2014年09月16日(火)

廃坑(町)跡コレクション、、、(過去記事更新版)

テーマ:■都市地域の「構造」を確認する

おれ野“お散歩日記”・・・警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-いわき131021314
古河炭坑上好間坑
(本ブログ管理者2013.10.21撮影)

■本ブログ内関連記事参照

街や交通網の盛衰を記録する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-高萩130330740

高萩炭礦/最盛期をイメージした模型(本ブログ管理者2013.3.17撮影)
■本ブログ内関連記事参照(高萩シリーズ1)
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向洋炭礦跡付近(本ブログ管理者2013.3.17撮影)
■本ブログ内関連記事参照(高萩シリーズ3)

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院内銀山跡(本ブログ管理者2003.7撮影)

院内銀山(いんないぎんざん)

秋田県雄勝郡院内町(現在の湯沢市)にあった鉱山

「東洋一」の大銀山とうたわれ、年間産出量日本一を何度も記録。

1606年慶長11年)に村山宗兵衛らにより発見され、開山。

1617年ローマで作成された地図にもその名が記されている。

及びを産出し、江戸時代を通じて日本最大の銀山であり、久保田藩(秋田藩)によって管理され、久保田藩の財政を支える重要な鉱山であったそうだ。

明治時代になると、鉱山の経営権が工部省に移る。

雄勝峠の整備により大量に鉱物を輸送することが可能になり、その後、鉱山王古河市兵衛が働いていた小野組が経営権を握り、小野組が解散した後の1884年(明治17年)に、工部省から古河市兵衛に払い下げられた。

古河は、払い下げられた最新式掘削機器に加え、同時に買収した日本国内のほかの鉱山から西洋で学んだ技術者を連れて来て、近代的な鉱山経営を行った。

古河は、院内のほか阿仁鉱山など東北地方を中心に多くの鉱山の経営を行い、その利益を元手に日本最大の鉱山であった足尾銅山を買収、古河財閥を作り上げた

しかし、明治末期に、国際情勢の変化により銀が暴落したため採算が悪化し、大正年間に規模を大規模に縮小。その後も細々と採掘を続けていたものの、1954年(昭和29年)に閉山となった。

最盛期当時の銀山は人口15,000人あまりを数え、城下町久保田(今の秋田市)をしのぐほどの活況を呈したといわれている。。。

□外部リンク参照/湯沢市観光物産情報
街や交通網の盛衰を記録する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-昭和38細倉地域図1:17000 街や交通網の盛衰を記録する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-細倉010805

昭和38年「細倉鉱山地域図1/17000」より抜粋引用

(細倉鉱山跡)

細倉鉱山(ほそくらこうざん)

宮城県栗原市にあった、亜鉛硫化鉄鉱を主に産出した鉱山で、最盛期は岐阜県神岡鉱山に次ぐ規模の、日本を代表する鉛、亜鉛の鉱山だったそうだ。。。

1970年代以降、円高による競争力の低下やオイルショックなどによる不況の影響で細倉鉱山の経営は困難となり、1987年 (昭和62年)2月に閉山となった。

■本ブログ内関連記事参照
街や交通網の盛衰を記録する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-正丸101218352
大蔵鉱山跡(本ブログ管理者2010.12.18撮影)

1939年(昭和14年)から1943年(昭和18年)まで採掘されたのだそうです。。。

■本ブログ内関連記事「大蔵鉱山編」参照
街や交通網の盛衰を記録する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-湯本
常磐炭鉱跡(旧社宅街は再区画整理され近代的な住宅団地へ変貌)

隣接する温泉街へ源泉枯渇対策として組合方式により強制送湯

■本ブログ内関連記事参照

常磐市(じょうばんし)は、

かつて福島県浜通りに存在した。現在のいわき市湯本駅周辺に当たる。

東北地方でも降雪が少なく、比較的温暖な地域で、古くから常磐湯本温泉を抱える保養地として発展。

市名は常陸国と磐城国の境界に接することに由来するが、全域が磐城国に属する。

合併直前の人口40,671(国勢調査、1965年10月1日)

1966(昭和41)年 10月1日 - 大規模合併により、いわき市 の一部となる。

炭鉱の町として一時期黄金時代を築いたが、1970年代に完全閉山

その跡地には1966年に常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)が建設され、「常磐ハワイ」として人気を誇った。

江戸以前から、この地には炭鉱が存在し、昭和時代になり需要が拡大すると、「黒いダイヤ」として常磐炭田の炭鉱住宅が立ち並び、町は栄えるようになった。

しかし、1960年代になり「石炭から石油へ」とエネルギー事情が変わると、石炭採掘がコスト的に採算割れとなった

採鉱時に温泉が噴出していたことから、この地に「ハワイアンセンター」を建設するという話が持ち上がり、炭鉱を守りたいという山の男たちと街に生き残るための覚悟をしたハワイ組と対立した。

その葛藤は常磐炭鉱を描いた映画「フラガール」でも描かれている。

しかし、生き残りをかけるためには採鉱をやめ、新事業を成功させなければならないという思いから、結局完成に至った。

■本ブログ内関連記事参照

尾花沢銀山608 尾花沢銀山地形図

尾花沢銀山(銀坑跡…本ブログ管理者2004.8撮影)

