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2011-08-14 20:52:50

「広報は、王様の仕事」

テーマ:PR&マーケ
これまでにも何度かツイートしたことがあるのですが、
「広報は、王様の仕事」
という言葉が、大好きです。

この言葉、2010年4月号の広報会議の、第88代警視総監池田克彦氏のインタビューの中で、
総監がおっしゃっていた言葉です。

映画「ローマの休日」の中で、オードリー・ヘップバーン演じるアン王女は、
お付きの人々の目を盗んで宿泊先を抜け出し、ローマの街でグレゴリー・ペック演じる
新聞記者のジョー・ブラッドリーと出会います。
ジョーに父親の職業を聞かれたアン王女は、
「パブリック・リレーションズ」
と答えます。

池田総監は、インタビューの中でこのシーンを引いて、
「つまり、広報という仕事は王様の仕事である、ということ」
と答え、続けて、広報課出身の警視総監として、
「トップが取り組むべき大きな仕事の1つが広報である」
というご自身の考えを明確にされていました。


確かに、企業など組織のトップの方々が積極的に広報に取り組まれることは、
組織のメッセージを明確にし、組織の内外にそれを広めて行くにあたって
とても大切なことと言えると思います。
が、私はこの「広報は王様の仕事」という言葉を、更に一歩進めて、「広報」という言葉の
本質を現すものとして捉えています。

言葉通りに、「王様の仕事」として捉えてみると、
我が国の場合は皇室の方々の仕事となります。
皇室の方々は、私たち日本人が考える「日本人の美徳」を体現する存在、
または「良い日本人」とはこういうもの、と多くの人が見て思えるような存在
であってほしい、または、あるべきだ、と期待される存在ではないでしょうか。
文字通り、「日本」を象徴する存在、というわけです。
そういう方々が、様々な人と交わる中で、国外では「日本」という国の「誠実さ」や
「高潔さ」、または「もの静か」で「穏やか」のようなイメージを作り、
国内においては、皇室の方々に出会って熱狂したり、尊敬したり、共感したりすることで
「帰属意識」や「誇り」や「自尊心」などを思い出させてくれるのではないかと思います。
皇室の方々の活動によって、「日本」という国と私たち国民との間に、
また、諸外国の方々との間に、(異論はあるかもしれませんが)
そうした、とてもポジティブな「関係」が作られているのではないかと思っています。
(「政府」や「政治」との間には溝がありますけどね…)

そしてこの「関係作り」こそが、「広報」という仕事の本質なのではないかと、私は思います。
組織そのものを象徴し、組織の外にあってはその性質そのものを体現し、
社内においては社員の帰属意識を高め、その組織の一員であることに誇りや自尊心を持ってもらう。
そうして作られた良好な関係があってこそ、様々なメッセージも伝わりやすく、
コミュニケーションも円滑になっていくのではないかと考えています。


私が、「広報」という仕事から離れて、もう4年が経ちました。
次の仕事も、純粋な「広報」という仕事からは離れてしまいます。
組織の中では、確かに「広報」という立場ではないかもしれませんが、
それでも、「コミュニケーション」という仕事には今までも、これからも関わり続けて行きます。
組織にとっての「コミュニケーション」を考えるとき、あくまでも私は「広報」の視点に立ち、
「関係作り」から物事を考える姿勢を貫いて行きたい。
私にとって、「広報は、王様の仕事」とは、そういう大切な言葉なのです。



と、いうことで、転職に寄せての、決意のエントリでした。
また、突然ではありますが、一旦ブログ終了に当たってのまとめのエントリでもあります。

このブログは、当初、「webを使ってなんかやって」と上司に言われたことがきっかけで、
様々なwebツールやソーシャルメディアの勉強の1つとして始めたものです。
広報担当者が同じような立場に立たされた時に、何かのお役に立てれば、という気持ちもあり、
恥を晒しつつ、自分のお勉強の過程を綴る、という目的で細々と続けてきました。
(この1年は「続けてきた」とはとても言えない更新頻度でしたが…)
が、今回の転職に当たり、一旦、「お勉強」は終了です。(もちろん勉強は続きますが)
と、いうことで、こちらのブログも、役割を終えたものとして、
一旦これにて終了させていただきます。
また、何かのおりに始めることもあるかもしれませんが、その時は、まったく別の形にしたいと思います。


