Turmuhammetのブログ

東トルキスタンは、テュルク(突厥)系民族が居住する中央アジアの地域、すなわちテュルクの土地を意味するトルキスタンの東部地域を指す地域概念。現在では中華人民共和国に占領され“新疆ウイグル自治区”と呼ばれる。“ウイグル”とも呼ばれる。


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中央アジア研究所代表 トゥール ムハメット

2009年7月5日東トルキスタン(所謂“新疆ウイグル自治区”)の中心都市ウルムチ(烏魯木斉)市でウイグル人大学生が中心に平和的な懇願デモを行ったが、中国政府はデモを圧倒的軍事力で血腥く弾圧した。中国の公式発表では、ウイグル人はデモを口実に騒乱を起こして中国人を殺し、約198名の人々が犠牲になったとされるが、実際、その時死んだ多くの中国人は、ウイグル人に殺されたのではなく、夜の暗闇の中で、軍と警察の無差別発砲により、デモに参加して中国の軍事弾圧に抵抗したウイグル人とともに殺されていた。その夜犠牲になったウイグル人は3000人に及ぶとされている。中国語情報サイト「博訊」は、7月6日未明にある一箇所の死体焼却処分場で焼かれた犠牲者の死体が1500体あったと暴露している(世界ウイグル会議日本語サイト参照)。“7・5”デモを鎮圧するために中国政府は如何に残酷な非常手段をとったか、このデータから感じ取ることができる。

中国共産党は1949年10月東トルキスタンに入ってきて以来、ウイグル人に対して“7・5”大虐殺のような大量殺害を行ったのは、初めてのことではなく、最後のことでもない。清国の領域を殆どそのまま継承した中国は、東トルキスタンを中国の完全な一部にするために、戦略的および戦術的な政策を絶え間なく実行してきたことは揺ぎ無い事実である。毛沢東の時代から、今日の胡錦濤の時まで、その時その時、具体的な政策が違っていても、東トルキスタンの主人公であるウイグル人を絶滅させる計画と行動は連続して行われ、特に、ソ連崩壊後の90年代半ばから、その意図はもはや中南海の政策決定層から、公然として中国の一般国民の共通意識になっている。何故なら、東トルキスタンを中国の完全な一部に出来ないのは、その主人公であるウイグル人の存在が大きな障害であろう。このウイグル人の存在を消滅できれば、当然東トルキスタンは完璧に中国の一部となり、それにより中国は更に中央アジアへと進出できる。ここには、さらなる壮大な中国の国家戦略が姿を隠しているのである。

従って、中国共産党がいままで唱えて来た“民族区域自治制度”というのは、全くの嘘に過ぎない。中国は多民族国家で、各民族は中国では平等で、共に経済的に発展し、それぞれの文化を発展させ、末長く共存共栄するという、日本で一般に知られている“常識”は、実は中国共産党のプロパガンダが日本でそれだけ受け入れられている事実を物語っているだけの話である。我々ウイグル人に言わせれば、ウイグル人は中国共産党に弾圧される面においても中国人と平等に扱われたことはない。

中共のウイグル人絶滅意図を語るには、十分な事実根拠はあるが、ここでは、①新疆生産建設兵団の存在、②ウイグル人未婚女性の中国本土強制連行、③ウイグル語教育システムの破壊という三つの事実から、中国共産党の意図を明確にしたい。

