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2008年12月27日

年末のごあいさつ

テーマ:ブログ
年も押し詰まってまいりましたが、私はといえば静かな年の瀬とは言いがたく、これからまだ年内どころか来年にかけてあれもやらねばこれもやらねばと気ぜわしいばかりで、鬼が聞いたら腹を抱えて大笑いするような有様であります。 それでも私はこの年末年始はカレンダーの巡りがよく、珍しくまとまった休みがとれましたため俗塵に満ちた首都を離れ、遠方の地で年越しを行うこととなりました。文化果つる辺境の地のことゆえ通信手段もインターネットどころか馬橇の通信便が頼りというところですので(ウソ)、このページの更新も途絶えがちになるのは必定です。
 
そこでしばらくは私は酒と温泉と本と散歩のうちに世界を外側から眺めてみたいと考えておりますが、今年一年、このつたないブログにお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。
このところ経済的窮迫から世界は騒然とし、さまざまな喜びと悩みを抱えた人のあふれた世界は美しさとともに果てのない苦難に満ちて、ともすると困難を前提に新しい年の訪れを考えがちではあります。

 
それでもそんな今だからこそ、広い世界で思想信条はさまざまでも、幸福という高みを目ざす人々のこころは基本的に奥底で共通しており、人はみな分かり合える、困難な今はきっと変えられる、そんな希望のうちに新たな年を迎えられますように心より祈って、少々早めの年末の挨拶とさせていただきます。

どうか皆様良いお年をお迎えください。

 

 

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2008年12月23日

ノエルのガラス球

テーマ:物欲の果て


酒とホラの日々。-スノードーム

ガラスの球体の中に雪が降る。
スノードーム、スノーグローブ。クリスマスの風景がその代表だが、世の中には世界中のあらゆる景色が水を満たした透明なガラスの容器の中に再現されている。マンハッタンに降る雪、モンブランに降る雪、パリの凱旋門やローマのコロッセウムに舞う雪から、果てはハワイのワイキキビーチに降る雪まである。
ハワイ? これはどういう光景なのだろう、大規模な気象変動だろうか、町ごと大観光地と化したハワイの新アトラクションだろうか、それとも北国からやってきた恋人に雪がみたいとせがまれた大富豪のクリスマスプレゼント人工降雪作戦だろうか・・・。
小さなガラスの地球は様々に想像力を刺激してくれる。

 
さて、写真のガラスの地球ににたたずむ雪だるまの一家にはどんな物語があるのだろう。


 

スノードームの大方はたわいもない安物の玩具だが、小さなドームの中に想像が起き、懐かしさにも似た感情がさざ波のように心の内に広がるのを感じることもある。こんな感情を忘れずにいれる間は幸いだ。

現実のクリスマスとは騒々しいだけの時期かもしれないが、宗教とは関係なくこの祝際の時期、家族と一緒の時間を過ごす人たちに、ひとりぼっちで大切な心と向き合う人たちそれぞれに、どうか穏やかな時が巡り来ますように。

 

 

  

 

 

 


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2008年12月21日

雨降りお月さんの紡ぐ物語

テーマ:インナー・ランド

酒とホラの日々。-半月

かつて月の運行と降雨との関係についての研究というものがあって、これはアメリカにおける50年間にわたる期間と一万回あまりの降雨との膨大な統計に基づくものである。その結果、降雨の量は新月と満月に遅れること3、4日後に極大となり、雨と月例には明らかに有意な相関が確認されたとのことだ。


にわかには信じたいような結果だが、昔から船乗りや漁師・農家のあいだでは月齢と天気の関係についての言い伝えは多数あったようだから、長年の経験的な伝承が統計的にも無視できない裏付けを得たことになる。


もっとも大気に対する月の潮汐力の影響は100分の1へクトパスカル以下で、他の要因のノイズとくらべても無視できるような軽微なものであるから、直接的に月が大気の流れを変え雲を起こして雨を降らせる力があるとは考えにくい


そこで先の統計よりはるか昔に、やはり雨と月の相関に関心を寄せた哲学者のカントなどは、大気のさらに上空に熱や光のような重さのないエネルギー体があって、このエネルギー体に及んだ月の影響が間接的に大気に変化をもたらすのだと考えていた。基礎科学も未熟な時代によくこんなことを考えついたものだ。


一方最近の研究では大気中の氷晶核濃度の測定から、どうやら宇宙を吹き流される流星塵が月に跳ね返って地球に降り注ぎ、これが氷晶核となって降雨をもたらすのではないかという仮説も考えられてきているようだ。この流星塵が降り注ぐのは月が太陽と地球と正対する満月と新月の時に最大となり、この流星塵のシャワーに遅れること3・4日で地上に雨が降るのだ、と。

