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■マスコミ様からの取材対応指針(2016.8.22)

<快足輪行> 160721:生き残りを賭け「人口減少時代の鉄道」

<美賑地域> 160809:大きな餃子&台湾ラーメン曽さんの店

<適密明境> 160716:都知事候補者が書く「地域が活きる型」

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2016年09月27日(火)

「富士山」の山頂は、あなたの身近にある…埼玉県志木市で富士登山*過去記事更新Ver.16.08

テーマ:■池袋~東武&西武・秩父鉄道

志木1608215956

田子山富士塚「山頂」にて、、、

埼玉県志木市本町2丁目9にて本ブログ管理者2016.8.21撮影

□外部リンク参照

普段は閉鎖され、入山不可(常に防犯カメラ監視)。

大安と友引および神社行事の際のみボランティア係員監視の下で解放され入山可能(案内人による同行説明も希望すれば可能な日もある)。

詳細は上記リンク先(田子山富士保存会HP)を参照。

志木07052417

 

「富士山」登山道の入口です

 

  (埼玉県志木市本町)志木1608215986

敷島神社

明治39年(1906)、政府は神社合祀令を発っする。

それに基づき明治41年、当地に鎮座していた浅間神社の木花耶姫大神を主神とし、星野・村山両稲荷の御祭神である倉稲魂大神、水神社の御祭神である罔象女大神を合祀し敷島神社がつくられた。

罔象女大神は少なくとも江戸初期から、改修前の柳瀬川が新河岸川に流入する直前に祀られていたのだそうだ。

(埼玉県志木市本町2丁目9にて本ブログ管理者2016.8.21撮影)

志木07052420

 

 

*田子山富士塚*

 

 

場所/埼玉県志木市本町2丁目

 

埼玉県指定文化財指定:平成18年3月17日

    (民俗文化財・有形民俗文化財)

 

明治5年6月に築造された富士塚。

古墳といわれてきた「田子山塚」の上に三十三尺(約10m)の土を盛り、

2年8カ月の歳月をかけて完成したといわれている。

 :

築造の発起人は後に富士講の先達となった高須庄吉で、

現在、山の正面右側にある浅間下社に祀られている暦応3年(1340)の

紀年のある十瀧房承海の逆修板碑を発見したことが築造のきっかけらしい。

 :

高さは9m、円周125m、斜度39度の丸みのある方形をした富士塚で、

登山道や胎内なども造られており、

頂上には木花咲耶姫命が祀られている。

 :

山の規模もさることながら、

特に石造遺物の数と種類、

細工は他の富士塚と比較しても並はずれて優れており、

当時の引又河岸や富士山信仰を知る上で欠かすことのできない貴重な文化財だ。

 :

なお、「富士塚」としては埼玉県指定第1号であり、

志木市内における埼玉県指定文化財としても第1号である。

志木07052421

 

正面下部には、資金寄付者の氏名がずらりと並ぶ志木1608215966

御胎内(地下洞窟)

富士山を模したというだけあって、

山の裏側に回ると「風穴」も存在するが

現在は内部劣化崩落により閉鎖非公開。

2017年夏頃を目標に修復公開を予定しているのだそうだ。

(埼玉県志木市本町2丁目9にて本ブログ管理者2016.8.21撮影)志木1608215969

胎内に跨るのは「夫婦(めおと)の木」

どっちが男?女?なのだろう。。。

(埼玉県志木市本町2丁目9にて本ブログ管理者2016.8.21撮影)

 

 

「富士講」とは何か?

