2012年09月06日

密造時間  

テーマ:インナー・ランド

「・・・すると、あなたのお国では時間は国家の専売なんですか?」
「ええ、そうなんですよ。
水道局と同じように時間局というのがありましてね、
人々に時間の配布を取り仕切っているのですよね。
もちろん一応定額制ですけれどね。」
 
話を聞くと、時間専売の目的は、均質で効率的な高品質時間を
全国民に平等に行き渡らせるためということだった。

「みんな同じ時間が供給されるようになって、
確かに生産性は上がりましたよ。
坦々と働いて坦々と遊ぶ。着実に生産と消費が回転する感じです。
無駄な時間がまったく削ぎ落されて
気持ちよく毎日が送れるようになったと思いますよ。」
 
「無駄な時間はどこにいったのでしょう。誰からも文句は出ないのですか?」
 
聞けばなんでも、均質で効率的な官製時間を嫌い、
自分で時間を密造する不届き者も後を絶たないのだという。

「時間密造者もいれば、闇販売もあります。奴らは怠け者なんですよ。
だって、密造した個人的な時間でもって、ぼーっと物思いに耽ったり、
過去の思い出を追いかけたり、朝寝坊をしたり。
時間を何だと思っているのでしょうね。
 
たとえば夏になればサマータイムでみんな一斉に早起きして、
夜まで働いたり消費したりして社会に貢献する。
それをみんなと違う個人的な怠け時間をてんでんに欲しがるなんて、
非国民ですよ。」
 
「そういう人たちはどうなるんですか」
「密造手段を取り上げられて、
時間局には官製時間の供給を止められてしまいます。」
 
「時間が来なくなるとどうなるのです?」
「さあ、よくわかりませんが、すぐに存在が希薄になって消えてしまいますね。
少なくとも私たちからは見えなくなってしまいます。
時間から切り離されて見えない存在、
まあ幽霊になるようなもんでしょう。
ああ、時間料金の未納者も3か月滞納で供給ストップです。
幽霊になって社会的にも存在抹消というワケです。あはははは。」
 

時間がみな同じように流れることを強制される社会、
時間の無駄は強制的に徴発されてお上や企業に再配分される社会。

 
道元の正法眼蔵にある「有時」(うじ)から
その昔、密造時間輸入組織と時間局との暗闘の話を妄想して
いましたが、ほったらかしていました。
私には「無駄な時間」と気力が足りませんので
誰かちゃんとしたお話に仕立てくれたらいいのですけれど。

 

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2010年11月10日

【過去記事再掲】 聖老人の教え

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前記事につけてもらったコメントで、老後の暴走についての話が出たので、

過去記事から憧れの老境に関する考察の分をここに再掲示して

そのコメントの話の返答としたい。

ま、誰しもたまには早いうちから老境の見通しについて考え、老後の展開に思いをはせてみるのも必要なことだろうと思う。


***


「老人になると、人は何もわからない子供に返ると言うけれど、実はそうではなくて、
より神様に近い子供に育つと言うことなんですよ。。。」

と、言うようなことをゲーテがファウストの冒頭の方でいってたような気がするが、

一方で夏目漱石などは吾輩は猫であるのなかで、「狡猾になるのも卑劣になるのも皆知ることの結果であって、事を知るのは年を取ることの罪であり、老人にろくな者がいないことの理である」、と言うようなことを述べていた。

 

実際見方によってどちらも真実であるけれど(ボケ老人になるか偏屈老人になるかという事かもしれないが)、どういう年寄りになるのかはある程度何年も前の生活習慣として人は選択可能なのかもしれない。

 

実はA君が最近体調を崩し、将来のことを考えることがあったらしく、「将来年取ったらオレは何をして暮らそうか」、などと真剣に悩んでいた。

 
まあ、若いうちから将来のことを考えておくのはいいことなのだろう。
会社のロジックですべての生活が左右され、定年と同時に役立たずの非社会適合者、やたら威張り散らすわりには何もできない世間の厄介老人になるという例もあることだし、まあ若いうちから社会的・会社的でない本来の自分を取り戻す準備はしておくのに越したことはないだろう。


「どうするよ?」

A君は真剣であるが、私もまたとくに明確な将来ビジョンはないものの、根が楽天家で、きっと面白いことになるかも、と根拠のない自信があるので、A君の真剣な悩みも面白い見物である、悪いけど。


