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2008年10月28日

ガラパゴス野菜園へようこそ

テーマ:物欲の果て


レタ


時折わたしの、ガーデニングというか家庭園芸の熱がぶり返すことがあって、

それはその時々によって熱は庭木へコンテナへ、木や花へと

形を変えて現れるのだが、
要は気が多くて飽きっぽいというだけのことなのでもある。
  
この秋はどうしたわけか病気はコンテナ菜園へと向かった。
別に野菜作りは何度かやっているし、まったく野菜園芸に

興味の無かった間でも、庭には植えっぱなしのほったらかしでも
見事な収穫に耐えうる数種の野菜やハーブが生存してわが家の食卓に
彩りを添えてくれていた。
 
たとえば100円ショップで買ってきたルッコラなどは1度蒔いたら
何年も毎年勝手に発芽成長開花結実を繰り返している。
収穫量を調整する必要も全くない。便利なものだ。
 
基本的に植物はその土地土地にあったものがあって、別に出荷用に
商品作物をつくるのでなければ、ほったらかしで生えてきたものを
収穫すればいいだけのことである。

何種類か植えてみて、駄目なものはいかように手を施しても駄目だし、
環境にあったものは病害虫にも遭わず、手間もかからず

ガンガン収穫できるものだ。

 
植物が自力で育たないのであれば別に育たなくてもいいのだ。
完全アマチュアで、完全自給を目指すわけでもないし、収入目的でもないのだから、
ただ土地にあってそこに在るものだけを収穫すればいいだけのことである。
 
こうして、わが家の家庭菜園ほったらかし方式で確立した。 
ある意味適者生存の原則に則った非常に合理的な野菜園芸である。

 
とはいえ、趣味とか道楽というのはわざわざ手間を掛けることであるから、
新しい適合作物を求めて試行錯誤をする事もある。
まして植物は自力で移動ができないものだから、種や苗を蒔いて
試して見る必要もあるのだ。 
 
で、今回はコンテナ野菜園芸である。これも別に初めてではないが、
いつもの冬場の花にも飽きたので、実益を兼ねた野菜でも植えてみるか

というノリである。

 
それに実は手抜きの野菜作りは冬場が楽なのだ。
東京のあたりの関東南部は冬場の日照時間も長く

日中気温もかなりのところ確保できるベランダでのコンテナ園芸には

十分な条件である。むしろ夏場の過度の高温がない分
植物の環境をコントロールしやすいくらいである。

 
その上なにより、冬場は虫がいないし病気も少ない

病害虫を避けるための手間が圧倒的にかからないのだ。 
 
さて、ほったらかしベランダ園芸の行き先はいかに。。。
  






 

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2008年10月25日

秋花三色

テーマ:ブログ

寒くもなく暑くもなく、今時分は人に会えば決まって

 「一年中いつもこれくらいだったらいいのにねー」

と言ってしまうような、快適温の秋の一時の日々。

ま、一年中こんな気候だったら、人間きっとぼけてしまうことだろうか。

 

それはともかく、気温の低下はまだゆっくりながら、

いつの間にか秋後半の花が咲き始めている。


ツワブキは和の雰囲気
ツワブキ

 

葉の付け根に密生して咲くヒイラギの花
ヒイラギ
 

木枯らしも吹かないけれどサザンカまで咲いている
サザンカ赤

赤白黄色と三色そろって、まだ秋は賑やかだ。

 

 

 


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2008年10月24日

ものぐさなワタクシの面倒な日常

テーマ:ブログ
今日の雨は強弱を繰り返しながら終日降り続いていたのだが、正午ごろでも暗い雨の中、仕事で外に出かけていた私がオフィス街の街路樹の下を歩いていると、Y女史と一緒になった。Y女史は会社の同僚ではあるが都内の離れた別のオフィスにいて、会うのは夏以来だ。
 
Y女史も昼食がまだだというので、オフィスに戻って食事を取るつもりだった私も予定を変更して、二人で都心のホテルにあるイタリア料理のリストランテに入った。
この日は秋の雨降りにもかかわらず気温も高く蒸し暑く、私は席に着くとすぐにスーツの上着を脱いで腕まくりをしたのだが、Y女史もスーツの上着を脱ぐとその下はノースリーブのカットソーで、日の射さない暗い空模様とスーツのダークグレーとのコントラストをなす二の腕の白さがまぶしく目を刺した。
 
「さすが準備がいい。10月も後半だというのに、今日の蒸し暑さににあわせた
服装だな」
 
「あら、あなたにつけられたあざが消えたから、やっと今頃ノースリーブも
着れるようになったのよ」
 
思わずコップの水を吹き出しそうになったが、
ここで誤解のないように言っておくと、前回酔っ払って足元のおぼつかない
Y女史を抱えた時に腕に押しあざができたということを言っているのである。
これはメールで聞いていたが私は見ていない。
 
「オレを悪者みたいに言うわけ?」
 
「そう、すごく悪いやつ、いつも」
 
「それで、悪人の私に罪滅ぼしの機会は?」
 
「ふふ、じつはこんどねえ・・・」

こうしてまた今度飲みに行く約束をしてしまったのだが、
この場合誘ったのは自信家のY女史かお調子者の私かどちらなのだろうか?