 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

富士講(ふじこう)は、富士山 とそこに住まう神への信仰を行うための集団である。

浅間講ともよばれる。

 :

広義には富士信仰 に基づく講集団一般を指し、

狭義には江戸を中心とした関東で流行したある富士信仰の一派を指し示す言葉。

 

狭義の富士講は、

 

戦国時代から江戸時代初期(16世紀後半から17世紀前半)に

富士山麓の人穴(静岡県 富士宮市 )で修行した

角行 藤仏(天文10年(1541)-正保3年(1646)。後世、長谷川角行・藤原武邦とも)

という行者によって創唱された富士信仰の一派に由来する。

 :

享保 期以降、村上光清 や食行身禄 (寛文11年(1671)-享保18年(1733))

によって発展した。

 :

身禄は角行から五代目(立場によっては六代目とする)の弟子で、

富士山中において入定 したことを機に、

遺された弟子たちが江戸を中心に富士講を広めた。

 :

角行の信仰は富士山の神への信仰であるが、

それ自体は既存の宗教勢力に属さず、

従って食行身禄没後に作られた講集団も単独の宗教勢力である。

 

一般に

地域社会や村落共同体の代参講

としての性格を持っており、

富士山への各登山口には御師 の集落がつくられ、

関東を中心に各地に布教活動を行い、

富士山へ多くの参拝者を引きつけた

 :

 :

特に甲斐国 (現・山梨県 )の富士吉田 は、 北口本宮冨士浅間神社 と

その登山口(現:吉田口遊歩道)があり、

江戸・関東からの多くの参拝者でにぎわい、

御師の屋敷が軒を連ねていた(最盛期で百軒近く)。

 :

富士講は江戸幕府 の宗教政策にとって歓迎された存在ではなく、

しばしば禁じられたが、

死者が出るほど厳しい弾圧を受けたことはなかったようである。

 

 

 

明治以後、

富士講の一派不二道 による実行教 、

苦行者だった伊藤六郎兵衛 による丸山教 、

更に平田門下にして富士信仰の諸勢力を結集して

国家神道 に動員しようとした

宍野半 による扶桑教 など、その一部が教派神道 と化した。

 :

また、明治以後、

特に戦後、

富士山や周辺の観光地化と登山自体が

レジャーと認識されるようになったため、

富士登山の動機を信仰に求める必要がなくなり、富士講は大きく衰退した。

 :

平成18年現在 、十数講が活動し、三軒の御師の家(宿坊)がそれを受入れている。

 

富士講の活動は、

 

定期的に行われる「オガミ(拝み)」とよばれる行事と

富士登山(富士詣)から成っている。

 :

オガミにおいて、彼らは勤行教典「オツタエ(お伝え)」を読み、

「オガミダンス(拝み箪笥)」とよばれる組み立て式の祭壇を用いて

「オタキアゲ(お焚き上げ)」をする。

 :

また信仰の拠りどころとして富士塚 という、

石や土を盛って富士山の神を祀った塚

(自然の山を代用することもある)を築く。

 :

現在、江古田(東京都練馬区)、豊島長崎(同豊島区)、下谷坂本(同台東区)、

木曽呂(埼玉県川口市)の4基の富士塚が重要有形民俗文化財 に指定されている。

  :

富士詣は彼らの衰退とともにほとんど行われなくなったが、

現在でも彼らを富士山で見ることができる。

  :

上に述べたものとは別に、修験道に由来する富士信仰の講集団があり、

彼らも富士講(浅間講)と名乗っている。

  :

中部・近畿地方に分布しているが、実態は上で述べたようなものと大きく異なり、

富士垢離とよばれる初夏に水辺で行われる水行を特徴とする。

また、富士山への登山も行うが大峰山 への登山を隔年で交互で行うなど、

関東のものには見られない行動をとる。

志木07052422

登山道はたくさんの石造物

田子山富士には、多くの神様や仏様たちがおられ、

パワースポットのかたまりなのだそうだ。。。

(埼玉県志木市本町2丁目9にて本ブログ管理者2016.8.21撮影)志木1608215960

「1号目」地点から山頂を拝む

埼玉県志木市本町2丁目9にて本ブログ管理者2016.8.21撮影

 

険しい「登山道」を登って行く・・・

 

