Twitterのフォローはこちらから

Twitterボタン
Twitterブログパーツ
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2011-08-14 20:52:50

「広報は、王様の仕事」

テーマ:PR&マーケ
これまでにも何度かツイートしたことがあるのですが、
「広報は、王様の仕事」
という言葉が、大好きです。

この言葉、2010年4月号の広報会議の、第88代警視総監池田克彦氏のインタビューの中で、
総監がおっしゃっていた言葉です。

映画「ローマの休日」の中で、オードリー・ヘップバーン演じるアン王女は、
お付きの人々の目を盗んで宿泊先を抜け出し、ローマの街でグレゴリー・ペック演じる
新聞記者のジョー・ブラッドリーと出会います。
ジョーに父親の職業を聞かれたアン王女は、
「パブリック・リレーションズ」
と答えます。

池田総監は、インタビューの中でこのシーンを引いて、
「つまり、広報という仕事は王様の仕事である、ということ」
と答え、続けて、広報課出身の警視総監として、
「トップが取り組むべき大きな仕事の1つが広報である」
というご自身の考えを明確にされていました。


確かに、企業など組織のトップの方々が積極的に広報に取り組まれることは、
組織のメッセージを明確にし、組織の内外にそれを広めて行くにあたって
とても大切なことと言えると思います。
が、私はこの「広報は王様の仕事」という言葉を、更に一歩進めて、「広報」という言葉の
本質を現すものとして捉えています。

言葉通りに、「王様の仕事」として捉えてみると、
我が国の場合は皇室の方々の仕事となります。
皇室の方々は、私たち日本人が考える「日本人の美徳」を体現する存在、
または「良い日本人」とはこういうもの、と多くの人が見て思えるような存在
であってほしい、または、あるべきだ、と期待される存在ではないでしょうか。
文字通り、「日本」を象徴する存在、というわけです。
そういう方々が、様々な人と交わる中で、国外では「日本」という国の「誠実さ」や
「高潔さ」、または「もの静か」で「穏やか」のようなイメージを作り、
国内においては、皇室の方々に出会って熱狂したり、尊敬したり、共感したりすることで
「帰属意識」や「誇り」や「自尊心」などを思い出させてくれるのではないかと思います。
皇室の方々の活動によって、「日本」という国と私たち国民との間に、
また、諸外国の方々との間に、(異論はあるかもしれませんが)
そうした、とてもポジティブな「関係」が作られているのではないかと思っています。
(「政府」や「政治」との間には溝がありますけどね…)

そしてこの「関係作り」こそが、「広報」という仕事の本質なのではないかと、私は思います。
組織そのものを象徴し、組織の外にあってはその性質そのものを体現し、
社内においては社員の帰属意識を高め、その組織の一員であることに誇りや自尊心を持ってもらう。
そうして作られた良好な関係があってこそ、様々なメッセージも伝わりやすく、
コミュニケーションも円滑になっていくのではないかと考えています。


私が、「広報」という仕事から離れて、もう4年が経ちました。
次の仕事も、純粋な「広報」という仕事からは離れてしまいます。
組織の中では、確かに「広報」という立場ではないかもしれませんが、
それでも、「コミュニケーション」という仕事には今までも、これからも関わり続けて行きます。
組織にとっての「コミュニケーション」を考えるとき、あくまでも私は「広報」の視点に立ち、
「関係作り」から物事を考える姿勢を貫いて行きたい。
私にとって、「広報は、王様の仕事」とは、そういう大切な言葉なのです。



と、いうことで、転職に寄せての、決意のエントリでした。
また、突然ではありますが、一旦ブログ終了に当たってのまとめのエントリでもあります。

このブログは、当初、「webを使ってなんかやって」と上司に言われたことがきっかけで、
様々なwebツールやソーシャルメディアの勉強の1つとして始めたものです。
広報担当者が同じような立場に立たされた時に、何かのお役に立てれば、という気持ちもあり、
恥を晒しつつ、自分のお勉強の過程を綴る、という目的で細々と続けてきました。
(この1年は「続けてきた」とはとても言えない更新頻度でしたが…)
が、今回の転職に当たり、一旦、「お勉強」は終了です。(もちろん勉強は続きますが)
と、いうことで、こちらのブログも、役割を終えたものとして、
一旦これにて終了させていただきます。
また、何かのおりに始めることもあるかもしれませんが、その時は、まったく別の形にしたいと思います。