短い間でしたが、お付き合いくださった皆様には、本当にありがとうございました。
またどこかでお会いできるよう、これからも精進いたします。


でーはー。

2011-04-10 01:15:26

「何かしたい」と思ったときに思うこと

テーマ:ブログ
昨日、「助けあいジャパン ボランティア情報ステーション 活動報告“わたしたちの取り組み”
に行ってきました。

助けあいジャパン ボランティア情報ステーション(VIS)での取り組みの報告と、
VISが今必要としている支援についてのお話でした。
VISでは、学生有志が中心となり、被災地の方々が必要としている情報を収集・整理し、
インターネット上に発信する活動を行っています。
今は、その学生さんが、春休みが終わり学校に戻ってしまうため、
そうした情報の入力作業をしてくれる人や、その情報をAPIを使って広げてくれる
エンジニアを募集しているそうです。
そうした情報を広げる「面」がとにかく必要とのこと。
Yahoo!gooなどからも
閲覧できるようになっていますが、アプリやウィジェットなんかになって、
色んなところから見られるようにしたい、ということでした。

また、この入力作業は個人でバラバラと来てもらっても受け入れられないそうなので、
ある程度まとまった団体で、他の多くのボランティアと同じように自己完結できることが
望ましいとのこと。


私にも何かできることがあるかなー、と思って参加したのですが、
わかったことは、「何もできない」ということでした。
エンジニアでもなく、入力のお手伝いをできる団体を組織できるわけでもなく。
結局は、こうしてブログに書いたり、流れてきたツイートを
ちょいちょいRTするくらいしかできないのですよね。
ものすごい無力感を感じました。

自分て、自分が思ってる以上に、何もできないのですよね。
こういう時に、本当に思い知らされるのだなあと…。

今日、そんな無力感たっぷりな状態で、品川の高野山東京別院で実施されている
「阿字観」に行ってきました。
いわゆる「瞑想」体験です。
私は、もやもやがたまったときにお伺いして、心の中のいらないものを「置いてくる」んですね。
で、そこで今日聞いたお話。
「人間が、生まれてきて確実にできることは死ぬことだけです。
死ぬことだけは、誰でもできます。そのために勉強しなくても、
何もせずだらだらと怠けていても、死に方を知らなくても、ちゃんと死ねます。
生きている間に、何か成し遂げることができるなんて、思い上がりなんです。
人間にできることは、死ぬことだけなんですよ」
ほんとは、もっともっとわかりやすくて他にもいろいろおっしゃっていたんですけど、
これだけだと全然このお話の真意が伝わらないとは思うんですけど、
でも、ちょっと楽になったんですよね。
人間は、もともと「何もできない」ものなんだなと。
そのことで、自分を責めたり、落ち込んだり、無力感に苛まれたり、しなくても良いのですよ。

今私にできることは、こうしてそういう人たちの活動をブログに書いたり、
ツイッターでコツコツRTしたり、休日に近所のボランティアに行ったり。
まあそれだけなので、しっかりと足下を固めて、何か大きなことをやろうと思わず、
できることからコツコツと。

と、思っていたはずなのに。
高野山では、災害対策本部を設けて、お寺のネットワークを使って
被災地の支援や情報収集などをされているのですね。
で、昨日の報告会で聞いた「現地の情報がない」というただその一言に反応して、
「ここ、つなげられないかな」
と思ってしまったんですけど、今のVISでは上に書いたようなことの受け入れだけで手一杯なわけで。
「現地の情報がない」というのは、いわゆる社会福祉競技会のような、
本来であればボランティアの受け入れ態勢を作ったり、情報を集めて発信する役割を担っている
地元の組織が機能していないから、というわけで。
VISが掲載するのはそうした受け手と引き取り手がはっきりとした情報だけに限定していたのでした。
webにもそう書いてあるし。
ちょっと考えればわかることだったのですけど。
(藤代さんすみませんでした…)

せっかく良いお話をお聞きした後だったのに、さっそく、「何かできるかも」とか
「思い上がって」しまいましたよ…。

ほんと、今求められているのは、「具体的な」ものなんですよね。
そして、自分たちだけで完結できて、他の人に迷惑や手間、世話をかけない。
「何かしたい」と思ったら、まずはそれがこれらに当てはまっているかどうかを、
ちゃんと考えてから行動しようと、思ったのでした。
散々あちこちで言われていることではあるのですけど、結局私もよくわかってなかったんだなあ。
「何かしたい」と思ったら、「何かできる」と思い上がらないこと。
これから長くかかるであろうこの状態、
「みんな1つに!」「力をあわせて!」
みたいな風潮では、特に、必要な知恵かもしれないなあと思いました。



