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2006年06月29日

さよなら、また会う日まで

テーマ:ブログ

このところずっと体調が思わしくなく、
咳が続いて、妙に長引く風邪だと思っていたのだが、
症状はずっと深刻だったのかもしれない。
実は、会社でうがいをした時に血痰を吐いた。

白い洗面台に広がったどす黒い筋に、初めは何が起きたのか
わからなかったが、それが何であるか認識するまでもなく
すぐに全身から血の気が引いていくのがわかった。


これまで大病の経験もない、入院すらしたことはない。
症状はどこまで進んでいるのだろうか、手遅れならいまさら
病院にいってベッドに縛り付けられて最後を迎えるようなことはしたくない。

家族は、仕事は、やり残したことは?
この先、沖田総司か、宮沢賢治か、いやいや、沖田よりオレのほうが
明らかにいい男だよな、土方はいい勝負かな。・・・

予約に入れた書きかけのブログ記事どうしよう、あんなのUPされたら恥だ。。。
様々な想念が一度に頭の中を駆け巡る。(ドサクサでなんかまぎれていたが)
人はこんなとき一般的にはどんな行動をとるのだろう・・。


幽鬼のように悄然と席に戻ると、
何も知らないみんなはのどかにお菓子の話などをしていた。
私に気づくとT嬢が言った。
「captain-jackさん、机の上のチョコもうみんな食べちゃったでしょう、食べすぎですよ。」

ん?、チョコ? え? そうか何のことはない血痰の正体はチョコレートか!
あは、確か昔映画の血糊にはチョコレートも使われたらしいがそれにしても驚いた。

まあ血を吐いたと騒いだらさらに大恥地獄に堕ちるところだったかも。

最近オフィスの机の上に置くことを想定したボトル入りチョコが多数出回っている。
仕事の合間に手軽にストレスの緩和ができることをうたっていて、私も時々買う。

「フム。 食ってしまったのは仕方ない、また買ってくるよ」
そう言って私は努めてクールに、また仕事に取りかかった。


・・・


「強きにもよらず、若きにもよらず、思いがけぬは死期なり
今日まで逃れ来にけるはありがたき不思議なり。」

兼好法師の言葉をかみしめた一日であった。


というわけでまだブログは続く。(たぶん)


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2006年06月28日

見慣れた風景へ別離を

テーマ:二月堂便り

少し前に、あまり通らない道を歩いていたところ、なにやら眺めが違っていた。
よくみると公園に囲いがしてある。
なんでも、自治体の所有する公園と思っていたあたり一帯は、個人所有の土地で自治体が借り上げて公園として提供していたとのこと。 それがどういういきさつか企業の買い上げるところとなり、マンション建設の工事が始まるのだということだった。


やがてたちまち何百本もの木は切り倒され、傷口のような赤茶けた土地がむき出しになると、いまさらながら、失ったものの大きさがわかってきた。


そのあたりは決して絵葉書や写真集になるような風景ではなかったが、ごく普通の公園の樹林があたりの景観を引き締め、この地域ならではの風景を構成していたのである。 それは日常の中でのごく当然のありきたりの見飽きた風景だったかも知れないが、あたりまえゆえにその地域一帯を代表する眺めだったのだ。


近所の人々も、「いい風景だったのに」、と口々に訴えたが、それはいつもあってあたり前ゆえに誰にも省みられなかった家族が突然いなくなって、初めてその存在にどれほど寄りかかっていたか思い知らされるようなものなのかもしれない。


しばらくすると大量のコンクリートと鉄骨が運び込まれて、無機質の壁が上に伸び始めたが、それはなじみ過ぎた見慣れた風景の墓碑のようだと誰もが思った。



街中の猥雑な風景や、景色まで当世の流行におもねって商業化された新興住宅地やマンション群を見るにつけ、私たち日本人の風景への無関心さというのは世界でも突出しているように思うことがある。

こんな私たちが近所の失われた風景に異質さを感じるのも、きっとほんの束の間のことなのだろう。

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2006年06月27日

ダンゴムシのいる庭

テーマ:本読み

ダンゴムシ  


ダンゴムシの足は16本。エビやカニも歩くのに使わない足も入れると16本で、ダンゴムシは甲殻類というエビやカニの仲間だというのです。知りませんでした。
子供世界ではダンゴムシは人気者で、ダンゴムシの絵本やキャラクターソングもあります。


