可哀想な人だな、と思えばいいの。
それで、おしまい。」


人生いろいろあったらしい祖母がそう言うので、
忘れずに思い出すようにしている。


わざわざ棘のある言葉を選んで投げつけてくる人。皮肉。嫌味。
ネガティブなコメントしかしない人。
「あなたより私の方が適任、あなたにはできない」と
上に立つための言動を繰り返す人。


自分の心に波風が立つ前に、深呼吸して、そして遠慮なく言い切る。
あぁ、可哀想な人。
きっと、根本のところで満たされていない。
短期的な衝動しか見えていない。


そして、相手を傷つけたい衝動に駆られたら、
「可哀想な人になってはいけない」と踏み止まる。
目指すのは衝動を満たすことじゃない。
狙う落とし所は、もっと、その先だ。

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「考えなさい、自分とは異なる誰かのことを / Think of Others」

Mahmoud Darwish

 

朝食の支度をするとき 考えなさい 自分と異なる誰かのことを

ハトにえさをやるのを 忘れてはいけない

争いへ向かおうとするとき 考えなさい 他者のことを

平安を求めている誰かのことを 忘れてはいけない

水道代を支払うとき 考えなさい 他者のことを

雲からの水で生き延びている誰かのことを 忘れてはいけない

家 あなたの家に帰るとき 考えなさい 他者のことを

テントで暮らす人のことを 忘れてはいけない

眠りについて星々を数えるとき 考えなさい 他者のことを

寝るための場所を持たない 誰かがいることを

自身を喩えて解放するとき 考えなさい 他者のことを

言葉にする権利を失った 誰かのことを

そしてあなたが遠くの他者のことを想うとき

考えなさい 自身のことを

そして声にするのです

「ああ、私が暗闇の中の蝋燭であったら!」と

 

原文はこちら

 

* * *

 

M. ダルウィーシュは、パレスチナの代表的な詩人です。

1941年に生まれ、2008年に亡くなるまで、

パレスチナ人の心の琴線に触れる数々の詩を発表してきました。

 

パレスチナではエドワード・サイードよりも彼の方が断然知られていて、

ウォール・アートにも描かれていたりします。

タクシー運転手が詩を諳んじてくれた時はびっくりしましたが。笑

それだけ、彼らの心に沁みる作品が多いのでしょう。

この詩もアラビア語が韻を踏んでいて、シンプルに美しくできています。

 

* * *

 

「モラルは詩に秘められた弾丸」と説いた詩人の、

最上級のモラルを見せつけられたような思いがします。

遠く、遠くの人を想えばこそ、

私が、彼が、彼女が、闇の中の蝋燭でいられますように。

いま、ここで。

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ラザニアの記憶

テーマ:

急に、母の「ラザニア」が恋しくなりました。

それで台所に立ち、ミートソースをくつくつ。

昨日はホワイトソースを作ったので、2種のソースをパスタにかけて

パルミジャーノを削ってかけてしまえば、我が家の味の完成です。

 

我が家のラザニアは、イタリア人が見たら

「はぁ?」と言うであろう形をしています。

高さは8cmほど。ガラスの大きな丸い器に入った、ケーキの形です。

その中に、ミートソース、スパゲッティ、ホワイトソースを重ねていき、

最後にたっぷりのチーズでフタをして、オーブンで焼き上げます。

 

ラザニア生地を使わない「ラザニア」。

私が物心ついた頃から我が家の定番メニューだったので、

25年くらい前には、既に母はこれが十八番だったことになります。

多分その頃は、スーパーにラザニア生地なんて無かったんだろうなぁ。

でも、ケーキみたいに切り出されてくるスパゲッティとソースの塊は、

私の大大大好物でした。

 

* * *

 

ラザニアの味は、仙台で過ごした小学校3年生の頃の記憶とともに

脳の中に保管されています。

私の誕生日パーティーか何かで、母がラザニアを作ってくれた時のこと。

招いた友人たちを大通りまで送る帰り道、彼らが

「まいちゃんのママって、料理上手だし美人だね」

「お父さんも、かっこいいね」と言ったのです。

 

あまり感情を露にするキャラでは無かった私は

たぶん「そうかな?」とかテキトーな言葉を返したのでしょうし、

相対的に見て我が両親がどうなのかなんて、

考えたことがありませんでした。

それでも、確実に嬉しかったのです。覚えているくらいだから。

 

自分のルーツを認めてもらえること、好意を持ってもらえること、

そして自分がそれらを好きであることは、

自分自身を認めて好きになることと、案外に直結しています。

その後、思春期にすったもんだあった我が家ではありますが、

私はいま、自分の両親が好きです。とても。

そして彼らから生まれてきた私自身のことも、

あれこれ「しょうがないなぁ〜」と思いながらも好きです。

 