2011-03-24 09:59:53

その次の「カタチ」

テーマ:ブログ
最近、とても興味深い話を聞きました。
先日来日したコトラー先生が、「これからはTriple bottom lineが重要になる」
とおっしゃっていたということです。

Triple bottom lineとは、CSRを勉強したことのある方なら1度は耳にしたことがある言葉だと思いますが、
CSRの観点から企業のパフォーマンスの評価を行う際の評価指標です。
財務諸表の一番下に加えられるべき項目、という意味で「Triple bottom line」と言われています。
で、その指標が「Peole」「Planet」「Profit」の3つ、というわけです。
マーケティングでは「4つのP」をまず教えられますが、CSRではこの「3つのP」をまず教わります。
英語だと、企業の評価指標に「Planet」って結構インパクトあると思うんですが、
日本語では「社会」「環境」「経済」と非常に残念な形に翻訳されて輸入されています。

で、まあこの下地があって昨年、Marketing3.0を読んでからずっと考えていたこと。
企業の社会的責任、存在意義とか。

私は、Marketing3.0を読む以前から、
「利益を挙げる以上は何らかの形で社会の役に立っているということ。
そもそもまったくなんの役にも立たない、なんの価値も提供できないものがビジネスとして成り立つはずがない。
そういう意味で、まったく社会に貢献しない企業なんてない」
と言ってきています。
CSRをただ「慈善事業」とか「環境保護」みたいなものと同義にとらえている残念な人も多いですが
そんな人たちは放っておくとして、CSRというのは、「企業の存在意義」そのものだと思ってます。

で、Marketing3.0は「CSR」の本だ、という人が多いわけですが
私は、コトラー先生はあの本で企業の「在り方」を問うているのだと思いました。

コトラー先生はMarketingをもっと人の感情や行動心理の根源に求めるようになったのだと理解しています。
Marketing3.0で描かれている「善なる行動」や「Spirituality」はキリスト教社会では考えられなかったような発想です。
キリスト教では人間は「罪深い」生き物であり、「自然は克服する」対象であったわけで。
「性善説に立って自然に寄り添って生きる」という思想ではありません。
これはすなわち、西洋文明における「人」の在り方そのものにも関わる問題ではないか…とか、
壮大なことを少ない脳味噌で悶々と考えていたわけです。

で、この「性善説に立って自然に寄り添って生きる」姿勢こそ、
「我が日本の姿じゃないの?」と。
これから先、資本主義の次の社会に求められるのは、日本人のそういうメンタリティじゃないかと。

「三方良しhttp://www.shigaplaza.or.jp/sanpou/ethos/ethos.html」という昔の日本人の商売意識があります。
これが、まるっきり「Triple bottom line」と同じ考え方です。
江戸時代の近江商人たちはこの考え方にのっとって商売を成功させていました。
誰が自分たちに利益をもたらし、その利益の元を自分たちがどこから得ていたか、
をよくよく理解していなければ、この考え方には至りません。
「自然を克服して自らの努力によって得たもので商売をする」
のと
「自然と共存し、そこから与えられた恵みによって商売をする」
のではまったく商売の前後にある考え方が異なってきますよね。

で、そこが発展していくと、自然と、競争したりそのための合理性を追究したり、生産性を追究したり、
ではなく、「継続性」「持続性」へと重点がシフトしていくわけで。
これは近年ずーっといわれてますよね。「持続可能な社会」とか「サステナビリティ」とか
「循環型社会」とか、よく聞く(効く)言葉ですね。
みんな「競争」とか「経済合理性」とか「生産性」とそれらが共存できると思って
その方法を一生懸命模索してるんでしょうけど、私の直感では、そんなのムリだと思います。
だって、自然の恵みで生きて行こうとしたら、そこから取れるものでしか生活できないんだから、
効率化とか生産性とか合理性とか、捨てないと無理でしょ。
で、これまた極端で申し訳ないですがこれを追及してくと、結局は「全体最適」になっていって、
これを突き詰めて行くとトマス・モアの世界が待っているんじゃないかと。
「ユートピア」でみんな平等に平和に楽しく。っていう。
あるものをみんなで分けあいましょうっていう。
「資本主義の次の経済の段階が共産主義」ってだから、私にとってはすごく納得感の高い考え方です。
ただそれは資本主義の段階をすっ飛ばして無理やり共産主義を導入して破たんしている
中国やロシアの姿とは違う形で実現されるんじゃないかなーとぼんやり思ったり。
誤解のないように言うと、私は決して資本主義や市場主義経済を否定しているわけではありませんし、
共産主義者というわけでもありません。
ただ、経済というのは誰かが
「はい、じゃあ今日からこれで経済回すよー」
といって仕組みを作って動かしているものではなく、
古くは物々交換から始まって常に変化、進化してきて今日に姿になってきたわけで。
今現在機能している資本主義経済だって常に色んな人が研究したり
新たな手法を生み出したり検証したりしながら、試行錯誤を繰り返しながら、
また人間の自然の営みに影響されながら(結局経済を動かしているのは人間の「気持」なわけで…)
常に変化、進化し続けているわけです。
で、そうして変化・進化していく先にある姿が、かつて理想とされた姿に近づいていくというのは
決して不思議なことではないよね、と思っているというだけです。