新疆生産建設兵団の存在

1949年10月、中国共産党は旧ソ連の全面的支援を受け、約20万人の中国人民解放軍を東トルキスタンに派遣し、既に投降宣言を発表した中華民国国軍が治安維持に当たっている中心都市ウルムチ市に入城し、所謂“新疆の平和解放”を実現した。当時の東トルキスタンは、北部の殆どは1944年11月12日グルジャ(伊寧市)で成立宣言をした東トルキスタン共和国国軍の支配下に、南部は投降宣言した中華民国国軍と各地に散在するウイグルなどのゲリラ部隊の管理下にあったが、中国人民解放軍が東トルキスタンに入ってきてすぐ、12万人の兵力を南部に派遣し、各主要都市および国境沿いに駐屯させた。北部では東トルキスタン国軍を中国人民解放第5軍団に編入し、中国共産党の配下に置き、この第五軍団を先頭部隊として北部の抵抗を弾圧することに当てた。1953年年末までに、東トルキスタン全土が中国に完全に制圧され、社会の秩序は平穏に回復した。そして、戦闘任務を終えた中国人民解放軍は、ここにきて中国本土に引き返されたではなく、毛沢東の命令(1953年春)で東トルキスタンにそのまま残り、国防部隊と生産部隊とに分離し、いずれも中共中央軍事委員会の管理下にそのまま置くことにされた。1955年10月新疆ウイグル自治区政府が成立されたと同時に、新疆生産建設兵団は自治区政府から独立した形態を保ち、相変わらず北京中央が直轄する屯田部隊という性格を残し、今日に至っている。

50年代初期、東トルキスタンにおける中国人(所謂“漢族”)の人口比率はわずか7%未満であって、殆どは生産建設兵団の軍人とその家族に占められたが、その後の大量移民により、60年には28.3%に達し、70年にはほぼ40%に達した。一方、生産建設兵団の人口も1952年の27万人から、1974年は226万人達していた。凄まじい増加率である。現在、新疆生産建設兵団の人口比は約14%であるが、全東トルキスタン灌漑地の3割を占め、工業生産は37%を占める程に達している。財政も含めてすべての面において独立している生産建設兵団のこのような経済的能力は、新疆ウイグル自治区という行政システムにとってはプラスにならない存在であり、自治区内に意図的に作りあげられた“独立王国”である。

なぜ中国共産党は新疆ウイグル自治区をウイグル人が名目上自治権を行使できる省レベルの行政機関として認めながら、それとは全く別に、独立した準軍事組織を最初から用意したかというと、その根本的意図はウイグル人への防御と最終的弾圧のためであろう。生産建設兵団は東トルキスタン全土に満遍なく配置され、ウイグル人の居住地域を外から包囲する形で安置されている。毛沢東が率いる中共は40年代の東トルキスタン独立戦争が二度とここで起こらないために、長期戦略として生産建設兵団を創設し、中共中央軍事委員会直轄の屯田部隊として東トルキスタン各地に配したわけである。文字通り、平時にはこの部隊は大規模な生産活動に従事し、富を生み出す。戦時にはすぐに手に武器をとり、戦場に駆けつける。現実的にも、東トルキスタンで起きたウイグル人による様々な抗議行動は、政府側と激しい衝突に発展する様相を示す時、必ずその周辺地域から生産建設兵団の屯田兵部隊が投入され、武力でウイグル人を鎮圧する。1990年4月起きたアクトゥ県バーレン郷の農民蜂起の弾圧に大量の生産建設兵団部隊が人民解放軍と合同作戦をしたことは有名である。

新疆生産建設兵団が中国共産党軍事委員会の直轄で存続して来たことは、実質的に新疆ウイグル自治区という名ばかりの“自治区”を監視、支配するための措置であることは明白でしょう。これは、旧ソ連共産党が中央アジア諸共和国を支配するシステムとは完全に違う。中国共産党のチベット支配システムとも異なっている。中国共産党が考え出した東トルキスタンを統治する独特の支配システムである。

ウイグル人未婚女性の中国本土強制連行

中国政府は近年東トルキスタン南部のウイグル人人口が九割以上を占める農村部の貧困問題を解決するという名目で、ウイグル人農家の十六歳以上二十五歳以下の未婚女性を中国沿海部の工場などに集団で就職させ、この農村地帯の「発展」に寄与するという新政策を打ち出した。本来、本当にウイグル人の農家の貧困を解決し、ウイグル人若い女性に中国本土の進んだ工業技術を学ばせ、彼女達が二年間の研修期間中に正当な待遇の下で心身ともに成長でき、学んだ技能などを生かし地元の産業発展に貢献できるならば、現地のウイグル人農家には歓迎されるべきことだろうと思われる。しかし、中国政府の建前の宣伝はウイグル農家の貧困を解決するためと言うことだが、本当の目的はウイグル人の絶滅にある。

