら、継続している行動は捨て去れれることもある。

ま、さらなる目標をセットすればいいかもしれないけど、

目標は達成とセットになるから

達成されちゃうと、そこで一回は満足しちゃうと思っていて。

だから、プロアスリートの皆さんなんかは、よく「通過点です」なんて意識的に言っているのかなとも思っています。

で、この「達成した、やった」→「一休み」みたいな感情?感覚の揺れ動きってあんましよくないよな〜と感じてもいます。

 

じゃ、どうするのか?

 

 

目標はおかず、日々少しでも上を。初の五輪でも貫いた宇野昌磨らしさ。

 

その答えの一つをこの記事にみた気がしました。

 

つまり、「目標」→「やること継続」 の順だったんだけど

目標達成で、「やることの継続」を途切れないように、敢えて目標をおかない。

目的の方向に向けて淡々と継続していく。

 

こんなやり方もあるもんだなと。

 

心屋氏の言っていることは、(ひょっとしたら違うのかもしれないけれど)自分はこんなふうに解釈しました。

 

でも、これも人それぞれだろうなと。

 

目標セット→小さなこと継続→達成→目標再セット→(以下繰り返し)

 

これでうまく行く人は、それでいいだろうし、

目標達成して、そこで萎えちゃうとか、成長が止まっちゃうことを気にしているなら

宇野昌磨君みたいな方法も有効なんじゃなかろうか?と

思っています。

 

ちなみに、私の性格からすると、後者の方が良さそうです。

 

 

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