ついでに言うと私は一見簡単には取っつきにくい印象をもたれるらしい。一方で
どうも基本的に自分に自信家の女ほど積極的な仕掛けを打つ傾向にあるようだ。
そしてそんな女は自信家なだけにたいてい美人で頭もいいような気がする。
 
その結果私は世間の一部で誤解を受けることになるのだが、
実際のところ相手が美人であろうと無かろうと
私は面倒な事はごめんであり、何より私自身の静穏な生活が大事であるので
決して深入りはしない。
 
するとまたこうした態度の結果、一部の女が近づいて、基本的にまめな私は
適度のサービスを働いてしまい、また誤解を招き・・・
 
誤解を受けるような日常も非常に煩わしいものだが、
何事もバランス、中庸を得ることがほどほどに毎日を飽きないものに
してくれているのかもしれない。だがこのように達観してきたようでは、もうわたしの淡くも賑やかな日常も長くないのかもしれない。

するとお望みの静穏ももうすぐそこなのだろう。
 




 

 
 




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2008年10月23日

またもや無差別襲撃事件が発生!

テーマ:ブログ

俺ばかりが何でこんな不遇に見舞われるのだ。この苦しみをほかの恵まれた連中にも味合わせてやる・・・。


・・・こんな理不尽な動機でA君は酔った上に都心のオフィス街で行きずりの暴挙に出たのだった。 不幸にもこの日の被害者は4名にものぼる。


被害者のBさんは語る。
「ショックでした。混乱してどう対応してよいかわからなくなりました・・・」


・・そもそもことの起こりは、どうしたわけかA君がよく外人から話しかけられることにある。言うまでなく一般的な日本人の外国語会話能力などたかが知れたものだし、A君も英語をはじめ外国語はからきしなのだが、それでも外見は一応堅気のビジネスマンなので、ダークスーツに黒革靴黒かばんでのそのそ歩いていると話しかける相手に恵まれず途方にくれた外人が、こいつなら何とかなるかも知れぬと苦し紛れに話しかけてくるのだろう。
  
A君も話しかけられてはその都度A君なりに誠実に対応しようとするのだが、いかんせん、複雑な問いに語学力不足はいかんともしがたく、結局冷や汗脂汗をかいては迷える外国人を失望させることになるのである。 あまりの会話能力不足と降りかかる外人の会話ストレスにA君もキレた。何で俺ばかりがこんな目に?...ほかのやつにも同じ苦しみを与えてやろうと、ついにあるとき酔った勢いで外人の振りをしてデタラメ語でしきりに話しかけるという暴挙に出たのだった。
そのターゲットはいかにも英語のできそうな(憎たらしい)サラリーマンやOLである。


たいていの日本人はA君同様誠実な対応を試みるが、話すのは聞き取り不能のデタラメ語なのだから相手になるわけがない。しかもA君もカタコトの日本語や英語を断片的に取り混ぜるものだから、相手もついつい困窮した外人の必死の質問なのだと釣り込まれてしまったようだ。
昔デタラメ語を操る芸を持つ芸能人もいたが、A君もこの手の芸についてはなるほど筋がいいと認めないわけにはいかない。
  
捕まえた相手とひとしきり成立しない会話を力いっぱい試みると、必死の努力の甲斐なく意思疎通が図れなかったA君の絶望の演技と引き換えに己のコミュニケーション能力の不甲斐なさを突きつけられた被害者を置き去りにして、A君は消沈した気配を漂わせとぼとぼと去っていくのである・・・。
これを見て被害者は一層コミュニケーション能力の不足と自責の念に駆られることも
またあるかもしれない。
 
人間にとって真のコミュニケーションは常に困難な課題だが、
時にはエセ無国籍外国人にも注意しなければならないらしい。

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2008年10月20日

ちょっとだけお茶漬けのお茶の話

テーマ:本読み
仕事帰り中途半端に飲み食いして帰ると、
家での食事をどうしようか迷うことがある。

普段通りの晩飯のフルコースでは食いすぎて翌朝の胃もたれの元だし、
何も食べないというのも口さびしいし、またデザートだけというのも物足りない。
そんな時日本人ならお茶漬けという選択になるのは自然のなりゆきだが、
迷うくらいなら、お茶漬けもすこしは凝ったものにしたいところだ。
 