銀山温泉【山形県尾花沢(おばなざわ)市銀山新畑】といえば、「大正ロマン漂う山峡の湯」として、人気観光地の1つである。

かつて、この温泉街と共存していた延沢(のべさわ)銀山は、江戸時代初期には初代山形藩主・最上(もがみ)氏の重臣である延沢氏(2万7千石)が地方(じかた)知行方式で経営。

(その後の最上氏改易により、新たな山形藩主の鳥居氏に支配される)


すなわち、銀山温泉の原点は、山奥の鉱夫達が利用していた鉱山町の小さな温泉場であったと思われる。

■本ブログ内関連記事「銀山温泉編」参照
街や交通網の盛衰を記録する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-東京炭鉱110101380
東京炭鉱跡(本ブログ管理者2011.1撮影)

昭和10(1935)年から創業を開始し、

昭和35年(1960)の閉山まで主に泥炭を採炭していた。

最盛期には40人前後の従業員が毎日500トンを産出していたという。

暖房用の燃料や肥料として使われていたが、

石油や化学肥料の普及により徐々に採掘されなくなり閉山となった。

■本ブログ内関連記事「東京炭鉱編」参照
街や交通網の盛衰を記録する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-高崎110326158
高崎炭田(金井炭鉱跡…本ブログ管理者2011.3撮影)

高崎炭田

群馬県内には、各所に亜炭の埋蔵地域があり、観音山丘陵に広がる高崎炭田は良質の亜炭が産出しました。

明治初期に乗附村村長・田島元七が採掘をしたのを発端に、近在でも次々と採掘が行われていきました(乗附村=現・高崎市の一部)。

産出した亜炭は、おもに県内の製糸所で使用されたといわれ、上信電鉄の山名駅より富岡製糸場に貨車によって運ばれたという記録もあります

第二次世界大戦後は、石油、ガス燃料の普及によって下火になっていきます。

昭和の初めには15カ所の炭鉱がありましたが、

昭和39年に、最後まで残っていた金井炭鉱と興亜炭鉱が閉山し、高崎炭田の火は消えてしまいました。

■本ブログ内関連記事「高崎炭田編」参照
街や交通網の盛衰を記録する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-仙台110414282
仙台市野草園の中にある「亜炭採掘坑跡」(本ブログ管理者2011.4撮影)

仙台の中心街に近い伊達政宗公の墓所近くの丘陵は亜炭坑だらけ、、、

■本ブログ内関連記事「仙台市野草園編」参照

街や交通網の衰退を監視する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-昭和25年20万分の1仙台右下

20万分の1地勢図「仙台」昭和25年より、、、(地図中「」が亜炭採掘鉄道)

街や交通網の盛衰を記録する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-仙台亜炭鉱101104075
亜炭採掘鉄道跡
(本ブログ管理者2010.11.4撮影)

■本ブログ内関連記事「仙台の亜炭採掘鉄道跡編」参照



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4 ■Re:炭鉱跡>★激写グラファー@佐藤 理さん

自分としては、どちらかといえば、、、

炭鉱そのものの内部よりも、

例えば、

それに繋がっていた鉄道線路の跡や、

炭鉱町の街並みだった跡のような遺構に興味があります。

しかしながら、
私有地であるがゆえに入場制限が掛けられているか?

もしくは、
荒れ放題になって歩くのに危険な場所も多いですね。。。

現在、ネット検索で引っかかる「廃坑マニア」のブログの“潜入レポ(内部写真激写)”は、

その多くが『強行突破(無断侵入・事故等は完全自己責任)』の事例が多いようです・・・・・

でも、もっと、その先が見たい・・・・・

僕も気持ちは同じです。

怪我して死なない程度に・・・

かつ、不法侵入で警察の世話にならない程度に・・・

お互い、見る人を感動させるような写真を撮り続けていきたいですね、、、

3 ■Re:中が>日本初・ミスインターナショナル出場の大学の先生さん

大抵の場合、

観光坑道になっているようなところ(常磐湯本、細倉、銀山温泉・・・・・)を除き、

とくに大都市近郊の住宅街に近い仙台の亜炭鉱跡のような場合は、

完全に埋め戻されているか、鉄扉で堅く閉ざされているか・・・のどちらかで、

悪ガキ連中の溜り場になってしまうことを防いでいます。

高崎市郊外の事例は、集落の奥地にある山中(普段は人気の全くな居場所)なので、辛うじて?・・・あの状態で残存している物と思われます。。。

東京の青梅市の場合は、当初、完全に埋め戻されたものが、経年によって地盤沈下して再び穴が開いたのだそうです・・・

2 ■炭鉱跡

私も、20~30年前に、炭鉱跡めぐりをしました♪

今はどうなっているのでしょうね?

1 ■中が

空洞ですと、

崩れてしまいそうな

気がするのですが、

大丈夫でしょうか?

トンネルなども、何か心配になってしまいます。

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