そこでたまたま目についたのが駅前のベンチにたむろして、ワンカップ酒片手に
明るいうちからくだを巻く老人の集団である。


それは半分都市ジプシーのような住所も定かでないような老人達が酔っぱらって
口から泡を飛ばし、雑巾を引き裂くような声で互いにののしり合いながら昼間の
酒盛りをやっているのだった。


そこで私はA君に言った。

「ほれ、ああいうのがいいんじゃないか?老後の計画としては。
明るいうちから飲んだくれて、なにやっても大概のことは、

『嗚呼、あの連中じゃなあ』、とみんな見て見ぬふりをしてくれるし、

いったい人はいかに生きるかなんてロクでもない悩みにもきっと無縁で、明日の酒をどう手にいれようかと考えているうちに道ばたで行き倒れてつまらない俗世におさらばできるなんて、ある意味達観や悟りの上を行く覚者、聖人の域にあるのかもしれない。」

  

A君は真面目でないと思ったのか私をじろりとにらみつけたが、かまわずに私は続けた。

「だって考えても見ろよ、あの世には財産も持って行けない。あくせく働いた結果立派な葬式を出して大きなお墓を建てていったい何になる?

 

年取ってからだな、学問にせよ芸事にせよ、極めるには何をやるにももう体力も気力もない、アタマもぼうっとしている、食ってもたくさん食べれないから面白くない、その上長年働いた老人を見る目は、世間も家族も厄介者のお迎え待ちだときた。

 

そんなおまえがいかに生きるか悩みを抱えて残り少ない老いぼれ人生を過ごすくらいなら、すべてのしがらみや悩みを超越して目の前の酒と陶仙峡に遊んで暮らすっていうのは賢い選択でないとどうして言える?

 

そう思えば、彼らは野鳥のように天真爛漫で率直な生をおくってると言えるじゃあないか」

 

そのうちに赤ら顔の小汚い聖老人達は、酒のつまみの配分を巡って「天真爛漫」なケンカを始めたが、A君は呆れたように半分口を開けて、聖老人の群れを眺めていたのだった。

 

さてA君にはいいアドバイスになったのだろうかな?

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2010年10月06日

時間軸 時間塔 東京タイムツリー

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酒とホラの日々。-時間塔

宇宙が始まって以来、膨張を続けていたこの世界に対して無限に供給を続けていると思われていた「時間」は、実は有限であることがわかり、将来的にはあるときストックが枯渇して時間が底をつく懸念が現実の問題として取りざたされるようになった。
広がりすぎた宇宙へ無制限に投じられてきた時間資源がついに尽きてしまえば世界は永遠の停止に陥ることになる。

石油資源の埋蔵量が底を尽く以前に、「時間」の残存ストック尽きて世界に行き渡らなくなる事態を重く見た日本政府は「時間資源」の供給と配分を厳格に管理するために、東京の中心に国内の時間流通コントロール装置である時間塔の建設を極秘のうちに進めていたのである。
この結果2012年春、東京に時間塔がついに完成し、日本の時間はこの当を中心に回ることとなったのだが、すると奇妙なことが起きた。

 
時間を政府のコントロールのもと小出しに配給したところ
塔に近い東京都内の時間の回転は速く、東京から離れて地方に行くほど時の回転は
ゆっくりとしたものになった。そればかりか、遠方では時間の退行すら起きていた。
時間の消費と配給のバランスによって、供給過剰では時間が速く進捗し、
消費が供給を上回ると時間の逆行が起きてしまったのだった。
 
この結果、都内は平成の今を疾走しているのに、長野や静岡のあたりでは高度成長期の昭和の風景が広がっていた。
名古屋や仙台に行くと軍靴の足音高く出征兵士が行進を行っており、
函館では戊辰戦争真っ只中で、下関には英国の軍艦が砲撃を行っていたし、
長崎ではキリシタンの一揆が起きていた。
 
このとき、私はたまたまとある山間の村にいたのだが、

このあたりの東京時間塔からの距離においては
時間の消費と供給のバランスによりどうやら、時が足踏みをしているようだった。


つまり時が足踏みをした世界では、ずっと変わらぬ今日があたりを支配している。
昨日と今日と明日は、常に同じ今日。人々は毎日の暮らしを過ごしながら、
永遠の今日にとどまり続ける。 
 