不快害虫という不快な言葉がありますが(なんて人間の傲慢なこと)、ダンゴムシは枯葉や虫の死骸を食べ土に返す自然の循環に一役買っています。わが庭を見ても確かに、ダンゴムシの耕した土は粒状性に優れていかにも優秀そうです。

エコやリサイクル、自然を大切にと叫ばれる今、もっと人は身近なダンゴムシの生態をよく知るべきなのでしょうね。

ダンゴムシ2 よいしょっ、と ;


「ダンゴムシ」育てて調べる日本の生きものずかん4 /集英社

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2006年06月26日

六月の気圏

テーマ:ブログ

梅雨も後半。
毎朝、窓を開けて一日の初めにくすんだ空と出会う。

同時に触れる梅雨の空気は、空気中から飽和してあふれ出した水分のせいか

ざらざらとした粒状感をもって気道を流れるような気がする。

このとき、いつまで続くのかわからない無表情な梅雨空に、

うっかり変化と感動の薄い毎日の勤め暮らしを重ねてしまうと、

梅雨時はいっそう鬱陶しいものとなるのだが、全天は単純に一様な灰色ではなく、

私はかすかなトーンが空を微妙に染め分けている部分を探してみる。

写真に撮ってしまえばのっぺりとした白い面にしかならないわずかな色の起伏だが、

この微妙な濃淡に、巨大な雲が単なる一塊物でなく

微細な粒子の運動であることを思うと

あの空の雲と、呼吸する空気の湿気の粒は確かにつながっている。

雲を見上げて吸い込む空気に、全天の大気と連なる自分を感じる、これは

湿った梅雨の朝の大好きな瞬間だ。



--------------


 けっして雨も高温多湿も嫌いでありませんので 

 私の前世はカエルかイモリかもしれません。

 嫌われがちな梅雨時にもわくわくする瞬間って、あるもんです。

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2006年06月25日

きれいなお姉さんは好きですか

テーマ:ホラ


メリーランド州のサッソーの町は、プロテスタントの一宗派である長老統制派の町なので、信仰に基づく素朴な生活原理によって日常が営まれている。 たとえば遺体の埋葬などは今もって棺も使わず布で包んで素朴な土葬によって行われるのだが、それゆえにゾンビの町としても有名だ。
まれにゾンビが土中から這い出して静かな町を徘徊することがあるのだが、迷い出た死者は信仰厚い人々にまた丁寧に葬られ、町も公式にはこれを否定しているので、町以外では一部のオカルトマニアと研究者に知られるだけだ。

このゾンビというものが死亡判定後息を吹き返したものなのか、日本でも昔時折見られたという走屍という血迷った死者なのか、あるいは他の何なのか知らないが、どうも近年町のゾンビの様子も変わってきたらしい。町の人が言うにはとにかく、見かけるゾンビが綺麗になったというのだ。

町で自動車整備工場を営むマシューズさん(56才)の談
  「一杯引っ掛けて帰る途中によ、夜道を女が一人でな、

  とぼとぼ歩いているのが見えだもんだから、声かけだわけよ。

  まあ、ちょっとおれ好みのきれいな大年増にみえたもんだからよ。
  いや、別に変な気を起こしたわけじゃねえよ、

  だって夜道の一人歩きはアブねえべえ。
  ほうしたら、いきなり頭さ噛み付かれてよう、

  こいづがゾンビの姉ちゃんだったんだべ。
  ゾンビの差し歯が折れなかったら、おりゃあ脳ミソ吸い出されるところ

  だったんだべなあ。
  いや~、肌の張り、あの色つや、いい女だっけなー。

  とてもゾンビには見えなかったんべ。」

生者と見まがうほどの鮮度の高いゾンビについて、専門家によれば、原因として考えられることはいくつかあって、一つには現代人の体には抗生物質が蓄積しているため死後腐敗の進行が著しく遅くなったこと。もう一つはエステ技術の進行でエステの効能が死後も継続あるいは死後に効力を発揮するケースがあること、また、あくことなき反老化への盲目的欲望が、実に怨念の域にまで達して死後の人を駆り立てているのだという。確かにサッソーの町には、ゾンビがエステやジム通いをしているという噂もある。

