第2回 実録「カツ船長の19歳航海記―A Maiden Voyage
テーマ:出港スグに船酔い。香港への道程余りに長し【1970年2月22日(日)】
出港スグに船酔い、食事とれずあえなくダウン
朝8時潮ノ岬通過。香港への道程余りに長し…
写真-003 (最初の寄港地・香港を目指して航行する「愛光丸」)
昨日の朝7時、「愛光丸」は曇り空の横浜を出港したのだが、2時間、3時間と経つにつれ次第に頭が朦朧としてきて胃がむかつきはじめ、とうとうやってしまった。一度吐けばもういいだろうとは浅はかな考え。俄然、胃のむかつき野郎めが調子に乗り出し顔面蒼白に。ある時はデッキで、ある時は部屋の洗面台で、そしてまたある時はトイレの便器の中へと全身びっしょりの油汗をかき、ゲーゲーと船の中をふらつき廻ったのであった。
そんなこんなで食欲なんぞありっこない。朝はかろうじて食べる事ができたが、昼夜ともに料理を見る気にもなれず、とうとう我、任務を完了すべく前にベッドにダウンしてしまった。一眠りから目が覚める。確か夜の7時か8時頃と思ったが、サロンが気遣ってリンゴの皮を剥いてきてくれた。冷たいリンゴの何と美味しかったことか。
日本を離れる出港のセンチメンタルな思いなんぞに浸っている余裕は全く無かった。そして漸く正気を取り戻したのは、今日の午後3時過ぎ頃であったろうか。夕食では出港以来、初めてバクッと飯を食うことができたし、風呂にも入った。まだ少し頭はボーっとしているが、昨日に比べれば極楽である。そうなると小生、無性に腹が減ってきた。冷たいビールをキューッとやり、よく冷えたバナナかパイナップルをたらふく食いたいところだが、いかんせんここは海の上。今の小生には儚い夢物語でしかない。
明日は明日の風が吹くというが、このまま穏やかな海であってくれ―と祈るばかり。しかしまあ何と仕事の来る時間の早いことよ。目を醒ませば、すぐに仕事が始まる。そういえば今日は日曜日であったのか、全く日にちと曜日の感覚が無くなっている。早いところ香港に着いてくれ。そうすればバナナなんぞたらふく食ってやる。
今朝8時頃には潮ノ岬を通過しているとのチーフ・オフィサー(一等航海士)の話だったが、香港への航海は、長いといえば余りにも長い道程である。(pm09:17)
■ remember 1970年代 ―①
「大阪万博」開催。米国に次ぐ経済大国のシンボル的イベントに
1970年を代表する出来事と言えば、大阪府吹田市の千里丘陵で開かれた「大阪万博(EXPO70)」だろう。1964年の東京オリンピック以来の国際イベントとなったが、3月からの半年間「人類の進歩と調和」をテーマに77カ国・4国際機関が参加。総入場者数は6400万人を超え、現在も万博史上最多を誇っている(ちなみに、今年5月開催の「上海万博」は7000万人の入場者数を見込んでいる)。
実に国民の6割に相当する入場者が会場を訪れ、特にアポロ11号が持ち帰った「月の石」を展示したアメリカ館は大変な混雑に。その他人気のパビリオンには数時間待ちの行列ができ異常な混雑ぶりから、万博のテーマをもじって『人類の辛抱と長蛇』と揶揄された。
敗戦からの復活を遂げた日本経済は、東京オリンピックや大阪万博などによる特需もあり、1968年には国民総生産(GNP)が資本主義国家のなかで第二位に躍進。世界的に見ても稀な経済成長を遂げた日本は「東洋の奇跡」とも称された。大阪万博の開催は、日本が高度経済成長に沸きアメリカに次ぐ経済大国となったシンボル的な意義を持つ熱狂的な出来事であった。

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