で、今回の震災でこれからの日本はどうなるの?っていうのも、実はそっちに行くのかな、と思っていたり。
停電で経済が深刻な打撃を受けている、とか、今は外食産業がやばい、
みたいな話ですけど計画停電地域の中小零細企業は間違いなく倒産するところが多く出るでしょうし
外食・娯楽・不要不急のサービス業、等々、商売が立ち行かなくなるビジネスがたくさん出てくるでしょう。
今は、「みんな今まで通り消費して1日も早く経済を元気にして『元に戻ろう』」
という風潮ですけど、元には戻らないと思います。
日本人の「気持」が、決定的に変化したから。
今までとは違う何か別の「カタチ」で前に進んでいくのでしょう。
これはとてつもなく大きな転換点になると思います。
だって、好むと好まざるとに関わらず、「あるものを分け合って」生活しなきゃならない。
日々生きて行くこと、生活を持続すること、そのために必要なもの、をみんなが考えるようになる。
そこで、この「Triple bttom line」、「三方良し」を追及したビジネスを、一気に
実現する企業が出てくるんではないかと。


日本て「ガラパゴス」とか「独特」「特殊」とか言われてますけど、超楽観的に見ると、
それはもう、他にお手本のいない国になっちゃったってことだと思う。
いつの間にか、自分たちが今までお手本にして追いつけ追い越せやってた国の先頭で、
新しいモデルを生み出す立場になっちゃってたんじゃないかと。
ということで、そろそろ、段階的に資本主義から次の「カタチ」に移行するタイミングでもあると思う。


まだ他の国で誰も実現してないことを、やろうよ。
2011-03-06 22:58:53

善悪を見極める力

テーマ:PR&マーケ
敬愛するPR、web業界の先輩であり、頼れるビジネスパートナーでもある
ニューズ・ツー・ユーの社長、神原美奈子さんのブログを読んで。


ニューズ・ツー・ユーと言えば、いわゆるネットPR、
インターネット上に自社のニュースリリースを掲載するサービスを提供している会社の草分けです。
最近は、類似サービスが乱立し、当社もずいぶん色々な企業からの営業を受けるようになりました。
当社はそんな中でニューズ・ツー・ユーを利用しているわけですが、これにはちゃんと理由があります。

最近はPV(page view)を売りにする類似サービスが多く、
1ヵ月無料で試して、ニューズ・ツー・ユーと同じリリースを掲載してPVを比べてください!
みたいな営業も多いです。
確かにPVだけ見れば提携サイトの多い企業の方が勝つわけですが、
こうしたサービスを利用する際、私が重視するのはPVだけではありません。
page lankとかインデックス数とか、細かくいうと色々ありますが、
一番大きな理由は、サービス提供者のポリシーや倫理観です。

インターネットの世界では毎日新しいサービスが生まれては消えて行きます。
1つのものがヒットしたら、次々に類似サービスが生まれます。
そのサービスのもつ「ひずみ」にユーザーが気づくよりも早く
そのビジネスモデルが礼賛され普及してしまったりして、
結果非常に多くの「グレー」なサービスがひしめき合ったりしています。

