章外2 ダイアロス島のジョーホー・マスター
2006-02-10 20:39:47
テーマ:ブログ
見上げると、黒い空に煌々と黄金に光る丸い月が浮かんでいる。
視線を戻すと、そこには看板を掲げた建物が軒を連ねる通りがある。
薄暗く、人通りは疎らだが。
微かに漂う酒の匂いと、耳を澄ませば聞こえてくるシックなピアノ曲が、この通りの存在理由を静かに主張している。
貴方はゆっくりと、だが迷うことなく歩を進め、そして一件の店の前に着いた。
月と竜が描かれた看板には、洒落た文字でこう書かれている。
「Bar Moon-Dragon」
ドアを押すとカランと小さな鈴が鳴った。それに気づいたコグニートの女性が振り返り、微笑みながら言った。
「あら、いらっしゃい。お久しぶりね。」
女性は持っている布巾でカウンター席を軽く拭くと、「こちらへどうぞ。」と席を勧める。貴方は言われるまま、その席に着いた。
「ご注文はワインで宜しいかしら? ・・・はい、それとチーズですね。」
女性はカウンターの下からモッツァレラチーズの塊を取り出し、ナイフで切り分け皿に盛る。
空のグラスを貴方の席に置くと、褐色の瓶のコルク栓を開け、赤い液体をそのグラスへ注いでいった。
チーズを一切れ囓り、ワインを一口飲む。すると、女性から話しかけてきた。
「前に来たのはいつでしたっけ? ・・・ああ、そうですわね。鍛冶レシピの情報を聞きに来たときでしたわね。役に立ちました? ・・・そう、それは良かったですわ。」
女性はカウンター内にある足の長い椅子を持ってきて、貴方の前に座る。
「情報なら沢山ありますから、もっといらっしゃっても良かったのですわよ。 ・・・ふふっ、そうでしたね、何度もお見えになられてましたね。それで今日は何を聞きに来たのかしら? ・・・あら、何処で聞いたのですか、そんな事。」
女性の微笑みに、少しだけ陰り。
「そうですわ・・・。」
そう言いかけた、その時。
「モンママさーん、おかわりー、くーださーい。」
カウンターの端から甲高い声が聞こえた。
見ると、若い女性がカウンターに突っ伏したまま、顔だけ上げてこちらを見ている。
声の調子からして、顔色や息を調べることなく、泥酔している事がうかがえる。
「ちょっとイリスちゃん、飲み過ぎよ。」
モンママは椅子を立ち、イリスの前まで行くとたしなめるような口調で言った。
「だってー、くやしーんだもーん! あのモニー、逃げ足だけは速くって。ほらママ、もう一杯!」
イリスと呼ばれた女性は身体を起こすと、グラスを突き出した。
「もう、仕方ないわね。」
モンママはグラスを受け取ってカウンターに置き、別のグラスを取り出して、透明の液体を注ぎイリスに渡す。
「はい、これでいいかしら。」
「ありがとうーママーー!」
それをグイグイと呑み、プハァーッと大きく息を吐くと、そのまま再びカウンターに突っ伏してしまった。
その様子を見てから、モンママは再び椅子へ座った。
「ごめんなさいね。あの娘、ミスト様を護衛している神殿騎士なんだけど、今シェル・レランのエルモニーを追いかけているんですって。でも全然捕まえられなくって困っているらしいわ。・・・それがね、そのエルモニーがミスト様の顔にマジックでメガネを書いたらしいのよ。・・・ふふっ、そうみたいよ。結構似合ってたってあの娘も言っていたわ。」
いつの間にか貴方のグラスは空になっていた。
「あら、もう一杯呑まれますか? ・・・ふふっ、どうぞ。」
モンママはコルク栓を抜くと、再び赤い液体をグラスに注ぐ。
「ちなみにあの娘がさっき呑んだのは冷たい水よ。あの娘、酔うと何を呑んでも美味しいとしか言わなくなっちゃうのよ。・・・ふふっ、そんな事はしないわ。私のお店は明朗会計よ。」
笑いあった後、貴方はワインをグラス半分程飲むと、再び同じ事を尋ねた。
「ええ、その通りよ。今月一杯で、このお店辞めちゃうの。・・・大丈夫よ、情報屋の仕事は新しいママに引き継ぐから。・・・あら、そうじゃないの?・・・ふふっ、嬉しい事言ってくれるわね。でも、私もね、貴方のような旅人を見ていると、また冒険心がムクムクって出てきちゃってね。もう一度、旅に出ようって決めたのよ。」
その話を聞きながら、貴方はグラスを空にする。
モンママは笑いながら、3杯目を注いでくれた。
「寂しいって、嬉しい事言ってくれるわね。でも旅人同士、また何処かで出会えるわ。偶然の再会を祈って、乾杯しましょ。」
そう言うと、モンママはワイングラスを取り出し、ワインを少しだけ注ぐ。
チン!