 

だから、これから二十年は子育てに従事する自分自身も、娘に

「うちの母は(しょうもないところもあるけど)かっこいい」

と思ってもらえる人間でありたいのです。

それはラザニアの形を取らないだろうし、

もしかすると固体の器すら持たないかもしれないけれど、

なにか、娘の記憶に残ったらいいなぁ、と思っています。

 

 

ラザニアの記憶、でした。

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ギヨメのように綴りたい

テーマ:

サン=テグジュペリの「人間の土地」に出てくる

ギヨメのように、文章を書きたいなと思っています。

 

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それにしても、あの晩、なんと不思議きわまる地理学の講習を、ぼくが受けたことか! ギヨメはぼくに、スペインを教えてはくれなかった、彼はスペインをぼくの友達にしてくれた。彼は、水路学のことも、人口のことも、家畜家賃のこともまるで語らなかった。……ただゴーデスの近くに、ある原っぱを囲んで生えている三本のオレンジの樹について、<あれには用心したまえよ、きみの地図の上に記入しておきたまえ……>と、言った。するとたちまちにして、その三本のオレンジの樹が、地図の上で、シエラネヴァダの高峰より幅を利かすことになるのだった。彼はまた、……つまらない一軒の農家について語った。その生きた農家について。……すると、この夫婦の者が、ぼくらのいまいる所から千五百キロの遠隔の地にありながら途方も無い重要さをもつのであった。……こうしてぼくらは、全世界のあらゆる地理学者に知られていない事情を、その忘却とその驚くべき距離の奥から引きずり出してくるのであった。……ぼくは、地理学の先生たちがなおざりにした、あの羊飼い女を、その正当な位置においた。

サン=テグジュペリ「人間の土地」(堀口大學訳、新潮文庫)p.15-16

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* * *

 

最近、スマートフォンを解約しました。

自分らしい時間を取り戻したかったからです。

長い長い移動時間に新聞と本が読めるようになり、今月に入って6冊読みました。

しばらく、こうやって過ごしてみたいと思っています。

2017年の目標と指標

テーマ:

仕事や活動とは別に、今年の目標を決めました。

 

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1)文章力を伸ばす。
指標1:月に1本、2,000字以上の原稿を書いて

誰かに見せ、赤入れしてもらう。
 

2)知識の引き出しを増やす、深める。
指標1:年間25冊の本を読む。
指標2:好きな詩人を2人見つける。
指標3:年間12本の映画を観る。

 

3)自分という器を使いこなす努力をする。
指標1:和服の着付けができるようになる。

指標2:心地よい生活ペースを見つけて維持する。

 

4)語学力を維持する。

指標1:月に2回はパレスチナの友人に電話する。

指標2:アラビア語正則語の文法テキストを読み直す。

 

5)貯金。

指標1:娘を4年後に中華街の小学校に行かせてあげられるよう

我が家の収入(=自分1人分)・支出(=家族3人分)を整える。

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全体にいえることですが、今年も前を向いて

変化を恐れずに生きたいと思います。

では、がんばります!ほどよく。

 

 

 

{37B898D0-DDA5-4513-99A0-661CFAE2600E:01}
エルサレムで暮らしていた家から見る朝日。

 

 

 

 

 

全く年末感がないまま年賀状を一生懸命書いていますが笑、
恒例の振り返りです。

 

★2016年の目標一覧
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1)表現・発信する力を向上させる。
指標1:年間25本、ブログ等の記事を書く。
指標2:年間1講座、イラストレーターの基礎講座を受講する。

 

2)多くのものに触れて「のりしろ」を増やす。
指標1:年間25冊の本を読む。
指標2:好きな詩人を2人見つける。
指標3:年間12本の映画を観る。

 

3)人をケアする力を身につける。
指標1:年間1講座、ネイル講座を受講する。

 

4)仕事で頼られる人になる。
指標1:簿記3級のテキストをもう1回やり直す。
指標2:研修、勉強会に年間2回以上参加する。
指標3:保育士試験のテキストを1冊読みこなす。
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以下、個別の振り返り。

 

 

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1)表現・発信する力を向上させる。

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■指標1:年間25本、ブログ等の記事を書く。

→ブログ65記事(260%)+職場経由で記事3本


■指標2:年間1講座、イラストレーターの基礎講座を受講する。

→0講座(0%:来年に回します!)

