シレーナにせかされて、ライチはメモを読み上げる。
 「ええっと・・・まずジャスティン達が来店したのは、19時頃です。予約は、怪しい男の名前で取られてました。席は、ドアからぐぐっと奥入って左の、壁際の丸いテーブルでした。席順は時計回りに、ジャスティン、怪しい男、睡蓮、ジョニー、フランチェスカでした。料理は3000ゴールドのコースで、追加でワインが一本。今日のコース内容は・・・ええっと。」
 メモをめくる。その下から、ミミズがのたうち回った跡のような文字が現れるが、ライチは意に介さずそれをすらすらと読み始める。
 「前菜がチーズパイ、スープが黒トリュフのスープ、魚料理が白身魚とホタテのワイン蒸し、肉料理がローストバルドスミートでした。ジャスティンは、ローストバルドスミートを食べ終わった後に倒れたらしいです。」
 そして、メモから視線を上げ、更にしゃべる。
 「ええっと・・・ホールには僕を含めて4人居たけど、怪しい動きとか変な事している所とかは誰も見なかったです。えと、えと・・・それぐらいかな?」
 「席に座る時は、変な動きとかありませんでしたか?」
 ライチの言葉が終わると同時に、シレーナの質問が飛んだ。
 「え・・・えと、特に変な動きは・・・ジャスティンは最後だった事ぐらいしか分からないです。」
 「そうですか。ワインを頼んだタイミングは?」
 「あ、はい。最初っからでした。まずは乾杯だって怪しい人が言って、ワイン一本頼んで、えと、でも飲んだのは怪しい人とジョニーとジャスティンだけでした。」
 「あら・・・睡蓮様は、飲まなかったのですか?」
 ライチはちょっと首を傾げ考えるが・・・。
 「うん、飲んでなかったです。冷やした湧き水を飲んでいたかな?」
 「そう・・・分かりましたわ。それでは、それぞれの料理を食べ終わった順番は分かりますか?」
 「え?」
 ライチは少し狼狽し、同じホール係のシェフに目線を送る・・・が、皆一様に、首を振る。
 「分かりませんか。では食べ終わった料理の皿は、取ってありますか?」
 「えっと・・・。」
 今度は厨房担当のシェフに目線を送ってみるが・・・皿洗い担当の新人シェフ達は「どうなってる?」「いや分からないよ。」「お前は?」等とコソコソと話し始めるが・・・。
 結局、誰一人分からず。
 「すいません・・・分かりません。」
 新人シェフの一人が、そう答えた。
 「あらあら、それでは駄目ですわよ。すぐに調べてきてください。それとライチ君も、もっと細かい所まで、調べておかなくてはいけませんわ。」
 そう言いながらシレーナは立ち上がり、ポケットから毒の入っていた小瓶を取り出した。
 「細かく調べると、このような小瓶一つからでも、沢山の証拠が残っているものですわよ。」
 親指と人差し指で摘みながら、それを顔の前まで持っていき、そして言った。
 「底に残っている液体の色から、これがヘビ毒の一種という事が分かりますわ。この毒は飲んでから数分後に症状が現れる特徴がありますわ。致死量は体重一キロあたり0.04ミリリットルですわ。」
 空いている手で小瓶を摘むと、ねじ口式の蓋をキュッキュッと回して開ける。
 「それに、この蓋はしっかりと閉まっておりましたわ。つまり犯人は、この蓋をしっかり閉める余裕があったという事ですわ。」
 シレーナは、腕を伸ばして小瓶を突き出し、手の指で瓶の口付近を指す。
 「ライチ君、ここに何があるか、分かりますか?」
 そう言われ、ちょっと近づいて小瓶を見るライチ。
 そして、声を上げた。
 「あ! 緑色の線がある!」
 「その通りですわ。つまり、この位置まで毒が入っていたという事ですわ。量はおおよそ7ミリリットルですわね。ジャスティン様の体重が50キロぐらいですから・・・3.5倍の致死量を持った毒を使われたという事ですわ。」
  