短い間でしたが、お付き合いくださった皆様には、本当にありがとうございました。
またどこかでお会いできるよう、これからも精進いたします。


でーはー。

2011-03-06 22:58:53

善悪を見極める力

テーマ:PR&マーケ
敬愛するPR、web業界の先輩であり、頼れるビジネスパートナーでもある
ニューズ・ツー・ユーの社長、神原美奈子さんのブログを読んで。


ニューズ・ツー・ユーと言えば、いわゆるネットPR、
インターネット上に自社のニュースリリースを掲載するサービスを提供している会社の草分けです。
最近は、類似サービスが乱立し、当社もずいぶん色々な企業からの営業を受けるようになりました。
当社はそんな中でニューズ・ツー・ユーを利用しているわけですが、これにはちゃんと理由があります。

最近はPV(page view)を売りにする類似サービスが多く、
1ヵ月無料で試して、ニューズ・ツー・ユーと同じリリースを掲載してPVを比べてください!
みたいな営業も多いです。
確かにPVだけ見れば提携サイトの多い企業の方が勝つわけですが、
こうしたサービスを利用する際、私が重視するのはPVだけではありません。
page lankとかインデックス数とか、細かくいうと色々ありますが、
一番大きな理由は、サービス提供者のポリシーや倫理観です。

インターネットの世界では毎日新しいサービスが生まれては消えて行きます。
1つのものがヒットしたら、次々に類似サービスが生まれます。
そのサービスのもつ「ひずみ」にユーザーが気づくよりも早く
そのビジネスモデルが礼賛され普及してしまったりして、
結果非常に多くの「グレー」なサービスがひしめき合ったりしています。

ネットPRは、ニューズ・ツー・ユーのようなサービス提供者のポータルサイトだけではなく、
多くの提携サイトにも同時に同じ内容の情報を掲載することができるサービスです。
SEO(検索エンジン最適化)においては、「良質な」サイトからどれだけリンクされているか、
という「被リンク数」が検索サイトでの表示順位に影響を与える要素の1つです。
このSEO効果を狙って、意味のないサイトからただリンクだけを貼ることをはじめ、
色々な手法でとにかくリンクの数を増やせばいい、という人たちもたくさん現れます。
ネットPRのサービスは、この点において
「単にリンク数を稼ぐサービス」
とみなされてしまう危険性もはらんでいます。
一度そうみなされてしまうと、GoogleやYahoo!のような検索サイトでは、
検索順位を下げられてしまうなどの制裁対象になる場合もあります。
ニューズ・ツー・ユーではこうしたリスクを回避するために、非常に注意深くサービスが運用されています。
リンク元のサイトの「質」を重視する、ニューズ・ツー・ユーのポータルサイト自体の「質」を向上する、等。
提携サイトが他社に比べて少ないのも、その辺りに理由があると思っています。

そしてそこには、社長である神原さんのポリシーが強く反映されています。
神原さんのブログにあるような「Fairness & Reliability」が、
もっとも重視されているからこそ、PV競争や価格競争に走ることなく、
Loyaltyの高いお客様と良い関係を築かれているのだと思います。



ここまで読むと単にニューズ・ツー・ユーの推薦文みたいでちょっとアレなんですけど…。
何が言いたいかと言えば、結局この先、多くの新しいサービスが生まれてくると思うんですけど、
それらのサービス(オンラインオフライン問わないかも)の是非を決めるのは、
自らの倫理観を基準に、そのサービスのポリシーや運営者のビジョンに共感できるかどうか、
というのがすごく大きな要素になると思っているわけです。
(もちろん、最低限そのサービスの勉強も必要ですが…)
誰が一番、真にクライアント企業の向こうにいるユーザーのことを考えてくれているのか、
クライアント企業がお客様と最適な関係を築くことに貢献してくれるのか、
それを見極めて判断するのは、私たちクライアント企業自身でしかないのです。