ガラスとガラスがぶつかる、高い音が響いた。
蓄音機から流れる、優しいピアノの旋律。店内を照らす蝋燭の炎は柔らかく揺れる。
その暖かな空間を、ドアの鈴が打ち破った。
カランカラン。
と同時に、緑髪のエルモニーが入ってきた。シェル・レランの制服に身を包んだ彼は、店の雰囲気など気にせず、言った。
「すいませーん、シェル・レランですけど、ワイン宅配に来ましたー。」
モンママが立ち上がる。
「あら、早かったですわね。ありがとうライチ君、こっちに持って・・・。」
そう言った途端。
「ライチ・・・くん?」
店の片隅で寝ていたはずの泥酔神殿騎士から、どす黒いオーラのような何かが吹き出した。店の温度が平均で5°は下がったような感覚を皆が覚え、声を出すのを忘れて立ちすくむ。
貴方も、ライチも、そしてモンママも。
席を立つ音。その騎士・・・もとい悪魔は、ギギギという擬音が似合いそうなゆっくりとしたスピードで、頭をドアの方へ向けた。
「・・・こんなところであうなんて・・・かみのおぼしめしかしら。」
ゆっくりとした動きで、イリスは足下に立てかけてあったマレットオブジャイアントを掴む・・・皆はまるで魅入られているかのように動けない・・・そして。
「覚悟しぃや! このいたずらエルモニーが!!」
イリスはそれを振り上げると、力一杯振り下ろした。
バキャアアアアン!!
爆弾が破裂したかのような激しい音と共に、黄色い塵が舞いイリスを包む。
ライチの素早さが勝ったのか、イリスの血中アルコール濃度が悪戯したのか、棍棒は狙いを逸れ、店のカウンターを叩き壊していた。
しかし構わず、イリスは再び棍棒を振り上げると、ライチに向かって叩きつける。
ゴァン! バキャ! ドグァン!!
ライチはそのことごとくを間一髪で避ける・・・が為に、店内が次々と破壊されていく。
「ちょっとイリスちゃん、やめ、やめ・・・。」
モンママの叫びも届かず。
店からは次々と、木片が産出され続ける。
モンママは店内を見回すと、貴方に言った。
「逃げましょう、もう危ないわ!」
貴方は頷き、モンママと一緒に壁の穴から外へ飛び出した。
丁度その時。
「うぉらあああああ!!」
イリス渾身の一撃が。
店の中央に立つ柱を。
真二つにへし折った。
スガガガガガガガガガガァンンン!!