さらにゾンビ騒動の有無は別にしてこれは先進国では共通する傾向なのだそうだ。

なるほど、日本でも私の近所を見渡してみれば、
家の前を毎日走ってる干し柿みたいなじいさんも・・・
近所のジムのエアロビに通う妙な化粧のオバサンも・・・あるいは・・・はて。


もっとも日本では、死にながら生きるような現代の人の群れに健康志向なゾンビがまぎれているとしても、これらを区別するのは難しいことかもしれない。

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2006年06月24日

男には飲まねばならないワケがある。

テーマ:

出かけたベトナム・レストランで、向かいに座っていた女二人組みが気になった。

このレストランは広い店内にエキゾチックな植物も多いが、壁も天井もガラスと鏡を多用しているので、人の配置によっては他のテーブルの客が妙に目に入る角度があるのだ。
ただ、おしゃれなせいか安くもないのに若い客も多い。

そんな若い客の中の二人組が目に入ったのだが、気になったのは彼女らの奇妙に長くて太いまつ毛が、まばたきする度にザワザワと目を引いてまるで虫がうごめいているようだったからだ。
そこで一緒にいたY嬢に「すごいまつ毛だ」と言うと、Y嬢もとりあえず外出のときは塗る付けまつ毛だけつければなんとなく格好がついて他の化粧は省略できるので便利だという。
そういうものなのかな。

 何はおいても
 マスカラ塗って
 粋な姉さん
 ゲジまつ毛
   (都都逸風に)

酔ってゲジゲジまつ毛の思いつきに調子に乗って、軽くにらまれる。

それにしても、過剰なまつ毛と濃過ぎるマスカラなんて・・、と続けて私はクダを巻いて、

化粧塗りこめては、専用のクレンジングでぬぐい取り、 おしゃれな店で食いすぎては、ジムやエステに通ってぜー肉を落とす、やはり女が現代の空疎な消費至上主義社会にエサをやっているのかなと言うと、すかさずY嬢、
「その通りね。それはあなたが飲みすぎて胃薬飲んでまた飲みに出かけていくのと同じね。」
と切り返された。

う、やられた、が、こういう生意気な口をきく女の扱いは得意なので追加のオーダーとデザートを大いに振舞って、身動きできないほど飲ませて食わせて差し上げた。

結局この日は店を出ると本当に具合の悪くなったY嬢をタクシーに乗せて、キオスクで買った胃薬を差し出し、「同士よ・・。」と見送ったのだが、Y嬢の顔には人間の女から異形の生命体アンノウンに転落してしまった苦悶が見て取れた。

男の飲む事情に口出ししてはならない。男には飲まねばならないワケがある(爆<バカ)。

それにしても、私のペースで飲み食いしようなんて、ふ、甘いぜ。

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2006年06月22日

傘がない

テーマ:ブログ


雨傘の忙しい季節です。
雨の日の外出に、雨を避ける手段として傘が一般化したのはいつのことなか知りませんが、江戸時代には蛇の目の唐傘だったのが、二百年以上を経た現代に至っても防水加工の化繊の傘に進歩した程度というのは、なんと偉大な科学の進歩なのでしょう!

ジュール・ベルヌは知りませんが、幼少時の私もまさか21世紀になっても人は雨の日には傘さして歩くなんてことは想像しておりませんでしたね、ほんとに。

こんな雨具への愚痴はともかく、傘をよく使う季節は、傘がよくなくなる季節でもあります。
コンビニや本屋の店先に傘立てがありますが、こんなところに置いた日にゃ傘が何本あってもたりません。傘を置いて買い物後まで傘があったら、それはラッキーだっただけというもの。。

先日も会社を出ようとすると、また雨。
ところがあいにく傘がないので仕方なく、傘立ての中から遠慮しつつ見るからにたぶん誰も使っていないであろうと思われる安価なビニール傘の、しかも経年劣化して黄色みを帯びてペタペタするようなのを一本拝借して出かけました。