志木1608215957

「8号目」地点から山頂を拝む

埼玉県志木市本町2丁目9にて本ブログ管理者2016.8.21撮影

志木07052425

 

 

 

「山頂」です
 

 

 

 

志木07052424

「山頂」からの眺め・・・

 

志木1608215962

毎年8月21日は「山仕舞い」の日

木花開耶姫大神が天孫ニニギノ命と1夜を過ごして妊娠したため、それを疑ったニニギノ命に対して、産屋に火を放って御子たちを無事生んで身の潔白を示した故事に由来する行事。

松明に火をつけ、その火の浄化力によって心身健全を祈る。

(埼玉県志木市本町2丁目9にて本ブログ管理者2016.8.21撮影)志木1608215977

松明に火が放たれ祈りを捧げる

埼玉県志木市本町2丁目9にて本ブログ管理者2016.8.21撮影志木1608215983

燃え残りは「魔除け」としてテイクアウト

玄関に吊り下げて祀ると良いのだそうだ。。。

(埼玉県志木市本町2丁目9にて本ブログ管理者2016.8.21撮影)

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2016年09月26日(月)

9月19日〜9月25日に投稿したなう

テーマ:■つぶやき防備録NOTE短信なう


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9/20 20:01

美女は来ますか?・・・武蔵浦和駅の高層ビル街からバスに乗り…テーマ:■気になるバス路線に乗ってみた♪ http://ameblo.jp/camumiya/entry-12113848214.html
9/22 11:58

次車両構想…基準値20in(車輪406・外周1.5m/前ギア52T後ギア14T→ギア比3.7(1漕ぎ5.55m)。現有車両18in前ギア52T後ギア14T(1漕4.99m)。比較車【同187】52-11T、【MuP8】20in前ギア53T後ギア11T→ギア比4.8(1漕7.2m)
9/22 18:48

「県内初」の主要県道・・・昭和30年(第1次)主要地方道認定に伴う埼玉県報告示テーマ:■県境・県道/距離標・管理標識 http://ameblo.jp/camumiya/entry-12149954367.html
9/24 12:51

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2016年09月24日(土)

「県内初」の主要県道・・・昭和30年(第1次)主要地方道認定に伴う埼玉県報告示

テーマ:■県境・県道/距離標・管理標識

根金橋1507045775
現在の根金橋

この道は国道122号の旧道(埼玉県白岡市~蓮田市界)

昭和47白岡菖蒲

昭和47年頃の久喜(南部)
1/100,000最新埼玉県大地図1972年(昭文社)



県道の廃止
(埼玉県告示第206号/昭和30年4月1日)