今日の暮らしと明日の暮らしが変わることはなく、日々の生活が淡々と毎日繰り返されていく。私の場合には朝起きて日を拝み、畑仕事と読書の後に夕餉を囲んで床につく日々の暮らしこそが、毎日のすべてであり信仰であり、人生そのものとなったのだった。。。





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2009年01月24日

愛と拷問の映画館

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大人になってからというもの、いつもやたら忙しく、ゆったりと過ごすなどということは、モナコに別荘を建てて毎日王侯貴族とパーティーをして暮らしたい、ということと同じくらいの手の届きそうもない単なる憧れの域に去ってしまったような気がすることがある。

  

それ故に子供の頃を懐かしむこともあるのだが、実際わたしの子供の頃は今の子供達のように塾やクラブに追い立てられるような事はなかったから、様々に自由な想像を働かせるゆとりがあったとことは確かだ。現代の子供やスケジュール中毒症の大人たちのように、自ら密雑なスケジュールの繁忙の中に逃げ込んでは、これが人生の充実だと「錯覚」することに慰めを見いだすような種類の「精神的貧困」に陥ることがなかったのは幸いだ。

  

しかし子供の時分にそんなことを考えるはずもなく、実際は子供の頃は退屈こそが大きな問題だった。
夏休みや冬休みなどには時として巨大な暇をもてあまして圧倒的な無為と向きあうことに多少の苦痛を感じていたのも事実である。

   


 
そんな子供の退屈を思いやったからと言うわけではないだろうが、長期の休みの前には小学校で市中の映画館で上映される教育委員会推薦映画の優待割引件がよく配布されていた。映画をみて暇つぶしをしろというわけでも、映画を見て情操教育の足しにしろという意図も無いわけではなかったろうが、単に地元の商店街と教育委員会のタイアップだったと思うが、いずれ退屈をもてあます小学生としてはいくらかは暇つぶしのネタになったの確かではある。

  

どうせ、映画館としては最新の人気映画は配給を受けるにもコストがかかるから、名画と称したすり切れた古映画のリバイバルでも「教育委員会推奨と銘打って割引券を配る子供だまし」で小銭を稼げれば、スクリーンを遊ばせておくよりはいいという営業的配慮だったのだろう。実際、教育委員会推奨映画は子供にはいつもあごがガクガクするくらいつまらなかったが、それでも長い休みの一日友達と集って映画館に出かけて行くのはちょっとしたスペシャルなありがたいイベントだった。
  
ある冬休み、いつものように映画の割引券が配られたが、なぜかその映画は「007」だった。
「007」が小学生にとって教育的にどのような意義があるのかは疑問だが、小学生だったわたしの第一印象は「うへっ、またハズレだよ」である。いうまでもなく「007」はチャチな発想とご都合主義と色気過剰な女スパイと情けないガジェットの道具をミキサーにかけて出てきたクズ映画シリーズだが、商業的には続いているのだから、子供はだませなくともなぜかだまされて喜ぶ大人は多いらしい。
 
「007」など映画館で見たのは後にも先にもそれ一度きりだが、問題は同時上映の映画である。映画館に行った小学生は驚いた。なんと併映は「エマニエル婦人」であった。いや正確には「続エマニエル婦人」だったかもしれないし「帰ってきたエマニエル婦人」かもしれないし「エマニエル婦人大行進」だったかもしれないが、いずれにせよ一世を風靡した有名なポルノの再上映であったのだ。

   

どうしてそういうことになったのかはわからないが、田舎の映画館が余剰スクリーンに余り物の古映画を突っ込んで時間のつじつまを合わせるのに適当な在庫がたまたま「エマニエル婦人」だったのかもしれないし、映画館では「教育委員会推薦」の意味を「教育委員会の木っ端役人を招待すること」と勘違いしたのかもしれない。
   
男子小学生はこの思いもよらない「幸運」に喜んだが、映画館の切符売り場でとがめられてはすべてが水の泡と思い、喜びを胸の奥深くに押し込みひたすら真面目で純真な小学生が「教育委員会の推薦で」やってきたのだというスタンスを淡々と貫いて入場したのだった。
 
だが、結論をいえば、期待の「エマニエル婦人」は「007」のジェームズ・ボンドと同様にというかそれ以上につまらない「ハズレ」だった。ストーリーの展開は遅く、場面の設定は訳が分からず、思わせぶりな会話が延々続いた挙げ句、やっときた肝心のシーンはハサミが入って画面のどうでもいい部分が切り貼りされていた。
 