東トルキスタンの主な住民であるウイグル人の八割は農家で、ウイグル人農家の七割近くが東トルキスタン南部のオアシスに住んでいる。カシュガル地区、ホータン地区、アクス地区、キズルスーキルキズ自治州を含む天山南路四地区・自治州は東トルキスタンでは経済発展がもっとも遅れている地域として、中国政府に認められている。中国発表の二〇〇七年度の統計によれば、南部四地区・自治州の農家の平均年収は僅か二千人民元で、中国東部地域の労働者の約一ヶ月の収入に相当する。この地域の貧困には中国の長期にわたるウイグル人に対する人種差別政策、タカラマカン砂漠に隣接する厳しい自然環境、政府の時代遅れの農業管理体制、いまも続く人民公社時代の「ハシャ」制度(農家を2ヶ月から3ヶ月間無償で農村のインフラ建設に従事させる制度、中国本土では八十年代後半に廃止されている)、政府の意図的に抑えた農産物価格の低迷、生産コストの高騰など様々な要因が指摘される。中国政府公認のこの貧しい地域において、中学校や高校を卒業したウイグル人少女達を政府が必要経費を負担し、彼女達に様々な職業訓練を与えることはウイグル人の民心を得る快挙であるはず。しかし、ウイグル民族の同化と絶滅を企んでいる中国政府は、本心は別である。

東トルキスタン南部の農村地域はウイグル・イスラーム文化の中心地域であるため、ウイグル人女性はイスラームの道徳基準を忠実に守り、ウイグル人の次世帯を生育・育成する聖なる役割を果たしてきている。中国の国家戦略上、ウイグル人のイスラーム的価値観を破壊することはなにより重要な課題である。それを達成する重要な突破口の一つは、将来ウイグル人の子供の母親になるウイグル人未婚女性のイスラーム的価値観を根底から壊すことでしょう。従って、中国政府は天山南路のオアシス地域に中国本土から大量の中国人を移住させ、屯田させ、新しい工業団地を次から次へ建設し、中国人を大量に就職させているのと同時に、ウイグル人の未婚女性をより早い段階で親元から離し、ウイグル文化の環境から離し、3千キロメートル以上も離れている中華文化が支配する中国本土に連れて行って就労させる“毒饅頭政策”を持ち出したわけである。

中国政府のこのような企みは一般のウイグル人農家の人々に見破られ、政府の呼びかけに自ら応じるウイグル人は最初から少なかった。この状況を重く見た中国政府側は、ウイグル人少女を中国本土に派遣することを最大の政治的任務として定め、共産党のこの決定に背く行為は民族分裂主義者と同類として扱われると各下部組織に通達を出し、南部で若い未婚女性を中国本土に送ってやらなければ、犯罪者のように扱われる政治的高圧を作り出した。これほど深刻に政治問題にされると、ウイグル人の県長や郷長、ウイグル人の村々の村長たちウイグル農家の抵抗を押し切って、無理やりウイグル人少女達を中国本土に送り込むことをせざる得なくなった。政府側の意図的な高圧の下で、南部の各村から強制的に十六歳から二十五歳までのウイグル人女性が徴集され、広東省、山東省、淅江省、江蘇省、天津市などの国営、民営の工場に研修労働者として毎年数万から十数万人派遣されるようになっている。

 中国政府の政策は、東トルキスタン国内並びに海外のウイグル人の根強い反発を受けた。中国政府はもし本当にウイグル人を助けるためにウイグル人未婚女性を中国本土の工場に就職さているならば、その女性たちが就職した工場などを公表し、中国の国内だけではなく国外の報道機関が自由に取材し、実態を報道できるようにするべきだは、彼らはまったくすべてを厚いベール中に隠し、すべてを隠蔽して来ている。それにも関わらず、中国国内及び海外の有志や報道機関の努力により、中国国内の工場に連行されて行った未婚女性たちの労働、生活実態は徐々に明らかにされるようになった。実は、中国本土に強制連行されたウイグル人未婚女性の多くは、人身の自由を完全になくし、身柄拘束と変わらない状態で強制労働させられているのである。本来、中国の現行法律では、このような状態は犯罪に当たるはずだが、法律は紙屑同然の一党独裁のこの国では、すべては中国共産党の意図のまま実行されるので、ウイグル人女性たちの悲惨な状況は全く問題にならないし、それは本来中国共産党が狙っている当然の結果である。