大音響と共に屋根が崩落、店は一瞬でその形を失った。
もうもうと立ちこめる塵の中から、シェル・レランの装備をしたエルモニーが咳き込みながら現れる。どうやら崩壊寸前で脱出したようだ。
やがて土煙が晴れ、瓦礫の山が姿を現す。
貴方は、モンママとライチと並んで、その光景を唖然と眺めていたのであった。
後日。
「ごめんなさいね、初仕事がお店の再建とは思わなかったでしょう。」
瓦礫の山を片付ける2人の女性に、モンママが声をかけた。
「いいえ、大丈夫ですわ。でも地図の場所が瓦礫の山だった時はどうしようかと思いましたわね、ごりゅさん。」
「そうですわね、あーるさん。」
そう言って笑うと、3人は片づけの作業を再開する。
その隣で貴方は、買って出た店の再建作業の為に、柱を立て釘を打っていた。近くでは、原因の一端を担った責任を取ってこいとギルドマスターに言われたライチが、木材から柱を作ろうとカンナを何度も何度も往復させている。
もう一人の原因が丁度、木材を両肩に抱え、アルビーズの森から戻ってきた。
トンテンカン、トンテンカン。
作る音が、木霊する。
ビスクの町に、木霊する。
(章外2 完)
視線を戻すと、そこには看板を掲げた建物が軒を連ねる通りがある。
薄暗く、人通りは疎らだが。
微かに漂う酒の匂いと、耳を澄ませば聞こえてくるシックなピアノ曲が、この通りの存在理由を静かに主張している。
貴方はゆっくりと、だが迷うことなく歩を進め、そして一件の店の前に着いた。
月と竜が描かれた看板には、洒落た文字でこう書かれている。
「Bar Moon-Dragon」
ドアを押すとカランと小さな鈴が鳴った。それに気づいたコグニートの女性が振り返り、微笑みながら言った。
「あら、いらっしゃい。お久しぶりね。」
女性は持っている布巾でカウンター席を軽く拭くと、「こちらへどうぞ。」と席を勧める。貴方は言われるまま、その席に着いた。
「ご注文はワインで宜しいかしら? ・・・はい、それとチーズですね。」
女性はカウンターの下からモッツァレラチーズの塊を取り出し、ナイフで切り分け皿に盛る。
空のグラスを貴方の席に置くと、褐色の瓶のコルク栓を開け、赤い液体をそのグラスへ注いでいった。
チーズを一切れ囓り、ワインを一口飲む。すると、女性から話しかけてきた。
「前に来たのはいつでしたっけ? ・・・ああ、そうですわね。鍛冶レシピの情報を聞きに来たときでしたわね。役に立ちました? ・・・そう、それは良かったですわ。」
女性はカウンター内にある足の長い椅子を持ってきて、貴方の前に座る。
「情報なら沢山ありますから、もっといらっしゃっても良かったのですわよ。 ・・・ふふっ、そうでしたね、何度もお見えになられてましたね。それで今日は何を聞きに来たのかしら? ・・・あら、何処で聞いたのですか、そんな事。」
女性の微笑みに、少しだけ陰り。
「そうですわ・・・。」
そう言いかけた、その時。
「モンママさーん、おかわりー、くーださーい。」
カウンターの端から甲高い声が聞こえた。
見ると、若い女性がカウンターに突っ伏したまま、顔だけ上げてこちらを見ている。
声の調子からして、顔色や息を調べることなく、泥酔している事がうかがえる。
「ちょっとイリスちゃん、飲み過ぎよ。」
モンママは椅子を立ち、イリスの前まで行くとたしなめるような口調で言った。
「だってー、くやしーんだもーん! あのモニー、逃げ足だけは速くって。ほらママ、もう一杯!」
イリスと呼ばれた女性は身体を起こすと、グラスを突き出した。
「もう、仕方ないわね。」
モンママはグラスを受け取ってカウンターに置き、別のグラスを取り出して、透明の液体を注ぎイリスに渡す。
「はい、これでいいかしら。」
「ありがとうーママーー!」
それをグイグイと呑み、プハァーッと大きく息を吐くと、そのまま再びカウンターに突っ伏してしまった。
その様子を見てから、モンママは再び椅子へ座った。
「ごめんなさいね。あの娘、ミスト様を護衛している神殿騎士なんだけど、今シェル・レランのエルモニーを追いかけているんですって。でも全然捕まえられなくって困っているらしいわ。・・・それがね、そのエルモニーがミスト様の顔にマジックでメガネを書いたらしいのよ。・・・ふふっ、そうみたいよ。結構似合ってたってあの娘も言っていたわ。」
いつの間にか貴方のグラスは空になっていた。
「あら、もう一杯呑まれますか? ・・・ふふっ、どうぞ。」
モンママはコルク栓を抜くと、再び赤い液体をグラスに注ぐ。
「ちなみにあの娘がさっき呑んだのは冷たい水よ。あの娘、酔うと何を呑んでも美味しいとしか言わなくなっちゃうのよ。・・・ふふっ、そんな事はしないわ。私のお店は明朗会計よ。」
笑いあった後、貴方はワインをグラス半分程飲むと、再び同じ事を尋ねた。
「ええ、その通りよ。今月一杯で、このお店辞めちゃうの。・・・大丈夫よ、情報屋の仕事は新しいママに引き継ぐから。・・・あら、そうじゃないの?・・・ふふっ、嬉しい事言ってくれるわね。でも、私もね、貴方のような旅人を見ていると、また冒険心がムクムクって出てきちゃってね。もう一度、旅に出ようって決めたのよ。」
その話を聞きながら、貴方はグラスを空にする。
モンママは笑いながら、3杯目を注いでくれた。
「寂しいって、嬉しい事言ってくれるわね。でも旅人同士、また何処かで出会えるわ。偶然の再会を祈って、乾杯しましょ。」
そう言うと、モンママはワイングラスを取り出し、ワインを少しだけ注ぐ。
チン!