 

職場のブログは以下9つでした。

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パレスチナのコンテンポラリー・ダンス(7/4)

5年後のイスラエル(7/7)

燃えさしのタバコで思い出した、東エルサレムの子どもの現実のこと(7/25)

「ISはムスリムじゃない、マフィアだよ」(8/4)

「ペレスの弔問になんか、行くべきじゃなかったのに」(10/3)

「よく殺してくれた」と言う少年に出会って(10/17)

"Breaking the Silence"のヘブロン・ツアーに参加して(10/31)

ガザでの不自由さをほんの少し体験して思うこと(11/24)

NGOスタッフが過ごす、ガザでの一日(1)〜病院訪問編〜(12/5)

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自前のブログは10月に1.7万アクセスをいただき、

留学中のブログのペースを最大瞬間風速的に越えたことが

なんだか感慨深かったです。笑

ただダラダラと書きたいことを綴っているだけに

後で読み返すと恥ずかしいのですが、シンプルに嬉しく思いました。

共感いただいた皆さま、本当にありがとうございました。

 

その他、「Tuning」という媒体にもコンテンツを提供しています◎

 

一年を通じて、「書く」マインドに少し戻れた気がします。

来年はブログではなく、別媒体に出す文章に精を出したく。

それから、自分の文章の型が決まり切ってしまっているので、

それを打破することも目標となりました。

 

 

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2)多くのものに触れて「のりしろ」を増やす。

------------------------------------------------------------------------------------
■指標1:年間25冊の本を読む。

→16冊(64%)+7冊読みかけ


■指標2:好きな詩人を2人見つける。

→1人(50%)

 

■指標3:年間12本の映画を観る。

→14本(116%)

 

アウトプットに偏り気味の1年でした(これは仕方なくもある)。

 

■本リスト

蟹工船」(小林多喜二)

風たちぬ」(堀辰雄)

吾輩は猫である」(夏目漱石)

最後の授業 ぼくの命があるうちに」(ランディ・パウシュ)

アレー! 行け、ニッポンの女たち」(こかじさら)

嫌われる勇気」(岸見一郎、古賀史健)

王とサーカス」(米澤穂信)←友人からのプレゼント

部下を定時に帰す仕事術」(佐々木常夫)

我々はなぜ戦争をしたのか」(東大作)

イスラエル・パレスチナ問題の根源を知る」(朝日新聞・川上泰徳)

リップヴァンウィンクルの花嫁」(岩井俊二)←だんなオススメ

なるほどそうだったのか!!パレスチナとイスラエル」(高橋和夫)

ネットと愛国」(安田浩一)

勝てないアメリカ」(大治朋子)

空白の5マイル」(角幡唯介)

ゆううつ部!」(東藤泰宏)

 

※読みかけ…

Political Conflict and Exclusion in Jerusalem」(Rawan Asali Nuseibeh)

打ちのめされるようなすごい本」(米原万里)←これは敢えて少しずつ。

失われた30年 逆転への最後の提言」(金子勝、神野直彦)

謎の独立国家ソマリランド」(高野秀行)

アメリカ・メディア・ウォーズ」(大治朋子)

『反戦・脱原発リベラル』はなぜ敗北するのか」(浅羽通明)

殺す側の論理」(本多勝一)

 

■映画リスト

「Degrade」(未公開)

「ホーキング」

「パラダイス・ナウ」

「シリア・モナムール」

「オマールの壁」

「パイレーツ・オブ・カリビアン⑴」

「小さいおうち」

「だから まいにち たたかう」

「母と暮せば」

「スターウォーズ フォースの覚醒」

「ライフ・イズ・ビューティフル」

「君の名は。」

「Rough Stage」

「この世界の片隅に」

 

■詩人

私よりずっと若い(かつ尊敬している)友人に薦められた、

田村隆一の詩を「腐敗性物質」で読みました。

 

次々に反射されて行くようなイメージの一つひとつから、

彼の心に刺さったまま抜けない杭のような

戦争の存在感に思いを馳せました。

 

 

目標2に関しては

全体として、私らしい偏りがあることは否めません。笑

米原万里の書評エッセイを読むたびに、彼女の守備範囲の広さと

どこまでも貫き通す彼女らしい視点に唸らされますが、

彼女に倣い、来年はもう少し読む本の範囲を広げたいと思います。

(特に経済。)

 

 

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3)人をケアする力を身につける。

------------------------------------------------------------------------------------

■指標1:年間1講座、ネイル講座を受講する。

→50%(受講半ば:来年に持ち越し!)

 

駐在までに全5回を終えられませんでした…!