いかにもインスタント然として一食分ずつケチ臭い紙袋に入れられた
既製品などで終わりでなく、具にもこだわりを持ちたい。

大き目の茶碗に温かいご飯を盛り、海苔も二枚くらいあぶって大きめにざくざくと
切ってならべ、マグロの切り身とイクラを放り込み、上に山葵をすりおろして
お茶を注ぐ。。。

 

ではそこで、お茶は何を使うのか、

むろん日本茶が基本だろうが、ほうじ茶や玄米茶は変わり種としてはよくても、

主役ではないだろう。

するとその日本茶はたぶん煎茶番茶かということになるのだが、
北大路魯山人よれば煎茶であるということになるらしい。

  


  「かける茶は番茶では美味くない。煎茶にかぎる。
  煎茶の香味と苦みとが入用である。
  少し濃いめの茶を掛けると、調和がとれる。茶が薄くては不味い。」
 
           ~北大路魯山人 『鮪の茶漬け』 1932年 より

      

なるほど、たかがお茶漬けのお茶とはいえ侮れない。   


     魯山人

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2008年10月17日

駆けめぐる芸術の秋   ~あぶら汗ふく木綿の ハンカチーフください

テーマ:散歩

先日、美術館が立ち並ぶ上野のある展覧会に出かけたのだけれど、
私の出向いた展覧会は結構閑散としてストレスもなかったものの、
同じ美術館でやっていたフェルメール展にはデズニーランドの

人気アトラクション並み行列ができていた。
 
芸術鑑賞のときくらい浮世のごたごたを離れてゆっくりと魂を開放したいところだが、
人気のある芸術品ほど本来の芸術鑑賞から程遠い、
行ってみるだけに意味のある遊園地の商業アトラクション化するのは皮肉なことだ。


たしかカート・ヴォネガットの描く虚構の人物、キルゴア・トラウト氏の小説に
国家が毎年抽選で絵画の値段を決める話があった。

   
この結果、中身はどうであれくじ引きで高額がつけられた絵には

見物客の長い行列と買い注文が殺到する。。。
芸術をめぐるスノビズムへの何たる皮肉!

  


誤解して欲しくないのだが、もちろん、

上野にやってきたフェルメールの絵は本当の名画だろうし、
本物の絵からは画集や写真では決して感じられない作者のエネルギーが
発せられているのは疑いがない。
  
それでも押し寄せる人の波を目にして、もう一件別の展覧会へ行く気がすっかり
失せてしまった私は近くのレストランで昼飯をとると

さっさと帰ってきてしまったのだけれど、
もう一件の候補とは実は大琳派展である。
 
同じような内容の展示会は過去にも何度か催されていると思うが、
前回は確か竹橋の国立近代美術館での展示だったと思う。

琳派というと有名な、あの風神雷神図などはじつのところ

年月を経るうちに結構薄汚れてこ汚い印象があってがっかりもしたのだが、

それでも屏風の面から漂う神気と緊張感は実物からしか得られないものだった。

  


そんな本物のエネルギーと対峙できることこそ、
わざわざアート・ギャラリーに足を運ぶことの第一の意味であるのだが、
押し寄せる人の混雑振りにその気が失せた今回は、
かつての琳派展で買ったミュージアムグッズを眺めて、
せめて琳派の名残を偲ぶにとどめるとしたのだった。。
 


風神雷神ハンカチ
これがその皮脂吸着性能抜群の風神雷神ハンカーチーフ
私はタオルチーフ派なのであまり使わないけどね。





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2008年10月14日

万能健康法

テーマ:CO2

このところ夏の疲れが遅れてどっと出たのか、

疲れ気味で医者に行くほどではないものの体調も今ひとつだ。
そこで健康オタクの先輩に何か手っ取り早いいい方法がないかきいてみた。

先輩は健康のためなら死んでもいいとまでは言わないが、

会社の仮病病欠くらいはいとわない強者(?)だ。

健康食品に始まりサプリや民間療法に関しては一家言ある人物として

周囲5メートルでは一目置かれている。
  
「先輩、どうも疲れ気味で、胃の具合も良くないんですけれど、なにかいい手はありませんかね?」

ときくと、先輩は間髪を置かず答えてくれた。


「ん、この時期その状態で手軽なのががいいなら、赤パンツ健康法だな。
一部では略して赤パン健康法とも呼ばれているけどな」


「はあー、赤パン健康法ですかあ?」  これは略すほどのものなのか?