特に、webサービスの提供をしているようなベンチャー企業においては、
創業者の理想や理念がサービスの内容に色濃く反映される傾向がより強く現れます。
これから先、どんどん新しいサービスが出てくるでしょうし、
そのスピードはますます上がっていくでしょう。
そんな中で、何が良くて何が悪いのかは、なかなかはじめのころは判断しにくいと思います。
そういう時に頼れるのは、倫理観といえばかっこいいのですけど、
自分の直感みたいなものかなと、実は思っています。
「好きか嫌いか」
もちろん、それだけでみんなが判断できればいいんですけど、
なかなかそうはいかないのも理解はしています。
それでも、自分がお客様との関係を作って行く時に、
本当に誠実な関係をお客様との間に築きたいと思っているのなら、
そこに自分の好ましくないものや疑問を持つものをいれてはいけないと思うのです。

まあ、それだけを根拠に社内の稟議を通せるんであればいいんですけど、
なかなかそうもいかないわけで。
「あなたが信頼する会社なら、私も信頼しよう」
と言われるくらい、社内での関係を築けているのが、理想的なんでしょうけど、
なかなかそうもいかないわけで(笑)

まあ理想論はさておき、結局サービスの善悪を判断するには、
金額とかPVとか、わかりやすい指標だけに頼れないことは、胆に命じておきたいと思うのです。
そのサービスを提供している企業の行きたい方向や創業者のポリシー、
それをちゃんと営業担当者が共有して理解しているか、
クライアント企業とその先のお客様の関係をちゃんと理解して
そこに心底貢献したいと思ってくれているか、
そのサービスを利用することで、自社のレピュテーションにどんなリスクが発生するのか、
そういうものを何度でも担当者と話をして見極めるというのは、なかなか大変だと思いますが、
それ以外に方法はないかな、と思いますです。
これから、広告主企業には、コンサル系の外注先が増えて行くかもしれないので、
その時にも、この考え方はとっても大事になるんじゃないかなあと、思ったりして。

決して楽ではないけど、お客様だけではなく、サービス提供してくれる会社との「関係」も、
きちんと作り上げて行きたいですね。


2010-09-23 06:04:07

「個報」「個告」

テーマ:PR&マーケ
先日のエントリーがきっかけで、ツイッター上でこんなやりとりがありました。
 個報、個告とかw RT @dennis_50: can_ae「広報もですよ」。だよね。
 広告と広報についている「広」という字のせいかもしれない。
 いっそのこと、池田信行さんが言うみたいに、「狭告」「狭報」って、
 言っちゃえば楽になるかも。


勉強不足なもので、「狭報」「狭告」という言葉、このやり取りで初めて知りましたが、
結構以前から「広報」「広告」との対比で使われている方はいらっしゃるようで。

で、まあこの言葉がずっと引っかかっているので、
先日の続き、というかもっとそれを、掘り下げたお話を。

マスを使ってできるだけ広い範囲に「どーん」っていうのが
「広報」とか「広告」だとすれば、
1人1人のユーザーに直接語りかけたい私が考えてるものは、
「個報」「個告」かなと。
「狭い」対象に情報を届けるんではなく、
ユーザー1人1人に届けるから、「狭報」「狭告」でもまだ広いんですね。

結局、どんな情報に、どんな人が、どんな状況なら、どういう反応をしてくれるのか、
を考えると、やっぱり1人1人の耳元で、直接顔を見ながら説得したくなる。
「反応」を得ようと思うなら、そうしたくなるのが人情ってものではないですかね。
だって、伝言ゲームしてるより、自分が直接乗り込んでいって説得した方が早いでしょ。

「ていうか、それって営業じゃね?」
という声が聞こえてきそうですが、「広報」や「広告」が扱うのは「情報」であって
「商品」そのものとはちょと違うかなあと。
商品そものなら物流にのるけど、「広報」や「広告」を届けるのはそれとは別の流通経路。
「営業」なら「買って」もらうことが目的だけど
「広報」や「広告」の目的は必ずしも「買って」もらうことじゃない。
特に、「広報」の仕事は「関係づくり」なので、「営業」とは、ほしい反応が微妙に違うのですよ。