1.浦和川越線
  (浦和市字稲荷丸-大宮-上江橋-古谷-川越市川越字本町)
6.浦和越ケ谷線
  (浦和市字稲荷丸-大門-越谷町)
9.浦和所沢線
  (浦和市字稲荷丸-秋ヶ瀬橋-宗岡-志木-新座-英橋-所沢市)
11.川越松山線
  (川越市-山田-落合橋-川島-東松山市)
16.川越東京線
  (川越市-大井-新座-朝霞-大和町県界)
17.川越所沢線(川越市-福原-所沢市)
18.川越豊岡線
  (川越市-狭山市-入間郡豊岡町)
19.川越秩父線
  (川越市-高萩-日高-日高町大字台-吾野-名栗-横瀬-秩父市)
23.松山坂戸線(東松山市-坂戸町)
25.松山小川線(東松山市-菅谷-小川町)
27.秩父小川線
  (秩父市-高篠-槻川-小川町)
29.秩父飯能線
  (秩父市-川越秩父線-飯能市)
30.秩父甲府線(秩父市-荒川-大滝村県界)
31.秩父小鹿野線
  (秩父市-長若-赤平橋-小鹿野町)
32.秩父鬼石線
  (秩父市-秩父児玉線本泉-神泉村)
33.本庄伊勢崎線(本庄市-山王堂-県界)
36.本庄寄居線(本庄市-美里-寄居町)
38.本庄藤岡線(本庄市-上里村)
39.熊谷妻沼線(熊谷市-妻沼町)
42.熊谷忍線(熊谷市-行田市)
43.熊谷松山線(熊谷市-東松山市)
44.熊谷小川線(熊谷市-小川町)
47.忍館林線
  (行田市-榛川橋-熊谷羽生線-羽生市)
48.忍加須線
  (行田市-須戸橋-太田-加須市)
58.岩槻菖蒲線
  (岩槻市-岩槻鴻巣線-蓮田-根金橋-白岡-菖蒲町)
60.杉戸関宿線(杉戸町-八代-北葛飾郡豊岡町)
65.大宮岩槻線(大宮市-浦和杉戸線-岩槻市)
71.鴻巣羽生線
  (鴻巣市-浦和忍線-川里-加須市-羽生市)
74.鴻巣松山線
  (鴻巣市-御成橋-吉見-東松山市)
80.鳩ヶ谷岩渕線(鳩ケ谷町-川口市県界)
86.桶川菖蒲線(桶川町-大宮菖蒲線-菖蒲町)
97.所沢東京線(所沢市-県界)
101.所沢豊岡線(所沢市-藤沢-入間郡豊岡町)
102.飯能越生線
  (飯能市-日高-高麗川橋-毛呂山-越生町)
105.飯能青梅線
  (飯能市-両郡橋県界-小曾木村)
106.豊岡坂戸線
  (入間郡豊岡町-狭山-高萩-鶴ヶ島-坂戸町)
107.豊岡八王子線(入間郡豊岡町-元狭山村)
111.小川越生線
  (小川町-小川坂戸線-都幾川-越生町)
112.小川寄居線(小川町-寄居町)
114.野上鬼石線
  (野上町-皆野-秩父鬼石線-神泉村県界)
126.妻沼太田線(妻沼町-県界)
131.加須栗橋線(加須市-大利根-静-栗橋町)
136.羽生騎西線(羽生市-騎西町)
150.菖蒲騎西線(菖蒲町-騎西町)
159.栗橋菖蒲線
  (栗橋町-加須栗橋線-静-鷲宮-久喜菖蒲線-菖蒲町)
160.川口停車場線(川口市-川口停車場)
164.大宮停車場線(大宮市-大宮停車場)
169.熊谷停車場線(熊谷市-熊谷停車場)
213.上野小鹿野線(三田川村県界-小鹿野町)
214.利島館林線(利島村-県界)
215.川辺藤岡線(川辺村-利島村県界)
235.羽生館林線(羽生市-県界)昭和41久喜白岡

昭和41年頃の久喜付近
1/140,000埼玉県道路地図1966年(塔文社)より昭和47久喜鷲宮
昭和47年頃の久喜(北部)

1/100,000最新埼玉県大地図1972年(昭文社)


県道の認定
(埼玉県告示第207号/昭和30年4月1日)