・・・その晩部長が帰り際、「コンビニで買ったオレの大事な傘がない!」
言い出してひと騒動あったそうですが、もちろん、私の関知することではまったくありません。

しらん、しらん。

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2006年06月21日

ダ・ヴィンチDNAコード

テーマ:本読み

中世のスペインに突然キリストが現れる。ところが町を徘徊するキリストを、教会の大幹部、大審問官が捕らえて牢獄に放り込んでしまう。 牢獄のキリストに対し大審問官は、「お前が民衆にいらぬ自由などを与えたから、世の中は混迷し悲惨で今もってこの有様だ」 とこっぴどく非難する。
ご存知、ドストエフスキーの大作「カラマーゾフの兄弟」の一場面だ。

ここから現代にキリストが現れたら、という仮定の話になった。
P君が言うには、
「当然、大審問官同様、すぐにとっ捕まえてDNA鑑定だよな」
こいつは倫理学を扱う大学教員という、人類の中でも最も宗教的感化を受け難い人種であるので、言うことに歯止めがない。

「DNAを採取してキリストの末裔探しか?」と聞くと、

「甘い、甘いよな。キリストはユダヤ人だったから、割礼を受けているわけ。だからこれは有名な話だが、切り取ったあそこの皮がフランスの教会に今でも残ってるわけ。すでにバチカンがキリストのあそこの皮からDNAの採取には成功しているのさ。
だから双方のDNAを比較して真贋判定をするのさ。」


さらに極秘にこの皮のDNAからバチカンがクローンの研究に取り掛かっている、という話もあったのだが、そもそもクローン研究自体を教会が反対している上に、キリストのクローンなんて称する得体の知れないヤツがいたところで教会の利益になるとは思えないので、これなどはキリスト空飛ぶ円盤飛来説並みのトンデモ怪説ではある。

(もっとも、過去自称キリストはたくさんいたが。)

 ただキリストの皮は本当の話らしく、一方で教会が秘匿する情報が多いことなどから 教会の秘密主義がゆえにダ・ヴィンチ・コードのような小説が出てくるネタの宝庫を 教会自ら作っているのだなと思われた会話ではあった。

確かカラマーゾフの兄弟では、とらわれのキリストを前に大審問官は、「われわれは民衆から自由を取り上げ教会が管理する幸福な社会を構築するのだ」とぶち上げていたが、「人間の自由」と「社会管理側の論理」の関係をあぶりだして、教会だの宗教などにとどまらず今日の社会と我々にとっても色あせないテーマではある。

人間の自由欲求管理欲求の起源をDNAのプログラムに求める説もあるらしいが、万一キリストのDNAが解析されたら聞いてみたいのは、この一点だろうな。

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2006年06月18日

ブログをやってて良かった事

テーマ:ホラ

十日ほど前のことだ。出先から会社に戻る道すがら、きれいな夕焼け空に出会った。
雲に描かれた夕映えの光と忍び寄る闇の絶妙のタッチに「これはイイ、ブログのネタになる」、と思った私は空をなるべく広く取り入れた写真を撮ろうと、すぐに目の前の商業テナントビルの屋上に上った。


屋上から眺める夕映えは一段と素晴らしく、私は屋上をあちこち歩き回ってベストアングルを探し当てると記事のイメージも出来上がる

「きょうのタイトルは、”あの空の向こうに”ってとこかな」いいネタを見つけた満足感に心も躍る。


だが写真を撮るにはどうにも目の前の金網フェンスと支柱や清掃用のゴンドラが邪魔だった。

そこでフェンスの上から写真を撮ろうと背広も靴も脱いで金網に足指を引っ掛けてフェンスをよじ登り始めたのだが、無人と思っていた屋上にいつの間に近寄ってきていたのか、背後から忍び寄ってきた男二人に怒号を浴びせられるとともに猛烈にタックルされてたちまち引き摺り下ろされた。私ははずみでデジカメを取り落としてしまい、なんとか二人を振りほどこうと抵抗したのだが、不意を突かれた上に多勢に無勢、たちまち羽交い絞めにされて、事務所らしきところに引きずり込まれてしまったのだった。


なにかオレまずいことしたか?不法侵入かな、とおどおどしていると、
年配のネクタイした男が、「まだ若いのに、早まったまねをするんじゃないよ! な、な、話を聞こうじゃないか。あんなまねだけはやめてくれ、な!」とほとんど泣かんばかりに懇願調である。
「へ? 」これは何かとんでもない誤解を受けたらしい、私はしどろもどろに弁明した。
「いや、あのですね、今日の記事がほら、私はただ、だから、あの空の向こうに、って・・・」
男の目がさらに吊り上がった。
「わかった、わかった!、わかったから、今は何も言わなくていいから。」
どうにも話にならない。口を挟む隙もない。