話がそれました。
で、より広く届けたいけれども、より多くの人に同じ情報を届けても、
情報を届けた全ての人から同じ反応が得られることはない。
でも、1人1人と直接対話できれば必ず説得できる、期待する反応を得られる可能性は高まる。
でも、人数が少なければ社会的なインパクト(社会的な反応)は得られない。
広報パーソンは、ずっとそういうジレンマの中にいたわけです。
で、既存のマスコミに情報を流す「広報」では、「足りない」と感じてきた広報パーソンが、
より広くより多くの「個人」のユーザーに情報を届けたい!と思ってきた広報パーソンが、
それを実現するツール=インターネットを手に入れた、のが、今です。

もちろんネット自体はもっと以前からありましたが、
ようやくネットユーザーの母数が、
「マス」に達した=そこを動かせば一定のインパクト(社会的な反応)を得られる、
という状況になったわけで。
で、その「マス」を動かすためにはそれを形作っている「個」を動かさなければならない。
という意味で、その状況でのコミュニケーションの対象は、「個」なのです。
世論も空気もブランドもイメージも評判も、ほぐしていけばそれを形作っているのは、
「個」なわけで。

ネットを使うことで1人1人の耳元で囁かなくても、面と向かって説得しなくても、
それと同じようなコミュニケーションを、もっと効率的にできるようになったわけで。
なので、ほんとに1人1人と対話する、という意味ではなく、
マスを形作る「個」に対してコミュニケーションをする、という意味で、
「個報」「個告」は、ありなんじゃないかなあと思うですよ。
まあ、ものすごく誤解されやすい言葉な気もしますが、私1人が使う分には、
私のイメージを伝える分には、いい言葉だと思いましたです。
ふむ。
2010-09-18 06:12:18

What are you doing?

テーマ:PR&マーケ

先日、ニューズ・ツー・ユーの神原さん主催の「朝英語」の会に参加してきました。
出勤前の時間を使ってみんなで英語でマーケティングを勉強しちゃいましょう、という会です。

教科書は神原さん監修、同じくニューズ・ツー・ユーの平田さん翻訳の
「マーケティングとPRの実践ネット戦略」
の原著の改定版。
2008年に出版されたので、少し内容に古いところはありますが、
知ってる内容だけにわかりやすかったです。
みんなで同じ部分を読んで日本語でディスカッション、
その後自分の考えを英語でまとめて発表しあう、という流れです。
今回のトピックスは「Twitter」。しかも、2008年当時の。

これを読んだ私の感想、というか一番引っかかったのは
「(twitter) gives users the opportunity to tell people what they are doing.」
というところ。
ツイッター以前には、確かに「What I'm doing」がそんなに他人から面白がられたり
その情報を元に誰かと仲良くなったり、なんてことが起こるなんて考えたこともなかったわけで。

なんでしょうねえ。
この「What they are doing」という情報の持つパワーって。
覗き見してるような楽しさとは違うんですよねえ。
覗いてなくてもだらだらと流れてくるし。
覗きの楽しさとは違う。(べっ別に私には覗きの趣味はありませんからねっ)
自分が当たり前と思っていることが実は他の人にはまったく当たり前じゃなかったとか、
いかに自分と他人が違うかがわかって楽しいとか、そういう楽しさですよね。
あと、すごく他人をおもしろがらせるスキルが上がるツールのような気がしますw
他の人がツイートした電車の中での日常の一こまがすごくおもしろかったから、
自分も、今までだったら誰にも話さなかったようなちょっとした出来事もつぶやくようになる。
とかね。

とにかく、「What I'm doing」という「Information」が持つ力、すごく興味深い。
で、思いだしたのがTwitterのヘルプにある「ツイッターの使い方」ビデオ。
初めて見たときも「What they are doing」をシェアするとどうなるか、
というのがわかりやすくて目からうろこが落ちたんですけど、
自分が日常的に「What I'm doing」をシェアするようになった今、
あらためて見るとまた更におもしろい。

確かにツイッターで「いろんな人とつながれる」
「今までなら興味のなかったような情報にも出会える」
とかいろんなことができるようになったかもしれません。
でも、それを可能にしているのは、「What you are doing/thinking」という「情報」です。
これ、すごいことだなあと思います。

ツイッターをやってない人は「いちいち自分が何やってるとか、他人に知らせたくないし」
「人が何やってるかとか別に知りたくないし」
とか、よく言いますよね。
でも、そういう人が実際に初めてそこのおもしろさにはまっていく姿を、
何人もみなさ目撃していますよね。
この、魔力にも似た魅力w なんなんでしょ。