来年終えます。

あと、ハンドマッサージができるようになりたいなー。

 

 

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4)仕事で頼られる人になる。

------------------------------------------------------------------------------------
■指標1:簿記3級のテキストをもう1回やり直す。

→50%(目を通し直しました)

 

■指標2:研修、勉強会に年間2回以上参加する。

→100%(ヘブライ語講座+安全管理研修)


■指標3:保育士試験のテキストを1冊読みこなす。

→0%(うーん、これはそろそろ削除かもしれない。)

 

仕事、というより趣味の域を出ませんでした!

スキルアップは引き続き課題です。

 

ただ、海外駐在中に自分のことをよくよく考えた結果、

自分のどこを使いどう伸ばして生きたいのか、

方向性が少し見えてきた気がしています。

これが、2016年いちばんの収穫。

たくさんの方に、相談に乗っていただきました。

自分を取り巻く環境に、改めて感謝します。

 

「人に何を求められているか」

「世間的には何が求められるか」

ということで自分を縛らず、

自分に必要だと思うことを、正直に進めたいと思います。

 

 

 

2017年の目標と駐在振り返りは、改めて。

エルサレムから空港へ向かうタクシーの中では

感傷に浸るかと思いきや、結局ドライバーと話しっぱなしだった。

他愛も無い世間話から始まり、話題はいつしか教育になった。

「教育は強く在るための武器だ」と言う友人がいてね、と口にすると、

そのパレスチナ人ドライバーのおじさんがボソリと言った。

 

「その反対でいえば、

『教育を受けられない人間は弱い』ということだな」

 

その通りだな、と思う私の心のどこかで、カチリと歯車が動く。

 

折しもその前日、トルコとドイツで事件があった。

そのさらに前の日には、ヨルダンでも人々が亡くなったばかりだ。

 

暴力は、他の手段を信じられなくなった誰かが使う、

分かりやすい短絡的な「強さ」だと思う。

ひとを怯えさせ、バラバラに散らす。

 

対する市民の私たちは、暴力とどう相見えるべきなのだろう。

感情的に反応する前に、教育を受けて育ってきた私たちなりの、

ただしい強さを発揮できないものだろうか。

 

教育期間を経て育てたはずの、先見。歴史から学んだこと。

冷静に分析する力。俯瞰する力。想像力。人と関わる力。学ぶ力。

 

 

そういったものが、ひとに、メディアに、

溢れていてほしいなぁ。とシンプルに思う。

この自由すぎる世界を、健全な強さで満たすために。

傷ついた日のこと

テーマ:

睡眠薬を無くす、という挑戦に出ただんなくん。

うつを患ってから沢山の「杖」をついている彼の暮らしの中で、

この薬は一番太い杖の一つでもあります。

お医者さんと相談したこととはいえ、障害は多いらしく、

生活がガタガタと一気に崩れてしまったそうです。

 

ある日、彼とビデオ通話していたときのこと。

「(パートタイムでお世話になっていた)職場を辞めた」

と、絞り出すように彼が言いました。

普通に出勤できない自分は、迷惑をかけてしまうから。

自分も辛いから。

 

「そっか、ゆっくりやりなよ。

 薬をなくすことに集中すればいい。大変なことだから」。

 

そう答えた私でしたが、次の日を迎えてみると、

しっかり寝たはずなのにベッドから起き上がれない自分に気付きました。

憂鬱で、腕を上げるのもめんどくさい。

こういうのは、精神面の不調です。

 

何とか起き出してお茶を入れていたら、ルームメイトが起きてきました。

キッチンで彼女に何気なく話した言葉が、

「……夫が仕事をやめたの。

でも、何でやめるまえに相談してくれなかったのかなって」

の一言。

 

そこで、やっと気付きました。

あ、自分、傷ついたんだな。

私は、他人に向けた自分の負の感情に疎いのです。

 

 

そこからは解決が早くって、

「君が何しても応援する気でいるけれど、

相談してもらえなくて悲しかった。私は君の、何なの?」

と泣きながら電話で伝え、理由を聴き、謝ってもらいました。

(駐在の最後の日々を送る私を、心配させたくなかったらしい。)

これで大丈夫。

 

 

自分の感情を、正直に伝えるのが一番。

だんなくんがちゃんと話を聞いてくれる人で、本当によかったです。

誰かに怒る難しさ

テーマ:

私はほんとうに、情けないながら、

31歳既婚にもなって、押しに弱いのです。

 

しかし中東は人々の間での連絡頻度が高く、

基本的に「押し」文化なので、

一度誰かに(異性という意味で)気に入られてしまうと

私はたいへん痛い目に遭います。

 

