大量の丸椅子に長机が4つという簡素な食堂だった。
 だが広さはなかなか、ニューターなら100人は同時に食事が摂れるぐらい。
 奥の壁には隣の部屋へ繋がっているカウンターがあり、良い匂いはその奥から漂っているようだ。どうやらその部屋は厨房で、人が来るとカウンターから料理を出すという仕組みになっているのだろう。
 カウンターの上には大きな茶碗とお椀が大量に積まれていて、箸立てには飾り気のない木の箸が沢山詰まっている。
 カウンターの脇には大きなおひつが2つ、そして寸胴鍋が2つ。匂いを嗅ぐまでもなく、中身が推測できる。
 「へー・・・グロム・スミスの食堂はこんな感じなんだー。」
 物珍しそうにキョロキョロと、辺りを見回すライチ。その様子が面白かったのか、アルマはクスクスと笑ってから、「シェル・レランはどんな食堂なの? 誰が朝食を作ってるの?」と聞いた。
 「えっとね・・・ウチは食堂とか無くてね、フロアをそのまま使ってるんだ。朝は、みんな色々と勝手に作って、フロアに持っていって食べるんだ。好きな料理が作れるのは朝だけだから、みんな新しい料理にチャレンジするんだよ。」
 「へー、やっぱ料理人の方って普段の食事から違うんですね。」
 アルマは感心したように頷く。
 「まあね。」
 ライチが自慢するように胸を張る。と、そこに男が1人、入ってきた。天井にまで届きそうな上背、筋骨は隆々としていて逞しく、額には立派な角。パンデモスだった。
 「あ、おはようございまーす。」
 アルマはにこやかに挨拶すると、パンデモスは少しだけ頭を下げる。そして、カウンターへ向かっていった。
 「それじゃライチさん、私はおかずの盛りつけしなくちゃいけないから、行くね。沢山食べていってね。」
 アルマはにっこり笑ってから、奥の部屋へ通じるドアへパタパタと駆けていった。
 「かわいいなー。」
 後ろ姿を見送りながら、ライチは少しだけにやつく。と、すぐにハッとして慌てて辺りを見回すが・・・アレの姿は確認できず。ほっと胸をなで下ろした。
 「さて、ほっとした所でご飯、ご飯~♪」
 スキップでもするかのような足取りでカウンターへ。目玉焼きとベーコンが載った皿をアルマから受け取り、茶碗にライス、お椀に味噌汁をよそって、お盆に乗せて適当な席へついた。
 「いっただっきまーす。」
 早速ライスをがっつくライチ。と、食堂にまた1人、人が入ってきた。体躯からパンデモスと簡単に分かる。
 「(やっぱグロム・スミスって力仕事だからパンデモスが多いんだなー)」
 そう思いながら、ご飯を食べ続けると。また1人、また1人と人が入ってきた。あれよあれよという間に、10人、20人と食堂に押し寄せてくる。
 その全てが、パンデモスだった。
 「・・・・・・え? え?」
 気が付けば食堂は満席。ライチの右も左もパンデモス。50人近くのパンデモスが、所狭しと食堂にひしめく。
 食堂に漂っていた美味しそうな匂いはかき消え、代わりに汗臭さ、男臭さが充満する。
 それに耐えきれず、食事を無理矢理口の中へ掻き込むと、脱兎の如く食堂を後にするライチであった。


 ここで、ギルド「グロム・スミス」の活動内容を紹介しよう。
 グロム・スミスには採掘班と鍛冶班があり、ギルド員はそのどちらかに必ず所属している。また、その班内でも目的別にグループ分けがなされている。例えば、採掘班には銀採掘グループ、鉄採掘グループ、ミスリル採掘グループ、オリハルコン決死隊などに分かれ、それぞれが毎日、目的の鉱石を掘り出しているのだ。
 ライチは、鍛冶より採掘の方が得意である点と、比較的低スキルでも十分戦力になるという理由から、採掘班の銅採掘グループへ配属された。
 