この結果小学生らは「007」から続く退屈をもてあまし、終演までの時間を薄暗い館内の狭いイスの上で格闘するかつてない困苦を堪え忍ぶことになったのだった。
確かにみんな外でボーッとしていたり遊んでいるほうがどんなにかまだましだと思ったものだ。

    

「エマニエル婦人」と「007」という教育委員会の選択は、退屈と不自由に思えた子供の時代を抜け出して大人の世界に達しても、そこは子供が思うほどのパラダイスではないことを教えるための教育的配慮だったのだろうか。


  

やがて大人になった私はひとりで無為な時間と向き合うことが何の苦痛でもなくなり、何もない時間に心を自由に遊ばせることこそ何よりの贅沢とも思えるようになった。
一方で現代の多くの人々は単なるヒマをレジャーやゲーム・テレビなど様々な雑物で埋めようとするが、それは雑物に自分の自由を預けて自らわざわざ不自由
になることでもある。


今にして思えば私たちの子供の頃の様々なヒマと闘う経験は、実は何もない時間と空間でいかに自分と向き合うかを学ぶ貴重な体験だったような気がする。
現代の忙しい子供達が何もしない時間の意味を問う体験のないまま大人になるとしたら、なにか大切なものを学ぶ機会を逸しているのかもしれない。







 

 

 

  

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2008年12月21日

雨降りお月さんの紡ぐ物語

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酒とホラの日々。-半月

かつて月の運行と降雨との関係についての研究というものがあって、これはアメリカにおける50年間にわたる期間と一万回あまりの降雨との膨大な統計に基づくものである。その結果、降雨の量は新月と満月に遅れること3、4日後に極大となり、雨と月例には明らかに有意な相関が確認されたとのことだ。


にわかには信じたいような結果だが、昔から船乗りや漁師・農家のあいだでは月齢と天気の関係についての言い伝えは多数あったようだから、長年の経験的な伝承が統計的にも無視できない裏付けを得たことになる。


もっとも大気に対する月の潮汐力の影響は100分の1へクトパスカル以下で、他の要因のノイズとくらべても無視できるような軽微なものであるから、直接的に月が大気の流れを変え雲を起こして雨を降らせる力があるとは考えにくい


そこで先の統計よりはるか昔に、やはり雨と月の相関に関心を寄せた哲学者のカントなどは、大気のさらに上空に熱や光のような重さのないエネルギー体があって、このエネルギー体に及んだ月の影響が間接的に大気に変化をもたらすのだと考えていた。基礎科学も未熟な時代によくこんなことを考えついたものだ。


一方最近の研究では大気中の氷晶核濃度の測定から、どうやら宇宙を吹き流される流星塵が月に跳ね返って地球に降り注ぎ、これが氷晶核となって降雨をもたらすのではないかという仮説も考えられてきているようだ。この流星塵が降り注ぐのは月が太陽と地球と正対する満月と新月の時に最大となり、この流星塵のシャワーに遅れること3・4日で地上に雨が降るのだ、と。

(結果的にカントの間接影響という仮説にも通じるものがある。)


広大な宇宙を漂よう流星塵が月によって地球に降り注ぎ、微細な星くずは雨滴の核となって水分を凝集して地上に雨をもたらす。雨は恵みと時に災難をもたらし、また雨が人のそれぞれの日常に人生の転機ときっかけをもたらすこともある。

だからこの転機の起源は月の運行と流星塵なのだとしたら、私たちの日常とは大宇宙を舞台にしたスペースロマンの末端にほかならないということだ。
 
いつも目先の利得や世事の義務に汲々として忙しい私たちだが、時には夜空の月を眺め、宇宙の運行現象の一部として私たちの人生にを思い巡らせ、悠大なスペースオペラの一幕としての自分の物語を生きてみよう。 

 

 

 





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2008年12月14日

あの人たちを見よ!、 いずれ私もあなたも青年の部Cになっていく・・・

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                       (日本の男性ファッションと休日の服装についての考察)


少し前にチョイワルおやじだのが話題になって、勘違い人間が少々出回ったことがあったが、定着することはなく無理やり気味に作られた一過性のブームとして消えてなくなったのは喜ばしい限りだ。 
 