携帯の着信履歴とメッセージが埋まり、

「忙しい」「会いません」「無理」と言っているのに

何度も「今日は?」「週末は?」と訊かれるストレス。

しまいには携帯の画面を見るのも憂鬱になる…という末期症状に達します。

 

だから普段は電話番号は「貰うだけ」で教えないのですが、

友人になれそうだな、と思った相手は別です。

しかし信頼して少し深いところまで話した相手に限って

「僕らはもっと特別な関係になれると思う」と態度が変わってしまう、

というトラブルがたまにあります。

 

そして、ドツボにはまる私の思考回路。

ああ、また私は距離を測り間違えた。

私がバカだった。上手く関係構築できなかった。

誤解をさせてしまった。青かった10代の頃から成長していない。

どうすれば良かったのか。これから何をすれば良いのか。

 

本当はここでブチ切れて、

「てめえ、空気読め!

『嫌よ嫌よ』は、ホントに嫌なんだぞ!!

いっぺん死んでこい、この勘違い野郎!!」

とでも言ってやればいいのに、内省のほうに向かってしまう訳です。

そして、無駄に疲れる。本当に無駄なのに。

 

理性にとらわれすぎず、自分を操縦しすぎず、誰かに怒る。そして嫌われる。

これが、色々な背景を引きずってきた私には難しい。

それで結局、自分で考えすぎて、自分の首を締める。

相談に行った心理カウンセラーにも指摘された、私の問題です。

 

誰かにぶち切れて、誰かに嫌われてもいいはずなんです。

でもまずは、自分が怒っていることを自分で認めてあげるところから

始めなければいけない…という初歩レベル。

 

はあ。まぁ、問題が分かっているだけ、良いんでしょうね。

 

…あのね、MさんとTさん。怒ってますよ! ぷんすか。

 

 

「パレスチナには3種類の外国人がいる。
 エイド・ワーカーか、外交官か、ジャーナリストだ」

 

誰が言ったのか知りませんが、言い得て妙なこの言葉。
私がいま住んでいるシェアハウスが正にそうで、

NGOスタッフの日本人(のんびり系)、
領事館勤めのフランス人(頭脳明晰系)、
新しく来たジャーナリストのスペイン人(活発系)、
の女性3人で共同生活をしています。しかも全員がアラビストです。

 

「ねえ、豚肉買えるお店知ってる?」「ちょっと待って、その話は聞き逃せない」
「第二次インティファーダから今までで3,000人が旧市街を出ていて…」
「それ、いただき! 記事にできそう。ソースはどこ?」
「イスラム国ってパレスチナで受けてるの?」「え、真反対だよ!」
「フランスの和平案、ぶっちゃけどう?」「うーん…そうねぇ…」
「だんなさん、寂しがらないの?」
「それぞれの夫婦に適切な距離があってもいいでしょ?笑 彼氏はどうなの?」

 

恋バナから時事ネタまで話題には事欠かず、日々が面白いです。
いいルームメイトに恵まれました。本当に素敵な人たちなのです。

 

* * *

 

西岸に暮らす学生だった10年前に比べると、
私はずいぶんと「話題を提供できる」人間になったと思います。
以前もドイツ・スペイン・フランス・日本・パレスチナの5人で暮らしていましたが、
こんなに自分から積極的に喋れた記憶がありません。

 

それは別に語学力が伸びたのではなく、
(私はTOEICの点だけは良いものの、未だに英語圏へ留学できていない)
「伝えたいことが増えた」「話したいことが増えた」
ということなんだと思います。

 

誰もが行ける訳ではないガザのこと、
勉強して歩き回って知ったエルサレムのこと、
以前の姿からどんどん変わっていく西岸のこと。
子育て、パートナーのうつ病、そして日本のいま。NGOの視点。

 

伝えたいことが増えました。
そして、彼らから知りたいことも。
垣根が低くなり、言語は案外、障壁ではなくなりました。
好奇心。これさえあれば、私は私を伸ばしていけるように思います。

 

ここで会う日本人学生さんや旅行者さんたちが、
「英語力がまだまだで…」とこぼすのをよく聞きます。
だいじょうぶ。まだまだこれからです。
だから、自分が安心できる、そして少し背伸びできる環境に、
身体と心を晒してあげてください。私も、これからも頑張ります。

 

私は、自分の「次の10年」が楽しみです。
だって、10代の頃よりも20代、
20代の頃よりも30代の今の方が、
伝えたい、やりたいことが増えて、明確になっているから。
年を取るって、悪くない。生きていて楽しいです、皆のおかげで。