1.前橋古河線(利島村県界-川辺村県界)
2.前橋秩父線
  (神泉村県界-野上-皆野-秩父市)
3.桐生熊谷線
  (妻沼町県界-熊谷市国道17号交差点)
4.佐野行田線
  (羽生市県界-行田市国道125号交差点)
5.佐野古河線(川辺村県界-川辺村県界)
6.伊勢崎深谷線
  (豊里村県界-熊谷市国道17号交差点)
7.伊勢崎本庄線
  (本庄市県界-本庄市国道17号交差点)
8.藤岡本庄線
  (上里村県界-本庄市国道17号交差点)
9.秩父野沢線
  (秩父市国道140号分岐点-小鹿野-三田川村県界)
10.熊谷川越線
  (熊谷市国道17号分岐点-東松山-川島-川越市国道129号=現16号交差点)
11.熊谷小川秩父線
  (熊谷市国道17号分岐点-小川-秩父市国道140号交差点)
12.川越古河線
  (川越市-川島-桶川-菖蒲-久喜-栗橋町県界)
13.東京川越線
  (大和町県界-朝霞-新座-川越市国道129号=現16号交差点)
14.川越所沢線
  (川越市国道129号=現16号分岐点-所沢市)
15.川越秩父線
  (川越市国道129号=現16号分岐点-高萩-日高-秩父市国道140号交差点)
16.浦和所沢線
  (浦和市国道17号分岐点-志木-新座-所沢市)
17.東京所沢線(所沢市-所沢市県界)
18.所沢飯能線(所沢市-豊岡-西武-飯能市)
19.青梅飯能線(飯能市県界-飯能市)
20.館林岩槻線
  (羽生市県界-加須-騎西-菖蒲-蓮田-岩槻市国道129号=現16号交差点)
21.熊谷豊岡線
  (熊谷市国道17号分岐点-東松山-坂戸-狭山-豊岡町国道129号=現16号交差点)
22.浦和越谷線
  (浦和市国道17号分岐点-大門-越谷町国道4号交差点)
23.飯能寄居線
  (飯能市-毛呂山-越生-小川-寄居町国道140号交差点)
24.東京岩槻線
  (川口市県界-鳩ヶ谷-大門-大宮-岩槻市)
25.本庄寄居線
  (本庄市国道17号分岐点-美里-寄居町国道140号交差点)
26.鴻巣羽生線
  (鴻巣市国道17号分岐点-川里-羽生市)
27.鴻巣小川線
  (鴻巣市国道17号分岐点-東松山-小川町)
28.境杉戸線
  (豊岡村県界-幸手-杉戸町国道4号交差点)
29.流山草加線
  (早稲田村県界-草加町国道4号交差点)
30.熊谷停車場線
  (熊谷停車場-熊谷市国道17号交差点)
31.大宮停車場線
  (大宮停車場-大宮市国道129号=現16号交差点)
32.川口停車場線(川口停車場-川口市)
33.飯能高麗線(飯能市-日高町)志木浦所図面0633
志木市「いろは橋」~中宗岡1丁目交差点付近

昭和4年度「県道9号浦和所沢線道路台帳平面図」より熊谷市新島MAP
熊谷市石原~玉井の国道17号「1次改築」区間

現道は旧中山道に並行するバイパス区間。
現在では、更にこの外側にバイパスが建設されている。
元々の旧中山道沿いには忍藩の領界を示す石碑が残っている。
(グーグルマップに本ブログ管理者加筆引用)


国道改築と不要部分の廃止
(埼玉県告示第210号/昭和30年4月1日)

道路法(昭和27年法律第180号)第18条第2項の規定に基づき、次のように国道の供用を開始し、不要に帰した部分の供用を廃止する。
1.路線名/一般国道17号線
2.供用開始の区間
  熊谷市大字石原字正天705番地から
  大里郡岡部村大字宿根東通り1番地まで
3.供用廃止の区間
  熊谷市大字石原字坪井143番地から
  熊谷市大字玉井字諏訪上通り191番地まで
  深谷市大字東方字天神2、131-1番地から
  深谷市大字国済寺木ノ本道下909番地まで
  深谷市大字上空沢211-1番地から
  大里郡岡部村大字宿根西通り457番地まで
  大里郡岡部村大字宿根字中通485番地から
  大里郡岡部村大字宿根字八幡1、506番地まで深谷市宿根MAP
深谷市宿根の国道17号「1次改築」区間

現道は旧中山道に並行するバイパス区間。
現在では、更にこの外側にバイパスが2本建設されている。
ちなみに旧岡部村(その後、岡部町)は

2006年1月1日に深谷市、花園町、川本町と合併し、
深谷市の一部となった。
(グーグルマップに本ブログ管理者加筆引用)戸田1605048906
現・国道17号にある「中山道」標識

埼玉県戸田市にて本ブログ管理者撮影



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