 2009年6月26日未明、広東省韶関市の旭日電子工場で起きた工場の6000人に及ぶ中国人労働者の当該工場に強制連行され就労させられている200人のウイグル人労働者に対する集団惨殺事件は、中国共産党のウイグル絶滅意図が既に中南海の政策決定者から中国の一般国民の共通意識になった事をはっきりと証明した。工場から辞退された1人の中国人がネットにばら撒いた偽情報により、工場内外から6000人もの中国人がこの工場で働いている200人のウイグル人労働者を襲撃する事件は、“中国は多民族国家で、各民族は平等に国家の法律で保護されている”という中国の建前のプロパガンダを粉々に砕き、ウイグル人は中国人にとっては全く異民族で、その中の1人でも何か犯罪を起こせば、民族全体がそれに連座し、殺されるべきという理不尽な考えを中国の一般国民がもっている事をウイグル人に教えてくれた。中国大衆によるこの極めて悪質な人種差別的な大量殺人は、中国共産党のウイグル人絶滅計画を一般中国民衆が共有している事実を明らかにした。もう一歩進んで考えれば、いざと言う時に、中国本土に強制連行されたウイグル人たちは、いずれこのように中国人に集団襲撃され、一瞬にして殺される未来図が鮮明に浮き彫りにされた。そして、大量に中国本土に強制連行されているウイグル人未婚女性たちの悲惨な運命も、実はゆっくり行われている殺人であることも過言ではない。

 一方、“6・26韶関殺戮”はネット映像として東トルキスタンに伝わった時、ウイグル人たちの驚きは言葉には出来ないほどのものでした。大量の中国人の追い殺しの中で、懸命に逃げ迷う同胞たちの目を覆いたくなる光景は、正しく人間地獄の縮図そのもののように映ったのに間違いないはず。ウイグル人たちはこの現実に怒ったが、中国共産党の絶大な圧制の中で、唯一できたのはウイグル人大学生が中心となって中国の国旗を高く掲げて行った2009年7月5日の懇願デモでした。大学生たちは未だに中国共産党に期待を寄せ、“6・26韶関殺戮”の真実を明かし、犯罪者を中国の法律で処罰する事を要求した。本来、これは当然の要求である。何故なら、中国共産党は“6・26韶関殺戮”の真実を公然と隠蔽し、犯罪者の逮捕もしなかったからである。しかし、中国共産党は結局ウイグル人大学生が中心になって行ったこの懇願デモも、受け容れるところか、大量の軍警を投入し、文頭にも述べた様に血腥く弾圧した!大学生たちが一所懸命高く掲げていた中国国旗は数千人のウイグル人の血でより赤く染められた!

 “7・5ウルムチ大虐殺”は、中国共産党が東トルキスタンを支配した61年間で行った最も残酷な殺戮事件の一つとして、ウイグル人の心に、そして歴史に刻まれる。この事件を境に、中国共産党のウイグル人絶滅計画は、もはや隠蔽した形から明らかに堂々と行う国家行動に移されたことを意味する。一方で、ウイグル人はこの恐ろしい国家行動にどう対抗できるか、厳しく問われる新しい戦いの始まりでもある。

ウイグル語教育システムの破壊

広い意味で言えば、教育というのは“文化化”という過程であり、一定の社会に生まれ育つ個人が、その社会の文化を習得していく過程を意味する。アメリカの人類学者ハースコヴィッツは“文化化”を“人間を他の動物から区別する重要な学習経験の側面であり、人はそれによって人生の初期段階および後期段階において自分の属する文化を使いこなす能力を獲得する”と定義している。また、一歩進んで、同じく人類学者のウィルバートは、文化化とは“定型的、非定型的および準定型的な文化伝達のモードを通して、個人が、言語、技術、社会経済的、観念的、認知的、感情的な文化のパターンを取得する、生涯継続する過程である”とし、教育は文化化そのものであると定義している。ここで、家庭における日常生活を通しての“文化化”のように、形式の固定しないものは“非定型的文化化”、学校教育のような形式が決まっている“文化化”を“定型的文化化”、そしてこの両者の中間に位置するお祭り、礼儀作法、年齢集団に通しての“文化化”を“準定型的文化化”と区別している。

