2011-08-20 16:50:53
愛について
テーマ:ブログ
どうも、お久しぶりです。きゃんなです。
いつもtwitterでつぶやいちゃったり、Facebookもはじめてみたりで
ちっともこちらの更新していませんでした。
でも、ブログはブログで長々と(笑)考えてることを書けるので
やっぱり書きたいな、と思って今日ひさしぶりにPCの前に座っています。
愛について。
というと、ものすごく大きなことですけど
小さいことで、ちょっと感じたことを書きたいと思います。
最近、よく映画を観ます。
28年も生きてきたのに、あんまり映画って観た事なくて
(そのくせ吹奏楽で映画音楽とかやってたけど、全然知らなくて。)
レコーディングやライブを手伝ってくれた、
元ssicのスマイリー先生が映画好きで
お勧めのDVDとか教えてくれて、観るようになって。
映画館にも、月2回くらいは行くようになりました。
んでね、海外の映画を観ていると
「愛してる」って日常で言うんだよね。
さらっと。でもちゃんと気持ちがあっての、さらっと。
言われた側は、ものすごくそれだけで心強いと思うんだよ。
とりあえず言葉にしてくれるだけで、本当に心強いと思うんだよ。
わたしはいつも、恋をするとほんの少しのことで不安になってしまって
いつだって愛されていたいと思ってしまうから
日本人も日常で「愛してる」って言えたらいいのにな。と思いました。
日常じゃなくても、ここぞ!ってときでも
「好き」は使うけど
「愛してる」はなんだか重い気がするのか
ほとんど聞いたことがない。(わたしだけかもしれないけど。笑)
私の場合、唯一言ってくれたのは、父でした。
言ってくれた、というか手紙なんだけど
最後の手紙だったけど、それ以来会うこともなかったけど
その「愛してる」のおかげで
なんだかんだいろいろ受け入れることもできて
(うそつけ!と思ったときもあったけど、今は)
「愛」ってものを、信じることができているんだと思います。
それがなかったら、たぶん父の愛を信じることができなかったと思う。
それまでの行動によって、感じることはできていたけれど
いろいろ(多少無理矢理に)思考を組み立てないと、
それが「愛」である、という認識に繋がらなかったと思う。
言葉ってのは本当に大切です。
家族ですら、伝わらないこともあるのに
「言わなくても伝わっているだろう」っていうのは
(わたしは)エゴだと思うんだ。
そりゃ恥ずかしいけどさ
言えば、より自分を、自分の気持ちをわかってもらえるってのに
言わないなんてもったいないとも思う。
だから、まずはわたしから
ちゃんと声に出して言おうと思った。
父が残してくれたもののなかに、母への手紙がありました。
二人がまだ若いときのもので
出会ってから、もう6年ほど経った、とある日に書いた手紙。
そこには「愛してる」はなかったけど
ものすごく愛に溢れた手紙でした。
その愛があったから、今のわたしがいる。
今がどう、とか関係なしに
もう単純に「ありがとう」だけを言いに、父に会いたいと思いました。
命は、限られたものだから
ぐずぐずなんかしてらんないのだけど
わたしが父からもらった愛を、
繋ぎたいと思える人と一緒になったそのときには
すぐに飛んでいって、伝えたいと思う。
どうか、そのときまで元気でいてほしい。
みなさんも、お身体には気をつけて
愛する人たちといつまでも一緒にいられるよう
元気でいてくださいませ。
では、勉強に戻ります。笑
いつもtwitterでつぶやいちゃったり、Facebookもはじめてみたりで
ちっともこちらの更新していませんでした。
でも、ブログはブログで長々と(笑)考えてることを書けるので
やっぱり書きたいな、と思って今日ひさしぶりにPCの前に座っています。
愛について。
というと、ものすごく大きなことですけど
小さいことで、ちょっと感じたことを書きたいと思います。
最近、よく映画を観ます。
28年も生きてきたのに、あんまり映画って観た事なくて
(そのくせ吹奏楽で映画音楽とかやってたけど、全然知らなくて。)
レコーディングやライブを手伝ってくれた、
元ssicのスマイリー先生が映画好きで
お勧めのDVDとか教えてくれて、観るようになって。
映画館にも、月2回くらいは行くようになりました。
んでね、海外の映画を観ていると
「愛してる」って日常で言うんだよね。
さらっと。でもちゃんと気持ちがあっての、さらっと。
言われた側は、ものすごくそれだけで心強いと思うんだよ。
とりあえず言葉にしてくれるだけで、本当に心強いと思うんだよ。
わたしはいつも、恋をするとほんの少しのことで不安になってしまって
いつだって愛されていたいと思ってしまうから
日本人も日常で「愛してる」って言えたらいいのにな。と思いました。
日常じゃなくても、ここぞ!ってときでも
「好き」は使うけど
「愛してる」はなんだか重い気がするのか
ほとんど聞いたことがない。(わたしだけかもしれないけど。笑)
私の場合、唯一言ってくれたのは、父でした。
言ってくれた、というか手紙なんだけど
最後の手紙だったけど、それ以来会うこともなかったけど
その「愛してる」のおかげで
なんだかんだいろいろ受け入れることもできて
(うそつけ!と思ったときもあったけど、今は)
「愛」ってものを、信じることができているんだと思います。
それがなかったら、たぶん父の愛を信じることができなかったと思う。
それまでの行動によって、感じることはできていたけれど
いろいろ(多少無理矢理に)思考を組み立てないと、
それが「愛」である、という認識に繋がらなかったと思う。
言葉ってのは本当に大切です。
家族ですら、伝わらないこともあるのに
「言わなくても伝わっているだろう」っていうのは
(わたしは)エゴだと思うんだ。
そりゃ恥ずかしいけどさ
言えば、より自分を、自分の気持ちをわかってもらえるってのに
言わないなんてもったいないとも思う。
だから、まずはわたしから
ちゃんと声に出して言おうと思った。
父が残してくれたもののなかに、母への手紙がありました。
二人がまだ若いときのもので
出会ってから、もう6年ほど経った、とある日に書いた手紙。
そこには「愛してる」はなかったけど
ものすごく愛に溢れた手紙でした。
その愛があったから、今のわたしがいる。
今がどう、とか関係なしに
もう単純に「ありがとう」だけを言いに、父に会いたいと思いました。
命は、限られたものだから
ぐずぐずなんかしてらんないのだけど
わたしが父からもらった愛を、
繋ぎたいと思える人と一緒になったそのときには
すぐに飛んでいって、伝えたいと思う。
どうか、そのときまで元気でいてほしい。
みなさんも、お身体には気をつけて
愛する人たちといつまでも一緒にいられるよう
元気でいてくださいませ。
では、勉強に戻ります。笑