 アルマに案内され、ライチはネオク高原へ移動する。そこには、数本のツルハシを背負ったパンデモスが数人、仕事開始の合図を待っていた。
 その中の1人にアルマは近づく。そして、声をかけた。
 「主任さん、彼が交換留学生のライチさんです。宜しくお願いしますね。」
 主任と呼ばれたパンデモスはライチを見て、そして話しかける。
 「ああ、話はマレウス監督から聞いている。大変だと思うが、宜しく頼むよ。」
 そう言って、ライチの頭をポンと叩いた。
 と、その時。
 ドン!!
 グロム・スミスの本部から、まるで大砲が撃たれたような音が聞こえた。と、その音を聞いた主任が、声を出す。
 「よーしみんな、仕事開始の合図だ。今日もしっかり働け!!」
 その号令と共に、パンデモス達はツルハシを握り、それぞれが岩壁にはりついてソレを振るい始めた。
 皆一斉に、歌を歌いながら。
 
  月が出た出た 月が出た ヨイヨイ
  ネオク高原の 上に出た
  あまり煙突が 高いので
  さぞやお月さん けむたかろ サノヨイヨイ~♪


  一山 二山 三山 越え ヨイヨイ
  奥に咲いたる 八重つばき
  なんぼ色よく 咲いたとて
  様ちゃん(さまちゃん)が通わにゃ 仇(あだ)の花 サノヨイヨイ~♪


  あなたがその気で 云うのなら(いうのなら) ヨイヨイ
  思い切ります 別れます
  もとの娘の 十八に
  返してくれたら 別れます サノヨイヨイ~♪
  
 鉄と岩が弾ける音を伴奏に、漢達は景気よく大声で歌う。
 パンデモス達の男声合唱、それもバスオンリー、更に細かく言えばバッソ・プロフォンドのみの5部合唱がネオク高原に響き渡る。
 当然、いきなりの事についていけないライチ。おずおずと、今起きていることを主任に聞いてみる。
 すると「これは作業歌だ。一緒に居ればすぐ覚える。さ、仕事始まってるんだからとっとと手を動かしな。」という答えが返ってきた。
 戸惑いながらも、ライチはツルハシを握って鉱石を掘り始めた。
 ・・・・・・・・・一時間後。

 「つかれたー。」
 ライチは弱音を吐いて手を止めた、と、そこに主任の声が飛び込んでくる。
 「こら、手を止めるな。」
 「でもでも、もう疲れちゃって限界・・・。」
 「そういう時はほれ、これを飲め。」
 主任がライチに、一本の瓶を差し出した。ライチはそれに見覚えがある。
 「これは・・・シェル・レラン印のバナナミルク? ・・・って、そうだ!」
 ライチは、シェル・レランがグロム・スミスに、毎週大量のバナナミルクを納めていることを思い出した。確か自分も一回、グロム・スミス用のバナナミルクを作った事がある、ということも。
 「さ、ソレ飲んだら元気出るだろ。早く採掘に戻んな、今日のノルマまでまだまだだぞ。」
 ライチの不平をかき消すかのように、悪魔の呻きのような合唱は果てしなく続くのだった。


 日は南天をゆっくり進み、ようやく西の地平へ姿を消す。
 屈強な漢達も流石に疲労の表情を浮かべ、石の上や地面に座り込む。ライチもまた、くたくたになった身体を地面に投げ出し、うっすらと瞬きはじめた星々をぼんやりと見つめる。
 と、その視界に女性の顔が飛び込んできた。
 「おつかれさまです、ライチさん。採掘はどうでしたか?」
 ライチはそのままの体勢で「つかれました・・・。」と、掠れた声で答えた。
 「ふふっ・・・初めての方はみんな疲れ果てちゃいますね。さ、そろそろ戻りましょう。ネオク高原の夜は風が吹いて寒くなるのよ。」
 ライチはよろよろと立ち上がる。アルマはにこっと笑いながら手を差し出す。
 その手に掴まる。そして起きあがる。
 「よ・・・っと。ふー、つかれたー。早くご飯食べたいー。」
 「ふふっ、もう出来てますよ。早く戻りましょ。」
 「ホント! 戻る戻る!! 早く戻る!!」
 そう言ってライチはアルマの手を引っ張り、ちょっと駆け足になって本部の方へ向か・・・と。
 ドン!
 不意に、堅い何かにぶつかってしまう。
 驚いてライチが前を見ると、そこには。
 鬼の形相をしたマレウスが。
 (第36章 完 → 第37章に続く)

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