ネットPRは、ニューズ・ツー・ユーのようなサービス提供者のポータルサイトだけではなく、
多くの提携サイトにも同時に同じ内容の情報を掲載することができるサービスです。
SEO(検索エンジン最適化)においては、「良質な」サイトからどれだけリンクされているか、
という「被リンク数」が検索サイトでの表示順位に影響を与える要素の1つです。
このSEO効果を狙って、意味のないサイトからただリンクだけを貼ることをはじめ、
色々な手法でとにかくリンクの数を増やせばいい、という人たちもたくさん現れます。
ネットPRのサービスは、この点において
「単にリンク数を稼ぐサービス」
とみなされてしまう危険性もはらんでいます。
一度そうみなされてしまうと、GoogleやYahoo!のような検索サイトでは、
検索順位を下げられてしまうなどの制裁対象になる場合もあります。
ニューズ・ツー・ユーではこうしたリスクを回避するために、非常に注意深くサービスが運用されています。
リンク元のサイトの「質」を重視する、ニューズ・ツー・ユーのポータルサイト自体の「質」を向上する、等。
提携サイトが他社に比べて少ないのも、その辺りに理由があると思っています。

そしてそこには、社長である神原さんのポリシーが強く反映されています。
神原さんのブログにあるような「Fairness & Reliability」が、
もっとも重視されているからこそ、PV競争や価格競争に走ることなく、
Loyaltyの高いお客様と良い関係を築かれているのだと思います。



ここまで読むと単にニューズ・ツー・ユーの推薦文みたいでちょっとアレなんですけど…。
何が言いたいかと言えば、結局この先、多くの新しいサービスが生まれてくると思うんですけど、
それらのサービス(オンラインオフライン問わないかも)の是非を決めるのは、
自らの倫理観を基準に、そのサービスのポリシーや運営者のビジョンに共感できるかどうか、
というのがすごく大きな要素になると思っているわけです。
(もちろん、最低限そのサービスの勉強も必要ですが…)
誰が一番、真にクライアント企業の向こうにいるユーザーのことを考えてくれているのか、
クライアント企業がお客様と最適な関係を築くことに貢献してくれるのか、
それを見極めて判断するのは、私たちクライアント企業自身でしかないのです。

特に、webサービスの提供をしているようなベンチャー企業においては、
創業者の理想や理念がサービスの内容に色濃く反映される傾向がより強く現れます。
これから先、どんどん新しいサービスが出てくるでしょうし、
そのスピードはますます上がっていくでしょう。
そんな中で、何が良くて何が悪いのかは、なかなかはじめのころは判断しにくいと思います。
そういう時に頼れるのは、倫理観といえばかっこいいのですけど、
自分の直感みたいなものかなと、実は思っています。
「好きか嫌いか」
もちろん、それだけでみんなが判断できればいいんですけど、
なかなかそうはいかないのも理解はしています。
それでも、自分がお客様との関係を作って行く時に、
本当に誠実な関係をお客様との間に築きたいと思っているのなら、
そこに自分の好ましくないものや疑問を持つものをいれてはいけないと思うのです。

まあ、それだけを根拠に社内の稟議を通せるんであればいいんですけど、
なかなかそうもいかないわけで。
「あなたが信頼する会社なら、私も信頼しよう」
と言われるくらい、社内での関係を築けているのが、理想的なんでしょうけど、
なかなかそうもいかないわけで(笑)

まあ理想論はさておき、結局サービスの善悪を判断するには、
金額とかPVとか、わかりやすい指標だけに頼れないことは、胆に命じておきたいと思うのです。
そのサービスを提供している企業の行きたい方向や創業者のポリシー、
それをちゃんと営業担当者が共有して理解しているか、
クライアント企業とその先のお客様の関係をちゃんと理解して
そこに心底貢献したいと思ってくれているか、
そのサービスを利用することで、自社のレピュテーションにどんなリスクが発生するのか、
そういうものを何度でも担当者と話をして見極めるというのは、なかなか大変だと思いますが、
それ以外に方法はないかな、と思いますです。
これから、広告主企業には、コンサル系の外注先が増えて行くかもしれないので、
その時にも、この考え方はとっても大事になるんじゃないかなあと、思ったりして。

決して楽ではないけど、お客様だけではなく、サービス提供してくれる会社との「関係」も、
きちんと作り上げて行きたいですね。


2010-11-19 15:01:48

自分に似合う服を着ること

テーマ:ブログ
先日の、高広さんのfacebookの書き込みを見て。

「魅力的になりたいと思っている女性がいました。
その女性に『いまこれが流行ってるからこれを着ればモテますよ』とある男は言い、
もう一人の男性は『あなたにはこういういいところがあるから、
そこを中心に表現していきましょう』と言った。前者がPRで後者が広告。」