(結果的にカントの間接影響という仮説にも通じるものがある。)


広大な宇宙を漂よう流星塵が月によって地球に降り注ぎ、微細な星くずは雨滴の核となって水分を凝集して地上に雨をもたらす。雨は恵みと時に災難をもたらし、また雨が人のそれぞれの日常に人生の転機ときっかけをもたらすこともある。

だからこの転機の起源は月の運行と流星塵なのだとしたら、私たちの日常とは大宇宙を舞台にしたスペースロマンの末端にほかならないということだ。
 
いつも目先の利得や世事の義務に汲々として忙しい私たちだが、時には夜空の月を眺め、宇宙の運行現象の一部として私たちの人生にを思い巡らせ、悠大なスペースオペラの一幕としての自分の物語を生きてみよう。 

 

 

 





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2008年12月20日

ほかほかの

テーマ:散歩


酒とホラの日々。-大判焼

いくら散歩が好きだといってもその場合というものがって、冬の夜道の一人歩きなどは気が滅入る。なるべく避けたいところだが今日も会社の帰り道、冷たい北風が頬を切り裂き、唇が割れ耳が千切れそうになって、歩いているうちにやがて感覚がなくなった。


そこでどうにも我慢がならなくなって転げ入るように立ち寄った店で
たこ焼きをほおばって、さらに駅前の屋台であんこのたっぷり入った大判焼きを買った。なんだたいしたものを食べていないって?
寒いときには単純で暖かい物こそが恋しいものだ。寒いときにはこの単純さと暖かさがとてもいとおしい。


(ここいらでは大判焼というが、地方によっては太鼓焼だの回転焼だの呼び名があるらしい)






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2008年12月16日

落ち葉散る季節の後に

テーマ:散歩

酒とホラの日々。-石段

各地では雪のニュースが伝えられる一方で、最高気温が10度に達しても真冬並の寒さなどという東京には凛とした寒い冬はない。こう言うと、東京は十分に寒いという反論もあるのだが、それは寒さ対策も服装もいい加減で口先で寒いと言って済ませられる程度だからということでもある。各地の雪のニュースをよそ目に東京の12月の今頃はまだ落ち葉の季節となる。


足にまとわりつく落ち葉を踏んで石段を登っていると、箒を持って掃除をする人に出会った。大変ですね、と声をかけるといいえちっともと言うようににっこりと笑みが返ってきた。どうやら落ち葉をやっかいものと見るのか、季節の風情と見るのかで人の豊かさも変わってくるらしい。この点には異論の余地はない。
 

 

 

 

 

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2008年12月14日

あの人たちを見よ!、 いずれ私もあなたも青年の部Cになっていく・・・

テーマ:インナー・ランド

                       (日本の男性ファッションと休日の服装についての考察)


少し前にチョイワルおやじだのが話題になって、勘違い人間が少々出回ったことがあったが、定着することはなく無理やり気味に作られた一過性のブームとして消えてなくなったのは喜ばしい限りだ。 
 
乗せられて踊った「チョイワルおやじ」「チョイバカおやじ」であることにみんなうすうす気づいていて、これは嘲笑をもって見られる存在だったせいでもある。
 
もともとが、そして依然今でも、カジュアルの服装に気を使うのが下手だといわれる
日本の成人男性にはおしゃれな装いは少々ハードルが高かったのだろうか。
 
たしかに、休日に車乗ってパチンコ行くくらいしか能のない人間に、おめかしして出かけるところなどありはしないだろうし、下手に雑誌のおしゃれを真に受けたら、横丁の商店街に海賊ファッションのバレリーナが出現したり、電車の中に怪傑ゾロや月光仮面が現れるようなことにもなりかねない。
 
だが、だからといって日本の男性に休日着や普段着の文化がないというのもまた誤りである。    
 
辺りを見回してみると近所を歩くのはジャージに運動靴の年寄りばかりだったりするし、駅にいるのももいかにもおじさん然とした背広に替えズボンと革靴のおじさんだったりするし、
これがたとえディズニーランドに行っても、やっぱりジャージにサンダル履きのおじさんがコンビニ袋提げて歩いていたりするのが日本という社会なのである。 

 

私の記憶する限り、この光景の基調となるおじさんの風体は二十年以上前も今もガンとして変わっていない。
  
お分かりだろうか、日本の男性には日本の男性のカジュアルスタイルがあり、休日着があるのだ。 これこそが日本の風土と社会的環境の中で、日本の男性自身が長年はぐくみ醸成し、築き上げた堅固なファッションスタイルなのである。

 

だから、ジャージにサンダル履きや、着崩した背広に運動靴、裸足に黒革靴などなど、どれも日本の培った男性モードとして世界に誇るべきファッションであるのだ。 


こうした日本の環境と歴史を無視しておじさんたちをおだてて変に着飾らせようとしたから、チョイワルおやじはチョイ馬鹿おやじになってあざけられてしまったのである。 
 
つまるところ、私たちは日本の既成の男性ファッションをもっと肯定的に捉え直すべきなのかもしれない。

 

即ち、ジャージに靴下はいてサンダルはいてショッピングに出かけてもいいではないのか? 汚い素足に黒皮のローファーはいて背広着てもいいではないのか?
背広にジャージのズボンと運動靴で(ついでに野球帽もかぶって)レストランに行くのも、・・・それは日本では(おしゃれとして)ありなのではないのか?
  