で、そんなことを考えながら朝英語を終えて会社に戻ってみると、
@Capoteさんのブログに、こんなエントリが!
なんとタイムリー。
「everyone's favorite micro-blogging network is not actually a social network.」
「Twitter is for news. Twitter is for content. Twitter is for information.」
ですと!
これ、先ほどのビデオと合わせてみると、どうでしょう。
以前、TwitterのCEO、Evan Williamsはこうも言ってます。
【Twitterは「2013年に10億人のユーザーを獲得して、
地球という惑星の『Pulse(脈拍・鼓動)』となる。
それは、『Alert system(警告システム)』ではなく、
『Nervous system(神経系統)』という役割を持つ」】

これだけTwitterにいろいろな側面があると騒がれていても、
結局、彼らの視点は最初からずっとぶれてないということ。
彼らが見ているのは「人を動かすsystem」の部分。
始めから「What they are doing」にその力があるとわかっていたのだとしたら、すごすぎる。


なんというか非常に取りとめのないエントリになってしまいましたが、
もう少し、この「What they are doing」については、考えてみたいです。
多分、それはエントリの形ではまとめられないと思うけど。
でもきっと、これからの私を支えるものの一つになる。気がします。


2010-09-14 22:58:40

1=?

テーマ:PR&マーケ

最近、社外でお話をさせていただく機会が何度かありました。
私がお話しできることと言えば、まあ、広報まわりのことくらいなんですけど。

当社の事例をお話しして、広報視点からのwebマーケティング、
的なお話をするのがお決まりの流れなんですが、その中で改めて、大事だなあと思ったことについて。

これから、きっと多くの会社の広報担当者や、宣伝担当者が、
会社や社会の要請に従ってwebに関わって行くようになると思いますが、
その時、大企業になればなるほど、担当者の「感覚」のチューニングは、
大変だろうなあと思うわけで。


例えば、ネットPRとか、ツイッターです。
ていうかまあ、うちがやってるのってその2つしかないのでそのお話しかないんですけどw
宣伝担当者や広報担当者は、公称数百万部だ、CM1本で視聴者100万人だ、
とかの数字に慣れてるわけです。
自社HPのPVだって、やれ数十万PVだ、数百万PVだ、っていうレポートが毎月上がってくるわけで。
そんな中で、「なんだか盛り上がってるみたいだからツイッターとかやってよ」っていう方々は、
まさかネットPRで出したリリースのPVが1,000にも満たない、とか
1ツイートのクリック数が3桁行くことなんて滅多にない、とか、多分想像もしてないでしょう。

でも、例え1PVと言えど、1人は見に来てくれたということなわけで。
「ネットを使うことで、個人に情報を直接届けることができるようになった」
わけですが、それは、取りも直さず「個人」のユーザー1人1人に、情報を届けることなわけで。
今までは、端から数十万、数百万を対象にして、そこを最小単位にしていたわけですが、
「個人」を対象にするということは、文字通り、「1人」が最小単位になるのですよ。
マスを対象にせず、「個人」を対象にしているんだということを、もう一度、
企業の中の人たちは、きちんと心に刻むべきなんじゃないかと思うです。
「個人」を対象にしてコミュニケーションをすると決めたなら、
頭の中の最小単位を「1」にチューニングしないといけないのですよ。
1PVを、如何に取りこぼさずに積み重ねるか。
ユーザー1人1人とコミュニケーションをするということは、そういうことなのだと、
もう少し、理解しなきゃいけない人たちが、多いんじゃないかなあ、と感じます。
そこが理解できれば、1PV、1UUを獲得することがどれだけ大変か、どれだけ貴重か、
がわかるんじゃないかなあと。
数字を競うことに慣れてしまうと、その数字がユーザー「1人」を意味していることを、
忘れてしまいがちなんじゃないかなあと。
ユーザーは「数百万人」じゃ、ないのですよ。
あなたたちがコミュニケーションしたい人たちは、「1人」なのですよ。
と、いうこと。


うーむ。
何か、愚痴っぽいエントリになってしまった…。
いや、愚痴じゃないんですよ。
ただそのチューニングがうまくいってない人が、まだまだたくさんいるなあと思った、
というお話です。ハイ。

Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト