Tue, June 21, 2016

ばぁー

テーマ:日記

チルドレンズに愛を込めて、新しいアート活動開始しました。

 

 



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Sat, March 26, 2016

「神だ!もはや神としか思えない!」

テーマ:日記
私は神を描くのが好きだ。

ところで、神とは何か?それは色々な答えがあって当然な存在なのよ。
人がいなければ神はいないのよ。人は己を戒めるがため己以上の存在を
想像したのが神の起源ではないだろうか?

さらに、その効力を利用し他者を統制するがため生み出したのが宗教だと考える。

私には日本以外の幾つかの国において一定期間生活することで、
日本とは全く違うその国の文化や習慣に触れ、それに従い生きた過去がある。

日本人としての拘りを弱め、異国の流儀を受け入れることで色々と気がついたのだ。

その1つに神の存在意義があり、そして、神は確実に存在するという確証がある。

「どこにいるの?」と聞かれたら「24時間、鏡の前に立っていると出てくる。」と答える。

人はどんどん神に祈れば良いものだ。心が満たされたら神に感謝すれば良いのだ。
その神が何であれ、自分が神だと信じた存在が神なのだ。

まぁ、自分が神である、というのも否定はしないが、それだけでは苦しむ時が来るだろう。
だから、自分以外の神を持つことが、人生にはフレッシュかもしれない。
とは言え、自分に神を感じる瞬間の満足感は経験しないよりした方が良いとも思える。
また、他人に神を感じる経験も素晴らしいものだと思える。
私は、そういった意味で神と思える人と出会いたいし、出会えたなら生涯、神だと思いたい。

神の存在意義は、人が人であり続けるためとしておこう。
その人にとって神が何であれ、神を見失った人は人でなくなることがある。
神を完全に見失った人は、何になるか?確実に人でなしとして死ぬまで生きるのだ。

太陽を神と崇める国があり、自然に神を感じ生きる人々がいる。
とても納得できる考え方だ。確かに太陽が消滅したなら人は人でいられない。
キリスト、アラー、ブッタ、ガルーラ、様々な象徴を神と崇める人々、
また、親や子供、愛する人や憧れのスターを神と崇める人々、
お金や物品、数字や言葉、システムに神を感じる人もいる。神にも色々あるのだ。

さぁ、人生を迷うなかれ、迷っている暇があったら、外に出て新しい神を探してみれば?
今なら、ネットで検索!なんて最先端かもね。

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Wed, March 23, 2016

「衝撃、あいつのオナラはスカイツリー!」

テーマ:日記
今日、河川敷でスカイツリーを眺めながら、ふと考えたことがある。

自分という存在を40年以上やっていると、自分にある先天性的な部分と
後天性的な部分を感じることができる。

つまり先天性とは生まれつき持った感覚や習性のようなもので、
後天性とは生きてきた経験から身についた感覚や習性のようなものだ。

例えば、私は何故か豆が好きで、本当は豆なんて食べたくない時でさえ、
何故か豆に手が伸びてしまい、枝豆や納豆を食べてニヤリと安心するのだ。

また、豆を見ていると、どうしてだか心が弾むのだ。
買い物に行き、豊富な種類の豆を取り扱っている店と出会うとワクワクして
全て見てしまうのだ。そして、心が満たされてしまうのだ。

私の遺伝子には豆を愛してしまう何かが組み込まれているに違いないのだ。

あなたにも、そんな不思議な生まれつきがあるはずだ。

後天性的な部分に関してだが、それは時代や環境に左右されるものだろうな。
流行が人々を魅了する現象は人の後天性に作用するものだ。

人は先天性と後天性により自己を形成するのだ。

すると突然、もはや走ることなどできないほど衰退した100歳近い老人が私の横に座った。
一応、挨拶をしてみたが無視されてしまった。
老人は楽しそうに上を向いて微笑んでいた。
老人が見ている方向には何もない、が私には見えない何かがあるように思えた。
私が老人の笑顔を眺めていると、予告なしに、この世のものとは思えない音と匂いのオナラを放出した。
そして、私を見つめ「ごめんね。」と言って立ち上がり、去っていったのだ。

私は、その匂いの影響で気分が変わってしまった。
気分が悪くなったのではなく、考えていた方向性がダイナミックになり、
人類について考えたくなってしまったのだ。
老人のオナラには感覚をダイナミックにする効果の成分が含まれていたのかもしれない。

先天性と後天性、人や社会に影響力が強いのはどちらか?

意見が分かれるところではあるが、影響力を量るのか測るのかで違うように感じる。

昨年、利己的行動で有志の社会貢献を破壊する人物に飽きれる出来事があった、
利己的な人物と直接関わることは極めて珍しい体験だったが、世間話にはよく耳にする。

あなたの周りには自分勝手な人、いますか?

利己的な人とは自分勝手な人だ、自分の利益しか考えてない行動を平気でする人間だ。
しかし、そこには何かしらの理由があるのではないか?と考える。

何故ならば、人類本能は利他的であるからこそ文明文化発展をなしとげたからだ。
利他的とは、時に自分が傷ついても他者を守る原理である。

人類ほど子供を大切に扱う生物はいない、また、目上の人を敬う生物もいない。
そういった本能が社会を構築し国家や時代を生み出しているのが人類なのだ。

利他性は人類の先天性に帰属された武器といえるのだ。

誰だって、世のため人のために行動すると何故だか気持ち良くなってしまうのだ。

だが時として後天性に属す強い価値観に影響され利己的な行動をとる、これも人類なのだ。
つまり、自分勝手に見える人も誰かを愛していると飛躍的な話で無理やりオチにしたい。

さあ、先天性と後天性、強いのはどっちだ?
もはや、アントニオ猪木とジャイアント馬場、強いのはどっちだ?的な難問である。

そろそろ、老人のオナラ効果も薄れてきたようだ。

答えは、事ある毎に変わるかもしれないが、今日のところは先天性に勝利の軍配をあげおこう。
先天性LOVEだ!

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Wed, March 02, 2016

「驚異!別人になった人間」

テーマ:日記

今、20年前の日記を読んでいる。そして、変な気分になっている。

 

今の自分をどのように感じ、過去の自分をどのように感じているか?
それは、あえて書くことを差し控えようと思うが、

人間は性格や性質を、これほど変化することが可能なのかと感じ変な気分になっている。

 

私をここまで変えたのは一体なんだろうか?

 

ちなみに、私の変化を少し理解して頂くべく解説すると、
20年前の私は「ガンダム」だったとしよう、
そして20年後「ガンダム」は何になったか?というと「アンパンマン」である。
そんな変化が私には起きているのだ。それを日記が証明しているのだ!

 

私を変えたのは、それは社会と言える。
とは言え、社会に責任を擦り付けるわかにもいかず、
細かく言うなれば、私を変えたのは社会で出会った人々といえる。
とは言え、出会った人々に責任を擦り付けりわけにもいかず、
更に細かく言うなれば、私を変えたのは求められた生き様なのだろう。

 

芸術家の生き様には3つの特徴がある。
1・大きな孤独
2・特別な報酬
3・継続する挑戦


これまでどれだけの時間を独りで過ごしてきたのだろうか?
孤独な時間が増えて得るものは作品である、
その作品が特別な報酬を与えてくれるから継続してしまうのだ。
だが継続とて容易ではなく、意欲をキープする力が必要になる。


人には様々な生き様があり、人生はエンドレスなのだ。
だから、気楽に生きればいい、力んでしまったら力を抜いてみよう。

 

20年で「ガンダム」から「アンパンマン」に変化した私は無意識だった。
そこで、ここから先の20年は変化に意識を導入したいと考えた。

 

では「アンパンマン」から何への変化を意識してゆくのか?

 

それは「北島三郎」である。私は「北島三郎」になりたい。

 

人は変化できるのだ!生きている限り生まれ変わることができるのだ。

 

「与作」でも、ええよ~。

 

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Fri, February 19, 2016

「愕然!あの子がどうして!?」

テーマ:日記

「えっ、子供が学校に行きたくないって?」そりゃ大変だ。

 

親の子供から聞きたくない台詞トップ3は「お金ちょーだい」
「パパ(ママ)の顔嫌い」「学校行きたくない」と決まっているもんで。

 

それらを言われてしまった親は心模様が曇りエンドレスになる。

 

子供が学校に行きたくないってのには必ず理由があるもんで、
その理由がなんなのか?ってのを重要視するべきなんだろうな。

 

やみくもに行きたくない場所に義務教育だから行けというのも馬鹿すぎるもんな。

 

まず、学校には何があるかっていうと、勉強と他の子供たちと教師ってとこだろうな。
その中に、子供が学校に行きたくない理由が隠れてるわけだな。

 

勉強が好きになれない、勉強が苦しい、だったら少し安心だな。
勉強なんていうものはコツがあるから、要領良く育てればテストはソコソコいける。

 

むしろ、他の子供や教師との人間関係に理由があるのだとしら要注意だな。
もし「いじめ」にあっているとしたなら救済せねばならぬ家庭の大事件だ。
今や「いじめ」は教師もグルなケースさえある大きな社会問題であり、
実際に社会が考えるより頻繁で当たり前に発生している現象らしい
また、「いじめ」られやすい子供に限って「いじめ」を親にも告白できない性格だったりするとか、
私が子供の頃、上級生に「いじめ」られた時は親に一緒に仕返し行ってくれと頼んだものだ。
結局、父親と一緒に上級生の家に乗り込んで、1対1の喧嘩をさせられたけわけだが。
今は、ちょっと時代が違うんだろうな、「いじめ」も暴力的なものは過度な経過を越えたもので、
基本的には精神的な「いじめ」が横行しているらしいな。

 

精神的な「いじめ」ってのは周りにもわかりにくく、いじめっ子といじめられっ子の間で
行われる特殊な交流だから厄介だと思う。

 

とにかく、子供が学校に行きたくないと発言したら、「いじめ」を疑って損はない。
とはいえ「いじめられてるの?」と聞いても「うん」とは言えないのが子供の誇りだ。
大人になると薄くなる恥じらいも子供にとっては濃厚なものだから
そこは十分に注意して「いじめ」られていることは恥ずかしいことじゃないと伝達していかねば。
子供の誇りを傷つけてしまうことは家庭にとって大きな損失だと思う。
どうであれ子供が社会に巣立つ時に最も重要なのは、その子の誇りしかない。
だから、学校に行きたくないってのは子供にとって最大の自衛とも言える。
これ以上、自分の誇りを失いたくないんだ。
大人になれば、誇りもへったくれもねぇ、あるのは現実だけ!なんて良く聞くけどさ、
子供には現実なんて関係ないのさ、子供は希望に溢れて溺れかけて子供なんだから。

 


子供が学校に行きたくない、それは「助けてくれ」の合図だ。
だったら親として何から助ければいいのか確認するべきだな。

 

人間ってさ言葉で交流するんだけど、言葉と真意を連結させない特徴があるからね、
わかっていても気が付かないフリもするし、わからなくて何かを失うこともある。

 

困ったもんだよ、でも、人には人が必要だから、愛は消滅しないだろうな。

 

 

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Wed, February 10, 2016

「激烈!新種襲撃」

テーマ:日記
年明けから芸能界が荒れて見えるのはわてだけではねぇはずだ。

ベッキーの不倫、スマップ騒動、清原逮捕など印象的なニュースが続いておりますが、
この荒れ模様、まだ続きがあると根拠なく予感しているざんすよ。

いつの世も、人は盛り上がる風潮に群がる社会心理と共存してきたといいましょうか、
人は盛り上がることを捨てきれぬ生物なのでありまして、

盛り上がる風潮に関し、わての人生45年より語らせて頂やしょうか、
まず、感動に盛り上がる風潮がありやした。
チャンネルひねればジャイアンツがブンブンバットを振り回し、
ドラマもアニメも熱血や友情の脂身の良いとこ攻めで、
北の国じゃ親子の愛情に流した涙が寝小便と疑われたもんでごぜえやす。
マンガ熱い!プロレス熱い!たのきんトリオ熱い!
人々はマクドナルドの看板を見つけると走り出した、そんな昭和40、50年代、
にっちもさっちも社会は熱いものに感動し盛り上がる風潮、そんな時代がありやした。