* 
 
これはひとつの考察であるので、ここまで言っておいて悪いけれど、私は自分に何が似合って何が似合わないかよくわかっているので、今も(まだ青年の部Bだが)、将来も、チョイ馬鹿おやじファッションも伝統的な日本のおじさんファッションも私はきっと死んでもできないだろうと思っている。

 
本来、ファッションは一般論ではなく、個人ごとの個性に基づく具体論であるべきだから自分で自分を知って自分で身なりに気を使える人にはファッション議論は不要であるのだ。 



そんなオシャレのわかる男、わたしの普段の服装とは、、、


  こうだ!

酒とホラの日々。-わたしの普段着











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2008年12月13日

来年の手帳

テーマ:物欲の果て


酒とホラの日々。-手帳

手帳に予定をたくさん書いて予定に縛られていくのはつまらないからスケジュール手帳を持たないと、手帳に批判的なコメントをする者がいるが、これはハナから誰かに使われ指図されることを前提にモノを考える根っから奴隷根性の染み付いた人間だ。スケジュール帳には仕事にやらされることや決まった予定などどを書くのではない。今の時点では実現できるかどうかわからなくとも、自分がしたい、と思うことをまず書くものだ。たとえば資格試験に受かるかどうかわからなくとも、試験勉強に着手する前にすでに、合格手続きをする日を最初に記入するのだ。すると、未来のある日に合格手続きをするために、逆算してそれまでの過程に何をしなければならないか次々と必要なタスクが手帳の上に浮かび上がってくる。試験だけでなく、自分を作り上げることすべてのイベントについて同じことをやるのだ。だから手帳に記されるのは、大小さまざまな自分で自分を実現するためのマイルストーンなのである。

 

 

 


 

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2008年12月11日

冬の日の光と影

テーマ:散歩

酒とホラの日々。-冬の日

晴れて放射冷却により強く冷え込んだ朝、思うにまかせない長い夢に胸苦しさを覚えて目が覚めた。目を開けると部屋の中にはすでに冬の日が射し込んでいて、窓辺で乳白色の光に包まれると、夢の記憶は砂糖が融けていくようにはらはらと壊れて何の断片すら残らなかった。唯一胸苦しさの痕跡だけが夢の名残だったが、その先にあったのは記憶の女性だったろうか、しかし私はそれを思い出すのを避けた。冬に一緒に過ごしたきらきらした日々、冬にやってきた別離の朝。まとわりつく記憶をなぞってなんになるだろう。私はこれを振り払うように朝の散歩に出かけたが、吐く息が冬の日に白く光って私の視野をおおい、これがきらきらとまぶしかった。






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2008年12月09日

水びたしの光景

テーマ:散歩

酒とホラの日々。-水浸し

先日まで騒然としたニュースが流れていたが、本来タイとは人も社会ものんびりとしたリズムに刻まれたところだ。ある時タイを旅したとき、洪水に遭った。とはいってもこの地では洪水も激流に人家がのみこまれるようなものではなく、ゆるゆると水かさを増した川がゆるゆると町や田畑にあふれだし、少しばかり上昇した水面がゆるゆると広がっていくだけである。人は店先に申し訳程度の土嚢を積み、ズボンの裾をちょっとまくってサンダルばきで洪水の中を悠々と歩いていく。ただ一方で靴とスーツ姿で困惑している者がいるといつもそれは日本人だった。

* 
近所の公園が先日の冬の雨で水浸しになった。へそ曲がりの私は誰もいない公園を散歩していたのだが、冷たい水にひたった冬の公園にもかかわらず、人のいない景色の中に南国タイの光景が見えた気がした。

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2008年12月07日

あの憧れの、雪かき体験ツアーに行こう

テーマ:ブログ

この週末あちこちで雪のニュースが伝えられているが、首都圏では初雪もまだである。ただ、時々東京にも大雪が降ったらいいのにと思うことがある。ご都合主義的な人口的社会システムの極みともいえる首都圏のインフラは降雪や自然災害などほとんど考慮していないので、これに伴って、意識無意識のうちに人間は自然も何でも人間の思うとおりにコントロールできるという人間中心思考の過剰を助長しているような気がする。だからたまに自然の実態に突き当って、自然への畏れや慎みを思い出すことは必要なことなのかもしれない。