乗せられて踊った「チョイワルおやじ」「チョイバカおやじ」であることにみんなうすうす気づいていて、これは嘲笑をもって見られる存在だったせいでもある。
 
もともとが、そして依然今でも、カジュアルの服装に気を使うのが下手だといわれる
日本の成人男性にはおしゃれな装いは少々ハードルが高かったのだろうか。
 
たしかに、休日に車乗ってパチンコ行くくらいしか能のない人間に、おめかしして出かけるところなどありはしないだろうし、下手に雑誌のおしゃれを真に受けたら、横丁の商店街に海賊ファッションのバレリーナが出現したり、電車の中に怪傑ゾロや月光仮面が現れるようなことにもなりかねない。
 
だが、だからといって日本の男性に休日着や普段着の文化がないというのもまた誤りである。    
 
辺りを見回してみると近所を歩くのはジャージに運動靴の年寄りばかりだったりするし、駅にいるのももいかにもおじさん然とした背広に替えズボンと革靴のおじさんだったりするし、
これがたとえディズニーランドに行っても、やっぱりジャージにサンダル履きのおじさんがコンビニ袋提げて歩いていたりするのが日本という社会なのである。 

 

私の記憶する限り、この光景の基調となるおじさんの風体は二十年以上前も今もガンとして変わっていない。
  
お分かりだろうか、日本の男性には日本の男性のカジュアルスタイルがあり、休日着があるのだ。 これこそが日本の風土と社会的環境の中で、日本の男性自身が長年はぐくみ醸成し、築き上げた堅固なファッションスタイルなのである。

 

だから、ジャージにサンダル履きや、着崩した背広に運動靴、裸足に黒革靴などなど、どれも日本の培った男性モードとして世界に誇るべきファッションであるのだ。 


こうした日本の環境と歴史を無視しておじさんたちをおだてて変に着飾らせようとしたから、チョイワルおやじはチョイ馬鹿おやじになってあざけられてしまったのである。 
 
つまるところ、私たちは日本の既成の男性ファッションをもっと肯定的に捉え直すべきなのかもしれない。

 

即ち、ジャージに靴下はいてサンダルはいてショッピングに出かけてもいいではないのか? 汚い素足に黒皮のローファーはいて背広着てもいいではないのか?
背広にジャージのズボンと運動靴で(ついでに野球帽もかぶって)レストランに行くのも、・・・それは日本では(おしゃれとして)ありなのではないのか?
  
* 
 
これはひとつの考察であるので、ここまで言っておいて悪いけれど、私は自分に何が似合って何が似合わないかよくわかっているので、今も(まだ青年の部Bだが)、将来も、チョイ馬鹿おやじファッションも伝統的な日本のおじさんファッションも私はきっと死んでもできないだろうと思っている。

 
本来、ファッションは一般論ではなく、個人ごとの個性に基づく具体論であるべきだから自分で自分を知って自分で身なりに気を使える人にはファッション議論は不要であるのだ。 



そんなオシャレのわかる男、わたしの普段の服装とは、、、


  こうだ!

酒とホラの日々。-わたしの普段着











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2008年05月07日

今を生きることの奇跡

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人は金や物には自分の取り分を声高に主張するものだが、時間については無頓着なことが多い。金のことならたとえどんなに小額でも小銭ひとつ落とせば血相を変えるのに、ことが時間となると、無限に所有するかのごとく惜しげもなく垂れ流し、放蕩して平気である。

 

時間を‘つぶす’ためにパチンコやテレビにかまけては日常的なだるさに身をゆだねる。。。
将来に期待できることも確かでないのに、だらだらと付き合いで残業して疲れ果てては、無気力に過ごす。。。 
それでも明日のことなどわからないとうそぶく人間にも、ただひとつだけ確実な未来の真実がある。それははいずれ死が訪れるということだけだ。

  

徒然草の例を引くと、こんな言葉がある。

 

  「若きにもよらず、強きにもよらず、おもひがけぬは死期なり、

  今日まで逃れ来にけるはありがたき不思議なり」

 

これは年寄りの兼好法師らしく、視点が現在から過去を眺めやる形での警句であるが、同じようなことの、別の言い方に出会った。

 

  「明日が来るというのは奇跡。それを知るだけで日常は幸せ」

 

命ある時間の希少性、を現在から未来への視点において語るこの言葉もすばらしい。ほんのすこしだけの未来を、あとすこしだけの明日をと、望んでもかなわず24歳という若さで癌のため亡くなった女性(余命一ヶ月の花嫁としてTBSの特別番組にもなって今日も編集版を何度目かの再放送していたのでご存じの方も多いことだろう)の言葉である。