ところが人々は感動から高級感に目移りを始めちまったんですわ。

誰もかれも猫も坊主もハワイだパリだ、左ハンドルブンブン飛ばしDCブランドで身を包む、
ビリヤードで玉を突きながらカクテル片手に熱帯魚を語ればボディコンだって腰を振る。
携帯電話ブラブラさせてディスコにいきゃ、黒服だってペコペコVIPルーム直行の巻き。
風潮は何でもかんでも質に敏感過激に刺激され、衣食住の価値観を食う寝る遊ぶした。
この辺りからでしょうかね?人が人と比較することに夢中になっていったのは。
生まれた時から東京にいるわてが、やけに東京に人が増えたぞと感じた平成の世でありんす。
株投資やサイドビジネスに主婦も学生も夢中、人が高級感に盛り上がる風潮、そんな時代もありやした。

しかし、あの時代は人々を傷つけたようにおもうんでやんす。
その傷が社会問題として色々と浮き彫りにして今日に至るというもんじゃないでしょうかね?

根底には消費社会発展を狙った資本主義の影を感じないでもないんですがね、ふふ。
難しい話はさておき、高級感に飽きた人々が次に手にしちまった風潮、
それが人の不幸、なのかもしれませんぜ、旦那!

人の不幸は蜜の味っていうじゃござぁせんかい!

先日、軽井沢で多くの死傷者を出したバス事故がありやした。あの時、私は確証しちまった。
事故報道の初期では多くの哀れみや追悼の念がネットに溢れた、
ところがどっこい続報で、事故被害者の詳細が報道された途端、
ネットで事故を賞賛する声があふれ出しちまいやがった!!

被害者がリア充だから「ざまーみろ!」だと、どうなってんだ、この風潮!?

現代社会は人と人を比較する理論も目的も破壊されちまったんでしょうか?
旦那、犯人は誰なんでしょうかね?民主主義でしょうか?それともコンピューターですか?

いずれにしても人の不幸に盛り上がる風潮はまだまだ始まったばかりですかね?
「いいね」なんて無くていいね。気にしなくていいね。はまだ先でしょうかね?
自分より「いいね」な人の不幸に盛り上がる風潮なら、まだ芸能界の荒れ模様は続く。
他人の動向に興味を持ち、比較することで一喜一憂する、それでいいね!
だがしかし、いずれにしても、時代は変わっていくだろう。
いいねなんていらないいねがやってくる。

そして、本当の事を最後に書いてしまうと、
生きている人は皆、楽しんでいるのだ。


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Wed, February 10, 2016

「恐怖、新幹線男のキョロ充爆裂!」

テーマ:日記
今、新幹線に乗っている。すごい速い感覚になっている。
景色がどんどん変わるので、すごい速いのだろう。
しかし、すごい速い感覚とすごい速いは違うのである。

実感の問題としよう。

すごい速い感覚には、すごい速い実感がないのだ。

すごい速い実感と言えば、スケボーで30キロなのだ。

どんどん変わる景色を眺めていると、後方からコツコツと
車内販売のお姉さんがやってきた。

喉が渇いたのでミネラルウォーターを購入するついでに
「新幹線の速度ってどれくらいなんですか?」と聞いてみた。
「はい、最高で300キロ位出ております。」と教えてくれた。

うぁー、すごい速いなぁ、スケボーの10倍だ!!

だけど、全然、チビラナイし、死の恐怖は全くないもんだ!

スケボーは死の恐怖に包まれるし、時々、チビル。

その違いは何だろう?

新幹線は安心のボディに包まれ、周りに口を開けて寝ている人がいるから
なのかもしれない。あと、線路という信用ある道筋を進んでいるというのも
確実にバルボアなのだろう。

それに対しスケボーは、生身で板の上、孤独より独り、進む道に信用などない、
それらが脳に実感速度の違いを生み出しているのかもしれない。

私は先ほど購入したミネラルウォーターをゴクリと飲み、ふと、この違いは
人の生き様にもあるような感覚になり、妙に納得したのだった。

スケボーの様な人生を生きる人を思い浮かべ、新幹線の様な人生を生きる人を
思い浮かべた。

あなたはどちらの様な人生を生きているのだろうか?

ここで一言、「人生、スケボーより新幹線。」

そろそろ終点の東京駅に到着する。



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