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2006年01月31日

運命の女神をかどわかす

テーマ:ブログ

運命の神は女だから時々これをひっぱたいてやらねばならない
といったのは確かマキアベリ。


そう、人の運命なんてその実かなり偶然的で時に不条理ですらあるものだから
努力やまじめさは必ず報われるなんて、かなりのところ嘘だとおもっっていても、
無理にも妄信しないとやっていけないのがこの世界。


それだからこそ、気まぐれな女神は
時々ひっぱたいてこっちをこっちを向かせる必要がある。


さて、明日から月も変わるところで、ツキも変えたいところだが
運命の女神は、気まぐれで横柄だが、強引なやつには
意外に従順で、短期的には服従したがっていたりもするのだ。


「時々」、というのがみそだが、
気まぐれで無軌道、非理性的な上にわがまままで入ってきた運命の女神は
ひっぱたくだけでは足らないこともあるかもしれない。
そんなやつは、こうだ!

  廣野の恋
・・・君をさらっていく風になりたい、でござる。


(なお拙者、現実世界では女性に手を上げることなどは決してありません)

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2006年01月29日

寒い虚の日に一句

テーマ:ホラ

寒さと疲れで、一日引きこもった今日。
こんな日に思い出す、子供の頃に見かけた英語俳句(?)

You might or more head today's some fish.

(読み人知らず。無断引用御免。だれか作者を教えてください)


ホントに今年の寒さは身にこたえるので、
こんな句でも口にしないとやってられません。


ところで訳はなんだって?


   訳 ドラッグして→ (云うまひと思へど今日の寒さかな


・・・傑作ですよね!

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2006年01月28日

日脚の伸び

テーマ:ブログ

これは自慢だが私は足が長い
ウソだと思うのなら、ほらこれが何よりの証拠、
ま、15メートルはあるかな。

長い影
冬至を過ぎて毎日じりじりと日脚の伸びる様子を
毛一筋ずつ、とか、畳の目ひとつづつ、と言い表すことがあるが
日脚の変化は高緯度地方ほど大きいので、ヨーロッパなどでは
ニワトリが跳ぶように、などと表現されるようだ。

日本の日脚の伸びは本当にじれったいほどだが、
それでも二月にはいるとめっきり昼が延びたことを実感するようになる。
太陽が帰って来るのだ。

そして私の脚は縮んで日本人体型が暴露されていく。

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2006年01月25日

私と彼女の不携帯電話

テーマ:ブログ

私にとって、現在は(私用の)携帯電話は電話というよりもむしろ、
通話も可能なメール端末である。
たいていの要件はメールで済むし、PC宛の特定のメールも携帯に
転送している。

ところがこんな私に電話してくる女友達がいるのだが、
必ず酔っ払って深夜。現在は深夜に電話に出る習慣のない私は
夜中に携帯を近くに置かないので、電話がわかるのは翌朝の不在通知を
見たときである。

一方私はメールをしばしば送るのだが、

「メールを見るタイミングは受け手に選択権がある」

と主張する彼女は、いったいいつメールを見るのかわからない。
メール全般について受信の翌日どころか、三日後なんていうのも珍しくないらしい。

こうして、私たちは永遠にすれ違う、というほどでもないが、
ばらばらの軌道を描く惑星と彗星が、たまに接近するように
ごくまれに連絡のタイミングが一致して会ったりもする。

こんな、会うことが当てにならない仲の友達も、まあいいだろう。


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2006年01月21日

雪の日

テーマ:散歩

本日関東地方大雪です
雪の中せっかくのご来店、まことに申し訳ありませんが、
captain-jackは雪中行に出かけたため、臨時休業とさせていただきます。

雪の日
といってもわずか十数センチの雪ですけどね。


 雪を眺め、雪に触れ、雪の中を歩く。
 木立の中を誰も踏んでいないまっさらな雪に記された
 一本道の足跡を辿っていくと
 途中から小さな足跡が合流していた。


 誰かが誰かを迎えに来たのだろうか
 それとも雪の日の待ち合わせだろうか
 誰もいない雪の道に残された、小さな物語。


こんな風景に出会いに行くのも雪の日ならでは。

え?こんな日に出かけるのは、泥棒か駆け落ちだけだって?
ほっといてくれ!?

