2012年10月27日

秋風とネコ的自由

テーマ:散歩
$酒とホラの日々。-ネコの自由

秋の日の射す朝は少々遠回りをして
公園の裏の野道をかき分け、神社の中を通り
まだ眠たい商店街を眺めて秋の空気に触れて会社へと向かう。

このルートでは道すがら、たいてい猫部隊に会って挨拶をすることになる。
三毛、サバとら、デブ猫、仔猫、高価そうなペルシャ猫みたいなのもいる。
愛想のいい猫もいれば、器量の良い猫もそうでないのもいて個性豊かだが、
どの猫も特定の飼い主がいる訳でもなければ、かといって野良でもない。

いまは地域猫とかいって、神社や商店の近所の人が面倒を見ているのだ。
完全な飼い猫でもないから、どこかちょっと薄汚れたような感はあるが、
そのすすけた分だけ飼い猫よりはのびのびとした気概を漂わせるような
自由で誇り高くも人なつこい猫たちである。
 
ある時など、神社の境内に立っていたところ、
どう見てもペルシャ猫系の、つまり高そうな風貌をした、それでも
しっかり半ノラのぶんだけほこりっぽい猫が足元にやってきて
仰向けに寝そべった。
そこで私は、腹をごしごしとなでてやったのだが
猫も私もまんざらでもないような、なにか義務を遂行しているような
みょうな具合に思えたものだった。
 
一見、愛想を振るう猫とこれを愛玩する人間の図ではあるけれど、
たまたま私がその場にやってきて居合わせただけの仲である。
ひょっとしてあれはあの猫、地域猫としての、
そこらを徘徊する人間への「お仕事」だったのだろうか。 
 
安穏そうな猫暮らしに見えるけれど、
時には嫌な人間の相手をすることもあるだろうし、
地域猫としての気苦労もあることだろう。
猫たちは猫としての最低限の自由を守りながらも地域猫を務めつつ
毎日の糧の確保に困らないという自由をもまた得ているのだろうか。
 
してみると、日々仕事につながれ、つまらないストレスに
追い立てられつつも、それで経済的自由を確保しているという、
人間ももまたこいつらと似たような境遇であるようだ。
 
社会生活に追われる中でで忘れがちだが、
人もまた猫同様に自由気ままに生きられる。そう生きている面がある。
ただ、ネコ同様、経済的自由を獲得するために
ネコ的自由をちょっぴり切り売りしているだけなのである。
 
人はもっと自分の生きるネコ的自由の方に目を向けるべきだろう。

 
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2012年10月19日

「変」は「恋」の代用品となるか

テーマ:本読み
 $酒とホラの日々。-姉の結婚
『姉の結婚』 西 炯子/小学館  

たまたま読む機会があったが人気マンガであるらしい。
主人公の中年女は失敗経験豊富でいまだ独身、しかも恋愛封印中。相手の男は中学の同級生いしてイケメンでエリートの大学勤務医だが家庭持ち。この男のストーカー的強引なアプローチで二人の関係が進展していく。
 
ただ、こうした不倫という現実を嫌う女は、男に金を要求することで経済的愛人関係を装い、自らのやましさの言い訳としている。不倫するよりも淫売の方がまだましという理屈だ。
 
それでも本当は男にどうしても心ひかれていくのに、過去の体験やプライド、やましさ、もう若くないわが身の立場にとらわれて、女は一途な恋愛からは目をそむけざるを得ない。嗚呼、そんな状況の中で揺れ動く彼女の行く末は・・・。

* 

かつて石川達三が彼の小説の中で言っていたが、中年の恋愛は単刀直入にまずヤルことだ。若いころのようなときめきと迷いの甘美なロマネスクに身をゆだねることだけでは中年恋愛ストーリーは成り立たない。その意味でこの漫画は中年恋愛ストーリーの基本を踏まえ、主人公の男女が逢引しては即ヤリまくることを中心に据えている。そのうえで、中年ゆえにこれまで背負い込んだ一筋縄ではいかない経験や傷、家庭や職場の面倒な人間模様を周囲に配して話にふくらみをを持たせている。
  
この通り恋愛とはいってもドロドロ不倫ものなのだが、絵柄も背景ももおしゃれに、生臭い場面にはギャグ的要素をちりばめ、不快感を感じさせずに読ませてくれるから娯楽作品としてのツボはしっかり押さえているのである。

これは昼メロ的恋愛物語の王道だ。勝手に感情移入して楽しむのもありだが、所詮は他人の不倫沙汰、しかもマンガ、それ以上のものではない。物語の「恋」にときめくというよりも、他人の「変」をおもしろがれば良いのだ。それ以上のものを期待して批評するのはお門違いだが、単純に大人の色恋物マンガとして楽しめる。
  
古典の昔から現代のテレビの昼メロ、女性週刊誌の下世話な三文記事に至るまで、我が国では不倫スキャンダルの娯楽文芸は盛んだが、昔はどこが面白いのかさっぱり分からなかった。だがこの年になってようやくその「変」の楽しみ方が分かってきたかもしれない。


 

 
 
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2012年10月16日

秋の楽しみ

テーマ:秋探し
$酒とホラの日々。-10月の雨2
 
暑いときには永遠に続くと思われたあの夏も、
去ってしまえば昨夜の夢にもおなじ。
つい昨日までそこここにあった前季の名残は
紅茶の中の砂糖のように見る見る間に形を失って
秋の色に溶け込んでしまった。
ひと夏をにぎわせた百日紅の赤いちりめんに代わって、
こんどはオレンジの金木犀が芳香を放ち、
今が秋の中央であることを告げている。

いい季節だ。
乾いていく空気の中では強い日差しも
しつこくまとわりつくことはないし、
夜の空気はしんとして深い眠りを誘ってくれる。
そしてまた翌朝の冷気には日ごとに深まる秋を感じることになるのだ。
 
いい季節ではあるが、この時期がこの先へ冬へと下る
短い時間のことはみんな知っているし、
そのためにことさら私たちは秋をいとおしむ。
 
どうも私たちは事物の永遠性に生の基礎を置くことができないらしい。
はかなげな命の揺らめきと、滅びの予兆のうちに美を見出しては
これを生の、ひいては事物世界の本性とする感性を私たちは持つ。
おそらくこの無常観こそは生の底を流れる古くから共通の感性で、
あたかも通奏低音のように神代より代々人々の生を通底して
響いている感覚であるのだろう。
 
それゆえ何でもない自然変化の眺めのうちに
人は神性だの仏性なりを見出し、
これに「生かされている」わが身わが世を感じるのは
自然の道行であるのかもしれない.. .。 

いずれにしても秋は楽しみが多い。
暑さ一色の夏にはあきらめていた遠出や野外行事もできれば、
読書も勉強にも意欲がわくし、年初に仕込まれた酒も
夏場を越して角が取れて旨みを増してくる。
実りの季節で食い物の豊富なことは言うまでもない。
 
もちろん楽しみも食事も季節同様はかないものだが、
それでも秋の恵みのはかなさのうちになにがしかの美を見出せたなら、
その瞬間はきっともっと大きな世界とつながっている。
 
 


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2012年10月06日

郷傑と小さな変化

テーマ:原発と共存はできない
$酒とホラの日々。-Local Hero

ローカル・ヒーローのDVDとサントラCD
 
1983年のイギリス映画『ローカル・ヒーロー』は一風変わった映画だ。
アメリカの石油会社が大西洋に面したコンビナートの建設のためスコットランドの片田舎に白羽の矢を立てる。石油会社の若いエリート社員のマッキンタイヤは社長の命を受けて地権者の村人と交渉に乗り込む。
コンビナートができればのどかな風景は破壊され、村人は家も仕事も放棄して立ち退かなければならない。交渉は難航するかと考えそうなところだけれど、田舎暮らしからおさらばできると考えた村人たちは内心ほくほくソロバンをはじいて、ポイントは金額交渉だけの様相。だが、海岸の広い土地を保有する偏屈な老人ひとりが、のらりくらりと、しかし頑として応じない。交渉にあたるマッキンタイヤと代理人、それに村人たちのフラストレーションが高まる中、石油会社の社長がヘリで乗り込んで偏屈老人と交渉にあたるのだけれど、二人には不思議な友情が成立する。
そして巨大コンビナート計画は新たな展開を見せる・・・。



私たちはどうしても開発と環境保護の切り口で見てしまいがちなのだけれど、この映画にはユーモアや遊びの要素がたっぷりと盛り込まれている。
  何もないけれど、静かで美しい浜辺の村。
  みんな仕事を掛け持ちして何とか暮らしているのだけれど
  それぞれに人生を楽しむ村の人たち。
  若くて自信たっぷりでアメリカの都会暮らしを満喫していたのに
  村の暮らしに次第にひかれていくエリートサラリーマン。
    (私としては、彼の個人的な価値観の変化が面白い)
  神経症で天体観測だけが心のよりどころの石油会社社長。
  スコットランドの美しい白夜。
  獅子座の流星群、夜空を覆うオーロラ。
  メルヘンなまでにぼろい浜辺の掘っ立て小屋。
  そこに住む由緒正しい偏屈老人。
  若い女性海洋学者と人魚・・・
 
何よりマーク・ノップラーの音楽がいい。私もこの映画を見ようと思ったきっかけはライブで聴いたこのテーマ曲が好きだったからである。 

開発と環境保護、経済発展とのどかな暮らし、対立する問題に目をやれば見ようによってはとても深刻なテーマではあるけれど、映画がとてものどかに見えてしまうのは、ユーモラスな作りもさることながら、ひとつには映画よりも、今現実に私たちの向き合うの原発経済と暮らしの不安の構図のほうがもっとドロドロしているからでもある。

そこで私たちはこの映画に経済開発と相容れない平穏な田舎暮らしの二つの選択肢とはまた違う、社会と個人の第三の道を映画にかぶせて夢見てしまうのだが、これはたわいもない大人のファンタジーだ。たわいもないけれど原発経済と反原発の先鋭な原理主義的二項対立で行き詰る今こそ、どこかひかれるファンタジーである。



映画のラスト、新たな展開を見せた開発計画によりマッキンタイヤはお役御免となり、アメリカに戻ってビルの林立する都会を呆然と眺める。バックに流れる非常に印象的なエンディング音楽(ゴーイング・ホーム)が終わると、場面はスコットランドの村にもどって、村に一つしかない電話のベルが鳴りだす。
・・・マッキンタイヤからに違いない。






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