こんにちは。   Caphotel KYOTOの女将Tomokoです。

 

8月も後半に差し掛かりましたね。

時の経つのは早いなぁ〜〜。(◎_◎)

 

今日は、沢山の怨霊をお祀りする下御霊神社をご紹介したいと思います。

 

 

桓武天皇の御代、各地で疫病が流行しました。

当時疫病は怨霊の祟りと考えられていたのですね。

怨霊を鎮め、御所を鎮守するために、863年に神泉苑で御霊会を催し下御霊神社は創祀されたと云われています。

(神泉苑については、後日記事にしたいと思います)

 

平安時代って、よっぽど怨霊が闊歩していた時代なんですね。笑

反対に言えば、何でも怨霊のせいにできる、平和な時代だったとも云えるのかも。

(^◇^)

 

 

この神社の始まりは、

謀反の疑いを掛けられて亡くなった伊予親王と、その母・藤原吉子の霊を慰めるためだったとか。

その後、早良親王や藤原広嗣など合計八神を祀るようになりました。

いずれも無実の罪で非業の死を遂げた方ばかり。

(吉備真備と火雷天神の2神は違いますが)

 

 

 

 

 

 

※八所御霊

吉備聖霊・・・吉備真備。憤死した人ではないので、六座の神霊の和魂と解釈されます。

祟道天皇・・・早良親王 (桓武天皇の皇太弟で、廃太子された)

伊予親王・・・桓武天皇の皇子  (807年の伊予の変の首謀者とされ、自殺)

藤原大夫人・・・伊予親王の母・藤原吉子

藤大夫・・・藤原広嗣  (奈良時代に九州で反乱を起こした)

橘大夫・・・橘逸勢  (承和の変で失脚)

文大夫・・・文室宮田麻呂  (筑紫で不正貿易をしたと咎められ、伊豆に流罪)

火雷天神・・・菅原道真とされる場合もあるが、神社の成り立ちの方が古いので、六座の神霊の荒魂と解釈されるそうです。

 

朝廷は、怨霊を心の底から怖れたんでしょうね。

・・・というか、無実の罪だと分かってたから、陥れた側が良心の呵責に苦しんだのかも。?

 

 

 

当初は、上御霊神社の南にあったものが、以後社地を転々とし、

1590年に豊臣秀吉の命によりこの地に移転したそうです。

やっぱりここでも秀吉さん登場。

秀吉さん、神社仏閣の場所決めにすごーく熱心だったのですね。(#^.^#)

 

 

下御霊神社の境内からは、名水が湧き出ています。

その名も「御香水」。

神門近くの手水舎で汲むことができますよ。ペットボトルを持って行きましょう♪

 

↑上の写真で蛇口が見えますよね。

あの蛇口から名水をいただけるのですよ。

蛇口だから汲みやすくて清潔だからいいですよね。(#^^#)

 

名水のお味は柔らかくて甘露で、お茶を点てるのに向いているそうですよ。

是非一度試してみてくださいね。

 

 

↓ 境内には、稲荷神社も祀られていました。

 

 

こちらの神社は、還幸祭が有名です。

5月の第3または第4日曜日に、お神輿が氏神区域を巡幸し、疫病や災禍を退け安泰を祈願します。

お神輿の行列は、さながら王朝絵巻で、観光客も沢山お越しになります。

前日の土曜日は宵宮が行われ、夜店も出て華やかですよ。♪

 

以下のお写真をお借りしました。

華やかな様子が少しでも伝わるでしょうか?(#^.^#)

 

 

 

今年の還幸祭はもう終わってしまいましたが、来年是非お越しくださいませ。

歴史絵巻の世界にどっぷりできますよ~~。(^_-)-☆

 

 

 

 

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