 

そこでふと思い出したのだが、自然への無知ということでこんな話があった。



豪雪地帯にある温泉境での話である。
もう20年かあるいはもっと前のことというから、世の中がバブルの上り坂で好況に沸きかえって浮かれていた頃のこと。観光村おこしだのも盛んでウィンターレジャーの花形としてスキーもまた底の浅いバブリーなブームに沸きかえっていた。
 
そんな時代だったから、冬の観光地はどこでも人手不足が悩みの種だったのだが、この温泉郷は豪雪地帯であるため、雪かき・雪下ろしに人手を投入したいところこれがままならなかった。町の若い衆が裏方的な雪かきよりも、今をブームでときめくトレンディーなスキー場の運営スタッフばかりやりたがるのは、まああの時代では仕方ないことだったろう。

 


そこで温泉郷の旅館経営者からなる観光協会だか何だかが、スキーをネタに外からアルバイトスタッフを雇い入れればよいという案を考えついた。

そこでさっそく、
『あの憧れのスキー場で雪下ろしのアルバイトをしませんか。空いた時間は自由にスキーが楽しめます。』
というよいうな広告を首都圏に打ったのだった。


当時は雪の上を歩いたこともない人間までも突然スノーウェアを買って上級者ゲレンデを滑落し、デートは私をスキーに連れてってと言うのが当然のようなスキーブームの時代であったが、実際スキーは夏のスポーツレジャー以上にそれなりにやろうとしたら金も時間も体力もかかる。だからアルバイトがてら只でスキーができるかのように勘違いしたお調子者がすぐに30人以上集まった。
 
ただ、当の温泉郷はアルバイト従業員の雪体験歴をチェックすべきだったかもしれない。当の温泉郷は普通に3メートルは雪が積もる。一晩で降雪1メートルなんてことも普通だ。しかも山間の傾斜地で道も狭く機械力が投入できる場所は限られている。そんなところで、10センチの積雪に大混乱を起こすような東京から、ふらりとやってきたヘッポコ部隊が即戦力になるはずがなかったのである。
  
アルバイトのにわか雪かき隊は、膨大な雪の壁を見て圧倒されたが、早いところ一日のノルマを片付けてスキーに行こうとしか考えていなかったから、しゃにむに雪の塊に取り組んだ。彼らのために言っておくと、彼らは彼らなりにまじめに懸命に雪かきに取り組んだといって良い。 ある意味、そのまじめさと早くスキーに行きたいという下心があだとなったかもしれない。
 
雪というものは積もれば積もるほど硬く締まって重くなる。1メートル積もっていれば1平方メートルあたり、重さは70キロとも80キロとも言われるが、これが3メートルでしかも降ってから時間が経過していれば圧力が増してますます硬さと重さが増してくる。下のほうはスコップが跳ね返されるし、掻いた雪は所定の雪捨て場まで運ばねばならない。これは相当な重労働だから一定以上の分量を始末しようとしたら、ペース配分と要領を考えることが絶対必要だ。

 
ところが彼らは無知と経験のなさから早く遊びに行きたい一心でスタートからやみくもにフル回転してしまったのである。
 フル回転しても一向に減ることのない雪の塊に、彼らは絶望的になったが、結局予定分量の雪を片付ける前に時間は過ぎ、同時に体力も尽き果ててその日は暮れたのだった。
  
次の日、雪かきのバイト隊は一人もいなかった。
スキーなどして遊ぶ余裕などありはしない、雪のあまりの凄まじさと体力の消耗とその見返りの割の合わなさに一晩のうちに皆逃げてしまったのである。荷物をまとめて、やっておれん、と捨てぜりふを残して去ったものもあれば黙っていなくなった者もいるし、ハードワークに足腰が立たなくなって這って逃げた者もいた。
 
こうして、雪かきのアルバイト調達計画は失敗に終わり、当の観光協会では、翌年からは『憧れの雪下ろし体験ツアー』という旅行パックを打って、細々と雪かき・雪下ろしや雪国の生活体験と啓蒙のようなことをやっているということである。 

 

 

ここで改めて言うまでもないことだが、未経験の仕事に取り組むというのは、こんな単純なアルバイトごときのことであっても労使双方にとって未知のリスクを背負い込むことでもある。 

 

また自然に対する経験の有無からくるそれぞれの認識の違いがこのようなドタバタ劇を招いたのではあるが、何より、自然への対処というものは頭の知識だけでなく、体でわかるしかないものなのだ。
 

 

 

 

 

 


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