  

視座は違ってもどちらも今日いまここに命あることの貴重なこととを伝える点は同じだ。


人生においては無限の時間を望めない。 私たちにできる最善のことは、明確な意識に基づいて今ここを生きることだ。過去に引きずられて今日を失うことではない。明日に期待して今日を放棄することでもない。



 

 

 

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2008年02月21日

ねぼうの効用

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一時間寝坊した。
平日で、会社にも行かねばならない。
しまった、と思ったが慌てても仕方がないし、慌てるような私でもない。

なんといっても学生のある時期毎日非常に眠く、
一日4時間しか起きていなかったので「ナポレオン」と言われていた私である。
(つまりしばしば20時間は寝ていた)

その後会社に入ったら二日あわせても4時間寝るのもままならず、
川の向こうのきれいな花畑で女の人がおいでおいで
手招きしているのも見てきた私である。

この結果「自分の時間を仕切ることができるのは自分だけ」という意識が
はっきりしているので、この日のようなときは時計によって仕切られ
社会的に強制される時間はまったく重視しない。

結局会社には2時間遅れてついた。もちろん、誰も文句など言わない。
(それは日ごろの勤務振りのせいでもあるが)

それはともかく、この時期1時間遅いと、起床も活動の開始も
体が非常に楽だった。

会社に着いても妙に体が楽である。
なんでも、人間の生体時計の一日は25時間なので、
24時間で一回りの社会的リズムに無理にあわせることで
様々なひずみが起きている、という話を聞いたことがあるな。
信憑性のほどは知らないけれど。

してみると、生体時計優先の体に優しい生活者としては、
ある日、夜12時に寝て翌朝7時に起きていたら、次は夜1時に寝て朝8時に起きる、
さらに次は夜2時に寝て朝9時に起きる。

 
これを続けていくと当然夕方5時に寝て夜の12時に起きて学校に行く
なんて事も起きてくるわけで、一般の社会的生活にはなじみにくい。
それに私のような者は、早く起きようと遅く起きようと、夜眠くなる時間は同じだったりするものだから
1時間遅く起きたら1時間遅く寝るなどというワザが通用するはずがない。

要するに、朝起きられないのは人の生体リズムが一時間ずつ後ろにずれていくというわけではなくて、
朝日の昇りきらない寒いうちから動き出すのは体に悪いということだろうか。
するとどうせなら、サマータイム法案なんて愚にもつかない一斉早起き運動なんかより
冬時間、ウィンタータイム制を導入してもらったほうがありがたい。

地理的にも暑さの質もヨーロッパより東南アジアに近い日本サマータイムをやろうというと、生理的にも受け入れがたいうえ、一斉早起きはどうせ誰かの儲けのためという意図が透けて見えるから、嫌悪感をあらわにする人はとても多いが、気温が少し上昇してから活動できる冬時間・ウィンタータイムなら、まだなじみやすく導入も容易かもしれない。

  
さらに春になって冬時間から平常時間に戻すことは、結果的に相対的サマータイムの実施のようなものだし、うっとうしい嫌われ者のサマータイム導入論者も、ここはひとつ発想の転換でウィンタータイムに方針転換してはどうだろう。


私はどっちにしてもサマータイム導入なんかには賛成しかねるが、フン。

 

 

 

 

 

 

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2008年02月09日

真夜中の出来事

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残業を終えて遅く会社から帰ると、細君がお帰りの挨拶もそこそこに洗濯機が壊れたと訴えてきた。昨日までは順調に回っていたはずだがこの日突然ウンともスンともいわなくなってしまったらしい。電気屋やメーカーに連絡しても修理は3、4日後に整備員が来訪して点検の後、見積もりをとってから判断してもらうとのことで、日々洗濯物は出てくるのだからそんな悠長なことには付き合いきれないと、細君はまたひとしきり不平を訴えるのだった。
  
「まだ、これ買い換えてから5年くらいだろう? 普通洗濯機の耐用年数なんて10年以上はあるんじゃないのか。まだ新しいの買うという気分じゃないよなあ」
「それはそうなんだけどね、毎日出てくる洗濯物がたまる一方だから困るのよ」
「なに、昔なんか雨が降ったら洗濯物はお休みだったわけだし、洗濯自体もたらいと洗濯板で手作業していたわけだから、どうしても急いで始末しなければ困るものだけちょいちょいと洗えば3日や4日くらいなんとかなるだろう」
「あのね、この洗濯機は9キロいっぺんに洗えるの。洗濯物の量も昔とは違うし、それに3日たって見積もりもらってそれじゃ修理にまた3日とか言われたらどうするのよ」
「洗濯物を出さなきゃいいのさ。毎日洗わないと困るような下着だけならたかが知れているし、何ならオレが踏み洗いでもたたき洗いでもしてやってもいい」
「結構です。あんたみたいな大雑把な人間がやったら、デリケートな下着もみんなたちまちボロ雑巾になるのは目に見えてるわ。それよりも問題は脱水よね。たいていは手洗いで何とかなるにしてもこんな大きなシーツやバスタオルなんか絞るのも一苦労だわ」
「んん、それはオレが何とかしよう」
「あんたのその馬鹿みたいな握力で絞るのだけはやめてよね」
「おまえはまたそうやってひとを野蛮人みたいに言う。もっと科学的な手段を使うから心配するな」

    

私には勝算があった。洗濯機はともかく脱水機の原理は単純で、遠心力で水気をふき飛ばしてやればいいだけのことである。私は早速簡易脱水機の製作に取り掛かったがつまりザルをひとつ用意し、適当な長さの紐を三本ほど結びつけるだけのことである。このザルにぬれた洗濯物を入れて紐の端を持ってぐるぐると振り回せば水分は飛ばされて脱水が完了するというわけだ。私は作りながらもザルを振り回す腕に力が伝わる様子が想像されてなんとなくわくわくしてきたものだった。
  
あっという間に完成した人力脱水装置と洗濯物をもって表に出ると、この晩は切れ切れの黒い雲間に下弦の月が出入りする暗い夜だった。
  
「ほどほど暗くて、試運転にはおあつらえ向きの空模様だな。明るいところでこんなこと近所の人に見られるのもナンだからな」
「ねえ、本当にやるの?やっぱりやめようよ」
「何を言うか、どれもこれも洗濯機が困れて困っているお前のためじゃないか。まあ、あっという間に絞り終わるから見ていな。ん、これはちょっと紐が長いからちょっと広い場所が必要なのが難点だな・・・」

  

私は家の前の道の真ん中に立つと、そろそろとザルを回し始めた。いい年をした大人が夜中に通りでザル回しである。これは人には見られたくない。

 
だだ、脱水は快調でたちまち飛び出した水がしぶきとなって道路や家の壁に当たる音がする。これはイイ。調子に乗った私は最後の止めのひと絞りとばかりにさらに回転速度を上げたのだが、そのとき突然ザルが軽くなった。え?と、紐の先を見るとなんとあるはずのザルはなく、なにやら謎の飛行物体が暗い夜空に放物線を描き家の屋根を越えていくのが見えたのだった。さらにその飛行物体は家の屋根を越えるあたりで外側の半球状のカプセルと内容物が分離し、内容物だけがさらに遠くを目指して飛行を続けていくようだった。
  
その直後にどん、と鈍い音がしたのは裏の家の雨戸に内容物が命中したのだろう。

 
「・・・あーあ、アレ私の下着もはいってたのにどうするのよ!」
「ん、今日は暗いし、もう家に入るか。捜索隊の活動は明るくなってからにするか」

 

などといいつつ家に入って片付け物などを始めようとすると、なにやら裏の家が騒がしくなってきた。なんだか人も集まってきた気配もする。これはいつまでもほうかむりしているわけには行かないようだ。仕方なく恐る恐る裏の家へ回ってみると、なんと裏とその両隣の人たちばかりか、いつの間にか警察までやってきているのだった。

 

これはなにかとんでもないことになったのだろうか、謝りにきたはずがうろたえて足のすくんでしまった私だったが、そこで近所の人たちから聞かされた事の次第はこうだった。

裏の一家が夜中、二階で就寝中に不振な物音に気づいてすぐに起きて雨戸を開けてみたところ、なんと泥棒が干してあった洗濯物の下着を盗もうとしているところだったのだという。もっとも雨戸を開けて外を見たときにはすでに泥棒の姿はすでになく、あわてた泥棒が放り出していった下着が二階のベランダの雨戸の前に散らばっていたのだということだった。
 