「えてして。PRは世の中のコンテクストに合わせようとする。
広告は世の中のコンテクストを変えようとする。」

この書き込みには、いまどきのPR会社に対する批判が込められているのかもしれませんが、
その点は除いて、この表現には私もまったく同意。
以前、高広さんと「PRはコンテクストを見つけるもの。広告はコンテクストを作るもの。」
という話をしたことがあります。
それぞれに得意分野があるわけで、上の例は、担っているそれぞれの役割の違いを、
端的に表しているものだと思います。

ただ、1つ補足すれば、
「『どういう風に見られたいですか?では、こういう服を着るのがいいでしょう』」
というのが、PRだと私は思っています。
確かに、世の中のコンテクストに合わせようとするのがPRです。
でもそれは、「どう見られたいか」を実現するための、PRには必須の能力なんですね。

また、確かに、世の中のコンテクストを読み、「どういう服を着れば、どう見られるか」
を理解する能力はPRパーソンにとって必須の能力であり、腕の見せ所でもあると思うのですが、
その能力を発揮するためには、「どう見られたいか」がありきなわけで。
企業の広報担当者、もしくは、その企業の中にこれがない、もしくは共有されていないと、
どんなコミュニケーションをすればいいのかがわからなくなってしまいます。

私が、「PRは戦略そのものだ」というのは、この点を指しています。
世の中に「どう見られたいか」そのための「課題」は何か、
が明確になっていなければ、どんな服を着ればいいのかわかりません。

で、今この点に迷っている人たちがとても多いんじゃないかな。
と、思うですよ。
「えっ何それ。売上げ上がるの?」
っていう発想だと、「自分がどう見られたいか」
なんて考えている余裕はなくなっちゃう。
ひどいと、「自分がどう見られているか」すらわからなくなっちゃう。

徹夜で仕事してお風呂も入らず袖口や襟が真っ黒く汚れているのも気にせず、
たくさん利益を生み出しているから満足。でもなぜか彼女ができず、結婚もできない。
なりふり構わないから、もちろん友達もいない。

とかね。
それでも本人が満足していれば、いいでしょ?だって稼げてるんだから。
っていう話でしょうかね。
稼げてるうちは、それでいいかも。
でも、年をとって働けなくなったとき、孤独な人って生きるのがつらそう。

企業も、同じじゃないですかね。
今、みんな稼げなくなっちゃったじゃないですか。
でも、そんなにたくさん利益をあげられなくても、お客さまと信頼でつながって、
支持されて、身の丈にあった収益をあげられている会社って、なんだか幸せそう。
せっかくソーシャルメディアなんていいものが出てきて、
第三者の口を通さずに、見せたい自分を見せられるようになったんだから、
ちゃんと、「自分はこう見られたいんです」「こういう人なんです」
っていうのを、見せて行きましょうよね。

企業の側は、「どう見られたいか」をちゃんと決めることが、大事。
そんでもって、代理店の側は、そこに悩んでいる人と、
「どう見られるのが良いか」そのための「課題」は何か、
を一緒に考えてくれると、うれしいと思いますです。
ずーーーーっと「利益利益!」って言ってた人たちは、急におしゃれになれないんですよ。
「誰かが自分を『ミラクルチェンジ!」させてくれないかしら』
とか、思ってる人は、いっぱいいるんですよ。
バラエティとかで「イケてない旦那がおしゃれに大変身!」とかね。よくやってるでしょ。
あれですよ。あれ。

でも、好き勝手にいじられてるだけの人って、どれだけプロが手をかけても、
なんとなく見た目ちぐはぐだし、きっと家に帰ったらもう二度とそんなおしゃれはできないわけで。
やっぱり、「自分がこうなりたい!」って思わないと、だめなんですよ。
そこ、間違えちゃだめなんですよね。きっと。
あくまでも、自分が能動的に考えないと、結局長続きしないんですから。

そうそう。
当たり前のことですけど、PRパーソンの仕事の出来不出来は、100%見た目で判断できる気がします。
優秀なPRパーソンで、自分に似合ってない服を着てる人って、いない気がしますよ。
決して「おしゃれ」じゃなくていいんです。
「似合っている」ことが大事。
ちゃんと、世の中のコンテクストと、自分のコンテクストをマッチさせる能力があるってことだから。

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