「永遠の砂場」か「不毛な遊び」か
テーマ:ブログ自分のつくる演劇に関しては昔から悩むところは決まってまして・・・。
実は最近のやりたい芝居は「全部缶蹴り」です。
前回作「アルコホール2009」をご覧いただい方には分かっていただけると思いますが(ご覧いただいてない方、すみません・・・)、本筋からのズレだったり勘違いのことです。
むしろああいったズレだけで、「90分の演劇」をつくれないかという考えです。
例えば「ハライチ」というお笑いコンビがいます。彼等のスタイルは、一方が「お題」を出し、それに対し一方がただひたすらに「ノリボケ」を続けます(ツッコんだりしません)。そして次々にお題を展開しノリボケを続けます。
あれを、「一つのお題だけでずっと続けられないか」といった発想です。
実は、キャンペーンズの、大袈裟にいえば理念みたいなものに「永遠の砂場」というものがあります。
前の記事の「少年野球」ではないですが、日が暮れるのも腹が減るのも忘れるくらいに夢中になって遊びをやれる「遊び場」であり、材料が「砂」という当たり前のもので、「お城」やら「トンネル」みたいなクリエイティブなものまでつくれてしまう、すごく万能なイメージもあり、キャンペーンズが目指す芝居のイメージに近く、そう決めました(また雨が降ればゼロに戻るという、いい意味での諸行無常的な意味も含め)。
ずばり言えば、“取るに足りない素敵なモノ”をつくりたいんです。
しかし、ここで大切なのは「本筋」です。本筋があるから、愛すべき「ズレ」があるわけで・・・。
そして安くないお金を払って観劇をしているお客様にとっては、本筋は大切なのです。絶対に本筋(お題)に対する「解決」を求めるのです。ズレを生むためだけのトリガーであった御都合な本筋のことを決して忘れてはくれず、「ところでアレは一体どうなったの?」と迫るのです。そうしないと府に落ちないのです。
当たり前ですね。オレもそういう見方をします。
ここが目下の悩みです。「永遠の砂場」は程度を間違えると、すぐ「不毛な遊び」になってしまうのです。
「不毛な遊び」となってしまった場合の代償はデカイです。返金どころでは済まないかもしれません。「私の人生の大切な90分を返せ!」と迫られるはずです。返すべきだと思います。
だからといってほんとはそんなに悩んでもないのに、テイのいい「始まり」と「終わり」をつけるためだけに登場人物たちに不要な「悩み」や「事件」を持たせたくないのです!
あるシチュエーションにおかれた人々が気持ちよく最後までズレ続け、それでいながら、ひとつの作品としてちゃんと一本筋が通っている・・・そんなものを目指しています。
「永遠の砂場」か「不毛な遊び」か……なかなか難しい問題ですが、がんばろー。
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