「つまり人体エネルギーを活性化する力のある赤色生体エネルギーの
要点である’丹田’
近くにまとうことで気と活力の発生と全身への還流を
整えると言うものだな。
これは天皇皇后両陛下を初め佐藤栄作元首相や小渕元首相が実践していた
ことでもその効果は立証されている。なに、パンツはふんどしでもサルマタでも
かまわないのさ
。」


「はあ、赤色をというか、そもそも見えもしないところの色にこだわっても
効果はないと思うのですが・・・、天皇にパンツ見せてとも言えませんしねえ。
だいたい実践者と先輩の言い回しからするとどうも、高齢者向きの健康法の
ように思える
ですが、わたしの年代向きの健康法はありませんかねえ・・?」
 
「それなら、ゆるパンツ健康法だな。これはな、パンツのベルトのゴムを間引いて、
腹へのストレスを解放し、人生体エネルギーの要点である’丹田’の本来の力を
解放するというものだ。

パンツが落ちるか引っかかるか微妙な締め具合にするところがポイントだ」

 

「はあ、でも重要なことの前には『ふんどしを締めてかかる』というように、
緩いふんどしやパンツでは仕事や活動に差し障りが出ませんか?」

 

「んん、それなら日中は普通のパンツをはいて、夜だけ集中的に実践する、
ノーパン健康法がいいだろうな。これは寝るときだけ下半身スッポンポンで寝て
生体エネルギー発生の要点である・・」 

 

「あーはいはい、丹田の力を解放するんですね。
なんかどれもパンツ周りばっかりみたいなんですけど、

手軽な健康法って、そんなもんですか」


「なに、まだあるぞ、これはオレが今試しているのだが、
カラシパンツ健康法と言って、生体エネルギー発生の要点である丹田に刺激を・・・」

 

まだまだ先輩の話は続いていたのだが、

もう私はどうでもいいような気になっていた。


まあ、パンツ関係の健康法で効果があった人は教えて欲しい。。。
   
  
  
 
 



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2008年10月11日

寂しい秋の雨降りには

テーマ:ブログ


雨降り金木犀


見慣れた風景の中に鬱金色の刺繍を施したようにキンモクセイの花
一斉に咲き出す今頃は、秋の転換点であるとも言える。

 

賑やかで明るく甘い芳香を放つキンモクセイの花期は短く
ほんの数日これを愛でて花が散った後は、

秋は急速に深度をとり、日毎に深々と更けていくことになる。

 

春の歌に「花の一片散りて春を減却す」という一節があったが、
同じ様にあっという間にキンモクセイがこぼれ落ちていくごとに
秋が散り去っていくような感慨をいだかずにはおられない。

 

キンモクセイが満開を迎えた今日は秋の雨で、
キンモクセイの花にも、色づき始めた葉や木の実にも降りかかる雨粒が
秋の進行を早めているようだ。

 
そんなに早く秋が進まなくともいいのにとおもいつつも
手のひらにすくった水があっという間にこぼれ落ちていくように
秋のピークをとどめておくことはできない。

まさに秋の雨は人を憂えしむ、というところである。
 


 


・・・こういう無常と寂寥漂う秋の雨降りの日は
   
  街中へかける

  飲む

  音楽を聴く

  寝る  ・・・などなど


気の合う女性が一緒ならなお良いが(* ̄ー ̄)=○)゜⊿゜)ノ ボクッ!

そうでなくとも秋の天候不順による鬱陶しさをつかの間

隅に追いやってくれる。
  

 

 

 

 

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2008年10月08日

いかにして私は伝説のハード・ロックから21世紀のメゾ・ソプラノに転向したか

テーマ:隠れ岩石生活
kj

「あなた、まだいつも、昔のロックばっかり聴いているんでしょう。」

 

オフィス街に隣接するアートフォーラムの前を女友達と歩いて通り過ぎるとき、急に彼女が振り向いて、いたずらっぽい目で少し挑発するように言った。 私は電車で移動の時、携帯オーディオプレーヤーで音楽を聴いているが、よく難しそうな顔をしていることがあるらしい。彼女はそれを冷やかしているのだろうかと思った。

 

「そんなことはない。ベートーベンのピアノ協奏曲は1番に限る。」

 

「ふふ、それは合格。でもあとは?」

 

「ベートーベンのピアノソナタとバッハのプレリュードとフーガと
あとは・・、うーん。」
 
「あとは生まれる前のロックばっかりなんでしょう?。偏食よね。」

 

