2010年12月25日

クリスマス済んで繰り越す古手帳

テーマ:冬景色


酒とホラの日々。-アフタークリスマス

今朝は寒波が流れ込んで
白い息が凍り付きそうなほど一気に冷え込んでいた。

昨夜からの雪でホワイトクリスマスとなった
ところも多いことだろう。

 

イブの賑やかさから明けて黙々と
手帳の繰り越しなどをしていると
もう一年経ってしまったのかと改めて
飛び去る歳月の早さに感心してしまう。
 
私の手帳はスケジュール帳でもあるが、
誰かの予定に振り回されるのはごめんだから、
自分のやりたいこと、実現したいことをどんどん書いていって
それにあわせた行動を具体化していく。

押しつけの予定は残った余地にしか書かない。
当たり前のことだがこれが、自分の身の回りの人生を
快適にコントロールする基礎だ。

 

今日はクリスマスで年賀状の正規受付の期限だったらしい。
仕事の御用納めはまだだが、出入りの関係各社の挨拶も
だいたい先週のうちに済んでいるから
あとは清々と年の暮れを過ごし、新年を迎えるだけである。




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2010年12月23日

実感がないけれど今年ももうすぐ暮れていく

テーマ:生き延びる

今日も東京は快晴でこの時期にしては気温も高く、あれ?もう春になるんだっけ?と錯覚を起こすほど季節感がない。もう歳末なのであるが。それにしても今年はリーマンショック以来の大不況という社会的病が膏肓に入るのを目の当たりにして不景気な話題に追い立てられた一年だった。
 
世間では恐慌という言い回しはまだこの先の底にとってあるようだが、いつまで経っても持ち直さない景況とあまり危機感の無い世間の空気を見ていると、よけい漠然とした不安にとらわれることもある。だから何かやっているかというとそうでもないのだけれど、この先は日本も世界の大部分も「生き残り」が私たちの最大の目標になることもあるかもしれない。そんな漠とした不安を抱えた年の瀬でもある。
 
その恐慌と云えば有名なあの1929年の大恐慌だが、そのあと歴史の教科書などではよく経済社会の立て直しとしてアメリカがニューディール政策などを行ったことなを目にしたことと思うが、その成否についてどうなったのか、教科書の記述に何かあったようにも何か習ったような記憶もない。
実際のところ、大恐慌の後、ニューディール政策などの積極公共事業てこ入れもむなしく、さらに恐ろしい「二番底」がやってきて、結局は第二次大戦へとつながって経済立て直しは戦争による決着と解消を待たなければならなかったのである。
 
現在の世界を覆う不況もまた二番底がやってこないとは言えない。リーマンショックは実需を上回る大規模な投機によるバブルの自爆だったが、この自爆を招いた環境はさして解消されていないからである。

 
アメリカもどこもゼロ金利で過剰な金が投機口を求めてうごめいているうえ、GMの破産の顛末に見るように合法的な保険金殺人のような投機筋に倫理はない一方で投機に対する規制は遅々として進まない。

日本は借金の上に借金を重ねて金をばらまこうとしているが、借財がかさんで国家財政が弱ったらそれこそギリシャやアイスランドのように投機マネーに売り浴びせられてとことん毟られる。

 

歴史的には短期的な借金の解消はハイパーインフレが戦争だが、かたや、戦争のネタには事欠かず、北朝鮮もアフガンも恐ろしければ、核開発を進めるイランに対するイスラエルの先制攻撃(実際前科がある)も大規模な戦争の引き金にならないとは言えない。
 
世界経済や地球がほんの少し身震いしただけで吹き飛ばされてしまう零細市民にできることは限られているが、「身の丈にあった堅実な生活」をして日々の身近な暮らしを守り、どんな逆境にも耐え生き延びる知恵こそがこの先まず初めに必要になることだろう。

 

穏やかな冬晴れの空のむこうに見える黒点に、そんな展望とも妄想ともつかぬ思いが見え隠れして今年ももうすぐ暮れていく。






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2010年12月18日

危うくトイレの仏様

テーマ:生き延びる

先日新聞の記事を見ていたら、独り暮らしの女性が
トイレに閉じ込められて8日目にして奇跡的な救出を
されたという事件があった。
 
なんでも、トイレのドアの前の壁に立てかけていた
荷物の箱が倒れて外開きのトイレのドアをふさぐ格好になり
マンションのトイレなので窓もなく、どうしようもなくなったのだが、
たまたま入院中の高齢の母親が連絡のないのを不審に思い
警察に見に行ってもらったところ異変に気づいたと
いうことらしい。
 
酒とホラの日々。-トイレの仏様 2010年12月16日付け朝日新聞より

チリの鉱山事故とはちょっと性格が違うがまさに奇跡の生還である。
チリの事故当事者は先に救出の希望が見えていたが、
トイレの当事者は人知れず衰弱死する恐怖もあったことだろう。
8日間ものあいだ狭い密閉空間で先の見えない今後と向き合い
いったい何を考えて過ごしたのか。


恐ろしい話である。何が恐ろしいといって、なんでもない日常に
ぽっかりとあいた陥穽に、いつなんどき私たちもはまりこんで
しまうことがあるかもしれないという、その恐怖に思いが及ぶ
ことが恐ろしいのである。
 
わたしたちも当たり前のつもりで過ごしている身の回りの空間や
行動をよく見直して、行動は常に慎重にありたいものだ。


いや、それにしてもトイレの神様ならぬ、トイレのホトケ様にならず
本当に良かった。
 







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2010年12月05日

死ぬという務めを遂行する努力

テーマ:生き延びる



酒とホラの日々。-ガン日記





 『ガン日記』 中野孝次 / 文藝春秋



中野氏はその晩年、人生や死に対して様々な先賢の言葉を紹介し、人々を励ますメッセージを発信し続けた文学者である。中野氏自らのガン宣告--余命一年--に際し、何を思い、何を考え、いかに行動したのか、読者としては興味を持たずにはおれないところだった。
 
それでもやはり、常々、ローマの哲人セネカや唐代禅僧の言葉に親しんで死に対する心構えをしてきたと言っていた中野氏でさえも、様々な迷いや動揺に直面したことがこの本で明らかにされている。

 
なにより、いたずらに苦痛をもたらして終末を非人間的な環境の中で死を迎える現代医学に嫌悪を抱き、長く生きるよりも善く生きることを大方針として、入院して現代医療の中で死を迎えるという道に組み込まれることを拒絶することを考える。

しかし結局は周囲の負担や迷惑を考えつつ、「我一人生きるにあらず、人々のなかに生きる人間の、それが務めか」と思い至るところが、読者にもたらす意味は大きい。
 
中野氏は数々の著作の中で、巧みに先賢の言葉を紹介しながらまるで達観したように生と死の問題を説いていて、読者の私も分かったような気になっていたものだが、実際の死に際することとは、そんな知識を基礎としつつも結局個人的な努力をもって乗り越えていく問題である事をまた示してくれた書であるともいえそうだ。
 



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