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2006年01月19日

これが全部金だったらこれが全部金だったら全部金だったらああ金だったら金だったら金が・・・

テーマ:ブログ

腐葉土つくり

先月のこと。気まぐれに、
落ち葉から腐葉土を作ってみようと思い立った。


もちろん、怠惰で無精なガーデナーとしてのポリシーを曲げるつもりは
微塵もないので、極力手間のかからない方法をネットで検索してみた。

結局、前に衝動買いしてほったらかしだった木と素焼きのプランター
(植木鉢のこと。ともに深さ・直径とも40cm弱くらい)に落ち葉と土
を詰め込んで時折攪拌と水の供給をする方式に落ち着いたのである。


落ち葉かきは秋から冬の風情のひとつ、とはいえ、集めた葉を
袋に丸めるだけでも大変な手間であるうえ、単なるゴミ出しには
非生産的な空しさも漂う。


それがこうして不要品落ち葉のリサイクル
使うあてもない植木鉢にも働き口が見つかって、言うことなし、
はっはっは。
でもやることは地味な作業ゆえ、黙々とやるのもツライもので、
鉢に葉を押し込みながらいろいろな雑念が頭をよぎった。


 この腐葉土作るのに結局いくらかかることになるのかな・・??
 そもそも、金はゴミや糞尿と似ているかもしれない。
 どちらも世の中の営みによって生産あるいは排泄されるもので、
 適切に扱えばこうして肥料や資源にもなるが、
 年中金のことばかり考えて汲々としているやつは臭くて汚い・・・。

で、うっとうしくなった私は労働歌よろしく調子をとりながら
落ち葉を押し込むことにした。。。

 
 ♪ああ~、これが全部金ならば、全部葉っぱが金ならば、
 葉っぱ全部おれの金~全部おれの金~全部おれの金~金が・・金が・・・、
 

 ・・これでさらに異様な情景となったことは言うまでもない。。
ほんと、アホだな。

(注:captain-jackは金に妄執する事はないので、パフォーマンスとして

こいうことをしても良いのだ、武士は喰わねど落ち葉かき、ふむっ。)

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2006年01月17日

冬の惑星

テーマ:二月堂便り

氷2

昔はね、地球はもっと暖かかったんだよ。
ほら、その頃の名残がこんなところに閉じこめられている。


冬になる前の葉っぱが閉じこめられた氷は、
秋という太古の記憶を今に伝える季節の化石のようだ。

 

そこで今はまだ実感のない春風の記憶を呼び起こそうと
氷を空に透かしてみた。
氷3


公園を散歩するそんなわたしのそばを、遊んでいた子供達がかけていくと、
風にのって、日を浴びた枯れ草の匂いが押し寄せてきた。


それは日に日に回帰する、太陽の匂いに違いなかった。


春はそんなに遠くない。

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2006年01月15日

都会のダンディズムはさりげなく

テーマ:ホラ

A君宅で夫婦喧嘩があった。


別に夫婦喧嘩など珍しくもないし、
拙者は他人の家の事情など興味もないのだが、
A君が浮かない顔をして、いかにも何か聞いて欲しげだったため、
いやいやながら付き合いで様子を問うたところ、
原因はA君の鼻毛なのだという。

正確にはA君が鼻毛を刈るのに、
奥方の眉毛用の電動シェーバーを使ったことが
奥方の気に障ったらしい。

A君にしてみれば奥方が繊細な動きのシェーバーでもって
眉を微妙にカットするのを見て、これは便利だと
何気なく気になる無駄な鼻毛をカットしたらしいのだが、
奥方は「何するの!信じられない!
もうこのシェーバー使えない!」と大騒ぎになった。

さらに奥方の剣幕に慌てたA君が、
別にこれが初めてではないと口走ってしまったため、
奥方の興奮はいよいよ手のつけられない状態となったらしい。

結局A君は専用の鼻毛バリカンを買うことにしたとのこと。

しかし、しかしである。私らのいる東京というところは、
大勢の人間が、毎日息をすることによってかろうじて空気の清浄化が
図られているようなところである。
間違いなく、日々人間が息をして空気をきれいにしているのだ。
もちろん全国的にアスベストだって怖い。

こんな環境では、私たちは鼻毛を見苦しいとしてカットするよりも、
むしろたくましい鼻毛の賛美をこそすべきなのではないのだろうか?

そしてA君と拙者とでは、たかが鼻毛ごとき(しかも亭主の)に大騒ぎする、

女の感受性というのはよくわからん、という話になったのだが、

女性一般のご意見を聞いてみたいところだ。


鼻毛処理

(溢れるダンディズムの極地・・・

というか、この男性モデルのきわどいかっこよさ!?)


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2006年01月13日

女たちよ! 世の恥多きファッションよ!

テーマ:本読み

こんな本を読んだ・・・

ああはずかし

これまでに「恥ずかしかったこと」というのを、

主には女性が雑文として綴っているものだけれど、
まあ、おおよそたわいもない話である。


ズボンのすそに洗濯物のパンツが引っかかったまま歩いてていたとか、
コート脱いだらスカートはくの忘れていたのに気がついて
そのまま帰った、とか・・・


まあ、当人たちにとっては大変なことなのだろうけど、
男にしても女性のそんな場面に出くわそうものなら、
これまた困惑ものである。

それは、本人の恥に配慮しつつ、どのように注意しようか、という点で。


そんな困惑に、これまでに拙者が遭遇したケースとしては、、、
「大きな荷物を肩に担ぐときに一緒にスカートが
めくれあがったのであろう、尻丸出しで歩く女性」
「洗濯物のTシャツがスカートの腰に引っかかってぶらぶらさせながら
歩く女性」
。。。


いずれも若い女性で、見かねてそっと極力さらりと注意してあげたのだが
当人たちは戸惑いながらも、素直に感謝していた。

こうしたケースを経て、自信を得たというほどものもではないけれど、
注意すべきはちゃんと注意してあげるのが本人のため、との
思いをいっそう強くいたしたのですな。


それが良くなかった。


そんなもう数年前のあるとき、
いたいた、駅のホームにひとりたたずむうら若き女性、
本人は思いっきりキメたつもりなのだろうが・・・
幸いにホームは人が少ない、注意してあげるのなら今だ。。。
親切な私たちはそっと近づいて、にっこり注意をしてあげた。
「あのう、もし、ズボン脱ぐの忘れてますよ」

そのときの女性の真っ赤になってにらみ返した顔が忘れられない。


スカートとロングパンツをあわせてはく、という珍妙なファッション
はやり始めたのはそれからまもなくのことであった。。。


(そんなわけで、あんなものはファッションとは認めません!!!)


(なお、実はこの時は私は、「ん?」と思うところがあったので、

実際の注意はA君にさせて、私は離れて見ていたのだった。。。

・・・拙者、そういうヤツなんです^^)

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2006年01月11日

月夜の招待

テーマ:本読み

雪の地方で育った子供の頃、雪の積もった晩には、
闇に没する夏には見えない光景が広がっていて、
雪明りの白い闇に浮かぶ家や木、
遠くの山のふもとに至るまでの道は、距離も時間も関係なく、
雪の上をたどればどこまででも歩いていけそうな気にさせたものだ。

太平洋側のこのあたりの冬は、めったに雪も降らなければ
雪や冬の風物を擬人化したキャラクターの活躍する場面も少ない。
それゆえ、時折北国の冬の文化の深さと物語は憧れとなる。
実際に雪と格闘する生活がいかに厄介なものだとわかっていても。

冬の晩には寒いのは大の苦手の大人と成り下がった郷愁として、
月並みだけれど、宮沢賢治童話集。中でもお気に入りは『ゆきわたり』。

ゆきわたり
雪の表層が硬く凍って足をとられずに歩き回れるようになる月の晩、

幼い兄妹は子狐たちの幻灯会に招かれる。。。
宮沢賢治の童話はどれもたいてい美しいけれど、これは特に秀逸。


もっとも、かた雪の上をすいすい歩けるのは子供だけなので、
狐の招待を受けられない大人は、寒い晩には家で酒盛りをするのが
ならわしなのである(今私が決めたのだけれど)。



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