キャンプと生い立ち

 昭和30年代の日本は、戦後10年を経て高度経済成長に入ろうとしていた。

田舎ではそんな様子も全く感じられず、10年は遅れていたのではないかと思う。

巷には、軍服姿のおじさんが仕事もなく、食べるものもなく、うろうろしていた

公園のゴミ焼却場や軍事工場の射的場、防空壕として掘られた「洞穴」には、未だそこを住処として住む一家はいたし、住むところもなく橋の下や軒下にうずくむ人もいた。


 火を起こすと言うことは、生活そのものであり、生活のにおいでもあった。

薪を使い、竈に火を入れ、お風呂を沸かし、ご飯を炊く、七輪に炭をおこし、サンマを焼き、餅を焼く。

いろりでは、暖を取り、鉄瓶で湯を沸かし、ご飯も炊く、大きな薪をくべ、家の中で焚き火となることも珍しくない、家の中は煙がもうもうと立ちこめ、ネズミも蛇もゴキブリも蚊など虫も去っていく。

 雨で湿った薪に火を点けることの大変さ、特に手がかじかみ、顔が凍てつく冬の朝、火おこしのつらさは忘れられない。


 そんな囲炉裏も20年以上も前に板でふさがれ、その上には石油ストーブが置かれるようになった。

竈さえも年老いた母には、火おこしがつらいようで10年前に撤去され、今では、プロパンに取って代わっている。そんな中、お風呂だけ薪がまが使われている。


 そんな昔が脳裏に宿り、なぜキャンプで地べたに寝なきゃいけないのかと・・・・。

昨今、人類が火とともに生活し、火をおこす、煙を出す。そんな数10万年も繰り返してきたことが今では悪のごとく、出来にくくなってきている。そんな人類の智慧を捨てたが故か、様々なアレルギーが顕著になってきている。自然との生活を放棄した果てと思われてならない。

 「煙」、それは人にも木々にも虫たちにも大切な自然の恵みであったと思う。


 スズメバチに刺されたことが最近では、ニュースとなる時代である。

自然との生活で築き上げた智慧さえも捨てたのであろうか。そして、弱くなってしまった。


 キャンプを始めたのも自然回帰への気持ちと次世代へ伝えたいとの思いだったかもしれない。

asa

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