 その後、ジャスティンからの事情聴取の結果や、他の客からの聞き取り調査の結果が報告された。
 目立った情報は、ジャスティン自身は自殺を否定した事や、毒を盛られた所がどこだかさっぱり分からない事、誰かが毒を盛っている姿を見た客は居なかった事である。
 
 全ての報告を聞き終えてから、シレーナは再びホールへ来た。
 5人が座っていた席は、ジャスティンが倒れた時のままで保存してある。
 もっとも、テーブルクロスを引っ張りながら倒れた為、机には何もない。
 皿、グラス、食べかけのローストバルドスミートが4枚、水、ナイフやフォーク、ナプキン、飾り付けの花と花瓶と、机にあったものは全て床に散らばっている。
 その様子を眺めるシレーナ。ふと、ワインクーラースタンドに手を伸ばした。
 ワインクーラーの中には、ワインボトルが入っていた。氷で冷やされていたのだろう、ワインボトルは水に浸かっていた。
 それを掴み、持ち上げる。
 チャポン、と穏やかだった水面に波紋が走り、ワインボトルに絡まった水が、その水面に無数の波紋を描く。
 シレーナはそれを持った瞬間、怪訝な表情を浮かべた。
 「ライチ君・・・空になったワインボトルは、すぐに片づけなさいと教えませんでしたか?」
 「・・・え?」
 ライチは困惑する。と、すぐに他のホール係がフォローに入った。
 「シレーナ様。私、見ていたのですが、お客様の一人がお酌して回っておりました。恐らく、それで空になったのではないかと思います。」
 「お酌を? どなたがしていたのですか?」
 「ええと・・・睡蓮様でした。」
 「睡蓮様ですか・・・。」
 そう言って、もう一度座席を見る。確かに睡蓮の席の隣に、ワインクーラースタンドが立てられていた。
 「あ! もしかするとシレーナさま、そのワインに毒を入れたんじゃ!!」
 ライチが声を上げる。
 「・・・ですけど、そのですと怪しい男様とジョニー様も、毒を飲んでしまいますわ。」
 そう指摘され、「ああ、そっかー。」と呟きながらも、ライチは考える。
 「ううんと・・・じゃあ、ジャスティンに注ぐ時だけ、毒を入れたとか・・・。」
 「そうですわね・・・では、お酌をした順番は覚えておりますか。」
 ホール係は、少し考え、そして答える。
 「あ、はい。覚えております。ジョニー様から時計回りに、ジャスティン様、怪しい男様へと注いでました。」
 「分かりましたわ。それですと、ジャスティン様だけに毒を盛るのは難しいですわね。」
 結論が出されてしまい、ライチはがっかりする。
 「そうですね・・・それに、ワインも全部飲んじゃったみたいだし・・・。」
 と、その言葉にシレーナが反応する。
 「あら、何でそんな事が分かりますの?」
 「だって、床にワインが一滴も零れてないんだもん。」
 そう言われ、シレーナはもう一度床を見る・・・確かに、ワインらしき赤い液体は、一滴も見つからなかった。
 「・・・本当ですわね。」
 シレーナはそこに、大きな違和感を覚えた。
 そして、考える。今までに感じていた、違和感。それらを繋げて見ると・・・。
 気付いた。
 あり得なくはない、一つの可能性を。
 「皆さん! 今から私が言う事を、全て調べてきていただけませんか?」


 「読者の皆様、やはりこの事件は殺人未遂事件、しかも周到に用意された、計画的な殺人未遂事件でしたわ。今、ウチのシェフ達が裏を取っておりますけど、間違いなく犯人は、このテーブルに居ましたわ。貴方様には、犯人は分かりまして?」
 (第26章 完→第27章へ続く)


ヒントはこちら→「第26.1章 シレーナからのスリー・ヒント

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