ガラスとガラスがぶつかる、高い音が響いた。
蓄音機から流れる、優しいピアノの旋律。店内を照らす蝋燭の炎は柔らかく揺れる。
その暖かな空間を、ドアの鈴が打ち破った。
カランカラン。
と同時に、緑髪のエルモニーが入ってきた。シェル・レランの制服に身を包んだ彼は、店の雰囲気など気にせず、言った。
「すいませーん、シェル・レランですけど、ワイン宅配に来ましたー。」
モンママが立ち上がる。
「あら、早かったですわね。ありがとうライチ君、こっちに持って・・・。」
そう言った途端。
「ライチ・・・くん?」
店の片隅で寝ていたはずの泥酔神殿騎士から、どす黒いオーラのような何かが吹き出した。店の温度が平均で5°は下がったような感覚を皆が覚え、声を出すのを忘れて立ちすくむ。
貴方も、ライチも、そしてモンママも。
席を立つ音。その騎士・・・もとい悪魔は、ギギギという擬音が似合いそうなゆっくりとしたスピードで、頭をドアの方へ向けた。
「・・・こんなところであうなんて・・・かみのおぼしめしかしら。」
ゆっくりとした動きで、イリスは足下に立てかけてあったマレットオブジャイアントを掴む・・・皆はまるで魅入られているかのように動けない・・・そして。
「覚悟しぃや! このいたずらエルモニーが!!」
イリスはそれを振り上げると、力一杯振り下ろした。
バキャアアアアン!!
爆弾が破裂したかのような激しい音と共に、黄色い塵が舞いイリスを包む。
ライチの素早さが勝ったのか、イリスの血中アルコール濃度が悪戯したのか、棍棒は狙いを逸れ、店のカウンターを叩き壊していた。
しかし構わず、イリスは再び棍棒を振り上げると、ライチに向かって叩きつける。
ゴァン! バキャ! ドグァン!!
ライチはそのことごとくを間一髪で避ける・・・が為に、店内が次々と破壊されていく。
「ちょっとイリスちゃん、やめ、やめ・・・。」
モンママの叫びも届かず。
店からは次々と、木片が産出され続ける。
モンママは店内を見回すと、貴方に言った。
「逃げましょう、もう危ないわ!」
貴方は頷き、モンママと一緒に壁の穴から外へ飛び出した。
丁度その時。
「うぉらあああああ!!」
イリス渾身の一撃が。
店の中央に立つ柱を。
真二つにへし折った。
スガガガガガガガガガガァンンン!!
大音響と共に屋根が崩落、店は一瞬でその形を失った。
もうもうと立ちこめる塵の中から、シェル・レランの装備をしたエルモニーが咳き込みながら現れる。どうやら崩壊寸前で脱出したようだ。
やがて土煙が晴れ、瓦礫の山が姿を現す。
貴方は、モンママとライチと並んで、その光景を唖然と眺めていたのであった。
後日。
「ごめんなさいね、初仕事がお店の再建とは思わなかったでしょう。」
瓦礫の山を片付ける2人の女性に、モンママが声をかけた。
「いいえ、大丈夫ですわ。でも地図の場所が瓦礫の山だった時はどうしようかと思いましたわね、ごりゅさん。」
「そうですわね、あーるさん。」
そう言って笑うと、3人は片づけの作業を再開する。
その隣で貴方は、買って出た店の再建作業の為に、柱を立て釘を打っていた。近くでは、原因の一端を担った責任を取ってこいとギルドマスターに言われたライチが、木材から柱を作ろうとカンナを何度も何度も往復させている。
もう一人の原因が丁度、木材を両肩に抱え、アルビーズの森から戻ってきた。
トンテンカン、トンテンカン。
作る音が、木霊する。
ビスクの町に、木霊する。
(章外2 完)