「あの散らばった洗濯物は、絶対に泥棒のしわざよ。最近隣の町内で下着泥棒が頻発していたっていいますでしょ。この辺も物騒になったわねえ」
「・・本当に怖いですねえ」

 
ひとしきり泥棒を非難し、被害の品を確認した後(なんと我が家も被害にあっていたのが判明した)、警察の事情聴取などに協力したのは良識ある市民としては当然である。
  
こうして夜中の下着泥棒騒動がひとまず終息して家へ戻ろうとすると、並んで歩く細君がいたずらっぽい笑みをたたえて言った。

 
「あの下着泥棒、捕まるかしらねえ・・」
「・・さ、さあ、どうかなあ」

 
その時夜空に糸引いて飛ぶ洗濯物の残像が見えたような気がして、あわてて空を見上げると、いつの間にか雲は晴れていて、明るい月が全天を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

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2008年02月01日

二月といちごとバレンタイン

テーマ:インナー・ランド



2月の第一日目、繰り返し流れる農薬の混入された食品のニュースを横目に会社へ出かけた。
中国では出荷される製品の半数が残留基準を守らない毒菜と呼ばれる危険な作物だという話もあるらしい。まさに『チャイナクリスク』。 昔映画にもあった 『チャイナシンドローム』とは暴走した原発のメルトダウンだったが、日常口にする食品のリスクもまた同様のレベルの危機感を覚えずにはいられない。
 
昨年のアメリカで中国製品の排除を売り文句にした「チャイナフリー」の表示が出てきたときにはなにかヒステリックなものを感じたものだったが、今度は日本でもまじめに考えねばならないのかもしれない。もっとも日本では「中国産原料非使用」ではなくて「国産品」の表示となるだろうが。
 
相変わらず毒物混入食品のニュースがディスプレイに流れる電車に乗ってジェームズ・クネンの『Strawberry Statement』を読んだ。この本(邦題は「いちご白書」)を買うのは私の半生においてこれが二度目だ。
ジェームズ・クネンがこの本を書いたのは確か19のときだったが、一度目に私がこの本を買ったのは私がクネンの執筆年齢に達するよりまだもっと若い歳で、角川選書の黄色を基調としたカバーの美しい本だった。装丁が気に入ったのと、憧れの60年代後半の空気と反体制の活動家について回るどこかしら知的な気分だけがその購入の理由だった。

だが、一度目の本は結局読みもせずにどこかに紛れてなくなってしまった。

 
大学紛争に象徴される反体制運動の当事者は私のはるか上の世代で、その映像を批判的な観点で見せられて育った私たちは、当時の文化や知的な議論にあこがれつつも迷惑なことをやったものだという印象があって、彼らに全面的な共感を持つことに抵抗があったかもしれない。
それがいちご白書を読む妨げになっていたのだろうと私は思っていた。 
  
だが読まずに本をなくしてしまってから何年かが経って、そんな身近で起きる反体制運動や衝突への抵抗の薄まった今初めてこの本を読んでみると二十歳前後の若者のみずみずしい日常の描写にたちまち引き込まれてしまった。大学紛争は大きな事件でこの本の書かれた動機でもあり主なテーマではあるけれど、この本の魅力はクネンが見聞きし過ごす日常そのものと若い感性の躍動にある。
 
友人との会話、親との確執、ヒッチハイク、行きずりの人、女の子のうわさ、デート、なんでもない風景、社会へ憤ること、突然誰かを好きになること・・・。
歳をとってすれた人間には取るに足らない日常の一場面も、柔らかな感性にかかるとみな新鮮で、ありきたりの場面のどれもがみな朝のようにみずみずしい。

ページの向こうには二十歳のころの感覚の懐かしさとともに、私ももっと感じておくべきことや、やっておくべきことがあったのではなかろうかという気分もついて回るようだった。だから二十歳のころの記憶はいつも甘酸っぱいのだろう。 



ぼうっとして本から目を上げると電車内のディスプレイのさっきのニュースは一段落していて、今度はこの時期らしいバレンタインデーの広告が次々と流れていた。広告はどれもチョコレートと告白を巡るドラマ仕立ての映像だった。
 
私にはもう今さら何のしがらみも思惑もなくただひたむきに誰かを好きになることは難しいかも知れないが、断りなく誰かを好きになったり、誰かに好意を告げられることの当惑やためらいを思い出して、どちらも今の自分だったらもう少し上手くできただろうになあと、ほんの少し残念に思って電車を降りた。



 

 

 

 

 

 

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