もともと中世文学が専門なので、大体12-15世紀の作品を扱って
いますが、今日は古代ローマ時代の叙事詩、ウェルギリウスの
『アイネーイス』です。古代ローマ最大の叙事詩といわれ、中世の
ヨーロッパ人に一番大きな影響を与えた文学作品です。紀元前
20年代に書かれたもので、当時、アウグストゥス皇帝が、政治基盤を
強固にするために、ローマ人のアイデンティティを鼓舞する目的で
書かせたもののようです。
トロイ戦争でギリシアに負けたトロイで、逃げ延びた人たちが
アエネアースをリーダーとして、新たにローマを建国する話です。
途中で嵐にあったり、放浪の旅に疲れた人が反乱したり、戦いが
あったり、色々事件があります。前半は旅の話で、ホメロスの
『オデュッセイア』のようで、後半は戦いの話で同じくホメロスの
『イーリアス』のようです。
これを読んだローマ人は、憧れの古代ギリシアと対等に渡り合った
トロイ人が自分たちの祖先だと思って、大変に喜び、誇りに感じた
訳です。さらには、後年ですが、アエネアースの孫ブルータスが
イギリスを建国したと伝えられ、イギリス人は特別意識をもったり
するんです。どうせならギリシア人の子孫のほうがいいような気が
しますが、敗戦国であるトロイのほうが人気があったようで、
強者よりも負けたトロイのほうがロマンの対象となっています。
あたかも、高校野球で、優勝校よりも泣きながら土を集める準優勝
の生徒のほうが注目されることに似ている気がして興味深いです。
アエネアースは決して万能の英雄タイプではなく、いつも不安や
自己否定に悩んでおり、母であるウェヌス神(ビーナス)や神託に
よって建国を命じられたことに戸惑っています。その運命に
途方に暮れ、自分は力不足だと挫折しそうになりつつ、責任感と
真面目さで前に進みます。それまでの超人的で豪快なヒーローとは
明らかに異なり、それが人々の共感を得たのかもしれません。
私個人としては、民族の出自を語るなら、もうちょっと強い人が
祖先であってほしい気がします。
この作品は大変な人気を博し、ウェルギリウスは予言者のような
位置づけとなって崇められます。ダンテの『神曲』で、ダンテを
地獄に案内するのがウェルギリウスであるのを見ても、圧倒的に
尊敬される偉人であったということが分かります。
岩波文庫はじめ、いくつか訳が出ていますが、いずれも大変に
読みにくく、全く面白くないのが残念です。私は研究のために
我慢して読みましたが、普通に読み物として楽しめるような、
いい訳がないのが現状だと思います。英語が出来る方はむしろ
Penguinなんかのほうがいいかも。