そうこうしているうちに、私のかばんの身分証明でも見て連絡したのだろう、会社の上司が現れた。やれやれ、これで助かったか、と思ったら、そこへビルの警備員らしい男が私の上着と靴を持って入ってきた。
「これが屋上のフェンスの下にそろえて置いてありましたっ。」  

部屋の空気がずんっと重くなった


上司いわく、「こんなになるまで、気付かなくて、俺が悪かった、俺が悪かったから、な、とにかく戻ってゆっくり休め、な、話はあとでゆっくりすればいいから。」 こいつも、てんで人の話を聞こうとしない。


私がふてくされていると今度は、なんと家族や親まで現れて、事務室はハチャメチャなことになってきた。親なんか遠いのによくやってきたものだが、嫁も親も来るなりすぐに泣き出して、みんなに慰められている始末だ。とても私が話をするどころではない。


事態をなんとかしようとしたのかまたあのネクタイの年配の男(このビルのオーナーなのだという)が言った。
「そんな若くて、思いつめることは無いんだよ、まだ若いんだからなんとでもなる!」


さっきから聞いていれば若い若いって、実際そんな自慢になるほど若くはないし、むしろ若く見られがちなのを気にしてるのに、このおっさんはもう、、、私もいい加減腹を立てて言い返した。
そんな若くはありませんよ、だいたい、モーツアルトなんか私の歳にはもう死んでるし・・」
また部屋の空気が凍りついた。 


しまった、たとえが悪かったか・・。結局この日は満足に話を聞いてもらえず、収拾のつかないよくわからない状態で帰されることになってしまったのだった。


・・・あの日以来、ちょっと周りの様子が変わった。相変わらず屋上事件の話は避けられているが、みんなとても優しい。気の向かない仕事が舞い込んでも、「疲れた..。」と言えば、別の人間がやることになるし、今日なんか窓の外を見てため息をついたら、上司がうな重をご馳走してくれた。家でだって町内の一斉清掃の日程など見せられても、庭の草が伸びても、「遠くへ行きたい・・。」とつぶやいて目を泳がせればみんな家族がやってくれる。


なんだか誤解されっぱなしなのはなんとなく納得できないのだが、ま、ともかく、

いやー、ブログやってて、良かったなー!


(いつまでこの極楽が続くのかわからないが)




****6月19日23:00 皆さんのコメントを拝見していて、なんだか不安になったのでテーマカテゴリを修正いたしました。ブログ→ホラ  当ブログではあまり意味のないカテゴリ分けではありますけれど****

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2006年06月17日

休日の朝の皇帝

テーマ:ブログ


まだほのかに乳白を残した空気の中、
眠気の残る目にキッチンに差し込む光がまぶしい。
普段の気ぜわしさから解き放たれて、時間に追われることがなく
朝食のバリエーションに凝ることができるのも休日の朝の特権だ。

私はここ何年もお粥がお気に入りだ。
土鍋に一杯の玄米粥に、様々な付け合せをそろえて
さあ食うぞ、と取り掛かるときのワクワク感は
晩のおしゃれなディナーにもまったく劣らない。

土鍋一杯は大変な量だが、ほとんどが水分の多お粥であるので
実際はたいしたカロリーではない。
炊き上げたご飯では食べにくい玄米もお粥ではまったく問題がない。
たっぷりの熱いお粥とたっぷりの時間をとることの充実感。

休日だから、取り掛かる時間が遅くなっても、
ゆっくり食べ過ぎてブランチになってしまっても、何も問題はない。
にぎやかであったかくて、テーブルの上の時間もメニューも自由に差配する
私は休日の朝の皇帝だ。

人生には小さな幸福に出会う無数の小道があるとしたら、
その一つは休日の朝食に凝ってみることだ。


***


付け合せの例
 桜海老とタマゴの炒り味噌
 発酵豆腐(各種・中国製)
 山椒の実のしょうゆ漬け
 定番の梅干
 揚げ麩
 塩鮭
 上海卵(殻付きのゆで卵を醤油とみりん八角を加えて煮込んだもの)
 おかひじきのマリネ

等々・・・

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