「それを言うなら、バッハもベートーベンもモーツァルトだって
生まれる前の人なんだから同じじゃないか。」
 
とは言ったものの、確かについつい選曲は片寄りがちだ。では今なら私はいったい何を聴いたらいい?ときくとCDショップに立ち寄って、あなたにはこれが合うと、彼女が勧めてくれたのがこのアルバムである。
確かに私は声楽曲を聴くことは少ないし、女声ものとなるとさらに聴く機会はない。しかもこのキャサリン・ジェンキンスメゾ・ソプラノという微妙な声域で、まず私が自分から手を出すことはなかったことだろう。

 

このアルバムは(ベスト盤だが)聞き覚えのある有名なクラシック曲からポピュラーまで選曲は幅広く、声楽曲の門外漢にもとても親しみやすい。彼女も実に絶妙なポイントを押さえたCDを勧めてくれたと言える。だだその日、家でアルバムジャケットを眺めていたら、この歌手の表情が彼女とよく似ていることに気がついた。キャサリン・ジェンキンスはイギリス人だし、日本人の彼女とはまるで顔立ちも違うと思うし、他の写真はそんな感じは受けないのだけれど、この写真では見れば見るほど表情の印象や面影が似ているような気がしてくる。そこにも彼女の意図があったのだろうか?。

 
今はすっかり声楽の楽しさ、メゾ・ソプラノの奥深さ、ついでに言うならキャサリン・ジェンキンスの魅力にすっかりはまってしまっているのだが、歌手と推薦者の両方が、ちょっと気になる音楽鑑賞の秋でもある。。。


 
     写真のアルバムは『フロム・ザ・ハート  キャサリン・ジェンキンス・ベスト』

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2008年10月06日

悪の巣窟モルドールから帰る

テーマ:ブログ

大きさと機能性を競うコンベンション施設というものはどこも周囲と分断された非日常的な空間で、ビジネス上の収容ニーズを満たせば文句はないとはいえ、私などは何度いっても好きにはなれない場所である。

 
たびたびロード・オブ・ザ・リングに登場する悪の巣窟モルドールを思い出して長居したくない場所の一つだ。
屋内施設としては並外れた大きさと、未来的な印象や前衛性を誇示するのかような冷たいデザインに感覚の一部を麻痺させられるような居心地の悪さを感じるのだ。

この夏も、何度か仕事で都内とその周辺のコンベンション施設にでかけたのだが、
最終日は雲ひとつない空から目もくらむような強い日差しが照りつける午後だった。

その日出かけた巨大なガラス張りの展示棟は、鉄骨に貼り付けられたハーフミラー状のガラスが透過する光に緑と青と灰色の混じったような金属的な色をつけるために、中にいる人も物もみな無機的な印象を帯びていた。
灰色のビジネスマン、緑青(ろくしょう)色の展示ブース、行きかうミニのワンピースのコンパニオンもまるでアンドロイドのようだった。

まさに非現実的な空間ではあるが、金融にせよITにせよ現代の経済的活動などというものはほとんどは実体性に乏しい「参加者全員納得ずくの虚構」として成り立っているとすれば、こんな空間はビジネスにはぴったりなのだともいえるのかもしれない。

私のこの日の仕事は現場担当に簡単な連絡と指示を与えると、後は遠巻きに進行状況を見守るだけだったが、居心地の悪さはずっと変わらなかった。

やがてイベントは終了し、後片付けの始まる前に引き上げようとすると、コンパニオンの一人が近づいてきて、「ね、今日はどこ行く?」などとこちらの都合も聞かずに声をかけてきた。

彼女は元は会社の同僚というか後輩だったのだが、途中やめてコンパニオンになって大分たつのだが、ただのマネキンみたいな飾り物のコンパニオンとは違い、何でも記憶力も良く飲み込みも早いので、案内や説明なんでもこなす実力派だ。私とはまだ対等な友達である。

この日はずっと不機嫌そうな私を遠くから見止めて彼女なりに気を使っているのだろうと容易に想像がついたが、ここは精神疲労もあって勤めの延長の飲み会は放り出し、情けなくも彼女の好意に甘えて一緒に夕飯に行くこととした。

社会という虚構、その社会のビジネスの虚実、フィクションとしてのビジネスを包む虚飾の塔。

 
夕暮れの中、どんどん背後に遠ざかるモルドールを車のリアウィンドー越しに眺め、勤めの公的な自分から開放されて本来の個人的な自分に戻りつつあることを知り、私は次第に現実感を取り戻していった。

「ね、今夜はどこに行く?」とたずねてきた彼女に私は、

「今がリアルかどうか知りたい」とだけ答えたのだった。 

  

 

 

 

 

 

 

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