なんだか結果的にすごくこだわることになってしまったのですが、本当はここまでこだわるつもりなんて全然なかったのです。
雛人形なんて一度買ってしまえばそれが唯一になるのだから、それ以上もそれ以下もない。
それひとつだけが大事になるんだから。
その、キャンセルしたお店だって、内閣総理大臣賞を受賞するほどの品だってあるんです。
お内裏様はちょっと手抜きでしたが、お姫様は本仕立てでとても立派なものでした(だから余計お内裏様が貧相に見えた。まあ、一見すると普通なんだけど)。私が選んだ商品がたまたまそういうものだったというだけで、きっと親王飾りとかはちゃんと作っていたはずです。
横にあった、5人飾りは大層美しい仕上がりでしたし、また衣裳もとても洗練されていました。
ただ、私が選んだ商品が15人ということで、人数も多くなれば必然的に値段も高くなる。でも商品として売れるものを作らなくてはならないし、売れる料金を設定しないといけない。だから、15人はどうしてもコストに対してシビアになってしまうのです。
おそらく値引きはマジックで、最初から20万という値段があったと思うのです。だって向こうから提示してきた値段だし、利益の出ない数字には絶対になっていないはず。私が小木人形で買った人形よりも大きいサイズなのに、台だって大きくなって本来ならもう少し高くなってもおかしくないところなのですが、最初から20万という値段が決まっていたことを思うと、やっぱりそれくらいしか価値のないものだったのかな、と思わざるをえません。一番最初に3ン万円という札を見ちゃったから、最初はそのへんに気付かなかったけど。
パパはそのやりとりが楽しかったと言っています。確かに交渉は楽しいよね。でも本当の値段を最初から提示していたら、もしかしたらそこまで熱くなっていなかったかもしれない。それはそのお店の販売技術でしょうね。
私は小木人形のように最初から適正価格を表示している方が好きだけどね。
あと思ったのは、問屋じゃなくて、実際に人形を作っているところで買った方が楽しい。ということ。
キャンセルしたお店の店員さんも、実際に夏などに人形を作っているそうです。
だから、みんなそれぞれ人形に対して思い入れ、愛情があるのです。単に仕入れて売るだけではない、ということ。
どこに手をかけて、どういうこだわりがある、という生の話が聞けます。
また、今回これだけパワーを使って買い物をしたわけですが、同じように一生に1個だけ買うものって、他にあるかな・・・と思ってみました。
家は、高い買い物だけどもしかしたら買い換えるかもしれないし、車だって消耗品だし。
こういう、お祝いのものって、やっぱり特別なんだなぁ、と思いました。だから最終的にここまでこだわることになって正解だったかも。
これは想像ですが、母も、立派な雛人形を祖母から買ってもらって、うれしかったのかも。だから毎年みんなで飾っていたのかもしれない。母のうれしい気持ちが私たちに伝わっていたのかも。
お金をだしてくれた両親に感謝。まあちょっとオーバーしちゃったけどね…(多分言ったらだしてくれると思うけどね)
また、ここまで仕上がりにこだわってしまったことについて、洋服を買うときだってそうですが、高級なブランドの服は内部にまでこだわって作っています。洋服は着るものなので、人形のようにただ飾るだけではないので一概に比べられるものでもありませんが、裏側の作りがちゃんとしているのかどうなのかは、着ている人にしかわからないし、それで物持ちも変わってきます。見た目だけでよければ偽物ブランドだっていいわけです。でも私はそういうのはあんまり好きじゃない。どうしてその金額を払うのかといえば、生地や手触りがよかったり、仕立てが素晴らしかったり、着心地が良いからであって、そのブランドのマークがほしいから、ということではないのです。
人形に偽物も本物もないけれど、どこまでこだわっているのか、そしてその技術、こだわりに対してどこまでお金を払えるのか、というのは、モノを買うということに対しては共通なんじゃないかな。
人形もお金を出せば出すほどいいものがあります。それこそピンキリ。
それぞれ名前の有名な人が作れば、金額も格段に高くなります。
私は今回それほど数を見たわけじゃないし、7段ばかり見ていたのですごく偏った意見ですが。
まあ結果的にこだわってよかったな、と思ったのでした。
今年はもう間に合わないと思いますが、来年買うご予定のある方は、ぜひ参考までに・・・
小木人形
埼玉県さいたま市岩槻区古ヶ場2丁目1番3号
岩槻駅から車で10分。タクシーで来店の際はタクシー料金は負担してくれるそうです。