一方で、文化とは、所与の環境条件に対する最適の適応方法として所与の集団が歴史的に発展させ、世代的に伝達継承されてきた独自の行動様式であり、それは、言語・コミュニケーション方法、価値・規範・信仰、社会関係・社会組織・儀礼、生活の道具・技術・習慣などから構成され、それらの構成要素(ないし側面)は構造的に、機能的に相互に関連し合い、一貫性と整合性を有している一つの全体的な行動のシステムである。文化を構成するサブシステムとして、言語体系、道具・技術体系、社会体系、思想体系の四つの領域があり、これらのすべてが何らかのシンボルを介して、個人に内面化されることによって、個人はその文化およびその文化を持つ集団に対する帰属感、すなわち集合的アイデンティティを獲得する。

現代ウイグル人は基本的に独自の“トルコーイスラーム文化”に属する総人口1000万人を超す民族集団であることは周知の通りである。東トルキスタンは1887年清国に占領されてから現在に至るまで、ウイグル人は“トルコーイスラーム文化”への所属するアイデンティティを変えたあるいは変えられたことはまだない。東トルキスタンを支配してきた清国も、その後の中国系軍閥や中華民国政府も、幾度に亘ってウイグル人の文化に対する侵略を企んではいたが、その試みはすべて失敗に終わっていた。

中国共産党は東トルキスタンを占拠し、その支配を確立する各段階において、一貫してウイグル人の文化を発展させることを約束し、具体的施策としてウイグル語による学校教育を容認してきた。それにより、東トルキスタンにはウイグル語による学校教育システムは小学校から大学までとても初期的とはいえ、整備されていたのである。これは、『中華人民共和国憲法』第1章第4条4“いずれの民族も、自己の言語・文字を使用し、発展させる自由を有し”の規定に従い、また、『中華人民共和国民族区域自治法』第三十七条“民族自治地方の自治機関は自主的に民族教育を発展させ、文盲をなくし、各種学校を起こし、初等義務教育を普及させ、.....少数民族専門人材を育成する”、“少数民族学生を主に招集する学校は、条件が許す限り少数民族文字の教科書を用い、少数民族の言語で授業を行うべき;.....”との規定に従う合法的施策であった。ところで、中国共産党は1996年3月19日北京で東トルキスタンにおける中長期戦略を検討する中央政治局拡大会議を開き、中国の中長期的な国家戦略に合わせて、東トルキスタンにおける政策を全面的に見直し、会議内容を総括し、「中共中央政治局拡大会議新疆工作紀要」(別名“中共中央七号文件”極密級)として全国の高級党幹部に通達した。この党内機密通達は、東トルキスタンの情勢を分析した結論として、主な危険は“民族分裂主義と非合法宗教活動”によるものであり、この危険を根絶するためには、政治、経済、教育、文化、外交、軍事のあらゆる方面から必要な措置を講じ、それと徹底して戦い、中国の国家戦略を実現するために、東トルキスタンの長期にわたる安定を保たなければならないと定めた。その中で、教育における措置として、東トルキスタンでより早い段階で中国語を普及し、東トルキスタン住民(基本的にウイグル人)の中華帰属意識を高め、それによって民族分裂活動を根本から解決すると主張した。

この秘密会議の後、中国教育省は中国本土の北京、上海、広州など十数の大都市で、主に東トルキスタンのウイグル人高校生を教育する“新疆高校クラス”を開設し、東トルキスタン南部から農家の中卒生を親元から離し、高校教育を施す国家プロジェクトを発足させた。このプロジェクトの狙いは明らかにウイグル人の高校生を中国共産党のイデオロギーで教育し、党のための幹部を育ち、彼らを将来中国共産党のために精を尽くす道具にすることである。しかし、1997年からは中国の各大都市に中学校クラスも設け、もっと低年齢のウイグル人の少年少女を教育する国家プロジェクトをスタートさせた。これは、過去にカナダやオーストラリアなどの白人が原住民の子供を小さい時から親元から離して、彼らを同化するために行った植民地教育の中国版そのものである。

2002年6月、今度は中国教育省が直接通達を出し、東トルキスタンの各大学でウイグル語による授業を禁止した。明らかに、これは『中華人民共和国憲法』と『民族区域自治法』の規定に違反する政府の行政命令だが、一党独裁の中国では当然のように実行された。

さらに酷いことは、“バイリンガル(双語)教育”という名の下で、“中共新疆ウイグル自治区委員会”が強制的に東トルキスタン全土で推し進める“中国語教育”である。この措置は、まず東トルキスタン全土の中学校・高校で、理科系授業をすべて中国語で行うことを定め、多くのウイグル人教師を教壇から追い出し、その代わりに中国本土から休職中の中国人大卒生を就職させた。2006年から、さらに進んで東トルキスタンのすべての小学校で、ウイグル文学以外すべての授業が中国語で行われることが決められ、多くのウイグル人の小学校の先生が職を失うことになった。同時に、東トルキスタンのウイグル人人口が8割から9割を占める農村地域で、中国政府は国家予算を投入し、中国語だけの幼稚園を大量に開設し、ウイグル人を赤ちゃんから中国語で教育する国家プロジェクトを立ち上げたのである。ここに来て、中国共産党の目的はよりはっきりした。つまり、中共の狙いは、ウイグル人はウイグル語を口にすることを完全に放棄し、赤ちゃんの時から、中国語を話さなければならないことである。
シカゴ学派による移民の文化的適応過程に関する研究で、“同化”理論がある。アメリカの「建国民族」を自負するアングロ・サクソン系の人々の言語と文化(社会的制度やライフスタイル)をもって“主流”とし、新しい後続移民はそれを受け入れるのが当然だとする国民的統合の理論である。その過程は“アングロ同調主義”あるいは“アメリカ化”と呼ばれた。中国共産党は東トルキスタンで推し進めている“中国語教育”は、正しくこのシカゴ学派の“同化”理論の中国版であろう。すなわち、中国人(漢族)は中国の支配民族で、あらゆる面においては優れている。東トルキスタンのウイグル人、カザフ人などは少数民族、遅れている。この遅れた“少数民族”が現代社会で生き残るには、中国語を話し、中国人の国家制度と生活スタイルを受入れなければならない。数千年自分たちの国東トルキスタンで、人類の文明発展にも大きく貢献してきた誇り高いウイグル人にとって、中国共産党のこのような考えは正しく歴代中華王朝となにも変わらない、悪名高い“中華思想”の再来であろう。

現在、東トルキスタンのすべての幼稚園、小学校、中高学校、大学で、所謂“新疆ウイグル自治区”という中国の憲法で定められた自治権をもっているウイグル人は、自民族の文化の中核である言葉を勉強する権利が完全に奪われている。東トルキスタンの大学や小中学校で、ウイグル語話すことが禁止されているほどである。正しく言葉の抹殺そのものである。

昨年の10月23、24日チベット人が多く住む青海省で“中国語教育”に反対するチベット人学生の大規模なデモ発生して国際社会の注目を集めた。しかし、東トルキスタンでは軍事管理下に近い状態にウイグル人が置かれ、中国の法律に違反する言語政策は一方通行の形で行われ、これに反対するウイグル人は大量に退職処分か、逮捕されて刑務所入れられる運命に遭い、国際社会の注目になっていないところはチベット人の状況とは大きく異なる。

東トルキスタンは様々な意味において、中国にとっては全く手放さない大地。東トルキスタンの主人公ウイグル人は中国にとってこの地球上で一番存在してほしくない民である。彼らの存在自体、中国共産党とその政府にとって脅威であり、絶滅させなければならない敵であろう。

2011年3月 『中国民族問題』に掲載
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